メルヴィル 『タイピー ― ポリネシヤ綺譚』 坂下昇 訳 (福武文庫)

「彼らにとって人生とは、中断されることしばしばの、豪華な一場の眠り以外のなにものでもない。」
(メルヴィル 『タイピー』 より)


メルヴィル 
『タイピー
― ポリネシヤ綺譚』 
坂下昇 訳
 
福武文庫 め 0101 

福武書店 
1987年3月10日 第1刷印刷
1987年3月16日 第1刷発行
437p
文庫判 並装 カバー
定価750円
装丁: 菊地信義
カバー写真: 瀬尾明男



Herman Melville: Typee, 1846


メルヴィル タイピー


カバー裏文:

「名作「白鯨」で世界文学の最高峰に立つメルヴィルが、自らの捕鯨船生活に材をとった処女作。船からの脱走、島の美しい娘との淡い恋、食人種〈タイピー〉族の村での軟禁生活――南海の楽園マルケサスを舞台に繰り広げられる怪奇とロマンに溢れた一大冒険小説。」


目次:



第一章
 海。岸への憧れ。《陸に酔う》船。航海者の目的地。マルケサス群島。蛮族に分け入った宣教師の冒険。《ヌク・ヒワ》の女王綺談。
第二章
 巡航水域からマルケサスまでの航路。船上夢うつつ。南海の風光。おーい、陸が見えたぞ! 《ヌク・ヒワ》の湾にフランス艦隊の投錨しあるを発見す。不思議な水先案内。カヌーのお出迎え。ココナツ艦隊。客は泳いでご到来。船はお客で満載。それから起こった事の次第。
第三章
 マルケサスにおけるフランス軍の最近の行動について。提督の慎重な振舞い。異邦人の到来が起こした騒ぎ。島民はじめて馬を見る。反省。フランス人の恥知らずな遁辞。話変わってタヒチのこと。提督島を奪う。ある英国婦人の勇ましい振舞い。
第四章
 船上でのいきさつ。食糧庫の中身。南海航路の期間。幽霊となった捕鯨船の物語。船からの脱走を決意す。《ヌク・ヒワ》の湾。《タイピー》。《タイピー・ワイ》に侵入したポーターの話。思案。《タイオア》の峡谷。老いたる王とフランス軍提督との会見。
第五章
 脱走を企てるに先立ち思うこと。友の船乗りトビー、冒険を分かち合うことを約す。船上最後の夜。
第六章
 船乗りの弁舌のかがみ。船乗りの批評精神。右舷当直に休日がきた! 山への遁走。
第七章
 山の反対側。幻滅。船より持参した商品の目録。パン在庫の分割。島の内部の様子。ある発見。渓谷と滝。眠られぬ夜。第二、第三の発見。僕の病気。マルケサスの風景。
第八章
 《ハパ》か《タイピー》か、それが問題じゃ。雲を掴むような話。僕の受難。がっかりした話。谷の一夜。朝餉。トビーの妙案。《タイピー・ワイ》への旅路。
第九章
 谷の綱渡り。《タイピー・ワイ》を降りる。
第十章
 谷の奥。懇ろなる前進。奥の細道。果物。原住民をふたり発見す。彼らの奇怪な振舞い。谷の部落へ近づく。僕らの出現が呼び起こしたセンセイション。ある原住民の家でのレセプション。
第十一章
 深夜物を思う。朝のお客。晴れ姿の武士。蛮族のご典医。癒しの匠術。《タイピー・ワイ》の住まいの点描。住居人の肖像。
第十二章
 《コリ・コリ》のまめまめしさ。彼の忠信。小川の水浴み。《タイピー》のたおやめはお人が悪い。《メー・ヒウィ》とそぞろ歩けば。《タイピー》の本街道。《タプの森》。《フーラ・フーラ》の祭場。《時》に窶れた蛮族。《メー・ヒウィ》の饗応。深夜の予感。闇の冒険。お客には栄誉礼をもって。不思議な行列と《マー・ヘイオ》家への帰還。
第十三章
 《ヌク・ヒワ》より救いを求めんとす。トビー、《ハパ》の山にて危機一髪の冒険に出逢う。《コリ・コリ》の雄弁。
第十四章
 谷の一大ハプニング。島の電信。トビーに《ファヤワイ》優しき心を表わす。憂鬱な反省。島民の神秘的な振舞い。《コリ・コリ》ノ忠誠。鄙びた褥。ある贅沢。《コリ・コリ》のタイピー風火起し。
第十五章
 《マー・ヘイオ》その他の島民の妙なる《アロハ》。パンの木の完全描写。調理方法のいろいろ。
第十六章
 憂鬱な状況。谷での出来事。《マー・ヘイオ》綺譚。武士の頭剃り。
第十七章
 健康も気分も回復す。《タイピー》びとの至福観。文明社会の娯楽との比較。文明の悪と野蛮の悪との比較論。《ハパ》の武士族との山中での戦い。
第十八章
 谷の乙女らとの水浴みのひととき。カヌー。《タプ》の呪禁。舟遊び。《ファヤワイ》の美しき戯れ。上衣つくり。異邦人、《ワイ》に現わる。彼の神秘的な振舞い。土地言葉での雄弁。対談。その結果。異邦人去る。
第十九章
 《マーヌー》に去られ、思索に耽る。豆鉄砲の戦い。《マー・ヘイオ》の不思議な幻想。《タパ》つくりの工程。
第二十章
 《タイピー・ワイ》のつれづれなる一日の記録。マルケサス娘のダンス。
第二十一章
 《アーワ・ワイ》の泉。驚くべき遺蹟。《タイピー・ワイ》にある《パエパエ》の歴史に関する若干の考察。
第二十二章
 《タイピー・ワイ》の大祭典の準備。《タプの森》の不思議な営み。ひさごの碑。《タイピー》のたおやめらの晴れ着。いざや祭りへ。
第二十三章
 ひさごの節会。
第二十四章
 《ひさごの節会》より帰納される考察。南海伝承の誤り。ある理由。邪宗廃れぬ《タイピー・ワイ》。逝ける武士の呪い人形。おかしな迷信。祭司《コロリ》と《テ・アチュア》の神。あきれた戒律。荒れ果てた霊廟。《コリ・コリ》と偶像。ある類推。
第二十五章
 祭りで集めた一般情報。《タイピー》の肉体美。他の島の住民に対する優秀性。肌も色とりどり。神仙の化粧品に奇しき芳香。マルケサス女性のつねならぬ美に関する航海者の証言。文明人との接触の証はほとんどなし。うらびれたマスケット銃。統治の原始的単純さ。王者の威厳をもつ《メー・ヒウィ》。
第二十六章
 《メー・ヒウィ》王。話変わって、ハワイの陛下。《マー・ヘイオ》と《メー・ヒウィ》の微妙な私生活。固有の婚姻制度。人口の数。統一性。屍体の油塗り。葬いの場所。《ヌク・ヒワ》での葬いの祭儀。《タイピー》の住民数。住まいのありか。《タイピー・ワイ》の幸福。ある警め。ハワイ諸島の文明に関する若干の考察。ハワイの現状について一言。ある宣教師の妻の物語。オアフでの最新流行。思索。
第二十七章
 《タイピー》の社会的条件と一般の性格について。
第二十八章
 魚釣り。魚の分け方。深夜の宴。時を告げるともしび。不粋な魚の食べ方。
第二十九章
 谷の博物学。黄金の《ムー・オ》(蜥蜴)。人なつこい鳥。蚊。蠅。犬。疎外者の猫。風土。ココヤシの木。その変な登り方。ましらのような若い酋長。恐れ知らずの子供たち。ココナツ。《タイピー・ワイ》の鳥。
第三十章
 芸術学教授。彼の迫害。入墨と《タプ》について。後者の証となる奇談二題。《タイピー》方言に関する若干の考察。
第三十一章
 島民の奇習。呪文と奇声。初めて歌を聞いた王の驚き。著者威信を増すのこと。《タイピー・ワイ》の楽器。格闘を見た蛮族の熱狂。泳ぐみどり児。島の乙女の美しい黒髪。髪油。
第三十二章
 悪の憂え。恐ろしい発見。人喰いの習俗について。《ハパ》との第二の戦い。蛮性あらわな光景。神秘の節会。その後の発見。
第三十三章
 異邦人、再び《タイピー・ワイ》に登場す。彼との珍妙な対談。逃亡の企て。失敗。憂鬱な状況。《マー・ヘイオ》の同情。
第三十四章 
 脱出

補遺
トビーの話・「タイピー」後日談(作品の著者による)

本篇ポリネシヤ語への注

訳者あとがき




◆本書より◆


「第四章」より:

「この名だたる武士族の名を聞くだけで他の島民たちは名状すべからざる恐怖を呼び起こされるようだ。この部族名そのものが恐ろしい名なのである。《タイピー》というのはマルケサス語で人肉の愛好者を意味するからだが、全群島の原住民が救い難い《カンニバル》であることを思えば、この呼び名がこの部族だけに奉られているのはいささか奇怪な話ではある。おそらく、この名がつけられたのも、この氏族固有の獰猛さを表象させ、この名を聞けば特別の烙印を伝えさせようとの意図によるだろう。」


「第五章」より:

「トビーは僕と同じく、明らかに別世界に跳びこんできた人間だったし、彼はしきりに隠すつもりでも、会話の折節にこの事が露わになることがあった。彼もまた君が海で出逢うことのある漂泊者の一人だったのだ。けっして出自(しゅつじ)を明らかにすることもなければ、わが家のことに触れることもなく、どこか神秘的な、自分では避けようとして避けられぬ運命に追われたかのように世界を流浪して歩く人間だった。」


「第十三章」より:

「こうした珍奇な場面のうちに、一週間はまたたくまに過ぎた。原住民たちは、なにか神秘の衝動に動かされ、くる日ごとに僕らに対する関心を倍増させていた。奴らのこっちに対する態度は得体が知れない。きっとだとも(と、僕は考える)、なにかの悪意を抱いているのだったらこんな風に振舞うはずはないしな。だが、この目に余る仰々(ぎょうぎょう)しい親切はなぜなのか? それとも僕らがどんなお返しをしてくれるかと彼らは想像しているのか?」


「第十七章」より:

「《タイピー・ワイ》を逍遥のつれづれに足をのばし、住民らの習俗にもっとなじんでゆくうちに、僕が告白せざるをえない感懐があった。ポリネシヤの蛮族は不利な条件に甘んじてはいながらも、自然の豊かな恵みにはりめぐらされ、ずっと幸福なんだ。知的な存在としては低いには違いないが、地上の楽園を知るという点では、思いあがった欧州人などの及ぶところではないのだ。」
「原始の社会では、生のよろこびは、数も少なく単純でこそあれ、幅広く浸透していて、清純無垢である。しかるに《文明》は、それが付与する利便一つに対し、百からの悪を隠しもっている――焼きつくす心、妬み、社会的競争心、兄弟分かれての争い、その他洗練された生き方という名で自らに課す、千からの不便と不快、これらすべてが一体となって人間悲惨の膨大なる総和をなすものだ――それはこれら虚飾を知らぬ人たちの間では未知のものだ。
 だが、異説をなす人もおられよう。おまえのいう落魄者どもは身の毛もよだつ無教条もので、《カンニバル》人種じゃないかと。おっしゃる通りだ。そういわれてみれば、それが彼らの人間としての悪癖にちがいない。(中略)そこで僕からお伺いしたい。ただの人肉を喰らうという所行がほんの数年前まで福音を知るイギリスで行なわれていた慣習よりも遥かに野蛮なのかどうか?――かの国では、売国奴の罪を宣告された人間、おそらくは誠実、愛国心、その他同類のことで極悪の罪ありとせられた人間なのだろうが、彼の首を巨大な斧で刎(は)ね、臓腑(はらわた)はひきずりだし、火にくべ、死体は八つ裂きにし、刎ねた首は棒に刺し、人の集まる広場で腐り、膿みただれるままに、さらしたではないか!
 死に神を祀る責め道具を作らせれば、まことの発明の才を発揮する僕ら文明人の悪鬼のような伎倆に思いを至すがいい。人類がいかなる怨讐をこめて戦争をすることに飽きないか、そしてその跡にはどんな悲惨と荒敗(ほろび)をひきずって歩くかを思うがいい。この一事だけでも、白人の文明人が地上最悪の獰猛な動物であることの標証でなくて何だ?」

「だが、文明ゆえの野蛮の実例を数えたてるのは無駄だろう。それが惹き起こす人間悲惨の量において、僕らが未開化の同胞の間に存在するといって嫌悪の情で見る犯罪に比べたら、比較にならないくらい多いのだから。
 《蛮族》という語は、僕が思うに誤って使われている。それどころか、狂信的文明の偏った雰囲気の中でぞくぞく芽ばえつつある悪しき徴(しるし)、残虐、凶悪犯罪を思うとき、僕などは両当事者の邪曲(よこしま)さを比較して、マルケサスの島民を四、五人、《ミキオナリ》(宣教師)としてアメリカに送ってみたら、同数のアメリカ人をおなじ資格で南海に送るくらいの効用はあるかもしれないと考えたくなるくらいだ。」
「文明人の利発さがみずからの至福観をぶちこわすために創造したような、あんな種類のいらだちの種子は、ここにはまったくない。《タイピー・ワイ》には抵当権の喪失もないし、拒絶証書もない、支払い手形もないし、引き受け債務もない。(中略)借金とりなんかがいるわけがない。(中略)貧に窶れた、子だくさんの寡婦が世間の冷たい慈善に縋って餓えてゆくといったこともない。(中略)誇りは高く、心は冷たい、俄か成金の分限者(ぶげんしゃ)もいない。以上すべてを一語に要約すれば――お金なしだ! 「それ金を愛するはもろもろの悪しき事の根なり」(テモテ前書)などといわれるあの世界は、この谷には影も形もない。」



「第二十章」より:

「画一的で、多様異様の変化のない人生こそ、じつは《タイピー世界》の精華であり、これに優れたものがこの地上にあろうとは思われぬ。安らかで幸福な、静寂の一日が過ぎるとまた同じ日が、音なしの連続のうちにきては去る。こうした虚飾も偽りもない蛮族には、一日の記録は人生の編年史なのだ。」
「午後のあらかたを《タイ》で過ごしたあと、ひんやりと涼しい夕暮れが近づくころ、《ファヤワイ》と湖上の舟遊びをするか、大勢の蛮族と河で水浴びをするかが僕の習慣だった。この時刻になると、彼らはここへ集まってくるのがつねだ。夜の影が近づくころは、《マー・ヘイオ》家の全員がまた屋根の下に集まり、草ロウソクが灯され、長い奇怪な歌声があがり、汲めども尽きせぬ物語が語られ(中略)、ありとあらゆる社交の賑わいが演出され、時のたつのも忘れる。」
「マルケサス人のライフ・スタイルにとって、眠りとは人生の一大事である。彼らは人生の大部分を眠りの神(Somnus)に抱かれて過ごす。彼らの天稟(てんぴん)がどんなに生来の強さに恵まれているか、それをもっとも象徴的に示すのが、彼らの呆れんばかりの睡眠の量だろう。というよりか、彼らにとって人生とは、中断されることしばしばの、豪華な一場の眠り以外のなにものでもない。」






































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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