メルヴィル 『白鯨 上』 阿部知二 訳 (岩波文庫)

「われわれはこの「生」と「死」の問題についてはひどい思い違いをしているかも知れないのだ。この地上でいわゆる亡霊と称するものこそ、わがまことの実体かも知れないのだ。」
(メルヴィル 『白鯨』 より)


メルヴィル 
『白鯨 上』 
阿部知二 訳

岩波文庫 5725-5727/赤 941 

岩波書店 
昭和31年11月26日 第1刷発行
昭和45年2月20日 第14刷発行
313p
文庫判 並装
定価★★★



解説より:

「版画はシカゴ、レイクサイド・プレス版(一九三〇年)から使用した。」


全三冊。
本文中挿絵図版21点(カット18点、フルページ3点)。


メルヴィル 白鯨 上 01


カバー文:

「海の男エイハブ船長が乗組員と共に太平洋の怪物「白鯨モゥビ・ディク」と挑戦する雄壮な物語。作者の経験から生れた不朽の海洋文学。」


目次:

語源部
文献部

一章 影見ゆ
二章 旅鞄
三章 汐吹亭
四章 掛布
五章 朝餉
六章 街上
七章 教会堂
八章 説教壇
九章 説教
十章 朋友
十一章 夜着
十二章 生い立ち
十三章 一輪車
十四章 ナンタケット
十五章 鍋料理
十六章 船
十七章 らまだん
十八章 印形
十九章 予言者
二十章 全員活動
二十一章 上船
二十二章 メリ・クリスマス
二十三章 風下の岸
二十四章 弁護
二十五章 後書き
二十六章 騎士と従者(一)
二十七章 騎士と従者(二)
二十八章 エイハブ
二十九章 エイハブ登場 つづいてスタッブ
三十章 パイプ
三十一章 夢の妖魔
三十二章 鯨学
三十三章 銛手頭
三十四章 船長室の食卓
三十五章 檣頭
三十六章 後甲板
三十七章 落日
三十八章 黄昏
三十九章 初夜直
四十章 夜半の前甲板
四十一章 モゥビ・ディク

訳註
解説



メルヴィル 白鯨 上 02



◆本書より◆


「一章 影見ゆ」より:

「私の名はイシュメイルとしておこう。何年かまえ――はっきりといつのことかは聞かないでほしいが――私の財布はほとんど空になり、陸上には何一つ興味を惹くものはなくなったので、しばらく船で乗りまわして世界の海原を知ろうとおもった。憂鬱を払い、血行を整えるには、私はこの方法をとるのだ。口辺に重苦しいものを感じる時、心の中にしめっぽい十一月の霖雨が降る時、また、思わず棺桶屋の前に立ちどまり、道に逢う葬列の後を追い掛けるような時、ことに、憂鬱の気が私をおさえてしまって、よほど強く道徳的自制をしないと、わざわざ街に飛び出して人の帽子を計画的に叩き落してやりたくなるような時、――その時には、いよいよできるだけ早く海にゆかねばならぬぞと考える。これが私にとっては短銃と弾丸との代用物だ。」


「七章 教会堂」より:

「そりゃたしかに、この捕鯨って仕事は、命取りのものだろうさ――有無をいわせず人間を束にして、またたくひまに小づきまわして永劫の世界にぶちこんでしまう。だが、それが何だ? われわれはこの「生」と「死」の問題についてはひどい思い違いをしているかも知れないのだ。この地上でいわゆる亡霊と称するものこそ、わがまことの実体かも知れないのだ。(中略)つまりこの体を何ものが掻払ってゆこうと、勝手に掻払うがよかろうというものだ。これはおれの体じゃないんだから。(中略)短艇に穴があいても体に穴があいても構うことはなかろう。おれの霊魂にはジュピタ神だって穴をあけるわけにはゆかないのだ。」


「二十六章 騎士と従者(一)」より:

「ゆえに神よ! もし私がこれから書く中に、最下級の船乗り、破落戸(ごろつき)、放浪者のたぐいをも、蒙昧ながら高貴なる性(さが)をもつものとして取扱い、彼らを悲壮美を以て染めたとしても、また、彼らのうちもっとも傷(いたま)しいもの、あるいはもっとも落魄(おちぶれ)たものが、時として至高の人として立上ったとしても、また、私が職人どもの腕に天上的な光明を投げたとしても、また、彼らの無慙なる運命の上に七彩(なないろ)の虹をひろげたとしても、――義なる平等の霊よ、われらの同胞のうえをただ一枚の高貴な人間性の衣で蔽うものよ、世のあらゆる批評から私を守って下さい。私をそれに耐え通させて下さい。」


「四十一章 モゥビ・ディク」より:

「さて、日夜こうした怪異に親しく触れている捕鯨者たちにしてみれば、白鯨が数しれぬ果敢な攻撃を受けつつもまぬがれて生き延びていることを知った以上は、さらにその迷信を一歩すすめて、次のようなことをいい出したとしても何の不思議もなかろう。――モゥビ・ディクは空間を超えて一時に何処にでも出てくるばかりでなく、不死身なのだ。(不死身とは時間を超えることなのだ。)だから脇腹に槍が藪みたいに突きささってきたとても、かすり傷も負わずに泳いでゆく。またとうとう血糊をふき上げるような目に逢わされたな、とおもっていると、それもまやかしの妖術にすぎぬのであって、またたくうちに何百リーグも遠方のきよらかな浪のうえに、血に汚れもせぬ汐を吹き上げているのが見える、――などと。
 だが、たとえこうした幻怪な空想の衣に包まれなくとも、この怪魚の体躯と不敵の性そのものの中に、比類ない激しさを以て想像力にうったえるものがあった。というのは、彼がほかの抹香鯨から際(きわ)立っている点は、並はずれて巨大ということよりも、――すでにあちこちで仄めかしたことだが――異常に雪白な皺頭を持ち、高く光った白瘤を持っていることだ。これがその特徴であって、彼を知るものにとっては、涯なく広い未踏の海面においても、遠くからそれと見分けがつくのである。
 体の他の部分もまた、経帷子(きょうかたびら)の色の縞や斑点や模様に一面におおわれていたのだったから、ついにあの「白鯨」の奇名を得るにいたったわけだが、白昼に暗碧の浪間をすべりながら、黄金色の閃光を交えた乳色の泡を銀河のように後に曳いてゆくそのけざやかな光景を見るときには、だれしもその名がぴったりとしていると思ったであろう。
 いや、この鯨に根源的な恐怖感がつきまとうに至ったのは、ただその異常な巨躯、めざましい色彩、または怪奇な形をした下顎などであったというよりは、その闘争においていく度としれず発揮したところの――玄人(くろうと)たちの言によれば、無類な狡智に富んだ兇悪さであった。とりわけてその腹黒い逃走振りが物凄かった。張り切って追う人間の前方をいかにも狼狽したように泳ぎ逃げてゆくかとおもうと、たちまちに身をひるがえし逆襲してきて、短艇を粉微塵(こなみじん)に打ちくだいたり、恐慌のうちに本船に追い返したりすることがしばしばだった。
 すでに彼のために斃れた人々の数も少くはない。もちろんそうした惨害というものは、陸上にはあまり伝わっていないとしても、この捕鯨業ではさほど珍しくないことともいえよう。しかし、白鯨のはあらかじめ残忍をたくらんでいるかと思われるので、彼によって砕かれたり殺されたりすることは、多くの場合に、到底無辜(むこ)の生物の手による惨害とは考え得なかったのだ。
 してみれば、彼を狩り立てた命知らずの連中が、砕かれた短艇の破片や千切れて沈んでゆく朋輩の四肢のただよう中を、白鯨の不気味な憤怒によっておこされた蒼白な泡立ちを泳ぎ抜けて、癪にさわるほどひそやかに、まるで誕生か結婚の日のように微笑んでいる日光の下まで辿りつくとき、彼らの心がいかに狂おしい激怒に燃え渦巻くかはよく想像することができよう。
 三隻の短艇が白鯨のまわりで穴をあけられ、橈(かい)も人も渦潮にまきこまれている。短剣を振りかざした一人の船長が破損した舳から、アーカンサスの決闘者さながらに鯨めがけて飛びかかり、敵の生命の底深くその六インチの刃を狂おしく突き刺そうとする。――その船長がエイハブだった。と、たちまちモゥビ・ディクは、その鎌形の下顎を下から持ち上げたかとおもうと、まるで野の青草を切る草刈人のように、エイハブの脚を切り取ってしまった。(中略)そうであってみれば、ほとんど死の一歩手前にまで踏込んだその格闘からこのかたエイハブは、白鯨に対して狂おしい復讐心を抱きつづけたということに疑う余地はないのであるが、その復讐の念において、さらに恐しいことは、狂疾さながらになったエイハブは、その身に受けた惨害ばかりではなく、おのれのあらゆる思想上精神上の憤怒も、すべてモゥビ・ディクからくるものとしてしまったことだ。眼前を遊弋する「白鯨」は、おのれの身中を蝕みながら、ついには心臓も肺臓もその半ばを食い滅してしまうところの、ある邪悪な魔の執念が凝って顕身したものと、彼の眼にはうつった。この捉えがたい悪こそは世の始りから存在していたのだ。近代のキリスト教徒すらも諸世界の半分はそのものが支配する領域だとした。また太古の東邦の拝蛇教徒はそれを魔神像として拝跪した。――エイハブは彼らのように身を屈して拝みはしなかった。憎むべき白鯨にその観念の根源を帰して狂い立ち、不具の身ながらそれに対して闘いを挑んだ。人の心を狂わせ苦しめるすべてのもの、厭おしき事態をかき起すすべてのもの、邪悪を体とするすべての真実、筋骨を砕き脳髄を圧しつぶすすべてのもの、生命と思想とにまつわるすべての陰険な悪魔性、――これらのすべての悪は、心狂ったエイハブにとってはモゥビ・ディクという明かな肉体をもってあらわれ、これに向って攻撃することも可能とおもわれたのである。彼はアダム以来全人類が感じた怒りと憎みとの全量をことごとくその鯨の白瘤に積みかさね、おのれの胸は臼砲であるかのように、心中に焼けただれた弾丸のすべてをそこで破裂させた。
 彼のこの偏執が、まさに脚を切られたあの瞬間において高潮してきたものだと考うべきではないだろう。短剣を揮って怪物に飛びかかったあの時には、ただ全身にみなぎった憎悪の激情の発作に身をまかせたというだけのことだ。また打ちのめされて脚が飛んだときにしても、ただ肉体が引き千切れる痛さを感じただけのことだったろう。しかしこの格闘の結果として帰航しなければならなくなり、いく月もいく月もの日々を、吊床(ハンモック)のうちにその痛みを伴として横たわりながら、冬の真中の寒風が咆哮する荒寥たるパタゴニアの岬を廻航したとき、――その時にこそ、彼の引裂けた肉体と傷ついた魂とがたがいに血を噴き合い、混じり合い、ついに狂気になったのだ。この格闘後の帰航のみちに彼の執念が決定的に狂気となったということは、次のようなことからしてもほとんどまちがいでないと思われる。――その航海のみちすがらでは度々あばれ狂ったということだし、脚が折られてすら、その強大な胸の中にはおどろくべき生命力が潜んでいて、この譫妄(せんもう)状態の中に一層はげしく昂ぶったので、運転士たちは彼を固くしばりつけて吊床のうちで暴れるにまかせながら航海したということだ。狂人用の締胴着にくるまって疾風のはげしい動揺に振りまわされていたものだ。それからまもなく船もやや凌ぎよい海面に入って、微風に補助帆を張りながら静穏な熱帯の浪をかきわけて進んだが、そのころはだれの眼にも、エイハブ老人の乱心はホーン岬のうねりとともにすぎ去ったかとおもわれたし、彼自身もまた暗い穴から出てきて光と空気とを浴びたものだし、蒼ざめてはいたが平静に落着いた額の色をみせながら、冷静な命令をふたたび発するようになった。――そこで運転士たちはいよいよ狂気もしずまったかと神に感謝をささげたが、あにはからんや、エイハブは心身の底深くではなおも狂いつづけていたのだ。」
「譬えていうことをゆるされるならば、局部的狂乱が全体的健全を強襲してこれを占領し、そのすべての大砲をおのれの狂執する的に向って集中させたのであり、したがってエイハブは、彼の強力さを失うどころか、その一つの目的に向って、かつての正気だった日に何かの尋常な目的に向って注いだよりも、何千倍も強い力を罩(こ)めて対するようになった。
 これだけでも大変なことだ。だが、エイハブのさらに大きく暗く深い部面はまだこれでも何も説明されていないのと同じだ。だが、深いものを通俗化するのは空しいわざである。そしてすべての真実は深いものである。されば、心けだかく愁深き人々よ、今立っている忍びがえしをつけたクリュニの館の眺めがいかに壮絶であろうとも、その中心部からさらに深く階下に入りこんで行って、あの広大なローマ時代のテルメスの殿の跡をおとずれて見ようではないか。そこには人間が地上に営んだ幻怪なる堂塔の底深く埋もれつつ、その人間の根源的な偉大さ、畏怖すべき精髄のすべてが鬚髯(しゅぜん)におおわれて坐している。遺物の底に埋れ破片像を玉座とする古代。大いなる神々は、毀れた玉座を与えて虜囚の王を嘲笑い、王はカリアティドさながらに黙然と坐して、その凍った額に層々たる長押(なげし)を支えている。心誇らかに愁い深き人々よ、降り下って行って、あの誇らかに愁い深き王に訊ねてもみよ。そこに君たちの祖宗を見るであろう。君たちを生んだもの、若き君たちの高貴な追放を生んだものがそこにあり、その陰鬱な祖宗からのみ、永劫にわたる壮大な秘密が流れてくるのである。」




メルヴィル 白鯨 上 04




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メルヴィル 『白鯨 中』 阿部知二 訳 (岩波文庫)
メルヴィル 『白鯨 下』 阿部知二 訳 (岩波文庫)


















































































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