色川武大 『生家へ』

「私たちには、やるべきことよりも、やらずにはいられないことの方が重要のように思われた。」
(色川武大 『生家へ』 より)


色川武大 
『生家へ』


中央公論社
昭和54年7月5日 初版印刷
昭和54年7月15日 初版発行
273p 「初出誌一覧」1p
四六判 丸背紙装上製本
カバー ビニールカバー
定価980円
装幀: 小山田二郎



本書は講談社文芸文庫版も出ていますが、小山田二郎画伯の装幀がよいので単行本を買ってよんでみました。アマゾンマケプレで最安値のもったいない本舗さんから購入しましたが、天小口に少シミはあったものの、ビニールカバーに破れもなく、「注文カード」も付いたよいコンディションの本が届いたのでなによりでした。


色川武大 生家へ 01


帯文:

「人生の路上で出逢った友の思出、いつも念いが還ってゆく生家――戦争をはさむ玄妙な夢魔の歳月を独自な精神史として描く異色の連作11篇
第六回中央公論新人賞受賞の若き処女作「黒い布」を併録」



帯背:

「新境地を
拓く連作」



色川武大 生家へ 02


目次 (初出):

作品1 (発表題 生家へ/「海」昭和52年10月号)
作品2 (発表題 途上/「海」昭和52年11月号)
作品3 (発表題 忘却/「海」昭和52年12月号)
作品4 (発表題 鞭/「海」昭和53年2月号)
作品5 (発表題 穴/「海」昭和53年3月号)
作品6 (発表題 水の顔/「海」昭和53年5月号)
作品7 (発表題 血/「海」昭和53年6月号)
作品8 (発表題 塀/「海」昭和53年8月号)
作品9 (発表題 蠅/「海」昭和53年9月号)
作品10 (発表題 存命/「海」昭和54年1月号)
作品11 (発表題 未遂/「海」昭和54年4月号)
  *
黒い布 (「中央公論」昭和36年11月号)

あとがき



色川武大 生家へ 03



◆本書より◆


「作品1」より:

「私は(中略)幼稚園でも小学校でも、一人で級友の中に立っていられないような子であった。学校で、大勢の中で、自分一個の立場を守り、他との平衡を維持し、おくれぬように競いあう、そういうことを考えるだけで息がつまりそうになる。
 登校の道で、まっすぐ歩いていってしまうと学校に行きついてしまうことがわかっているから、どこかで曲がってしまいたい。しかし、そういうことをしてはいけないんだという気持のほかに、朝の道というものは、三々五々、子供たちが皆同じ方向に歩いているような具合で、その濃い連帯のようなものを一歩はずれるということがなかなか力がいる。一方、だんだん学校に近づくから、行きついては困るという気持の方ものっぴきがならなくなるわけで、次の横丁で曲がろうとして果たさず、今度こそと気を張り、とうとう曲がっちゃったときの、空中をダイビングする虫になったような気持のよさ。そして一歩曲がってしまえば、たちまち脱落感。歩を進めるたびに、今頃、朝礼がはじまっているだろう、教室で教師が出欠をとっているだろう、今から駈けつけてまだおそくはないが、こうして逡巡しているうちにとりかえしがつかなくなっていくのが何にも代えがたく大事で、身体が小さく干し固まっていくような気分になる。」

「幼い私にも、そういう日常は、生き永らえるための生き方ではないことはわかっていた。(中略)私は、やがて大破局を迎えたときのことをもっぱら想像し、そこから先の自分など考えられない。」



「作品6」より:

「実際、私は簡単に馴染むということをしない子供だった。特に、海などという自分より大きく見えるようなものを、そもそも心の中に受けいれることができない。海ばかりでなく、山も、雲も、風も、陽も、それから学校も、戦争も、希望も、時の流れも、ふざけあっている周辺の物すら、自分と交流しあった同じ地上のものになかなか思えない。この地上のどこにでもごろごろと、自分とは異質な、無関係な世界が転がっているように思える。」

「他人の往来が邪魔なので、私はいつも、人道と車道の境目あたりを走っていくことにしていた。そうやって走っているとすぐに便意が湧いてくるのだった。」
「今どこを走っていて、生家に帰りついて解放されるにはあとどのくらいかかるかということと、便意を押えることが、そのとき意識の中にあるすべてだった。」

「歩道と車道の間を走り続けていると、うらうらとした気分は払底されて、私は申し分なく孤立していた。申し分はなかったけれど、なお一層孤立の度合を深めたい。そうしてまた、岩石から砂金を採るように、孤立の果ての中にすらある孤立していない部分をたしかめたい。」

「私は幼いときからこれだけは一貫して、何になろうとも、なれるとも思っていなかった。」



「作品10」より:

「私は注意深く屍体を避けて歩いていたが、そのうち跨ぎ越すようになった。(中略)河の流れが深くなるように、歩くにつれて屍体は数を増し、折り重なっているところが多くなった。(中略)私も無言で、仕事をはかどらせるかのように一生懸命歩いた。そのときはじめて、同じ人間、ということが深く実感できた。(中略)私は殻を意識せず、死者の方に親しく入り混じることができたようだった。」



◆感想◆


『狂人日記』をよんで身につまされたので、本書もよんでみました。
「作品7」ではのら猫が入れ替わりに部屋に入ってきて勝手に寝ていたり蟷螂やバッタや鼠をつかまえて食べたりのら猫の食べ残しの鼠の目玉が部屋にたくさん転がって光っていたり、自分ものら猫に食べられるのがほんとうだと思ったりなぜか麒麟が入ってきたりして動物幻想小説の傑作といってよいです。
デビュー作「黒い布」は『生家へ』の親子関係を父親目線で描いています。
このお父さんは息子以上の変わり者であって、『生家へ』では家の畳をどけて床下に穴を掘り続けます(ちょっとカフカの短篇「巣穴」を思わせます)。戦時下なので防空壕を掘っているわけですが、しかしそれは穴を掘る口実に過ぎません。わたしも「庭を耕して草花を育てる」を口実に穴掘りをしたことがあるので気持はよくわかります。穴を掘るとミミズとか蛹とか根っことか石ころとか金属片とか土器とか骨とかいろんなものが出てきます。無心に穴を掘っていたら当時隣りに住んでいた外人さん達が「あいつ死体を埋めてるぞ」とか英語で言いやがったので聞えないふりをしてやりましたが、掘り進むうちに自分の死体が出てきたのであわてて埋めました。
丹念に耕したせいか草花はたいへんよく成長しました。ナスタチウムなども蓮のように大きな葉っぱをつけましたが霜でやられてしまったのは残念でした。

























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