『定本 柳田國男集 第十三卷 年中行事覺書 新たなる太陽 他』 (新裝版)

『定本 柳田國男集 
第十三卷 (新裝版)』 

年中行事覺書 新たなる太陽 月曜通信 他

筑摩書房 
昭和44年6月20日 第1刷発行
495p 目次1p 口絵(モノクロ)1葉
菊判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価980円

月報 13 (8p):
「民族」の頃(有賀喜左衞門)/断簡零墨までも(水木直箭)/奥床しい学者(矢島祐利)/柳田先生の慈愛(山口弥一郎)/柳田先生の想い出(岡見正雄)/次回配本 他/図版(モノクロ)4点



本書「あとがき」より:

「○「年中行事覺書」は、昭和三十年十月、現代選書の一冊として修道社より刊行。(中略)「眼流し考」「犬飼七夕譚」は、はじめ「信州隨筆」に入っていたが、内容の關係から本書に收めた。」
「○「新たなる太陽」は、昭和三十一年一月、現代選書(五)として修道社より刊行。」
「○「月曜通信」は、昭和二十九年十二月、修道社より刊行。(中略)原本には、この論文以外に「旅と傳説」「民間傳承の卷頭に」「海上文化」「民俗學の三十年」「民俗學研究所の成立ち」の諸篇があるが、このうち「旅と傳説」は、(中略)「木思石語」に入つているので省いた。他の四篇は、いずれも他の卷にまわした。」



全31巻・別巻5巻。本文正字・正かな。


柳田国男集 十三


内容 (初出):

年中行事覺書
 著者の言葉
 年中行事 (昭和二十四年三月、逓信省教養の書シリーズ)
  民間の年中行事
  節と節會
  節句は節供が正しい
  餅と節供
  霜月粥
  神の去來と風雨
  神送りの起原
  百姓惠比須講
  朔日と十五日
  餅と祝ひ
  祭と季節
 歳時小記 (昭和十二年二月、俳句研究四卷二號)
  はしがき
  にほ積み(正月十六日)
  鉦起し(正月十六日)
  だまり正月(正月二十日)
  蜂の養生(正月二十日)
  二十五日樣(正月二十四日)
  初三十日(正月晦日)
  犬の子正月(二月朔日)
  大まなこ(二月八日)
  衿懸け餅(二月八日)
  おかた逐出し(二月九日)
  伏せ馬(二月初午)
  やせ馬(二月十五日)
  日の御伴(春の彼岸)
  山磯遊び(三月三日)
  梅若忌(三月十五日)
  卯月八日(四月八日)
  豆炒り朔日(五月朔日)
  耳くぢり(五月五日)
 春おこなひ (昭和十二年八月、民間傳承二卷十二號)
 三月節供 (大正十五年三月、民族一卷三號)(原題「三月の節供に就て」)
 卯月八日 (大正六年二月、郷土研究四卷十一號)
 サンバイ降しの日 (昭和二十四年五月、讃岐民俗三卷一號)
 六月朔日の雪 (大正四年七月、郷土研究三卷五號)
 眠流し考
 犬飼七夕譚 (昭和十一年八月、俳句研究三卷八號)
 精靈二種のこと其他 (大正十五年七月、民族一卷五號)
 おくんちのこと (昭和二年十一月、民族三卷一號)
 十月十日の夜 (大正三年十月、郷土研究二卷八號)
 亥の子のこと (昭和二年十一月、民族三卷一號)(原題「亥子祭の例」)
 案山子祭 (昭和十年三月、案山子考)
 ミカハリ考の試み (昭和二十三年十月、島根民俗通信 八)
 臼の目切り (昭和二十四年八月、民間傳承十三卷八號)
 二十三夜塔 (昭和二十五年二月、本流一號)
  古道と新道
  辻の立石
  子供の祭る神
  道の神と馬の首
  話は庚申の晩
  庚申と色々の動物
  佛教の影響
  日待月待
  二十三夜に祭る神
  神の微行
  人魚を食べた人
  霜月三夜
  跡隱しの雪
  杖立淸水・大根川
  弘法機・寶手拭
  猿と染屋
  天つ神の御宿
  新嘗の物忌
  伊豆七島の日忌樣
  七人の正月神
  こよみと月讀
  祭の假屋
 歳時習俗語彙序 (昭和十四年一月、民間傳承の會)
 年中行事採集百項 (昭和十二年一月~四月、民間傳承二卷五號~八號)

新たなる太陽
 新たなる太陽 (昭和四年十二月、週刊朝日十六卷二十六號)
 年神考 (昭和二十五年一月、民間傳承十四卷一號)
 春と暦 (昭和三年一月、週刊朝日十三卷一號)
  正月習俗の變遷
  正月の中心
  歳棚に祭る神
  年男
  御松迎へ
  御竈木
  十二月十三日
  ほい竹はらみ棒
  めでたし、めでたし
 年木・年棚・年男 (昭和七年三月、郷土研究六卷一號)
 新年懷古 (昭和十五年一月一日~三日、東京朝日新聞)
  蓬萊の縁起
  門松の話
  年籠りの話
 これからの正月
 吉日思想 (昭和二十三年一月一日、NHK放送)
 正月と子供
 小正月の晩 (大正十一年一月十六日、東京朝日新聞)
 正月の火 (昭和二十三年一月五日、神社新報七七・七八號)
 歳德神のこと (大正十四年三月、靑年十卷三號)
 年棚を中心として (大正十五年一月、民族一卷二號)
 荒神松のこと (昭和十一年二月、民間傳承一卷六號)
 スベキ松・荒神松 (昭和十一年四月、民間傳承一卷八號)
 トビトビ (大正六年三月、郷土研究四卷十二號)
 スネカの行事 (昭和十五年九月十九日、東京朝日新聞)
 年占の二種 (大正五年八月、郷土研究四卷五號)
 猿の祭 (昭和二十四年三月、津輕民俗一號)
 民間暦小考 (昭和六年十二月、北安曇郡郷土誌年中行事編)
 島の年中行事 (昭和十三年七月、佐渡年中行事)

月曜通信
 著者の言葉
 ウブスナのこと (昭和十八年八月、民間傳承九卷四號)
 宮參り (昭和十八年九月、民間傳承九卷五號)
 祖靈社 (昭和十八年十一月、民間傳承九卷六・七號)
 氏神さまのこと (昭和十八年十二月、民間傳承九卷八號)
 遊戲とマ・カゲン・ホドアヒ・オモヒキリ等 (昭和十九年四月、民間傳承十卷四號)
 犬そとばの件 (昭和二十二年八月、民間傳承十一卷六・七號)
 折口信夫君とニホのこと (昭和二十二年十月、民間傳承十一卷十・十一號)
 社會科のこと (昭和二十三年一月、民間傳承十二卷一號)
 土穗團子の問題 (昭和二十三年九月、民間傳承十二卷八・九號)
 狐塚の話 (昭和二十三年十二月、民間傳承十二卷十一・十二號)
 七島正月の問題 (昭和二十四年一月、民間傳承十三卷一號)
 田の神の祭り方 (昭和二十四年三月~五月、民間傳承十三卷三號~五號)
 小豆を食べる日 (昭和二十四年九月、民間傳承十三卷九號)

苗忌竹の話 (昭和二十二年五月、村 二卷五號)
御刀代田考 (昭和三十六年十二月、傳承文化二號)
家の神の問題 (昭和十八年十一月、民間傳承九卷六・七號)
濱弓考 (大正五年十月、十一月、郷土研究四卷七號、八號)
神送りと人形 (昭和九年七月、旅と傳説七卷七號)
 一 年中行事と臨時祭
 二 蟲送り
 三 送らるゝものゝ色々
 四 ミサキ送り
 五 水追ひ火追ひ
 六 送り場
 七 神座と食器
 八 鹿島舟、鹿島人形
 九 實盛と彌五郎
 一〇 送り物の馬
 一一 神二體
 一二 女性の神とコト祭
 一三 總括的な神送り
 一四 起原論の效用

内容細目
あとがき




◆本書より◆


『年中行事覺書』「二十三夜塔」より:

「一體日本人は、輕々しく神の名を口にする民族ではなかつた。神道の歴史を説く者だけが、それを構はずに呼ぶやうになつて居るが、信ずる人々はなほ御本名と思ふものは諱み憚つて居る。殊に農民に至つては、村にたゞ一つある産土の神の御名さへ知らず、たゞ御宮といひ明神さんと謂つてすませ、その他の神々でも山で祭るから山の神、泉のほとりに祭ればカハの神又はオスズ樣、正月に祭る神を正月樣、盆に祭る神を盆さまなどゝ謂つて區別して居た。庚申さんはつまり庚申の日の晩に、御籠りをして祭る神といふことだつたので、それ故に越後や佐渡ではたゞオカノエ樣ともいひ、薩摩などではサッドン(猿殿)とさへ呼んで居るのである。」
「村にはこの庚申待や甲子待(きのえねまち)ばかりで無く、子安講・觀音講・地神講その他いろいろ、庚申と似通うた寄合があつた。家代々の親しい人々が仲間になり、順まはりに宿をして共々に神を祭るといふ團體は多かつたのである。しかしさういふのは大抵晝間集まるだけで、食事でもすますと解散することに今はなつて居るが、別になほ幾つかは庚申と同じやうに、一夜を睡らずに語り明かす集會があつて、これを總稱してまちごとゝ謂つて居る。まち事の中では日待と月待との二つが最も全國的である。日待は舊暦十月の十五日、又は正月中旬の或日、又は月々の農事の少し閑な日に、やはり仲間の家に寄合つて神を祭り、夜どほし起きて居て、翌朝の日の出を拜んでから別れるもので、土地によつては庚申も甲子も、共に日待の一つのやうに考へて居るものがある。マチは古くからの日本語であつて、その最初の意味は「おそばに居る」こと、即ち神と共に夜を明かすことであつたのだが、後々それを「待つ」ことだと思ふやうになつて、夕方の祭よりも、朝の方に重きを置く者が多くなつたのである。」

「新暦では十一月はまだ農事の忙しい、人のくたびれて早く寢る頃だが、以前の太陰暦といふ暦では、もう寒くなつて雪が降り始め、夜分がしんとして淋しくなつて來る。兵庫縣但馬の村々などでは、この霜月三夜には山々の獸までが山から出て來て、この晩の祭をするといふ言ひ傳へがあり、子供は樂しいといふよりもむしろ氣味わるく、靜かに炬燵にあたつて木枯しの音を聽いて居た。」

「東京から遠くない或海岸の砂山に、私は小さな家をもつて居る。一度秋の末にそこへ行つて見ると、庭の草原が何だか取散らかつて居るので、不審に思つて聞いて見たら、そこは私の家が出來るよりも前から、村のお婆さんたちが三夜樣を拜みに、集まつて來る場處だつたといふことが判つた。民家を一軒きれいに掃き淸めて、祭の宿にする風習は後に始まつたもので、曾ては祭のたび毎にごく簡單な假屋を建てゝ、村の人がその中に集まり、一夜を靜かに守り明かし、又神の御供物御神酒を戴きつゝ、語り明かしたことがあるのであらう。」



「折口信夫君とニホのこと」より:

「誰かの事業に同情を持つといふことは、やがてはその流義にかぶれてしまふ結果になりやすいのは、少なくとも文化科學に於けるこの國民の一つの癖のやうなものであつた。」
「折口信夫君といふ人は、我々の同志の中でも最もこの幣の少ない人であつた。眞似と受賣の天性きらひな、幾分か時流に逆らつて行くやうな、今日の學者としては珍しい資質を具へて居る。(中略)私たちの意見にも共鳴したと言ひつゝ、それを敷衍することはさて置き、同じ一つの路を歩み進まうとはせずに、いつでも途中で行逢ふことが出來るやうな、もしくは他の一つの新道を拓き添へるやうな、思ひ設けぬ方角からばかり、毎度大きな協力を寄せられる。外國のことは知らぬから何とも言へぬが、少なくとも日本では斯ういふ例は稀有であり、御蔭で私などは樂しい刺戟を受け、又心強い籠城を續けることが出來た。今からでもよろしい、もつとこの流義がはやつて來ればよいがと思つて居る。」













































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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