『定本 柳田國男集 第二十四卷 國史と民俗學 明治大正史 世相篇 他』 (新裝版)

「蝙蝠の群の衰微したことは、都市ばかりの現象で無いやうである。彼も歸つて行く故郷の無いことは雀と同じだが、暗い處を愛する性があつたばかりに、世が明るくなると住むことが出來ぬのである。」
(柳田國男 『明治大正史 世相篇』 より)


『定本 柳田國男集 
第二十四卷 (新裝版)』 

國史と民俗學 明治大正史 世相篇 他

筑摩書房 
昭和45年5月20日 第1刷発行
512p 目次2p 口絵(モノクロ)1葉
菊判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価980円

月報 24 (8p):
かそけき影(中村直勝)/柳田先生のきらわれたもの(岩淵悦太郎)/柳田先生のこと(本田安次)/柳田先生のお目にかゝるまで(宮本常一)/柳田先生の詠嘆(牛尾三千夫)/次回配本/図版(モノクロ)3点



本書「あとがき」より:

「○「國史と民俗學」は、昭和十九年三月、六人社より民俗選書の七として刊行。昭和二十三年五月、第二版自序を加えて再版發行。」
「○「明治大正史・世相篇」は、昭和六年一月、朝日新聞社より明治大正史の第四卷として刊行。」



全31巻・別巻5巻。本文正字・正かな。


柳田国男集 二十四


内容 (初出):

國史と民俗學
 自序
 第二版自序
 國史と民俗學 (昭和十年二月、岩波講座日本歴史十七)
  一 史學の成長力
  二 國史と教育
  三 記録文書主義
  四 記事本末體
  五 單獨立證法
  六 傳説の史的意義
  七 信仰と文藝
  八 道德律の進化
  九 義理人情
  一〇 結論
 郷土研究の將來 (昭和六年九月、郷土科學講座 1)
 郷土研究と郷土教育 (昭和八年一月、郷土教育二七號)
 歴史教育の話 (昭和十五年三月、輔仁會雜誌)
 史學と世相解説――國史囘顧會講演 (昭和十年十月、國史囘顧會紀要二七)

明治大正史 世相篇
 自序
 第一章 目に映ずる世相
  一 新色音論
  二 染物師と禁色
  三 まぼろしを現實に
  四 朝顏の豫言
  五 木綿より人絹まで
  六 流行に對する誤解
  七 仕事着の捜索
  八 足袋と下駄
  九 時代の音
 第二章 食物の個人自由
  一 村の香 祭の香
  二 小鍋立と鍋料理
  三 米大切
  四 魚調理法の變遷
  五 野菜と鹽
  六 菓子と砂糖
  七 肉食の新日本式
  八 外で飯食ふう事
 第三章 家と住心地
  一 弱々しい家屋
  二 小屋と長屋の修錬
  三 障子紙から板硝子
  四 寢間と木綿夜着
  五 床と座敷
  六 出居の衰微
  七 木の浪費
  八 庭園藝術の發生
 第四章 風光推移
  一 山水と人
  二 都市と舊跡
  三 海の眺め
  四 田園の新色彩
  五 峠から畷へ
  六 武藏野の鳥
  七 家に屬する動物
  八 野獸交渉
 第五章 故郷異郷
  一 村の昂奮
  二 街道の人氣
  三 異郷を知る
  四 世間を見る眼
  五 地方抗爭
  六 島と五箇山
 第六章 新交通と文化輸送者
  一 人力車の發明
  二 自轉車村に入る
  三 汽車の巡禮本位
  四 水路の變化
  五 旅と商業
  六 旅行道の衰頽
 第七章 酒
  一 酒を要する社交
  二 酒屋の酒
  三 濁密地獄
  四 酒無し日
  五 酒と女性
 第八章 戀愛技術の消長
  一 非小笠原流の婚姻
  二 高砂業の沿革
  三 戀愛教育の舊機關
  四 假の契り
  五 心中文學の起り
 第九章 家永續の願ひ
  一 家長の拘束
  二 靈魂と土
  三 明治の神道
  四 士族と家移動
  五 職業の分解
  六 家庭愛の成長
 第十章 生産と商業
  一 本職と内職
  二 農業の一つの強味
  三 漁民家業の不安
  四 生産過剰
  五 商業の興味及び弊害
 第十一章 勞力の配賦
  一 出稼勞力の統制
  二 家の力と移住
  三 女の勞働
  四 職業婦人の問題
  五 親方制度の崩壊
  六 海上出稼人の將來
 第十二章 貧と病
  一 零落と貧苦
  二 災厄の新種類
  三 多くの病を知る
  四 醫者の不自由
  五 孤立貧と社会病
 第十三章 伴を慕ふ心
  一 組合の自治と聯絡
  二 講から無盡業へ
  三 靑年團と婦人會
  四 流行の種々な經驗
  五 運動と頭數
  六 彌次馬心理
 第十四章 群を抜く力
  一 英雄待望
  二 選手の養成
  三 親分割據
  四 落選者の行方
  五 惡党の衰運
 第十五章 生活改善の目標

日本を知るために (昭和二十四年十一月、民間傳承十三卷十一號)
歴史教育について (昭和二十八年一月、改造三十四卷一號)
平凡と非凡 (昭和十三年五月、新日本一卷五號)

文化運搬の問題 (昭和九年十一月、上代文化十一・十二號)
文化と民俗學 (昭和十七年十月、ひだびと百號)
文化政策といふこと (昭和十六年五月、瑞木二卷春季號)

民俗學の話(一人座談) (昭和十六年二月、日本評論十六卷二號)
民俗學の三十年 (昭和十六年三月、民間傳承六卷六號)

内容細目
あとがき




◆本書より◆


『明治大正史』「武藏野の鳥」より:

「以前は江戸の周圍には藪が多く、又大きな屋敷があつた。其名殘は處々に近い頃まで殘つて居た。大小の鳥類はそれを飛石のやうにして、市民の小さな庭にまでも遊びに來たものであつた。下手な素人獵師が郊外の村々を飛び廻つて、鳥を町中へ追ひ込んでくれるとも謂つて居た。追ひ込まれて今でも居るのか知らぬが、兎に角に入ればもう出られぬやうに此町はなつてしまつて居る。針金が高低十文字に家々の空に張られてある。これも又一種の新式の竝木であつたが、鳥類の移動には大いなる妨害であつた。全體に野山にも鳥は居なくなつた。我々はもと鳥の聲を愛する點にかけては、何れの民族にも劣らぬ國民であつたけれども、年に數百萬といふ剥製の小鳥が、輸出せられて行くことを喜んで居た爲に、忽ちにして斯ういふ淋しい國にしてしまつたのである。
 椋鳥は一番無頓着な鳥であつた。町に若干の喬木があつて、家々の屋根がまだ低かつたうちは、どこへでも群れて來て僅な空地を見れば下りた。それが高い建物が立つて硝子や石が光り、電線が繁く火花が散り、車の音が頻りに軋るやうになつてからは、流石の呑氣者も爰に近よることだけは斷念した。燕が歸つて來なくなつてからも、まだ漸う二十年にしかなるまい。是も家々が硝子の窓を建て、梁への通行を斷ち切つてしまつて、明白に彼等を拒絶したからであつた。此鳥が新たに架けられた電信線に列んで居るのは、明治の新風物の一つと認められて、畫工はそあれが平凡になり過ぎるまで、一生懸命に之を畫にして居たが、もうさういふ輕業も出來なくなつて來たのである。殘つて居るものは昔巣を作つて居た材料の路の泥ばかりで、それを呉服店の紅絹の上に落したといふ江戸風の發句なども、註を附けなければ我々には解らぬやうになつてしまつた。
 烏はモールスの「日本その日その日」に、飛んで來て人力車の提灯の蠟燭を取つて食つたとある。東京ではちやうど西洋の鴿(はと)のやうな人に馴れた生活をして居るともある。奧州の旅行では川で女が魚を洗つて居る舟に、僅か三四尺離れて一羽の烏が、じつと其樣子を見て居たとも誌して居る。奧州の烏は今でもまだそんなかも知れぬが、東京ではもう鴿と烏とは似て居ない。第一に數がぐつと減つて居る。三馬の浮世風呂には初烏の聲がかあかあなどとあつて、町の元朝は雞よりも烏の聲に明けたことは、明治になつても同樣であつたが、そんな律儀な昔風を守つて居ると、烏は正月早々から飢ゑなければならなかつた。鳶が舞ふことは東京でも晴天の兆であつた。彼等の中にはたしかに若干の市に育つたものがあつて、毎日缺かさずにこゝの空ばかり飛んで居た。河岸の材木屋の丸太のてつぺんには、烏が來て居なければ鳶が羽を休めて居た。町の掃除の役の片端は彼等が引受けて居たのである。死んだ鼠を路上に抛り出して置くと、鳶が舞ひ下りて持つて行くのが普通であつた。」

「それよりも屡〃想ひ出されるのは鳥では無いが蝙蝠の來なくなつたことである。以前の町の夕方の靜かであつたことは、あの絹絲のやうに細い蝙蝠の聲を、記憶して居る人の多いのを見てもわかる。是も畫になつて、橋やしだれ柳と共に、所謂たそがれ時の心細さ、待ちつ待たれつする者の情緒を、可なり力強く暗示したものであつたが、もはやその符號は通用して居らぬ。蝙蝠の群の衰微したことは、都市ばかりの現象で無いやうである。彼も歸つて行く故郷の無いことは雀と同じだが、暗い處を愛する性があつたばかりに、世が明るくなると住むことが出來ぬのである。橋の裏が金屬になり、倉庫が石や煉瓦になると、第一にあの爪を以て引掛かつて居ることを許されない。木と動物の棲息との關係は、伐られて木材となつてから後も、斯うして尚意外に續いて居たのである。
 人が無意識に天然の均衡を破つて居た結果は、以前にも既に折々は現はれた。蝙蝠が居なくなつて蚊がうるさくなり、狸が多く捕られて野鼠が跳梁するなどは、もう多くの人が心付いて居る。此頃は蛇を集めて藥に賣る職業が盛んになつた。是もやがて又鼠や蛙などの繁昌を招くことになるかも知れぬ。横濱では明治の初年、始めて洋館なるものが出來た際に、澤山の小鳥が飛んで來て硝子戸に突當り、落ちて死んだといふ記録が殘つて居る。蠅や虻などが今以て窓に苦しんで居る通り、斯んな明るい透明な空と同じ物が、突如として進路を遮斷した意外さは、所謂外國文化の比では無かつたのである。それでもいつの間にかそれを承知したものか、最早その不幸がくり返されなくなつたのは調和である。殊に開港場の海の突角の光は、あの頃としては強烈なる誘導であつた。諸國の淋しい岬に燈臺の立つた當座、闇の空を飛ぶ鳥がこの火に眼がくらんで、無數に落ちて死んだのも珍しい歴史であつた。斯ういふ多感な者が新しい不安に襲はれて、著しく生殖を制限せられたのも已むを得ぬことで、我々が美しい大きな都市に住みながら、何か大切な好い物を無くしたやうな心持が去らぬのは、眼よりも寧ろ耳の方に原因があつた。即ちこの新たな騒音の苦になり出す前から、既に人知れず整理せられて居た物の音は多かつたので、夏の日中をふれてゆく苗賣、圓朝の話に出て來る近江の蚊帳賣、その他色々の物賣りの聲の、何の入用も無いのに戀しがられるのは、即ち又我々の鳥を愛するの情と似たものであつた。」



同「貧と病」より:

「日本で毎年の自殺者は一萬數千、此頃東京だけでも一日に五人づゝ死んで行く。一番多い理由は病苦であるが、他の生活難といふものゝ中にも、大抵は健康が勘定の中に入つて居る。強ひて妻子の其意思も無いものを同伴として、家を無くしてしまはうといふ考の中には、説くにも忍びざる孤立感が働いて居たのである。生活の興味はこの人たちにはもう切れて居た。」



















































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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