松浦静山 『甲子夜話 1』 (東洋文庫)

松浦静山 
『甲子夜話 1』

中村幸彦・中野三敏 校訂
東洋文庫 306

平凡社
1977年4月29日 初版第1刷発行
1980年11月10日 初版第4刷発行
xxvi 354p 
17.3×11.7cm 
角背クロス装上製本 機械函
定価1,800円
装幀: 原弘



本書「凡例」より:

「本書は静山(せいざん)松浦清(まつらきよし)著『甲子夜話(かつしやわ)』正編百巻を六部に分かち、巻一から巻十九までを収録したものである。」
「底本には松浦素氏蔵、「平戸藩 楽歳堂蔵書」本を用いた。」



本文中図版多数。


甲子夜話 一 01


内容:

凡例

甲子夜話目録序 
甲子夜話目録 巻之一~巻之十九

甲子夜話 
 巻一~巻十九



甲子夜話 一 02



◆本書より◆


「巻二」より:

「昔、僧に、人の心中を能(よく)知り、其思ふ所を云ふ者あり。誰人も皆見ぬかれて一言もなし。此時山鹿甚五左衛門〔素行先生〕未だ若かりし頃なりしが、或人其僧に対面せしむ。山鹿固辞すれども聞かず。止(や)むことを得ず、遂に対面せしに、彼僧、常とかはりて、今日は心中の事云(いふ)は御免あれと云ふ。山鹿、是非承りたしといへども云はざりしとなり。これを見るもの大に訝り、いかなれば彼僧云得ざるやと山鹿に問へば答には、我心に決したるは心中に思ふ所(ところの)物有て知るは理の当然なり、若(も)し我が胸中を一言にても口外せば抜打にせんと思切りて居たるを知たると覚(おぼえ)て、言出さずして逃返りしなるべしと云しと。」

「文化丁卯の八月、深川八幡恒礼の祭ありたるとき、永代橋陥(おち)て、人饒(おほ)く水死せしことあり。是は橋の絶墜(たえおつる)にはあらで、往来群集の人夥きに因て、其中ばより撓(たわみ)て水中に入たるなり。夫ゆへ前行の陥たるを後なるは知らずして推行(おしゆく)ゆへ、前者あれ々々と言へども、後者に推(おさ)れて、拠(よんどころ)なく水中に墜しと云。此時一人の士、白刃を抜て頭上にかざし振廻しければ、後者これを見て驚懼(おどろきおそれ)て皆後へ逃行(ゆき)ければ、始て橋の陥りたる形あらはれて、水死の難を脱れたるもの数を知らず。如此混雑の時、いかやうの大声にても人の耳に入らず。力を極めても数百人を推戻すことも出来ざるより、頓智を以て数多の人命を救(すくひ)しは、感賞すべきことなり。因みに云ふ。其時橋より墜(おち)たりし者に、後、予遇(あひ)しことあり。女なりしが云には、前記の如く橋撓(たわみ)たれば、皆々すべり陥(おち)たるゆへ、前なる者も是非なく水中に推入られて、其下なるは水中に在るに、中なるは其人の上に乗て、水より半ば出て立(たち)てある抔(など)にて、下なる者は上の人に蹈まれて溺死せりと云き。此女はいかにして命助(たすか)りけん。又曰(いはく)。此時水死の数、世上にては千万抔云(いひ)ふらす。予因て町奉行組同心小川某に其実を問たれば、水死百五十二人、百三十人は死骸を引取る。七人は引取らず。十五人は引取て後死す。又数人の中、二十二人は士。二人は僧。十五人は婦女と答ふ。是は実談也。此余、屍を取り揚るに及ばず、流れて海に入ものは、其数知るべからずと云。又此時、一両日を経て、其辺の家に夜幽霊出づ。白衣被髪して来るゆへ、家人は溺死の亡魂ならんと駭恐(おそれ)て、皆逃去る。この如きこと度々なれば、人々心づき、其家財を省(かへりみ)るに失亡多かりける。奸盗の人を欺し、詭術にてぞ有ける。又此時、堂兄稲垣氏、祭礼を見に往き、楼上に居たるが、何か騒動せし物音なりしが、やがて満身水に濡たる衣服きし男女の、其下を通りたる体を疑ひ見ゐたる中に、一人銀鼈甲の櫛簪を、手にあまる程一束に握り走り行(ゆく)を、跡より一人追かけ行(ゆき)ける。是はまさしく盗取(ぬすみとり)たる物と覚えしと。かゝる騒擾危難の中にも、盗賊は亦この如く有ける。」



「巻三」より:

「一両年前か、下谷新寺町なる松前氏の邸の辺を、月夜にとほりたる人〔其名今忘〕の見たると聞(きき)しは、夜半過、八頃とも覚しきに、彼邸の屋上に、棟に跨り居る人あり。怪み見れば烏帽子を戴き浄衣を著て、風詠して居たり。月いと晴たれば能(よく)見へたるとなり。其後も度々この如き人の、彼屋上に居たるを見しと云しことは聞たり。然を去年冬、松前の旧領蝦夷迄を、官より返し給りける。因て人言へるは、此怪と見しは摩多羅神の現ぜしなるべし。其故は、この神は神祖殊に御信仰の神にして、其像の所伝有るもの、浄衣烏帽子の体なり。又奈何(いか)にして彼の邸に出現せしと云に、松前氏先領御取上の後、悉く神祖の御垂跡を崇敬して、代参遙拝怠(おこたり)なかりし。其御祐(おたすけ)にや、本領に復せり。因て彼の異形の者は、神祖常に奉崇せられし、摩多羅神の出現して、加護ありしならん抔(など)云ふ。」


「巻四」より:

「狐は霊妙なる者なり。予が平戸城下、桜馬場と云(いふ)処の士、屋鋪にて狐の火を燃(もす)を見る。若士どもとり囲(かこみ)て逐(おひ)ければ、其人を飛越て逃去たり。然るに物のおちたる音あり。これを見れば人骨の如き物あり。皆言ふ。これ火を燃せしものなるべし。取置かば燃すこと能はじと。持帰て屋内に置き、定(さだめ)て取りに来らん、そのとき擒(とりこ)にすべしと云合せて、障子を少し明て待居たり。果(はたし)て狐来て窺(うかがひ)見る体にして、障子の明たる所より面を入れては引くこと度々なり。人々今や入ると構(かまへ)居たるに、遂に屋内にかけ入る。待設(まうけ)たる者、障子をしむれどもしまらず。其間に狐は走出けり。皆疑て閾(しきゐ)を見るに、細き竹を溝に入れ置たり。夫故障子たゝず。いつの間にか枯骨も取り返されたり。さきに窺たる体のとき、此細竹を入置しなるべし。」


「巻五」より:

「夏夜に光り物の飛行することあり。世皆人魂と云。これは蟾蜍(ひきがへる)の飛行するなりとぞ。府の本郷丸山の福山侯別荘にて、所謂人魂を竹竿にて打落すに、蟾蜍なること幾度も同じ。これより人々疑晴(はれ)しと云。」

「人魂、蟾蜍(ひきがへる)の説、前に云へり。又先年の事を思出せしは、鳥越の邸にて、群児薄暮に乗じ、竿を以て蝙蝠の飛(とぶ)を撲つ。其時青色なる光のもの、尾を曳きて飛来る。児、皆、人魂なりと云(いひ)て、相集(つどひ)て竿を以て打落す。青光地に堕て猶光り有り。児、足を以て踏で、而其ものを視(みる)に、豆腐の滓(かす)の如きものなりしと。是は何物のしかあるや。果して世に言ふ人魂か。」



「巻六」より:

「予が幼時、鳥越邸の池辺の小亭にて游戯して居たるに、池中より泡一つ二つ出づ。始めは魚鼈(ぎよべつ)の所為ならんと思ふに、数点になりて、夫より泡のうちより煙いで、だんだん煙多く、後は釜中より煙立つ如くになりて、池水ぐるぐると回り、輪の如く波たちたるが、やがて半天に虹を現じ、後は天に亘れり。夫よりして池辺腥臭の気堪(たへ)がたかりければ、幼時のことゆゑ恐ろしくなりて住居に立還り、後は不知。」


「巻八」より:

「先年能勢伊予守訪来て話せし中に、世に轆轤(ろくろ)首と謂ふもの実に有りとて語れり。末家能勢十次郎の弟を源蔵と云(いふ)。かれ性強直、拳法を西尾七兵衛に学ぶ。七兵衛は御番衆にして、十次郎の婚家なり。源蔵、師且親戚を以て、常に彼家に留宿す。七兵衛の家に一婢あり。人ろくろくびなりといへり。源蔵あやしみて家人に其ことを問(とふ)に、違はず。因て源蔵其実を視(み)んと欲し、二三輩と倶に、夜其家にいたる。家人かの婢の寝(しん)を待(まち)てこれを告ぐ。源蔵往(ゆき)て視るに、婢こゝろよく寐(いね)て覚(さめ)ず。已に夜半に過れども、未だ異なることなし。やゝありて婢の胸のあたりより、僅に気をいだすこと、寒晨に現(あらはる)る口気の如し。須臾にしてやゝ盛に甑煙(そうえん)の如く、肩より上は見へぬばかりなり。視者(みるもの)大に怪む。時に桁上の欄間を見れば、彼婢の頭、欄間にありて睡る。其状梟首の如し。視者驚駭して動くおとにて、婢転臥すれば、煙気もまた消うせ、頭は故(もと)の如く、婢尚よくいねて寤(さめ)ず。就て視れども異(ことな)る所なしと。源蔵、虚妄を言ふ者にあらず。実談なるべしとなり。(中略)源蔵の所云を聞に、この婢、容貌常人に異なる所なし。但面色青ざめたり。又此婢、斯如きを以て、七兵衛暇をあたへぬ。時に婢泣て曰。某奉公に縁なくして仕(つかゆ)る所すべて其期を終(おへ)ず、皆半にして如此。今又然り。願(ねがはく)は期を完ふせんと乞(こひ)しかど、彼怪あるを以て聴入れず、遂に出しぬ。彼婢は己が身のかくの如きは露しらぬこととぞ。奇異のことも有(ある)ものなり。予、年頃轆轤首と云ふものゝことを訝(いぶかし)く思(おもひ)たるに、この実事を聞ぬ。これ唐に飛頭蛮と謂(いふ)ものなり。」


「巻九」より:

「世に流行することも時々変遷するものなり。十余年前、立花侯の浅草たんぼの別邸の古丘に狐棲(すめ)り。常に田疇を走るを見し者あり。黒班の狐と云(いふ)。風(ふ)と太郎稲荷と唱出(となへで)て、都下洋々として相称し、後はかの別邸に、群詣の人陸続として朝夕を分たず。或(あるひは)歌謡を作り、絃に合(あはせ)て唱詠す。又祠を造り、尊崇して次第に壮麗を極む。然るにいつか寝(やむ)で、今は知る人さへも稀なり。これに尋(つい)で叶福助(かなふふくすけ)と名づけて、巨頭小軀なる土偶の、肩衣、袴を着たるを売る。曰ふ。これを置者は富貴にいたると。因て戸毎に求め、人毎に購ふ。亦都下揚々として貴賤となくもてはやせり。歌謡もこれに付てまた起る。然るにこれも今は絶ふ。又去年比よりかんかん踊と云て、小児の戯舞するありて、都下に周遍す。其章 唐音(たういん)を伝へたりと云ことなり。坊間版刻して売弘む。」


「巻十一」より:

「人世には魂火と云ものもあるにや。予が内の泥谷某、釣を好み夜々平戸の海に浮(うかみ)て鯛をつる。これは碇を投じては宜しからず。因て潮行に随て海上を流れて釣糸を下す。故に舟処を違へざる為に、櫓を揺(おし)て流れ去らざらしむ。泥谷乃(すなはち)僕に櫓を揺させ、己は釣を下して魚の餌につくを待つ。又その海の向は大洋、其辺半里計(ばかり)に壁立の岸あり。こゝより常に清泉湧き出づ。僕、主人を顧て云ふ。先より櫓を揺て咽乾くこと頻なり。冀(ねがはく)は岸に舟をつけ、泉水を一飲せん。泥谷云ふ、今釣の最中なり、手を離つべからずとて、舟を岸に着くことを許さず。僕止(やむ)ことを得ず櫓を揺し立ながら睡る。泥谷これを見るに、僕の鼻孔の中より酸醤実(ほほづき)の如き青光の火出たり。怪(あやし)と思たるに、ふはふはと飛行て、やがて彼(かの)岸泉の処に到り、泉流に止てあること良(やや)久なり。夫より又飛来てやゝ近くなる。愈々怪み見ゐたるに、僕の鼻孔に入りぬ。其時僕驚醒たる体なりければ、泥谷いかにせしと問たれば、さきに余りに咽乾たる故、舟を岸につけんと申たるを止め給ひしゆゑ、勉強して櫓を揺しゐたれば、不覚睡りたり。然に夢に岸泉の処に至り、水を掬し飲て胸中快く覚たるが、睡(ねむり)醒ぬ。もはや咽乾かずと言たり。泥谷もこれを聞て恐ろしくなりて、好なる釣を止て其夜は還りしと云ふ。」




松浦静山 『甲子夜話 2』 (東洋文庫)

































































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