松浦静山 『甲子夜話 4』 (東洋文庫)

松浦静山 
『甲子夜話 4』 

中村幸彦・中野三敏 校訂
東洋文庫 333

平凡社
1978年7月20日 初版第1刷発行
1981年4月20日 初版第2刷発行
xii 364p 
17.3×11.7cm 
角背クロス装上製本 機械函
定価1,300円
装幀: 原弘



本書「凡例」より:

「本書は静山(せいざん)松浦清(まつらきよし)著『甲子夜話(かつしやわ)』正編百巻を六部に分かち、巻五十一から巻六十五までを収録したものである。」
「底本には松浦素氏蔵、「平戸藩 楽歳堂蔵書」本を用いた。」



本文中図版多数。


内容:

凡例

甲子夜話目録 巻之五十一~巻之六十五

甲子夜話 
 巻五十一~巻六十五



甲子夜話 四



◆本書より◆


「巻五十一」より:

「予少年の頃、久昌夫人の御側にて聞たりしをよく記憶してあれば、玆に書きつく。芝高輪の片町に貧窶の医住めり。誰問ふ人もなく、夫婦と薬箱のみ在て、僕とても無きほどなり。然るに一日訪者あり。妻乃(すなはち)出たるに、家内に病者あり。来診せらるべしと曰ふ。妻不審に思て見るに、身ぎれいなる人の、帯刀して武家と見ゆ。因て夫に告ぐ。医出て、某(それがし)固(もと)より医業と雖ども、治療のほど覚束なし。他に求められよと辞す。士曰。然らず。必ず来らるべしと。医固辞すれども聴かず。乃麁(そ)服のまゝ随はんとす。見るに、駕を率へ僕従数人あり。妻愈々疑て、薬箱を携る人なしと実以て辞す。士曰。さらば従者に持しめん迚(とて)、薬箱を持して医を駕に乗せ行く。妻更に疑はしく、跡より見ゐたるに、行こと半町もや有んと覚しき頃、駕の上より繩をかけ、蛛手(くもで)十文字にからげたり。妻思に、極て盗賊ならん。去れども身に一銭の貯なく、弊衣竹刀何をか為すらんと思へども、女一人のことなれば為(なす)べきやうもなく、唯かなしみ憂て、独り音づれを待暮しぬ。医者は側らより駕の牖(まど)を堅く塞て、内より窺ふこと能はざれば、何づくへと往とも知らざれど、高下迂曲せるほど凡十余町も有らんと覚しく、何方につれ行くかと案じ悶たるが、程なく駕を止めたると覚しきに、傍人曰く。爰にて候。出たまへ迚(とて)、戸を開きたるゆゑ、見たるに、大造(たいさう)なる家作の玄関に駕を横たへたり。医案外なれば、還て駭(おどろ)きたれども、為方(せんかた)なく出たるに、その左右より内の方にも数人并居て、案内の人と行ほどに、幾間も通りて、書院と覚しき処にて、爰に待ゐられよと、その人は退入たり。夫より孤坐してゐるに、良久(ややひさしく)ありても人来らず。何(い)かにと思ふに、人声も聞こへざる処ゆゑ、若(もし)や何なる憂きめにや遇ふらんと思ふに、向より七八歳も有らんと覚しき小児、茶台を捧て来る。近寄りて見れば、未だ坊主あたまなるに、額に眼一つあり。医、胸とゞろき、果して此所は化物屋鋪ならんと思ふ中、この怪も入りて、また長(た)け七八尺も有らん大の総角(あげまき)の、美服なる羽織袴を着、烟草盂を目八分んに持来る。医愈々怖れ、怪窟はや脱する所あらじ。逃出んとするも、行く先を知らず。兎(と)や為(せ)ん角やせんと思廻らすに、遙に向を見れば、容顔端麗なる婦の、神仙と覚しく、十二ひとへに緋袴きて、すらりすらりと過る体、医、心に、是れ此家の妖王ならん。然れどもかれ近依らざれば、一時の難は免れたりと思ふ間に、程なくして一人、継上下を着たる人出来て、御待遠なるべし。いざ案内申すべしと云。医こはごは従行に、又間かずありて、襖を障て人声喧し。人云。これ病者の臥所(ふしど)なりとて、襖を開きたれば、その内には酒宴の体にて、諸客群飲して献酬頻なり。医こゝに到ると、一客の曰。初見の人、いざ一盃を呈せん迚(とて)医にさす。医も仰天して固辞するを、又余人寄て強勧す。医辞すること能はず。乃(すなはち)酒盃を受く。時に妓楽坐に満て、弦歌涌が如く、俳優周旋して舞曲眼に遮る。医生も岩木に非ざれば、稍(やや)歓情を生じ、相倶に傾承時を移し、遂に酩酊沈睡して坐に臥す。夫より医の宅には、夫のことを思へども甲斐なければ、寡坐して夜闌(たけなは)に到れども、消息なし。定し賊害に遭たらんと、寐もやらで居たるに、雞声狗吠、暁を報ずる頃、戸を敲く者あり。妻あやしみて立出たるに、赤鬼、青鬼と駕を舁て立てり。妻大に駭き、即魂も消んとせしが、命は惜ければ、内に逃入りたり。されども流石(さすが)夫のことの捨がたく、暫(しば)しして戸隙より覘たるに、鬼はゝや亡去(うせさり)て、駕のみ在り。又先の薬箱も故(もと)の如く屋中に入れ置たり。夜もはや東方白に及べば、立寄て駕を開たるに、夫は丸裸にて、身には褌あるのみ。妻死せりと伺ふに、熟睡して鼾息(いびき)雷の如し。妻はあきれて曰。地獄に墜たるかと為れば左もなく、盗難に遭たるかと為れば醺気甚し。狐狸に欺れたるかと為れば、傍に大なる包あり。発(ひらき)て見れば、始め着ゐたりし弊衣の外に新衣をうち襲(かさね)て、襦絆、紙入れ等迄皆具して有りたり。然れども夫の酔覚ざれば、姑(しばら)く扶(たすけ)いれ、明朝やゝ醒たるゆゑ、妻事の次第を問に、有し如く語れり。妻も亦その後のことを語り合て、相互に不審晴れず。この事遂(つひ)に近辺の伝話となり、誰知らざる者も無きほどなりしが、誰云ともなく、是は松平南海の徒然(つれづれ)を慰めらるゝの戯にして斯ぞ為(せ)られしとなん。この時彼老侯の居られし荘は大崎とか云て、高輪遠からざる所なる故なり。又一目の童子は、その頃彼の封邑雲州にて産せし片わなる小児なりしと。又八尺の総角(あげまき)は、世に伝へたる釈迦ヶ嶽と云し角力(すまふ)人にて、亦領邑に出し力士なり。又神仙と覚しき婦は、瀬川菊之丞と呼し俳優にして、その頃侯の目をかけられし者なりしとぞ。」


「巻五十九」より:

「幽霊などゝ云ふも、全く虚言ならず。予が侍妾の、年二十なるが、初夏の頃より病に染て臥たりしに、月を踰(こえ)て危篤に及ぬ。その母憂て、下宿(やどさがり)を請ければ、その請に任せ、臥たるまゝに帰家せしめしが、尋(つい)で空しくなりぬ。予も不便に懐(おもひ)ければ、有しことども側の者に毎(つね)に云出したりしが、両三日を経て、寝所に寐んとせし頃、其常々出入する所より幻の如くその姿来り、弓箭を立置く前に至り消うせぬ。又仲冬のことなり。常に親しく召使たる茶道、熱を患て死せり。これも不便に思ふまゝに、その一七日に香火の料など孤子に与へ、その前日か墓碣のことなど左右に命じ、又彼が企て置し園中の経営半途なりし事々をも程々に成就して、その志を遂たりしが、その翌夜の暁、表坐鋪に仮睡せしおりしも、生前の如く其名を称して、其申上候と云ゆゑ、何意なく応と答たれば、この程庭造の御事夫々に成し下され、忝く御礼申上候。これにては病没せしも恨む所なく候。これよりは御寿命を祈り申すなりと云たり。この時夢裡なりと心つきぬ。是も我心の為す所か。抑(そもそも)人魂の来る者か。」


「巻六十」より:

「人糞は解毒の妙あり。先年予が領内にて、三人寄合、河豚(ふぐ)を食して、皆その毒に中り、煩悶昏乱す。一人曰。糞を食せば生んと。二人目。たとひ死すとも、不潔の物食べからず迚(とて)、食せざりし者遂に死す。一人忍で喰ひければ、血を下すこと夥くして、尋で愈ゆ。去れども余人皆糞喰(クソクヒ)と呼て、これと交らず。因て里に居ること能はず。遂に他邦に行けり。又癩を病し者あり。思へらく。迚(とて)も悪疾世に在るべからず。魚毒を以て死せんと、河豚を料理して飽食す。果してその毒に中り、嘔血すること甚しかりしが、癩これより癒て常に復せりとぞ。」



松浦静山 『甲子夜話 5』 (東洋文庫)
































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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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