伴蒿蹊 著/森銑三 校註 『近世畸人伝』 (岩波文庫)

伴蒿蹊  
『近世畸人伝』 
森銑三 校註

岩波文庫 黄/30-217-1

岩波書店
1940年1月10日 第1刷発行
1987年4月8日 第14刷発行
271p
文庫判 並装
定価450円



本書「解題」より:

「書名に題して畸人といふ。そもそも畸とは何か。僧六如は序文の中でこの問題に觸れて「畸とは奇也」といひ、更に進んで畸人を説いて、「其の閒儒にして奇なる者あり。禅にして奇なる者あり。武弁にして、醫流にして、詩歌書畫雜伎家にして奇なる者あり。要するに皆一奇の爲に掩はれ、人復本分の何人たることを知らず。故に概して畸人を以て之を目すと云ふ」としてゐる。數十字にして、よく畸人の何者かを説き盡してゐるといつてよい。然らば本書の内容は、説明に及ばずして明かであらう。」
「畸人傳は既に活字本も數種行はれてゐるが、今またこの書を本文庫中に收めるに當つて、この文庫本に一つの特色を持たしめようとして、新たに後註を附して、更に進んで卷中の人物を研究しようとせらるゝ人の參考に資した。」



三熊花顚による跋より:

「予も近きころおもふ處ありて、近世隱士の模像これかれを畫き、閑田伴のうしにこれが傳しるさんことを請に、うしいふ、かれもまたかしこき人の世にしられざるををしむが故に此志あり。されどさきに隱士の傳を記せるもの、元政の隱逸傳、林氏の遯史あるがうへに、又續隱逸傳あり。これがあまりを近世にもとめんには、いくばくもあらじ。且隱を僞て名をもとむるあり、市井に交なからまことには隱操ある人あり、隱なるが故によくしるべからず。しかじ隱と隱ならさるをとはず、たゞ畸人をつどへんにはと、(中略)うし記し、おのれ畫き、月を累ねてつひに此冊子を成す。」


正字正仮名。本文中挿絵図版多数。
本書は正編だけですが、続編も収めた平凡社東洋文庫本も出ています。


近世畸人伝 01


帯文:

「中江藤樹・池大雅ら高名の人から無名の人まであらゆる階層・職業の人々百名余の伝記集。三熊花顚の挿絵が趣を添える。1790年刊。」


目次:

解題 (森銑三)

畸人傳序 (六如)

畸人傳卷之一
 中江藤樹 附 蕃山氏
 貝原益軒
 僧桃水
 僧無能
 長山霄子
 甲斐栗子
 若狹綱子
 樵者七兵衞妻/同久兵衞妻
 伊藤介亭
 宮筠圃
 駿府義奴
 木揚利兵衞
 河内淸七
 大和伊麻子
 近江新六
 龜田久兵衞

畸人傳卷之二
 三宅尚齋 附 妻女
 僧鐵眼
 米屋與右衞門
 内藤平左衞門
 寺井玄溪
 大石氏僕
 小野寺秀和妻 附 秀和姉 秀和詠歌
 尼破鏡 附 曲翠
 遊女大橋
 遊女某尼
 石野權兵衞/同 市兵衞
 隱士石臥
 賣茶翁
 江村專齋 附 剛齋
 北村篤所
 西生永濟
 岡周防守
 靑木長廣
 僧別首座
 僧圓空 附 僧俊乘
 中倉忠宣

畸人傳卷之三
 隱士長流
 僧契冲 附 今井似閑 海北若冲 野田忠肅
 荷田春滿 附 姪在滿 門人加茂眞淵
 桃山隱者 附 高倉街乞丐
 位田儀兵衞
 手車翁
 山科農夫 附 評中五名
 金蘭齋
 小西來山
 加嶋宗叔
 文展狂女
 長崎餓人
 相者龍袋
 森金吾
 太田見良/猩々庵 附 僧覺芝 佃房
 僧佛行坊
 僧日初
 僧涌蓮

畸人傳卷之四
 柳澤淇園
 池大雅 附 妻玉瀾
 求大雅僧
 澤村琴所/苗村介洞 附 妻女
 手嶋堵庵
 高橋圖南
 北村祐庵
 久隅守景
 土肥二三
 廣澤長孝
 僧似雲
 僧惠潭
 矢部正子
 祇園梶子 附 百合子
 室町宗甫
 惟然坊
 近江狂僧
 表太

畸人傳卷之五
 並河天民 附 馬杉亨安
 北山友松子
 戸田旭山
 隱家茂睡
 僧丈草
 安藤年山 附 朴翁
 井上通子
 有馬凉及
 甲斐德本
 北村雪山
 僧圓通
 龜田窮樂
 山村通庵/松本駄堂
 美濃隱僧
 白幽子

畸人傳跋 (花顚三熊思孝)

後註



近世畸人伝 02



◆本書より◆


「僧桃水」より:

「僧桃水、諱は雲關、筑後國の人にして、肥前島原禅林寺に住持す。跡を匿(かく)して後、其行方をしるものなし。歸依の尼、國をいでて、かたがたを尋めぐりて、洛東四條河原に至る時、師菰(こも)うちかづきて、同じさまなる乞丐人の病るを介抱してあられしに、涙を流して拜す。さて和尚の爲にとて自紡績し、年を經て織たてたる臥具の背に負しを、とり出してまゐらすに、和尚、今の身にしては、もちうる所なし、といひてうけず。尼もさるものにて、自用給ふ所なくば、御心にまかせてともかくもし給へ。師に供養せるうへは、直に捨て給ふもうらむ所なし、といふ。さらばとてうけて、やがて病る乞丐にうちきせたまふを、他の乞丐人ども見て大に驚き、これは凡人にあらずといひて、俄にあがめたふとみければ、そこをもたちさり給ふ。その比弟子の兩僧も、尋求ること三年にして、安井門前にて乞丐の集たる中にて見つけしかば、其あとにつきて人なき所に至り、師もしかくのごとくならば、われわれも同じ姿となりて從ん、とこふに、師不肯(きかず)、一人は師の指揮を得て他方の知識のもとへゆく。一人はしひて從ふほどに、さらば吾がする所をみよ、とて伴ひゆく所に、乞丐の死せるあり。やがて弟子と共に是を埋めつ。さて其死者の喰ひあませる食を、己まづ喫して、汝もよく喰はんや、とあるに、止ことを得ずして喰ひたれども、臭穢に堪へず嘔吐す。師見て、さればこそ此の境界には堪ざりけれ。これより別れん、とて去りぬ。」


「石野權兵衞
弟 市兵衞」より:

「石野權兵衞弟市兵衞兄弟は、京師四條坊門西洞院の東に、桔梗家といへる商家也。兄弟ともに學を好み、堀川の流を慕ふ。且兄はかねて佛學をも好み、殊に三論に通ず。弟は本艸に委しく、又畫を能す。又雅樂を好むこと兄弟ともにひとしく、道遠しといへども音樂ある所といへば必ゆく。友愛深くして、兄の妻ある後も久しく同居す。弟學文などにつきて出る時、夜更て歸るに、戸を敲(たゝ)くことなし。纔に咳(しはぶき)するを、兄速(すみやか)に聞つけて戸を開くこと常なり。もし聞つけざれば、門に立ちて朝に至る。」
「市兵衞は一甫と號す。後同街の裏家に別居して、獨身にて住りしが、夏冬となく頭をものにつゝみ、すびつのうへにやぐらをおほひしを机にかへて書を見る。伊藤東涯松岡玄達二先生、折々にとはれて談話有し外、世に知る人すくなし。(中略)市中の隱君子にて、近頃めづらしとぞ。」



「僧圓空 附 俊乘」より:

「○彼袈裟山の俊乘は、人の空言(そらごと)するを何にまれまこととす。蓮華坂といへる所に、蓮華躑躅(つつじ)といふもの有。其花のさかりに人戲ていふ、かの花に背をあててあぶればいとあたたか也、こゝろみ給へ、と。俊乘ある日教へけるまゝにしたるに、春日のかげうつろひて、いかにもあたたかなるを、日影とはおもはで、まことに花のゆゑとよろこびしとなん。又ある人あざむきて、坂を登るには牛馬のごとくはひて登れば苦しげなし、といへるを、まことにして、袈裟のふもとより八町が間、嶮(けん)なる坂をはひ登りけるが、是は、人のいひしに似ずいとくるし、といへりとぞ。かくおろかに直(なほ)き人なれば、圓空も悦交られしなるべし。」


「桃山隱者」より:

「いかなる人といふことをしらず。伏見桃山に、乞丐のごとくわらむしろをもてかこひたるものして住む人あり。いかにしてたよりけん、稻荷羽倉氏のもとにて書をかりて見ることつねなり。つひに名をいはず。そこにて身まかりし後、いとさはやかなるさましたる士、供人など供したるが、羽倉氏に來りて、其人の臣なるよしいひて、生涯の恩を謝しけるとぞ。いとあやしきことなり。」


「金蘭齋」より:

「金蘭齋は眞の老莊者にて、心も境界も是にあへり。尤家まどしく、いづれの書にても講をこふ人あれば、吾其書なし、といふゆゑに、購求て贈るに、開講の日に及び、書生到れば、其書は既に米に代(かへ)たりといふ。止事を得ず、書生の本を與へて講ぜしむ。又門人常に衣服をとゝのへおくるに、ほどなく賣ゆゑに、あるたび背に圓形を白く大にして、中に金蘭齋と書きたるをおくられしに、さながら著てありき、ものともおもはず。又あるとき客至りしに、猶寐ねたり。おどろきて衾内より出づるを見れば、袴を著ながら臥たり。又或時は、講の半に代神樂といふもの、笛を吹き鼓を鳴して、街を過る聲あり。書生にも謝せず、たゞちに走り出て、小兒とともに、彼者のしりにつきてありきける。」


「加島宗叔」より:

「加島矩直、通名莊右衞門、薙髪して宗叔といへり。美濃岐阜の人にて京に家す。學を好めり。豪富なりしが、後は甚貧し。されども憂とせず、酒を好みて狂態人の笑資となるもの多し。事に感じては頻に涕泣し、激論(げきろん)に及びては席をうち、高聲四隣をおどろかす。ある朋友の所にて如此なりしかば、去て後主人獨言して、あゝきちがひ哉、といひしを侍婢聞て、されども多言なる計にて、騒ぎはしり給はでよし、といひしは、まことの狂人とおもひし也。」
「予が家舊交あり。おなじく三條倉街に住しかば、來りて酒飲れしついで戲て、乃公(ちゝ)のもたまへる印籠もらひたまへ。吾とともに購つる鹽見が蒔繪のもの善し、と勸む。予まだ六七歳計にて、頻にこひしかば、父叱りしほどに泣出したり。宗叔、よしよし、乃公(ちゝ)の與へ給はずば吾參らせん、と約して、別の印籠を、あざむかずその明の朝とく持ちきたりて與へられし。是はまだ貧に至らぬ先にて、其餘の態も唯かくの如くなりしとぞ。」



「雪山」より:

「雪山は北村三立といひしかども、世に號をもてしらる。肥後の人にして諸國に遊ぶ。文筆ありしかども、獨り書名高し。書法は漢僧雪機に學たり。初赤貧にして、屋破れ雨漏に、沐浴盤(たらひ)を高く釣り、其下に座して書を學べり。あるとき肥前長崎の橋下に一夜寐て、あくるあした、あたりの酒家に入て酒をのむ。あるじ其價を乞に、なし、といふ。其家をとふにも、亦なしといへば、さらば何をする人ぞ、ととへば、もの書ものなり、とこたふるに、主もすねたるものにて、いで此ごろの閙(いそが)しきに、酒賣る日記書付給れ。今の酒の代(しろ)に充(あて)ん、といひしかば、もとよりさして志す所もなければ、日を重ねて止(とゞま)り、日毎に書つ。さるに漢法の草書なれば、いかにもよめざりしを、さすがに能書也とはしりけん、其人柄も無我なるを見て、深く信じ、遂に長崎に住しめけり。其後隣國の太守、額字をもろこしへ書にやり給ふとて、其草案をかゝしめらるゝに、道人大なる筆を持たざれば、軒にかけし簾の萱をて、打ひしぎて書り。さて彼國に渡したるに、彼方(かしこ)にもかばかりの手筆なし、とてかへしければ、直に其太守の額となりぬ。」


近世畸人伝 03


こたつで勉強する権兵衛と市兵衛の学問好き仲良し兄弟。兄の権兵衛は室内でも頭にかぶりものをしていました。




こちらもご参照下さい:

『マルセル・シュオッブ全集』














































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