『日本随筆大成 〈第一期〉 18』 世事百談 閑田耕筆 ほか

『日本随筆大成 
〈第一期〉 18』

世事百談/閑田耕筆/閑田次筆/天神祭十二時

吉川弘文館 
昭和51年3月15日 印刷
昭和51年4月1日 発行
471p 「あとがき」1p
四六判 丸背クロス装上製本 機械函
特価2,300円

付録 (4p):
八朔の白衣(宮田登)/蛮車考(中村博保)



本文新字旧かな。本文中図版多数。


日本随筆大成 閑田耕筆ほか 01


目次:

解題 (丸山季夫)

世事百談 (山崎美成)
閑田耕筆 (伴蒿蹊)
閑田次筆 (伴蒿蹊)
天神祭十二時 (山含亭意雅栗三)

あとがき (吉川弘文館編集部)



日本随筆大成 閑田耕筆ほか 02



◆本書より◆


「世事百談」より:

「○物化
譚子化書(たんしくわしよ)に、老楓(ラウフウ)化(クワシテ)羽人(ウジント)為(ナリ)、朽麦(キウバク)化(クワシテ)蝴蝶(コテウト)為(ナル)。無情(ムジヤウ)自(ヨリ)而(シテ)有情(ウジヤウニ)之(ユク)也(ナリ)。賢女(ケンジヨ)化(クワシテ)貞石(テイセキト)為(ナリ)、山蚯(サンキウ)化(クワシテ)百合(ビヤクガフト)為(ナル)。有情(ウジヤウ)自(ヨリ)而(シテ)無情(ムジヤウニ)之(ユキ)也(ナリ)といへり。已(すで)に生物(せいぶつ)に胎卵湿化(たいらんしつけ)の四生(ししやう)あり。されば鳥獣昆虫(てうじうこんちゆう)の変化(へんくわ)することは、ことさらにめづらしきにもあらず、月令(ぐわつりやう)に田鼠(でんそ)の鶉(うづら)に化(くわ)し、雀(すゞめ)の蛤(はまぐり)となることをしるし、孑々(ぼうふり)の蚊(か)となり、毛虫(けむし)の蝶(てふ)に化(くわ)するなどは、世(よ)の人(ひと)常(つね)に目(め)なれて奇(き)とするに足(たら)ず。なほいまだ見聞(けんもん)にふれざることゝいへども、亦(また)理外(りぐわい)のことにあらず、蛸魚(たこ)に柳蛸魚(やなぎだこ)といふ一種(しゆ)あり。そは蛇(へび)の化(くわ)したるものとて、食(くは)ぬ人(ひと)もあり。独醒雑志(どくせいざつし)に、蛇(へび)の蟠(わだかま)りながら鼈(べつ)に化(くわ)したることをしるしたり。山居四要(さんきよしえう)に、鼈(べつ)腹(ハラニ)蛇蟠痕(ジヤノハンコン)有(アル)者(モノハ)食(クラフ)可(ベカラ)不(ズ)といへり。地虫(ぢむし)の蝉(せみ)に化(くわ)すもつねのことなり。東遊記(とういうき)には、竹根(たけのね)の蝉(せみ)に化(くわ)したることをしるせり。またあら海布(め)を刻(きざ)みて、泥土(でいど)に交(まぜ)おけば蛭(ひる)に化(くわ)し、鼠尾草(みそはぎ)を蒸(む)して湿地(しつち)におけば、なめくぢと化(な)り、蕎麦(そば)がらにて泥鰌(どぜう)を造(つく)り、鼠(ねずみ)の糞(ふん)にてげぢげぢをこしらへるなどの類(るゐ)、あぐるに遑(いとま)あらず。西域聞見録(さいいきもんけんろく)に、夏草冬虫(かさうとうちゆう)とて夏(なつ)は草(くさ)の葉(は)岐(ふたまた)に出(いで)て韭(にら)のごとく、その根(ね)朽木(くちき)の如(ごと)くにて、冬(ふゆ)に至(いた)れば葉(は)枯(かれ)て、その根(ね)蠕動(うごめき)化(くわ)して虫(むし)となるといへり。(中略)又三河(みかは)にては、蟪姑(けら)の艾草(よもぎ)に化(くわ)すことありといへり。(中略)蟪姑(けら)の平地(へいち)にひしとつきて、動(うごか)ずにしばしあると、それがすぐに根(ね)となりて、艾草(よもぎ)の生(おい)いづとかや。(中略)この条(くだり)なかば書(かき)さしたるをりから、友人(いうじん)畑銀雞(はたぎんけい)訪(とぶらは)れたりしかば、予(よ)物化(ぶつくわ)のこといひ出(いで)たるに、さればとよ過(すぎ)しころ、おのれ草津(くさつ)に遊歴(いうれき)のかへるさ、松井田(まつゐだ)と安中(あんなか)とのあひの宿(しゆく)に、原市(はらいち)といふところあり。そこを通(とほ)りしに人(ひと)あまたつどひゐて、何(なに)やらさゝめきけるゆゑ何事(なにごと)にやと立(たち)よりて見しに、道(みち)の傍(かたへ)なる柿(かき)の木(き)に桑蚕(くはこ)のとまり居(ゐ)たりしが、頭(かしら)ははやく反鼻(まむし)に化(な)りて、体(たい)はまだ蚕(かひこ)なり。こはめづらしとおもふものから、なほ人々(ひとびと)をおしわけつゝ近(ちか)くよりて打(うち)見るほどに、口(くち)はいとおほきくさけて、体(たい)は見す見す延(のび)ると見えて、動脉(どうみやく)の運動(うんどう)体(たい)の上(うへ)にあらはれて、見るも気(き)みわろき心(こゝ)ちす。一人(ひとり)の老婆(うば)そばにありていへるは、桑蚕(くはこ)を取(と)りて柿(かき)の木(き)へうつしおくときは、三(さん)びきのものならば、必(かならず)ひとつは反鼻(まむし)に化(な)る桑蚕(くはこ)あるものとぞ。さればいかなる桑蚕(くはこ)の変化(へんくわ)するにや。その見わけはおのれもしらざれど、いづれ四五日を経(ふ)れば、全身(ぜんしん)ことごとく反鼻(まむし)となること、わかきころよりいくたびも見たり。」

「○舟幽霊(ふないうれい)
海上(かいじやう)にて覆溺(ふくでき)の人(ひと)の冤魂(ゑんこん)夜(よ)のまぎれに行(ゆき)かふ舟(ふね)を沈(しづ)めんとあらはれいづるよしいふことなり。唐土(たうど)の鬼哭灘(きこくだん)といふ所は怪異(けい)いと多(おほ)く、舟(ふね)の行(ゆき)かゝれば、没頭(もつとう)隻手(せきしゆ)独足(どくそく)短禿(たんとく)の鬼形(きぎやう)とて首(くび)のなき片手(かたて)、片足(かたあし)のせいのひくき幽霊(いうれい)、百人(ひやくにん)あまり群(むらが)りあらそひ出来(いできた)りて、舟(ふね)を覆(くつがへ)さんとす。舟人(ふなびと)の食物(くひもの)を投(なげ)あたふれば、消失(きえう)せるといへり。わが邦(はう)の海上(かいじやう)にもまゝあるなり。風雨(かぜあめ)はげしき夜(よ)ごとに、この怪(くわい)多(おほ)しとかや。俗(ぞく)にこれを舟幽霊(ふないうれい)といふ。その妖(えう)をいたすはじめは、一握(ひとつかみ)ばかりの綿(わた)などの風(かぜ)に飛(と)び来(きた)るごとく、波(なみ)にうかみ漂(たゞよ)ひつゝ、やがてその白(しろ)きもの、やゝ大きくなるにしたがひ、面(かほ)かたちいでき、目鼻(めはな)そなはり、かすかに声(こゑ)ありて、友(とも)を呼(よ)ぶに似(に)たり。忽(たちまち)数十(すじふ)の鬼(き)あらはれ、遠近(ゑんきん)に出没(しゆつぼつ)す。已(すで)に船(ふね)にのぼらんとするの勢(いきほひ)ありて、、舷(ふなばた)に手(て)をかけて、舟(ふね)のはしるをとゞむ。舟人(ふなびと)どもゝ、漕行(こぎゆき)のがるゝことあたはず、鬼(き)声(こゑ)をあげて、いなたかせといふ。そのものいふ語音(ごいん)分明(ぶんめい)なり。こは舟人(ふなびと)の俗語(ぞくご)に、大柄杓の当(そこ)をぬき去(さ)りて、海上(かいじやう)に投(なげ)あたふれば、鬼(き)取(と)りて、力(ちから)をきはめて水(みづ)を汲(く)みいれてその舟(ふね)を沈(しづ)めんとするのおもむきあり。もし、当(そこ)あるものをあたふれば、波(なみ)をくみて、舟(ふね)をしづむといへり。また、風雨(かぜあめ)の夜(よ)は海上(かいじやう)の舟道(ふなみち)の目(め)あてに、陸(くが)にて高(たか)き岸(きし)に登(のぼ)り、篝(かゞり)火を焚(たく)ことあり。鬼(き)もまた、洋中(おきなか)に火(ひ)をあげて、舟人(ふなびと)の目(め)をまよはす。これによりて、人(ひと)みな疑(うたが)ひをおこし、南(みなみ)なるが人(ひと)の焚(たく)にや。北(きた)にあるが、鬼火(きくわ)かと舟道(ふなみち)を失(うしな)ひ、かれこれと波(なみ)に漂(たゞよ)ふひまに終(つひ)に鬼(き)のために誘(さそ)はれて溺死(できし)し、彼(かれ)と同(おな)じく鬼(き)となることもあり。ある舟人(ふなびと)の物(もの)がたりに、人火(ひとのひ)は所(ところ)を定(さだ)めて動(うご)かず、鬼火(おにび)は所を定(さだ)めず、右(みぎ)にあがり、左(ひだり)にかくれ、鬼(き)猶且(なほかつ)遠(とほ)く数十(すじふ)の偽帆(ぎはん)をあげて走(はし)るがごとくす。人(ひと)もしこれに随(したがひ)て行(ゆ)くときは、彼(かれ)がために、洋中(ようちゆう)に引(ひか)るゝなり。これも人帆(じんほ)は風(かぜ)にしたがひて走(はし)り、鬼帆(おにほ)は風(かぜ)にさからひて行(ゆ)くといへり。されどもこの場(ば)にのぞみては、事(こと)になれし老舟士(ろうしうし)といへども、あはてふためき、活地(くわつち)に出(いづ)ることかたきものとぞ。」

「○手飼(てがひ)の虎(とら) 山猫(さんめう)
虎(とら)と猫(ねこ)とは大小剛柔(だいせうがうじう)ははるかに殊(こと)なりといへども、その形状(かたち)の相類(あひるゐ)すること絶(たえ)てよく似(に)たり。さればわが邦(はう)のいにしへ、猫(ねこ)を手(て)がひの虎(とら)といへること、古今六帖(ここんろくでふ)の歌に、
    あさぢふの小野(をの)のしの原(はら)いかなれば手(て)がひのとらのふし所(どころ)なる
また源氏物語(げんじものがたり)女三宮(によさんのみや)のくだりに見えたり。唐土(たうど)の小説(せうせつ)に、虎(とら)を山猫(さんめう)といふこと、西遊記(せいいうき)(中略)に(中略)あり。形似(けいじ)をもて互(たがひ)に異名(いみやう)とすること、おもしろくおぼえたり。」

「○通(とほ)り悪魔(あくま)の怪異(けい)
世(よ)に狂気(きやうき)するものを見るに、大かたは無益(むえき)のことに心(こゝろ)を苦(くる)しめ、一日も安(やす)き思(おも)ひなくて、はてには胸(むね)にせまり心みだれて、狂(くる)ひさはげるなり。」
「むかし川井某(かはゐなにがし)といへる武家(ぶし)、ある時(とき)当番(たうばん)よりかへり、わが居間(ゐま)にて、上下(かみしも)、衣服(いふく)を着(き)かへて座(ざ)につき、庭前(ていぜん)をながめゐたりしに、縁(えん)さきなる手水鉢(てうずばち)のもとにある葉蘭(はらん)の生(おひ)しげりたる中(うち)より、焰(ほのほ)炎々(えんえん)ともゆる三尺ばかり、その烟(けむ)りさかんに立(たち)のぼるをいぶかしく思(おも)ひ、心(こゝろ)つきて家来(けらい)をよび、刀(かたな)、脇指(わきざし)を次(つぎ)へ取(とり)のけさせ、心地(こゝち)あしきとて、夜着(よぎ)とりよせて打臥(うちふし)、気(き)を鎮(しづ)めて見るに、その焰(ほのほ)のむかふなる板塀(いたべい)の上(うへ)よりひらりと飛(とび)おりるものあり。目(め)をとめて見るに、髪(かみ)ふりみだしたる男(をとこ)の、白(しろ)き襦袢(じゆばん)着(き)て、鋒(ほさき)のきらめく槍(やり)打(うち)ふり、すつくと立(たち)てこなたを白眼(にらみ)たる面(おも)ざし、尋常(よのつね)ならざるゆゑ、猶(なほ)も心(こゝろ)を臍下(さいか)にしづめ、一睡(いつすゐ)して後(のち)再(ふたゝ)び見るに、今(いま)まで燃立(もえたて)る焰(ほのほ)も、あとかたなく消(きえ)、かの男(をとこ)もいづち行(ゆき)けん常(つね)にかはらぬ庭(には)のおもなりけり。かくて茶(ちや)などのみて、何心(なにごゝろ)なく居(ゐ)けるに、その隣(となり)の家(いへ)の騒動(さうどう)大かたならず。何ごとにかと尋(たづ)ぬるに、その家(いへ)あるじ、物(もの)にくるひ白刃(しらは)をふり廻(まは)し、あらぬことのみ訇(のゝし)り叫(さけ)びけるなりといへるにて、さては先(さ)きの怪異(けい)のしわざにこそとて、家内(かない)のものにかのあやしきもの語(がたり)して、われは心(こゝろ)を納(をさ)めたればこそ、妖孽(わざはひ)、隣家(りんか)へうつりてその家(いへ)のあるじ怪(あや)しみ驚(おどろ)きし心(こゝろ)より、邪気(じやき)に犯(をか)されたると見えたれ。これ世俗(せぞく)のいはゆる通(とほ)り悪魔(あくま)といふものといへり。またこれに似(に)たることあり。四(よ)ッ谷(や)の辺(へん)類焼(るゐせう)ありし時(とき)、そこにすめる某が妻(さい)、あるじの留守(るす)にて、時(とき)ははつ秋(あき)のあつさもまだつよければ、只(たゞ)ひとり縁先(えんさ)きにたばこのみつゝ、夕(ゆふ)ぐれのけしきをながめゐたるに、焼後(やけご)といひ、はづかのかり住居(すまゐ)なれば大かた礎(いしずゑ)のみにて草(くさ)生(おひ)しげり、秋風(あきかぜ)のさはさはとおとして吹来(ふききた)りしが、その草葉(くさば)の中(なか)を白髪(はくはつ)の老人(らうじん)、腰(こし)はふたへにかゞまりて、杖(つえ)にすがりよろぼひつゝ、笑(わら)ひながらこなたに来(きた)るやうすたゞならぬ顔色(がんしよく)にて、そのあやしさいはんかたなし。この妻女(さいぢよ)心得(こゝろえ)あるものにて、両眼(りやうがん)を閉(と)ぢ、こはわが心(こゝろ)のみだれしならんとて、普門品(ふもんぼん)を唱(とな)へつゝ、心(こゝろ)をしづめ、しばしありて目(め)をひらき見(み)るに、風(かぜ)に草葉(くさば)のなびくのみ。いさゝかも目(め)にさへぎるものさらになかりしに、三四軒(さんしけん)もほどへたる医師(いし)の妻(さい)、俄(にはか)に狂気(きやうき)しけりといへり。これもおなじ類(たぐ)ひの怪異(けい)なるべし。」



日本随筆大成 閑田耕筆ほか 03


「閑田耕筆」より:

「今は十七八年前、讃岐の金比羅にまうでゝ、夫より厳島(イツクシマ)に遊んとする海路、おんどのせとゝいふ所を過て船をとゞめ、天明をまちて出せしに、二三里計も過ぬらんとおもふ比、船頭俄に人語を制(セイ)す。何事ぞとあやしむに、烏帽子のごときもの浮みて、船に行違ひたり。さて後、なぞととふに、船人、彼物と計こたへしは鱣(フカ)なりとしられぬ。かのゑぼしのごときは、尾の先の顕れしなり。是は船を覆(クツガ)へし、あるひは人をもとれば、大きにおそるゝなり。さて怪異(ケイ)といふは是(これ)にはあらず。此ものを見ていくほどもあらず、東北の間とおぼしきかたより、十三四計の童子の声して、ほいほいと呼ぶこと三声、船人また手して人の物いふことをとゞめて、彼方に向ひ よいはそこにをれそこにをれといふ。其日は雲霧深くて四方かつてみえず。はじめは友船のよぶにやと思ひしが、影も見えねば、また霧のかなたに島などありて、鳥の声の人語にまがふにやとも疑ひしが、此船人のいらへにて、あやしき物とはしりぬ。其後又是はなぞと、とはまほしかりしかども、しきりに船を漕よせて、あるひは檜杓をこふ事有。其時底なきものを与ふ。もし底あれば、海水をこなたの船へ汲入つて、つひに覆(クツガヘ)すといひ伝ふ。此外、船中の怪異聞クこと多し。溺(オボ)れ死したるものゝ霊、おのがごとく船を沉めんとするなりとぞ。ことに七月十五夜、十二月晦日夜は、諸船往来せぬがならひにて、此両夜は海上に怪(アヤ)しきことあまた有リといふを、何某の船頭、強気なるものにて、試みに船を出せしが、果して風波さわがしく、鬼火あまた見え叫(サケ)ぶこゑなど、所々に聞えおそろしさ、言にもつくされずと、其船頭、鈴木修敬にかたりしとなり。まさしくおのが彼こゑを聞しにて、虚妄ならぬをしりぬ。
○幽霊のついでに思ひ出しことは、江戸某の檀林に一僧の霊有リ。学力ある住僧あれば必出て見ゆ。一代の和尚、夜本堂に登らんとする時、是にあひて忽チ商量す。心法性元ト浄シ忘(妄)念何によりてか生ずと有りしに、霊にらみて腐(クソ)小僧めがといひし。和尚心よからざりしが、ほどなく隠居せられしとぞ。むつかしき霊といふべし。」

「○上野國の士人の家に、秘蔵の皿二十枚有し。もし是を破(ワル)ものあらば、一命を取べしと世々いひ伝ふ。然るに一婢(ヒ)あやまちて一枚を破りしかば、合家みなおどろき悲しむを、裏に米を舂(ウスツク)男、これを聞つけて、わが家に秘薬ありて、破(ワレ)たる陶器(スヱモノ)を継に跡も見えず。先其皿を見せ給へといふに、皆色を直して、其男を呼てみせしに、二十枚をかさねて、つくづくみるふりして、もちたる杵(キネ)にて微塵(ミジン)に砕(クダキ)たり。人々これはいかにとあきれたれば、笑ひていふ。一枚破たるも、二十枚破たるも、同じく一命をめさるゝなれば、皆わが破たると主人に仰られよ。此皿、陶物なれば一々破るゝ期有べし。然らば二十人の命にかゝるを、我一人の命をもてつぐのふべし。継べき秘薬有といひしは偽にて、かくせんがためなりと、一寸もたじろがず、主人の帰りをまちたるに、主人帰りて此子細を聞て、其義勇を甚感じ、城主へまうして士に取たてられたりしが、はたして廉吏成しとかや。」

「○章魚(タコ)の内に、あるひは蛇の化するもの有といふ。ある人の話に、越前にて大巌にふれて尾を裂(サキ)たるが、つひに脚に成たり。(中略)又使し僕も彼国の者にて、是は山より小蛇あまた下り来て水際(ギハ)に漬(ヒタ)り、小石にふれ、漸々に化して水に入たりといひき、彼辺にては折々有事ならし。
○薯蕷(ヤマノイモ)の半鱓魚(ウナギ)に化したるが、彼薯蕷の分折レたれば、生気出ずやみたる物を、まさしく見たりといふ人ありき。谷川の岸の自然生(ジネンゼウ)の芋、水に漬りて化するとぞ。笹魚とて鮎のごとき魚も、竹の水にひたりて化すといふ同じ類ひなり。」



日本随筆大成 閑田耕筆ほか 05


「閑田次筆」より:

「○予が識る人野遊に出たる時、小(チイサ)き虫ふと耳中へ入たり。かゝる時は、かたへの耳に蜜をぬれば、其香をとめて必出るものなれども、さやうのたくはへもなき所にて、いかにともせんすべなかるべきを、其友なる人卒におもひえて、眼も口も鼻も堅くふたがしめ、其入たる方の耳より、息をつよく吹入たれば、吹れてかたへの耳より、ことなく虫出去リたりと、其友手がら咄しに仕たり。心得置べきことなり。」

「○嬰児(ヱイジ/ミドリコ)のしきりに泣入しを、腹痛ならんとて、医を迎へ頻に薬を用ゐしかども、ますますに泣(ナキ)いりてつひに死したり。そのゝちに死骸を見れば、背に蜈蚣(ムカデ)喰付てありし。背をたゝきし時、ますますに泣しは、此故なりしとおもひ合されし。」

「○粟田口にて刑せらるゝ者、馬を下りて溺(イバリ)す。冬のことなるが、湯気(ユゲ)たちて見ゆ。さて静に畠ものを見て、ことしも麦はよく生たりと独言し、優然と死につく、実に帰(キ)するがごとしといふべきさまなりしと、見し人かたりぬ。」



日本随筆大成 閑田耕筆ほか 04


「閑田次筆」より、雷獣の図。




こちらもご参照ください:

『日本随筆大成 〈第二期〉 6』 三養雑記 近世奇跡考 ほか











































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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