佐藤輝夫 『トリスタン伝説 ― 流布本系の研究』

「完全なエゴイズムか、全き反社会的か、むしろ彼らは善悪の彼岸を超えて amoralisme の世界に生きる。」
(佐藤輝夫 『トリスタン伝説』 より)


佐藤輝夫 
『トリスタン伝説
― 流布本系の研究』


中央公論社 
昭和56年3月10日 初版発行
昭和56年8月25日 再版発行
789p 索引・書誌・表xix 目次4p
A5判 丸背クロス装上製本 貼函
定価9,800円



本書「あとがき」より:

「トリスタン伝説についての小さな紹介書みたようなものを書いてみたいという念願は、私の小半生のあいだずっと燻り続けていた。この伝説との出合いは、一九二六年ごろ、私の最初のパリ滞在中のある日に、フラマリオン書店の、オデオン座廻廊の出店で、ジョゼフ・ベディエ編する『トリスタン・イズー物語』を買い求めて、パリ右岸の馬糞くさい街区の下宿で、ぼつぼつその邦訳を始めたころから始まる。私は寄り寄り参考文献なども買い漁っていた。
 それから間もなく、私の好奇はフランソア・ヴィヨンに移行して、それ以来約二〇年近くの歳月を、その詩の邦訳とこの浮浪学徒の伝記的考察に傾けてきた。その成果が一九五〇年の『ヴィヨン詩研究』で、これは一九五三年中央公論社から刊行された。
 次いで、その頃からわが国でも勃興しかけた、比較法を採り入れてする文学の研究法が私を駆り立て、西の『ローランの歌』と東の『平家物語』の、それぞれの分野に於ける叙事詩的醗酵と、その昇華の分析と比較に、約二〇年近くの歳月を費した。これが一九七二年に『ローランの歌と平家物語』(前後二巻、中央公論社)として刊行された。
 こういう二書の刊行のあとさきにも、トリスタン伝説に寄せるノスタルジーにも似た私の想念は、内部で涸れていたわけではなかった。」
「私のフランス中世文学研究の三部作はこれをもって一先ず完了した。」



本書後半部分にはベルールとトマによるトリスタン物語(現存するのは断片のみ)の日本語訳が収められています。


佐藤輝夫 トリスタン伝説 01


佐藤輝夫 トリスタン伝説 02


目次:

研究篇
 第一部 トリスタン伝説の偉大と衰微、その現代における復権
  第一章 トリスタン伝説の復権と埋没詩篇の発掘
  第二章 伝説の流布と現存諸本の相互関係
  第三章 原物語探求へのミラージュ
 第二部 伝説起源考
  第四章 伝説のケルト起源に関する問題(一)
  第五章 伝説のケルト起源に関する問題(二)
  第六章 トリスタン伝説のフランス語圏への渡来について
 第三部 流布本系物語祖本の探求
  第七章 いわゆる流布本系と風雅体系の二流の分立について
  第八章 ベルールとアイルハルトの対比的考察(一) 樹下の密会とその跡始末の場面
  第九章 ベルールとアイルハルトの対比的考察(二) モロアの森の場面
  第一〇章 流布本ペルールに欠落せる前半部分の推定 「フィルトル」の場面を中心に
  第一一章 アイルハルトと乖離後のベルール本の展開
  第一二章 O本を通して見る流布本後部の展開
  終章 流布本系伝説の構造と風雅体本

資料篇
 トリスタン・イズー物語 ベルール作 流布本系
  一 樹下の密会――泉水
  二 矮人フロサンの奸計
  三 トリスタンの逃亡と妃イズーの裁き
  四 モロアの森林
  五 隠者オグラン(和解)
  六 裁き
  七 報復
  流布本系 トリスタン・イズー物語訳注
 トリスタン物語 トマ作 風雅体本
  序
  果樹園の章(続き) 〔ケムブリッジ断片〕
  トリスタンと白い手のイズーとの結婚の章 〔スネイド断片〕
  人形(ひとがた)の広間の章 〔トリノ断片の一〕
  妃の行列 〔ストラスブール断片の一〕
  物語の終章 〔トリノ断片の二〕/〔ドゥース断片〕
  風雅体本 トリスタン物語訳注

あとがき
主要人物並びに地名表示対照表
トリスタン伝説関係書誌目録抄
索引



佐藤輝夫 トリスタン伝説 03



◆本書より◆


「終章」より:

「中世文学に於けるエロースの出現は、十二世紀の初頭にフランスの南部、ポアトゥー、リモージュ、ギュイエンヌなど、いうところのオック語圏内に、忽然として Domna(Dame)崇拝という、一種ミスチックな、擬宗教的な崇拝思想という形を取って現われた。トゥルーバドゥールと呼ばれる南方詩人たちは、それぞれひとりの貴女を選び、その貴女への憧憬と愛の欣求とを、きわめて洗練された、それぞれが独自の詩形式をもって表現し、それをその貴女に捧げた。元より Domna はその名辞の示す如く高貴の夫人であらねばならぬ(引用者注: 「あらねばならぬ」に傍点)ところから、その愛が十全に容れらるべくもないことは明かである。それでも詩人は海へ乗り入れる騎士の如きものである。荒海の波濤が高ければ高いだけ、彼らは騎士的倫理――忠誠と奉仕と尚武――をこれに尽さなければならない。そしてそういう労苦によって現実に於て与えられるものは、consolamente という、その忠誠と奉仕との受容のくちづけ一つである。しかもその愛の受容が与えられてからも、それを持続するためには、以前にも増して、その虚しい、が然し彼らにとってはそれで十全の満足をえるために、一層の Frauendienst に励むのである。勿論、彼らは時にはそれ以上のものを望む。――暗夜ひそかに馬を駈り、貴女の局に乗りつける。そして几帳の陰につかのまの愛の語らいを夢みる。けれどその夢は第三者の存在か、遠廻しの貴女の拒絶か、いずれにしてもその夢は正に一場の夢でしかない。彼らの愛は、終には叶えらるべくもない絶望的な愛であった。
 次に、十二世紀の古学の復興いわゆるルネッサンスは、中世の人々に古典古代の存在を識らしめた。彼らはウェルギリウス、スタチウス、『イーリアス・ラチーナ』などによって、就中オウィディウスによって、古代の古典を識り、古代人のこころを支配する情念の跳梁をも知った。しかし同時にその情念を、古代人はこれを狂気として怖れ、トゥルーバドゥールたちがしているように、エロースを美しきもの、貴きもの、好もしきものとは考えていないことに気がついた。彼らは『アエネイス』を、『テーバイス』を、そしてオウィディウスの作品を換骨奪胎して中世風古代物語に書き替えた。しかしこれらの情念の物語はスケールの大きな作品の中に一個の挿話として描かれたものであって、愛それ自身が基本的テーマとなっている作品は、一、二の短篇意外にはない。然もそれも、年代的には一一〇〇年代の半ばを、かなり経ってからの話である。
 そこへ、ブレリによってケルト起源のトリスタン伝説がフランス語圏の世界に紹介されたのである。それは愛それ自身が伝説全体を貫き透すテーマである。シャーマン・ルーミスの言うように、それは作品それ自身の中に見る燎原の火の如き愛の焰によって、人心を焼きつくしてしまったであろうことは想像に難くはない。それは愛によって始まり、そして死をもって終る愛、否、死後にまで続く愛である。人々はそうした愛の到来を待ち望んでいたのにちがいない。
 エストワールすなわち流布本系の祖本の作者は、このケルト渡来のトリスタン伝説を聞いて、強い感動とそして好奇を覚えたにちがいない。彼はトゥルーバドゥールの謳う貴女崇拝の観念をその間に存しながらも、それが永遠の愁訴に終る恋愛感情ではなく全き(引用者注: 「全き」に傍点)恋愛、そして仮りの、一時期の恋情ではなく、死に至るまでの、言葉をかえて言えば全生涯にまで持続する愛を描こうとする構想を持ったにちがいない。何故ならそれは恋するひとたちの悲願であるから。人物の交配はトゥルーバドゥールのそれをそのまま踏襲する。すなわち貴女と騎士、――それは既にしてケルトの伝統がその形を存している。然もその貴女の夫は騎士の主筋に当る高貴の人物、すなわち王者。
 いま若しこういう社会背景と重要人物の組合せによって、ケルトの伝説を現代的に描こうとするなら、勢い伝説に種々の改変を加える必要があったであろう。その最も根本的なものは、当事者を結び合わせる契機であるが、ケルトの禁忌(Geis)では現代の聴衆は満足をする筈はない。エストワールの作者はこれをフィルトル(愛の飲料)を以って置き替えた。同じフォークロア的性格を帯びるとしても、禁忌とフィルトルとでは蓋然性(聴衆の納得)は全く異なる。流布本系祖本の作者は、これに宿命的意味を持たせ、これを飲むものは永遠に結ばれて別れることがない。然も作者はフィルトルの全き有効期限を三年(または四年)と限定した。この全き有効期限にあっては、恋人は愛の自律性によって一日たりと離れて生きることはできぬ。その間にあっては、愛は全き盲目性(Las n'en sui, v. 2146)をもって生き、自己保全のためには、如何なる策謀と自己防衛もこれを辞せぬ。完全なエゴイズムか、全き反社会的か、むしろ彼らは善悪の彼岸を超えて amoralisme の世界に生きる。それどころではなく、神も自分たちの味方であるとさえ信じる。しかし不思議なことに、こういう彼らの生活と行動に、作品で見る限り、作者も、民衆も、そういう彼らに同感的であり、同情的であり、そういう彼らを追求する宮廷のアンチ・トリスタン的勢力を、つねに憎悪する。それは(中略)彼らの行為が、愛のオートマチスムの故(せい)であることを識らずして、然もそれを理解し、好もしい(引用者注: 「好もしい」に傍点)とする人情のせいではなかったろうか。」































































































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