高田衛 編・校注 『江戸怪談集 (上)』 (岩波文庫)

「夜深きに、若き女の声にて、塩屋の門にきたりて、「火にあたらん」といふ。みれば子を抱きたり。男のいはく、「彼方(そなた)の口へゆきて、火にあたれ」といふ。「うれしや」といふて、行きて火にあたる。竈の下、火焰の中より見れば、狐ひとつの雁(がん)をもちて膝のうへにをきて、撫(な)でさするなり。不思議やと思うて、起きて竈のうへより見れば、女、子を膝に置くなり。又竈の下より見れば、狐先の如し。又竈の上より見れば女なり。」
(『奇異雑談集』所収「塩竈火焰の中より狐のばけるを見し事』 より)


高田衛 編・校注 
『江戸怪談集 (上)』 

岩波文庫 黄/30-257-1 

岩波書店
1989年1月17日 第1刷発行
1990年11月16日 第6刷発行
398p
文庫判 並装 カバー
定価670円(本体650円)
カバー: 中野達彦



本書「解説」より:

「ここでは(中略)江戸時代初期、「仮名草子」に属する〈怪談集〉のなかから、さまざまなハナシの諸類型を集めてみたのである。多くの話の中には、明らかな類話もあるが、あえて重複をいとわず収載したのは、ハナシの書きかえや、成長の過程そのものも、私たちの〈怪談〉の理解に寄与するであろうからである。」


本書所収の怪談は、
『宿直草(とのいぐさ)』(荻田安静編著、延宝五年(1677)開板)
『奇異雑談集(きいぞうたんしゅう)』(編著者不詳、貞享四年(1687)開板)
『善悪(ぜんあく)報(むくい)ばなし』(編著者不詳、元禄年間板行)
『義残後覚(ぎざんこうかく)』(愚軒編著、文禄年間(1592―96)成立)
からセレクトされています。

本文中挿絵図版多数。


江戸怪談集 上 01


カバーそで文:

「江戸時代は怪談の好まれた時代であり、早くから刊行された多くの怪談本は近世文学史に無視できぬ位置をしめている。本書は代表的な十一種の怪談本から現代人が忘却の彼方におしやってしまった「不思議の園」としての作品を精選し脚注つきで提供する。(全3冊)」


目次:

凡例

宿直草
 廃れし寺をとりたてし僧の事
 武州浅草にばけものある事
 浅草の堂にて人を引き裂きし事
 ある寺の僧、天狗の難にあひし事
 天狗つぶて 附 心にかからぬ怪異は災ひなき弁の事
 摂州本山は魔所なる事
 見越し入道を見る事
 急なるときも、思案あるべき事
 蜘蛛、人をとる事
 百物語して、蜘の足を切る事
 甲州の辻堂に化け物のある事
 三人しなじな勇(よう)ある事
 女は天性肝ふとき事
 誓願寺にて鬼に責めらるる女の事
 建仁寺の餅屋告げを得る事
 小宰相の局、ゆうれいの事
 不孝なるものの舌をぬかるる事
 卒塔婆の子うむ事
 古狸を射る事
 たぬき薬の事
 やま姫の事
 猟人、名もしれぬものをとる事
 蛇の分食といふ人の事
 湖に入り、武具を得し事
 幽霊の方人の事
 幽霊、偽りし男を睨(さし)ころす事
 幽霊、読経に浮かびし事
 男を食う女の事
 虱の憤り、人を殺せし事
 鼠、人を食ふ事
 ねこまたといふ事
 年へし猫は化くる事
 七人の子の中にも女に心ゆるすまじき事
 博奕打ち女房におそれし事
 きつね、人の妻にかよふ事
 智ありても、畜生はあさましき事
 産女の事
 戦場の跡、火燃ゆる事
 仁光坊といふ火の事
 曾我の幽霊の事
 古曾部の里の幽霊の事
 蛸も恐ろしきものなる事
 旅僧、狂気なる者に迷惑する事
 五音を聞き知る事
 堪忍ゆえに徳をとる事

奇異雑談集
 江州枝村にて客僧にはかに女に成りし事 并びに智蔵坊の事
 人の面(おもて)に目鼻なくして、口頂(いただき)の上にありて、ものをくふ事
 古堂の天井に女を磔にかけをく事
 九世戸の蚊帳の中に思ひの火、僧の胸より出でし事 并びに竜灯の事
 戸津坂本にて、女人僧を逐(お)つて、共に瀬田の橋に身をなげ、大蛇になりし事
 糺の森の里、胡瓜堂由来の事
 越中にて武士の内婦、大蛇になりて大工をまとひし事
 伊勢の浦の小僧、円魚(えいのうお)の子の事
 丹波の奥の郡に、人を馬になして売りし事
 越中にて、人、馬になるに、尊勝陀羅尼の奇特にてたすかりし事
 伊良虞のわたりにて、独り女房、船にのりて鮫(わに)にとられし事
 越後上田の庄にて、葬りの時、雲雷きたりて死人をとる事
 下総の国にて、死人棺より出でて霊供の飯をつかみくひて又棺に入る、是よみがへるにあらざる事
 筥根山火金の地蔵にて、火の車を見る事
 産女の由来の事
 国阿上人発心由来の事
 四条の西光庵、五三昧を廻りし事
 硯われて竜の子出で天上せし事
 塩竈火焰の中より狐のばけるを見し事
 姉の魂魄、妹の体をかり夫に契りし事
 女人、死後、男を棺の内へ引込みころす事

善悪報ばなし
 前世にて、人の物をかり取り、返さざる報により、子と生れ来て取りて返る事
 継母、娘を殺す 并びに柱に虫喰ひ歌の事
 親の報ひ、子供三人畜生の形をうくる事
 商人、盗人に殺さるる事 并びに犬告げしらする事
 人を妬む女の口より蛇出る事
 死したる子来り、継母を殺す事
 猟師、蛇に命をとらるる事
 五輪より血の出る事
 悪逆の人、海へ沈めらるる事
 無益の殺生の事 并びに霊来りて敵を取る事
 女房、女の孕みたる腹を焼き破ること
 蛇、女をおかす事
 慈悲ある人海上を渡るに舟破損し、亀に助けらるる事
 死したるもの犬に生るる事
 女、愛執により蛇となる事
 女、夫の田地を盗み、天罰の事
 猿の子を失なひ、猿に殺さるる事
 箱根にて死したる者に逢ふ事
 妄霊来て敵(かたき)を叩き殺す事
 女房、下女を悪(あ)しくして、手の指ことごとく蛇になる事
 下人、生きながら土にうづむ事
 女の一念、来て夫の身を引きそひて取りてかへる事
 妄霊と組みあふ事
 同行六人湯殿山禅定の事 并びに内一人犬と成る事

義残後覚
 岩岸平次郎、蛇を殺す事
 亡魂水を所望する事
 人玉の事
 大蛇、淵をさる事
 小坊主、宮仕への事
 果進居士が事
 弥彦、盗賊を討つ事
 和州に於いて奇代変化の事
 秀包怨霊つかせ給ふ事
 安井四郎左衛門、誤まりて妻を討つ事
 松重岩之丞、鬼を討つ事
 女房、手の出世に京へ上る事

解説



江戸怪談集 上 02



◆本書より◆


「急なるときも、思案あるべき事」より:

「青侍(なまさむらい)有りて道を行くに、里遠き所にて日暮れたり。いかがせんと辺りをかけるに、林下(りんか)に古き宮あり。則(すなわ)ち拝殿に上り、柱にそふて、ここにしも夜を明かさんと思ふに、(中略)やや宵も闌(たけなわ)にして、四更の空と覚しき比(ころ)、十九(つづ)二十(はたち)ばかりの女房、孩子(がいし)を抱(いだ)きて忽然(こつぜん)と来たる。(中略)如何様(いかさま)にも化生(けしょう)の物にこそと、(中略)用心して侍りしに、女うち笑(え)みて、抱きたる子に、「あれなるは父にてましますぞ。行きて抱かれよ」とて突き出す。此の子、するすると来るに、刀に手かけてはたと睨めば、其の儘帰りて母に取り付く。「大事(だいじ)ないぞ、行け」とて突き出す。重ねて睨めば又帰る。かくする事四、五度にして、退屈やしけん。「いでさらば、自ら参らん」とて件(くだん)の女房、会釈もなく来たるを、臆せずも抜き打ちにちやうど切れば、「あ」と云ひて、壁を伝ひ天井へ上がる。
 明け行く東雲(しののめ)しらみ渡れば、壁にあらはな貫(ぬき)を踏み、桁(けた)など伝ひ、天井を見るに、爪(つま)さき長き事、二尺ばかりの上臈蛛(じょうろうぐも)、頭(かしら)より背中まで切りつけられて、死したり。人の死骸有りて、天井も狭(せば)し。(中略)又連れし子と見えしは、五輪の古(ふ)りしなり。」



「やま姫の事」より:

「ある牢人(ろうにん)のいはく、備前岡山にありしとき、山家(さんか)へ行きてあそぶ。其処(そこ)なる人の語りしは、「殺生(せっしょう)のために、あるとき太山(みやま)へわけ入りしに、年の程廿(はたち)ばかりの女房、眉目(まみ)麗(みやびやか)にして世に類(たぐ)ふべきもなし、色めづらしき小袖に、黒髪の尋常(よのつね)に艶(にお)やかなるありさま、また有るべき人とも見えず。
 斯(か)かる方便(たつき)も知らぬ山中に、覚束なくも思ひければ、鉄砲取り直し、真正中(まっただなか)を撃つに、右の手に是を取り、深見草(ふかみぐさ)の唇(くちびる)に爾乎(にこ)と笑めるありさま、なを凄じくぞ有りける。さて、ふたつ玉にて薬籠(こ)み、手前はやく放つに、是も左の手につい取りて、さらぬ体(てい)に笑ふ。この時に、はや手は尽しぬ。如何(いかが)あらんと恐ろしく、急ぎて帰るに追つかけもせず帰りしなり。
 其の後、年長(た)けたる人に語りしに、「それは山姫(やまひめ)と云ふものならん、気に入れば宝など呉(く)るる」と云ひ触れり」と語る。」



「七人の子の中にも女に心ゆるすまじき事」より:

「耳馴れたる話に、ある人娘を持つ。家に白犬あり、娘に小便やるたびに、彼の白犬を呼びて、「掃除せよ、此の娘は己れが妻ぞ」など戯(たわ)れければ、犬も尾を振りて来たる。かくて娘長(ひととな)りて言立(ことた)つべき比(ころ)、仲立ちすべき人、一間所(ひとまところ)にて縁(よすが)さだむべき談合などすれば、此の犬見て、其の人の帰るを待ちて咬(か)みつく。余(よ)の人とても縁の事言ふをばかくの如く咬みければ、「由無(よしな)し」とて打ち捨て、娘の嫁(か)すべきやうなし。」
「親かなしく思ひ、相人(そうにん)を呼び卜(うら)を頼みければ、「此の犬思ひ入れしなり、殺すともまた執心止む事なし。はかなきは母あひたてなくも汝が妻ぞなどいひしを、畜生ながら聞きとどめけるにや。一度(ひとたび)は語らはせでは叶(かな)ふまじ、方見(うたて)くこそ」といふ。
 親聞き、涕(なみだ)ながし、「さては力無し」と娘に語れば、敢へて歎く色も無し。「我に似たる畜生にこそ」と、途離(とばな)れたる山に家をつくり、犬もろともに遣(つか)はしけり。(中略)かかる馴(なじ)みも薄からで、きつね狸きじ兎(うさぎ)やうのもの取り帰れば、女は市に持て出で、代(しろ)なしつつも日を送れり。」
「ある時、山伏有りて、此の山を過(よぎ)る。並べし軒も見えなくに、その姿優しき女、もの待つ風情に見えたり。なほ過ぎがてに立ち寄り、「如何におことは誰が問ふて此の山には住み給ふ」と云ふ。女、「我にも夫の候ひて」と云ふ。(中略)「さて其の語らひ給ふは何処(いずこ)にて如何なる人ぞ」と尋ぬれば、云はでもと思ふ皃(かお)に、「恥づかしながら犬に契りて侍る」と云ふ。「さてはさうか」と、さらぬ体(てい)にて立ち出て、此の女、犬に添はすべきやうことなけれと、ある所に待ち居しに、例の犬見えたり。さらば是なるべし、殺さんと思ひ、(中略)謀(はか)りすましてただ一刀(ひとかたな)に打ち殺し、骸(から)は土に埋め、日を経(へ)て彼処(かしこ)に又訪(とむら)ふ。
 女例ならず歎く。(中略)「何を悲しび給ふぞ」といふ。「さればとよ、是々(これこれ)なり。ただかりそめに立ち出でて、今日七日になり侍り。行方(ゆくえ)思はれ候ぞや」と、涙とともに語る。(中略)「さてしも、悔(くや)む甲斐もなし、我いまだ定まりし妻もなし、来たり給はば誘ひ行かん」と云ふ。女も頼りなき身なれば、その心にまかせて、長く添ひ侍り、年の矢も数立ち行けば、子を七人まで儲(もう)けたり。
 山伏、ある夜語らく、「御身が添ひし白犬は、かく語らひたきままに、我殺し侍る」と語る。(中略)女つらつらこれを怨み、終(つい)に山伏を殺せりとなり。」



「旅僧、狂気なる者に迷惑する事」より:

「旅僧、山路に踏み迷ひ、夜になりて歩(あり)く。或る谷合(たにあい)に小さき家ありければ、立ち寄り、「宿借りたし」と云ふ。四十ばかりの男立ち出でて、「やすき事なり。さりながら、馴染みし者の、いたく煩(わずら)ひて候へば、今を限りの病の床、見るに忍びず思(おぼ)しなん。其れとても苦しからず侍らば、いとやすき事なり」と云ふ。」
「女の病いと重くなり、しばしと頼む甲斐も無く、終に空しくなりぬ。男大きに歎きしかども、露さら其の詮(せん)なかりければ、僧に向つて云ふやう、「女の親しき者も、我が縁(ゆかり)の者も十町ばかり隔てて、山の彼方(あなた)に住み侍り。(中略)此の事知らず侍らんなれば、我行きて彼らに知らせん。願はくは守(も)り給へ。不祥ながら頼みたし」と云ふ。僧、「やすき事」と肯(うけが)ふに、男は外へ出でぬ。」
「かかる所へ廿(はたち)ばかりの女房、髪は葎(むぐら)を掻き乱したるが、戸を開けて入る。うち構はず、尸(かばね)の元に寄り、「なうなう」と云へど、空しき骸(から)の物云はざれば、「さては死に給ひたか、ああ愛(いと)しやいとしや」と泣く。さては娘にこそと、哀れをもよほすに、彼の者、尸を動かし、「ああおかしや、ちと笑ひ給へ」と、こそこそと擽(こそぐ)り、目吸ひ口吸ひ、けらけらと笑ふ。うれしさうなる有り様なり。
 さては人にてはなし、化生(けしょう)のものよと、はたと睨めば、「あ怖(こわ)」など云ふて出づ。出づるかと思へば又来て泣く。泣くかと思ふに又笑ふ。泣いつ笑ふつせし程に、立ちて追へば、「なう怖や」とて逃げて行く。さて帰りしと見れば、又門に来、背戸(せど)に回り、戸障子(としょうじ)よりのぞきなんどして、「愛しや、うれしや」と、(中略)聞こえし。」
「亭主やがて帰り、僧に向つて云ひけるは、「もし我が留守に怪しき者来たらず候や」と云ふ。僧、吐息して右の事語る。主(あるじ)、「さればこそ、あれは我が娘にて候へども、狂気ものなる故、山に小屋作りて追ひ入れ候。我出で候へば家に来たり、狂ひ申し候也。申して出で候べきを失念致し、道にて思ひ出だし候也。恐ろしく思(おぼ)し候こそ尤もに侍れ」と云ふ。さて縁(ゆか)りし人集まり、骸を野べに送りければ、僧も夜明けて出でぬ。」



「人の面(おもて)に目鼻なくして、口頂(いただき)の上にありて、ものをくふ事」より:

「予、若年のとき、丹後の府中に居住す。津の国の聖道一人、九世戸(くぜのと)参詣のついでに、予が居所にきたりて、数日逗留のとき、語りていはく、「津の国に一人の聖道あり。(中略)その人語りて云はく、「ある国にて、ここかしこ徘徊するに、はるかに見れば、大なる家あり。行きてみれば、農作の家なり。甚だ繁昌す。牛馬多く養なひ、奴婢(ぬび)僕従、多く群らがる。われ門庭の中に入りてみれば、家主の内婦はるかに我をみて、侍女をもつて我を奥に請ず。(中略)我行きてみれば、つねに客僧を供応(くよう)ずる座敷あり。我、着座す。(中略)斎(とき)おはれるに、内婦来て、「いづかたの客僧ぞ」と問へば、「我は上方の者」とこたふ。「上方の御僧ときけば、御なつかしく候。御覧候ごとく、家は富貴に候へども、亭主は不思議の、かたわ人にて候。その人の果報にて、斯くの如く栄え候。菩提結縁(ぼだいけちえん)のために、亭主を見せ申したく候」。「なかなか見しべし」といへば、「さらばこなたへ」とて、内婦先に行く。我は後に行く。その家(や)づくり広大にして、美々しく、綺麗厳浄(ごんじょう)目を驚かす。又、別(べち)に小殿一宇あり、廊下をわたりて行く。なほもつて、けつこう綺羅(きら)をみがく。
 内婦立ち返りていはく、「亭主のかたちを見て、驚き逃ぐる人あり。苦しからず候。御心得ありて御覧候へ」とて、内婦、腰障子を開くれば、四間(よま)の座敷の中に、座してゐたり。頸(くび)より上は、常(つね)の頭の大きさにして、夕顔匏(ひさご)の如くに、目鼻口なし、耳は両方に少しかたちありて、穴わづかに見えたり。頭上に口あり、蟹の口に似て、いざいざうごく。器物(うつわもの)に飯(いい)を入れて、箸をそへて棚に有るを、内方とりて、「物を食はせてみせ申さん」とて、箸にて飯を頭上の口に置けば、いざいざとうごく。飯自づから入りぬ。ふためとも見がたし。頸より下は、常の人なり。皮膚さくら色にして、太らずやせず、手あし指つめ、美容にして、あざやかなり。衣装は、花色事をつくす。上には
綟(もじ)の透素襖(すきずおう)に、白袴(しろばかま)にちぢみを寄せたり。(中略)久しく見ることあたはずして去る。
 帰りて元の座敷に着く。内婦もまた来たりていはく、「不思議の人を見せ申して、恥づかしく候。夫婦となり候事、我が身の業障(ごっしょう)あさましく候。結縁(けちえん)のため」とて、路銭すこし出だし施すを、客僧とりて去る」と云々。」



「果進居士が事」より:

「中比(なかごろ)、果進居士(かしんこじ)といふ術法を行なふ者あり。上方へとこころざして、筑紫よりのぼりけるが、日をへて伏見に来たりぬ。をりふし日能大夫、勧進能をしけるが、見物の貴賤、芝居の内外に充満せり。果進居士も見物せばやと思ひて、内へいりて見けるに、なかなか上下の見物人は尺地(せきち)もすかさず立込みたり。
 果進居士まぢかくよつて見るべき所もなければ、爰(ここ)はひとつ芝居をさはがせて後、入らんと思ひて、諸人のうしろに立ちて、頤(おとがい)をそろりそろりとひねりければ、みるみるうちに顔のなり、大きになるほどに、人々是をみて、「ここなる人の顔は不思議なる事かな。いままでは何事もなかりしが、みるうちに細長くなる事のふしぎさよ」と、恐しくもをかしくも、これを立ちかかりて見るほどに、果進居士は少し傍(かたわら)へ退ぞきけるが、芝居中は上下もちかへして、入れかはり立ちかはり見るほどに、のちには顔二尺ばかり長くなりてければ、人々、「外法頭(げほうかしら)と云ふものはこれなるべし。是を見ぬ人やあるべき。末の世の物語にせよや」とて、押しあひへしあひ立ちかかるほどに、能の役者も楽屋をあけてぞ見物しける。
 居士はいまはよき時分と思ひければ、掻(か)き暗(く)れてうせにけり。見る人、「こはいかに。稀代(きだい)不思議の化物かな」と、舌のさきを巻きてあやしみける。さて果進居士は芝居ことごとく空(あ)きたるによつて、舞台さきの良きところへ、編笠引きこみて、座をとりて、見物おもふさまにぞしたりけり。」





高田衛 編・校注 『江戸怪談集 (下)』 (岩波文庫)














































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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