ノサック 『短篇集 死神とのインタヴュー』 神品芳夫 訳 (岩波文庫)

「しかし今はもはや、敵と味方の区別のような小さな違いは考慮に入れる時ではなかった。」
(ノサック 「滅亡」 より)


ノサック 
『短篇集 
死神とのインタヴュー』 
神品芳夫 訳 

岩波文庫 赤/32-448-1

岩波文庫
1987年2月16日 第1刷発行
1988年6月15日 第4刷発行
388p
文庫判 並装 カバー
定価550円



本書「解説」より:

「この翻訳は、講談社『世界文学全集』第九七巻(七六年)に収録されて世に出たものである。(中略)この機会に訳文をすべて見直し、必要に応じて手を加えた。」


Hans Erich Nossack: Interview mit dem Tode, 1948


ノサック 死神とのインタヴュー


カバー文:

「廃墟と化した戦後の町で、現代の死神が作家の“私”に語ったのは……。ユニークな設定の表題作以下、第2次大戦下の言語に絶する体験を、作者は寓話・神話・SF・ドキュメントなど様々な文学的手法をかり、11篇の物語群としてここに作品化した。戦後西ドイツに興った新しい文学の旗手ノサック(1901-77)の出世作。」


目次:

人間界についてのある生物の報告
ドロテーア
カサンドラ
アパッショナータ
死神とのインタヴュー
童話の本
海から来た若者
実費請求
クロンツ
滅亡
オルフェウスと……

解説 (神品芳夫)




◆本書より◆


「人間界についてのある生物の報告」より:

「あらかじめ受けていた命令どおりに、わたしは自分の正体を明かさないで、あたかも人間たちの一員であるようなふりをして、彼らとつきあってまいりました。」

「じつのところ、彼らはあらゆるものを、かつてはありあまるほどもっていましたが、その物資過剰の状態をうまく活用することができませんでした。十分にものをもっている人間が、自分の必要としない分を他人に分け与えるというようなことはありませんでした。それよりもむしろ過剰の状態に苦しんでいるほうを彼らは選択しました。
 こうして人間たちは、かつては彼らにとって好ましくもあり役にも立っていたあらゆる習慣が崩壊してしまうという事態を、みずからひき起こしたのであります。ところがそのことを見抜く能力を彼らはもっていませんでした。」

「ところで、この人間たちから過去の記憶をとり去ってやるのがよいのではないか、そこのところをよくお考えいただきたいと思います。なぜなら、過去の記憶は腐敗した死体のように彼らのうえにおおいかぶさり、彼らの息をつまらせてしまうからであります。」



「カサンドラ」より:

「彼女はあまりにも無防備だったよ。どう言ったらいいんだろう、テレマコス。兵士として、とにかく自分は相当な人間だと思っていたわけだ。どんなに困難な仕事でももってこい、ためらわずに立ち向かうぞ、といった気持ちでいたんだ。ところが、カサンドラに見つめられると、どうもおかしくなった。彼女と目が合うというのはめったにないことで、ほんとうに偶然だったのだ。たいてい彼女は目を伏せているからね。なにか不快な感じなのだ。自分が邪魔になって彼女の視線を遮(さえぎ)っているのではあるまいかといったような。だからふりむいて、うしろに何があるのか、彼女が本当に見ているものがなんであるか確かめてみたいというような、そんな気持ちになるんだ。」

「「あなたはトロイアの人たちにずっと前から敗北を予言していましたね。でもトロイアの人々はあなたの言うことを信じなかったじゃありませんか」
 「あれは予言などではありませんでした」
 「どういうことからそれがわかったのですか」
 「川は血に染まっていたし、平地は埃(ほこり)が立ち、死者でいっぱいです。なによりもにおいがしました。何年も前から今のようなにおいがありました。焼けおちた家のにおい、その下にある死体のにおい。すさまじかった。息もろくにつけませんでした。けれども人々は香を使ってごまかしていました。わたしは憎まれていました」」



「アパッショナータ」より:

「わたしの言いたいことはこうだ。出生証明書に記載されている日付けにしたがえば、また数にばかり重きを置く人たちの考えで言えば、わたしたち二人はもちろん確実に年をとっている。しかし、どうもわたしには、自分たちが大人(おとな)になったとか、一人前になったとかいう感じがしない。せいぜいのところが、大人の世界に住みついている人たちにある程度信用してもらえるようになんとか大人らしいふりをすることをおぼえたぐらいだ。一言でいうと、われわれは外皮が多少厚くなったが、内側はすべて以前と同様に無防備で、ふやふやなのである。だれも自分について、これがわたしという人間です、これですべてです、と言う気にはなれない。今そう見えているのとはまったく違う人間になる可能性や危険がまだいっぱいあることをわれわれは知っている。そんなわけで、やはり以前のままなのだ。」

「わたしたちはその数年というもの音に対してひどく敏感になっていた。あるいは、鈍感になっていた、というべきか。つまり、音を聞きのがすことを学んだのだ。邪悪な圧制の時代と戦争は最大限に音量をあげてわたしたちに襲いかかってきた。そしてそれは予測したとおり、破滅へ向かっていった。やがてわたしたちは、大きな騒音や絶叫する声の響くうちにごくかすかな音やひそかなけはいを聴きとるという習慣を身につけた。ある人たちは、爆弾が破裂しているさなかに花びらの落ちる音を聞き分けたり、隣人が息を殺しているけはいをひしひしと感じとることができるまでになった。そういうかすかなもののほうが、はるかに多くのことを物語ってくれる。わたしたちの曝(さら)されているほんとうの危険についても、そこからわたしたちを救い出してくれる可能性についても。ほかの時代ではこういうことを病的としていたのかもしれない。われわれにとっては、これはどうしてもとらなくてはならない対応策だった。」



「童話の本」より:

「ほんとうになつかしく思い出すのは、いろいろな国のいろいろな時代の童話を集めた全集である。たしか、三十巻ほどのものだった。今でもそれらの本が本棚のどこにあるか、というより、どこにあったか、はっきりおぼえている。そのなかでも、じつをいえば、わたしはあの一冊、南米のインディオの話ののっているあの巻があれば十分なのだ。その巻の中に、一人の女の子の写真が出ていた。その子は草原にうずくまって、ノロシカの子に餌をやっていた。遠くには奇妙な台地の丘陵が見えていた。その写真を見ながらぼんやり物思いにふけって時をすごしたものだった。けれども今にしてやっと、その子がその巻に収められている一つのお話と関係があることに気がついた。
 昔あるところに八人姉妹がいた。なにか大きな不幸に見舞われた。襲ってきたのは神だったか、野獣だったか、あるいは憎い憎い男だったか、そこのところはおぼえていない。彼女たちは草原のへりまで逃げ、そこで七人は不安でたまらなくなって空へとびあがった。七人はまだ空にいて、今も泣いているという。しかし八人目の子は言った。「なんだって逃げなきゃならないの」そうして彼女は大地に身を隠した。
 それから彼女がどうなったか、忘れてしまった。名前もおぼえていない。おぼえていたら、その名を声をあげて呼ぶところだ。さて、ところが、いろいろな名を思い浮かべて、あれでもない、これでもないとやっているうちに、かわって別のお話を思い出した。
 ある村が敵に襲われ、一人を除いて村人全員が殺された。生き残った男は三日間、死んだ仲間と並んで身を横たえて、ワシがやってきて自分の胸から心臓をえぐり出して、ワシの国へ運んでいってくれればよいと願っていた。しかし来たのはネズミとハエばかりだった。そこでこの男は起きあがり、悲しげに海辺に立って叫んだ。「おれはどうすればいいんだ。オリオンにでもなれっていうのか」
 この男とあの少女がめぐり会ったらどんなにすばらしいことだろう。ふたりはきっと意気投合するだろうし、それで世の中もいくらか救われることだろう。そうだ、それではどうやったらこのふたりをうまく会わせることができるだろうかと考えているうちに、こんな疑問がわいてきた。一体全体どういうわけでこういう話を、実際にはもはやあり得ないこと、今のわれわれの身の上には起こらないことであるかのように、童話などと呼ぶのだろうか。」



「クロンツ」より:

「これだけはたしかである。向こう側にいると、はるかに和(なご)やかな気持ちでいられる。思うに、それは、向こう側は混雑がそれほどひどくないことに原因がある。そこでは、だれかとぶつかったり、気をつけていないと人に席をとられてしまったりとか、そういう心配を始終している必要はない。そちらに住んでいる人の数が少ないからというのではたぶんなかろう。それはちがう。しかしそちらの方が場所が広くて、境界がない。その理由は、そこでは影響のことを考慮に入れたり、すぐ近くにいるものを阻害したりするようなことがなく、そこに生きるすべてのものが本質にかなったかたちで現われるところにある。人に恐れられるように虚勢を張ったりして不安を解消させる必要はない。生存を維持するために自分の力量以上のものを示そうとする必要はないし、他の者を脅したり圧倒したりするために大声を張り上げる必要もない。さらに向こう側が広いのと同様静かなのは、沈黙が支配しているからではなくて、そこでは声が真実であり、どの声もぶつかりあわずに共存しているからである。」
「向こう側では、人間どうし出会っても、たがいに欲望をむきだしにして見つめあったり、あるいは自己防衛のためにそしらぬ顔をしあったりして、苦しめあうようなことはない。彼らは「あの男をどうしてやれるか」とか「あの男はどういう人になれるか」などとは問わない。彼らは互いに認めあい、他人どうしでも似ていることをよろこぶ。こんなことを言うわたしが現実離れしているとお思いになるだろうか。」



「滅亡」より:

「わたしたちがもはや自分の存在を信じなくなったとき、わたしたちはなんなのであろうか。邪悪な夜によって空洞になってしまったわたしたちは。立ち直るだの、生み出すなどという話はやめよう。」

「想像できないほどぞっとする数時間を体験してきたはずの人々、火災の中を火につつまれて走り、炭化した死体につまずいた人々、目の前で、また腕の中で、わが子を窒息させた人々、まだなにか救い出せると、父や夫が身をひるがえしてはいっていった直後にわが家が倒壊するのを見た人々、何ヵ月も、行方不明の人たちからの便りを待ち受けている人々、少なくとも全財産をわずか数分のうちに失ってしまった人々、――これらの人々がどうして嘆いたり、泣いたりしないのか。そして彼らが体験したことを話すときのその抑揚に感じられるあの無関心はなぜだろう。」

「わたしたちは、「目覚めるのだ。これはただの悪夢ではないか」とだれかが呼びかけてくれるのを期待していたのだ。しかしわたしたちはその願いを口に出すことはできなかった。悪霊がわたしたちの口を窒息しそうになるほど塞(ふさ)いでいたからだ。それに一体どのようにして、だれかがわたしたちを目覚ますことができるというのか。」

「わたしたちは、どれほどひどく、今まではあたりまえだったことから疎外されてしまっているか、一度ならず身をもって知った。わたしとミジーが破壊されたわたしたちの市街区を歩いて、わたしたちの住んでいた通りを探していたとき、一つだけ壊されずに、瓦礫(がれき)の荒地のあいだにぽつんと立っている家で、女の人が窓をふいているのを見た。わたしたちはつつきあい、呪縛されたかのように立ちつくした。気のふれた女を見ているのだと思った。(中略)またある日の午後、わたしたちは全然破壊されなかった郊外に足を向けた。人々はバルコニーにすわってコーヒーを飲んでいた。それはまるで映画のようであり、元来あり得ないことであった。さかさまになった目で別世界の行為をながめているのだと気づくまでに、どのような思考の回り道が必要であったか、もうおぼえていない。それに気づくと、今度はわが身の状態に愕然とした。」

「しかしあの当時の人の顔、だれがあの顔を忘れることができよう。目は聖像(イコン)のそれのように、いつもより大きく見開かれ、透明だった。からくも外界との隔たりをつけていた冷たい窓ガラスは砕け散っていた。前も後も開け放しなので、その人の背後にある果てしなさが、前面にある果てしなきものへと容赦なく吹き抜けて、その顔を清め、永遠への通路としたのだ。この顔を、星座にして空へ投げ入れよう、みんながみんな顔のない群衆となるまえに、わたしたちの最後の可能性の思い出として。もちろん、こうした意志のない放心状態が病気であると人が判断する日が来た。避難民たちは、ハンブルク周辺の過密を緩和するために、強制的に南ドイツへ移転させられることになった。多くの者はその指示に従った。何人かは途中で列車から降り、ひとりで道を切り開いていった。またある者は身を隠したり、あるいは送られるのをなんとかして先へ延ばした。ミジーとわたしはだしぬけに「避難民にはなるまい」と声をかけあった。」

「そうこうするうちに数ヵ月が過ぎ、ほかの都市も同じように破壊された。」

「話は少し変わるが、わたしたちは、敵を罵(ののし)ったり、あるいは敵に破壊の罪を着せたりしている人を一度も見たことがなかった。(中略)物事をずっと深く洞察していたために、これらすべてのことを引き起こすはめになった当面の敵のことを考えるのはさし控えたのだ。敵というのも、せいぜいわたしたちを破滅させようと望んでいる目に見えない悪霊が操る道具にすぎなかった。だから実際また、いつか復讐してやるぞという強がりで気休めしているような人にはおよそお目にかからなかった。逆に人々は、「何のために敵までも破滅せねばならないのだ」と考え、あるいはそう主張した。」
「こうしたことはすべて、一度は言っておかねばならない。最後の審判の日に、自分の運命をこれほど大きく感じたということは、人間にとって名誉となるからだ。たといそれがごく短い期間のことであったとしてもだ。」

「彼らは死者を収容する仕事をやらされていた。遺骸、あるいはかつて人間であったものの残滓(ざんし)とでも呼びたいものは、その場で焼かれるか地下室で火炎放射器によって灰にされるという噂だった。しかし実際はもっとひどかった。作業員らはハエのために地下室に達することができず、指ほどの長さのウジ虫がうようよするために床で足をすべらせた。しかたがないから火炎によって道を開いて、火炎によって滅びた者たちのところへ行くこととなった。
 どぶネズミとハエが市を支配した。」
「それから炭と化した家財道具のにおい、腐敗と腐朽のにおい、それが市をおおっていた。」

「奥さんは庭でしゃがんで火をたき、湯を沸かしていた。彼女のそばには、彼らの仲間に加わった猫が坐っていた。その猫は、胸に深い傷を負い、前足に火傷(やけど)していた。市街区の猫のことは話す値打ちがあるだろう。彼らを、以前住んでいた住居の瓦礫から外へ誘い出すことはできなかった。炭になっていたり、まだくすぶっている梁(はり)の間を這いまわり、腹をすかして鳴いていた。人々が同情してなにかを持って行ってやると、鋭い鳴き声をあげてその上に殺到し、先を争って食べた。しかし彼らはなかなかつかまらなかった。それには力づくと策略が必要だった。そのあとどれほど世話をしてやっても、たいていは結局死んでしまった。ホームシックのためか、あるいは恐怖の思い出がだんだんに彼らを消耗させていったのだ。」



























































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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