『名作オペラ ブックス 26 ベルク ヴォツェック』

「辱められ、狂気となり、人間性を持つがゆえに非人間となり、いっさいの人格を越えて客体(もの)となった兵士ヴォツェックの人権をビュヒナーがとり戻したように、オペラはこの劇作の権利を回復させたのである。」
(テオドール・W・アドルノ 「《ヴォツェック》の性格づけのために」 より)


『名作オペラ ブックス 26 
ベルク ヴォツェック』
 
アッティラ・チャンパイ/ディートマル・ホラント 編
リブレット対訳: 内垣啓一
本文訳: 大倉文雄/水野みか子

音楽之友社 
昭和63年10月20日 第1刷発行
392p
四六判 並装 カバー
定価2,400円
装丁: 菊池薫



BERG Wozzeck, Herausgegeben von Attila Csampai und Dietmar Holland

本文中図版(モノクロ)多数。


ベルク ヴォツェック 01


目次:

構築の統一性――形態の多様性 (ウルリヒ・ディベリウス)
オペラのあらすじ (ハンス=ヨアヒム・ルックヘーバーレ/エトガー・バイツェル)

リブレット対訳

〔ドキュメンテーション〕
Ⅰ 原作について: ゲオルク・ビュヒナーの断章《ヴォイツェック》
 ゲオルク・ビュヒナーの《ヴォイツェック》――事実と劇詩 (ハンス・マイヤー)
Ⅱ オペラ《ヴォツェック》の成立と初演について
 オペラ《ヴォツェック》の台本改訂から初演まで (エルンスト・ヒルマー)
 《ヴォツェック》世界初演のふたつの批評
  アルバン・ベルク: 《ヴォツェック》 (ハンス・ハインツ・シュトゥッケンシュミット)
  アルバン・ベルクの《ヴォツェック》 (パウル・チョルリヒ)
Ⅲ オペラ《ヴォツェック》についてのアルバン・ベルクの著作
 私のオペラ《ヴォツェック》における音楽形式 (1924)
 〈オペラの問題〉 (1928)
 オペラにおける声 (1929)
 《ヴォツェック》のための講演 (1929)
Ⅳ オペラ《ヴォツェック》の受容史のための著作選集
 アルバン・ベルクの《ヴォツェック》 (エルンスト・フィービヒ)
 アルバン・ベルクのオペラ《ヴォツェック》 (ルドルフ・シェフケ)
 〈真の人間性(ヒューマニズム)〉のオペラ (テオドール・W・アドルノ)
 《ヴォツェック》の性格づけのために (テオドール・W・アドルノ)
 アルバン・ベルクの《ヴォツェック》概説 (ルネ・レイボヴィッツ)
 誤解なき生産的受容 (ボー・ウルマン)
 ベルクのジレンマからの脱出口 (ラインハルト・シュルツ)
 「ぐるぐると、変な形をして……あの意味が読めたら!」 (ディートマル・ホラント)
 20世紀へのオペラの僥倖 (レオ・カール・ゲルハルツ)

年譜
参考文献
ディスコグラフィへの注釈 (ディートマル・ホラント)
録音年代順全曲盤レコード一覧
資料
 本文出典
 図版出典
 エッセイ執筆者紹介
 編者紹介




◆本書より◆


ベルク ヴォツェック 02


「歴史上のヨハン・クリスティアン・ヴォイツェック(1780-1824)。彼の殺人は当時の人心にセンセーションをまき起した。その殺人に対する責任能力をめぐって何度も司法鑑定が行なわれたが、詩人で解剖学者でもあったゲオルク・ビュヒナーは彼の断章劇《ヴォイツェック》の中で、その殺人行為は社会的な疎外に起因しているとの解釈を試みた。」


「リブレット対訳」より:

「. . . wenn die Natur aus ist, wenn die Welt so finster wird. dass man mit den Händen an ihr herumtappen muss, dass man meint, sie verrinnt wie Spinnengewebe.
Ach, wenn was is' und doch nicht is'!
Ach, Ach, Marie! Wenn alles dunkel is',

und nur noch ein roter Schein im Westen, . . .
. . . wie von einer Esse: an was soll man sich da halten?

Herr Doktor. Wenn die Sonne im Mittag steht,
und es ist, als ging' die Welt in Feuer auf,
hat schon eine fürchterliche Stimme zu mir geredet.

Die Schwämme! Haben Sie schon die Ringe von den
Schwämmen am Boden gesehn?
Linienkreise, Figuren . . .
Wer das lesen könnte!」

「……もし自然が終り、
この世が真暗で、
まわりを手でさぐって歩き、
まるで、蜘蛛の巣に包まれ……
ああ、この世がこの世でないとき!
ああ! ああ、マリー! もしどこも暗くて、

そう、ただ赤い光が西空に燃えるとき、……
……何にたよればいいんですか?

先生、太陽が南にのぼり、
この世が火の海に沈んだとき、
たしかに怖ろしい声が聞えてきたんでさ。

きのこ! きのこが円く地面に
生えてるのを
ご存知ですか?
ぐるぐると、変な形をして……
あの意味が読めたら!」


「《Es war einmal ein armes Kind und hatt' keinen Vater und keine Mutter . . . war Alles tot und war Niemand auf der Welt, und es hat gehungert und geweint - Tag und Nacht.
Und weil es Niemand mehr hatt' auf der Welt . . .》」

「「昔かわいそうな子供がいて、父さんもなく
母さんもいなかった……みんな死んで、
この世に、だれもいなかったの。おなかが減って、
その子は泣いたわ――夜も昼も。
でも、この世にだれもいなかったので……」」



「ゲオルク・ビュヒナーの《ヴォイツェック》――事実と劇詩」(ハンス・マイヤー)より:

「ひとりの敗れた男の物語。そのうちのどの部分が時代背景に原因があり、どの部分が性格に原因があるのか、ここで区別するのは難しい。ヴォイツェックの人生をすぐに貧困や不自由によって説明することは決してできない。」
「どこにも定住することのなかった男の物語。ごく些細な泥棒ははたらいたが、根っからの犯罪者だと結論づけるような悪事をはたらいたことはもちろんなかった。理解力と意志の力に関しては人並以上の天分に恵まれた人間だった。(中略)ただ非社交的で、かなり閉鎖的な性分だった。享楽に身をゆだねる人間ではなかったが、多分に絶望と孤独から大酒飲みであった。手仕事に喜びを見出すたくみな職人であり、かつら師としての本業ばかりでなく、機械仕事や製本も好み、さらに腕の立つ仕立師でもあった。(中略)人殺しに至ったのは、極度の苦悩からでも、深い恋慕の情からでもなかった。(中略)恥辱をこうむったおかげで、多くの憎しみが相乗作用したに違いないのである。女は確かに彼を情夫として受け入れはしたが、彼とともに公衆の前に出ようとはしなかった。彼女はこのみずぼらしい風体の男、この職も地位もない人間と一緒にいるところを見られるのを再三拒んだ。このことこそが、ヨハン・クリスティアン・ヴォイツェックを殺人犯たらしめた本当の原因なのである。」

「何が、このヴォイツェックという人間を精神錯乱へと追い込んだのか? それは彼の人生の境遇である。境遇がヴォイツェックを暗い性格にしてしまい、周囲とのいっさいの精神的な結びつきを断ち切ってしまったのである。「白痴や犯罪者になるまいと思っても、自分の思い通りになるものではありません」」

「「そりゃ美徳っていうのはいいもんでしょうよ、大尉殿。でも俺は貧乏人さ」。」

「知識とお金を持つというこのあからさまな前提が、ヴォイツェックを有産階級の道徳の規範から見れば不道徳にふるまう人間にしてしまうのである。そして彼を精神錯乱に追い込み、犯罪者にしてしまうのである。」

「ビュヒナーは「教養という名のばかばかしいこけおどしや、学識という名の無意味ながらくた」のむなしさやうつろさに対し、飽くことなく辛辣な攻撃をかける。」

「思いわずらうヴォイツェックはますます闇にはまり込んでいくばかりである。彼を苦しめる敵役たちは、自分たちが知識だと思い込んでいるものを鼻にかけ、彼の試みを嘲る。道徳は〈自然〉を嘲る。」

「犯罪の背景や、その秘められた動機はあきらかになるだろう。しかし問わねばならないのは、人間を堕落へと追いやるその社会的状況の性質や力関係である。そんな状態を誰が創り出したのだろう? もし人間の手でそれを変えられないのであれば、いったい誰がそれを変えていくのだろうか?
 何を救い、変えていけばよいのかどうしてもわからないとき、残されているのは同情することだけである。ゲオルク・ビュヒナーは、彼のフランツ・ヴォイツェックにただ同情する以外なにもできなかった。」

「リルケは1915年、タクシス伯爵夫人に宛てて書いている。「このしいたげられた人間が、馬屋着を身にまといながらこの宇宙 Weltall に存在し、にもかかわらず星のような永遠の輝きを持つ……そのようにこの劇は比類のないものです。これこそが劇 Theater であり、劇になり得るものです」。」



「アルバン・ベルクの《ヴォツェック》」(エルンスト・フィービヒ)より:

「同胞たちから嘲笑されるとあきらかにわかっていても、その危険をかえりみず、あえて自らの理念を徹底的な行為に移したこの作曲者の勇気の前には、ほとんど恥じ入るばかりである。それは全く、妥協というものを知らないひとりの人間である。」


「《ヴォツェック》の性格づけのために」(テオドール・W・アドルノ)より:

「オペラ《ヴォツェック》は、歴史の検証を意味しており、そこでは歴史がともに考察の対象となる。つまり、劇作が日の目を見ないまま年を経ていたがゆえに、近代の音楽がこの近代の劇作を際立たせたのである。辱められ、狂気となり、人間性を持つがゆえに非人間となり、いっさいの人格を越えて客体(もの)となった兵士ヴォツェックの人権をビュヒナーがとり戻したように、オペラはこの劇作の権利を回復させたのである。」


ベルク ヴォツェック 03




こちらもご参照下さい:

Th・W・アドルノ 『アルバン・ベルク』 平野嘉彦 訳 (叢書・ウニベルシタス)





































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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