プリーモ・レーヴィ 『溺れるものと救われるもの』 竹山博英 訳

プリーモ・レーヴィ 
『溺れるものと救われるもの』 
竹山博英 訳


朝日新聞社
2000年7月10日 第1刷発行
254p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,500円+税
装幀: 多田進
カバー画: 白木ゆり



本書「訳者あとがき」より:

「だがレーヴィが「灰色の領域」で言いたかったのは、抑圧されて罪を犯したものを許すべきだ、ということではない。彼が強調しているのは、恐るべき虐待をしたものたちが常軌を逸した異常な人間ではなく、我々と同じ普通の人間だったということだ。」
「つまりアウシュヴィッツという殺人工場を管理運営していたのは普通の人々だったのだ。ここに考えるべき最大の問題がある。要するにひとたびナチの時代と同じ条件がそろえば、我々も同じ罪に加担する可能性があるということだ。人間を善人と悪人という二分法で見た時、こうした考えは生まれず、自分だけはアウシュヴィッツ的犯罪に加担しないという思い込みだけを持ってしまう。この思い込みはアウシュヴィッツ的現象を理解するのに決定的な妨げになる。
 レーヴィが抱いていた恐れはこうしたものであり、その恐れが日々増大することに彼は苦しんでいたと思う。これが一九八七年の彼の自死の原因だとは言わないが、原因の一つだったことは考えられる。」



Primo Levi: I sommersi e i salvati, 1986


レーヴィ 溺れるものと救われるもの


帯文:

「アウシュヴィッツの
灰色の領域で
記憶を風化させる年月の流れ
犠牲者だけが過去に苦しみ
罪ある者は忘却に逃れる
●生存者レーヴィの40年後の自死――」



帯背:

「生き残った者が
なぜ苦しむのか」



帯裏:

「私たち生き残りの一人一人と論争をしに来るがいい。それはあなたの未熟な学生にたわごとを言うよりずっと難しいだろう。
プリーモ・レーヴィより
 ある歴史修正主義論者へ
◆――「訳者あとがき」から」



目次:

序文
1 虐待の記憶
2 灰色の領域
3 恥辱
4 意思の疎通
5 無益な暴力
6 アウシュヴィッツの知識人
7 ステレオタイプ
8 ドイツ人からの手紙
結論

訳注
訳者あとがき




◆本書より◆


「1 虐待の記憶」より:

「例えば多くの戦争の生き残りや、それ以外の精神的損傷を伴う複雑な体験を生き延びたものたちは、その記憶を無意識のうちに漉し器にかける傾向があることが知られている。当事者同士でそれを思い出す時、あるいは第三者に語る時、彼らは苦痛な逸話は飛ばしてしまい、休息の時や、息をついた時や、奇妙でおかしいくつろぎの時について、好んで語る。苦痛な逸話は記憶の貯蔵庫から好んで呼び出されるわけではない。従って、時がたつにつれて、その輪郭があいまいになり、記憶が薄れていく傾向がある。ウゴリーノ伯爵がダンテに自分の恐ろしい死について語るのを躊躇したという行為には、心理学的に信憑性がある。彼がそれを語る気になったのは、ダンテに譲歩したためではなく、もっぱら自分の永遠の敵に死後の復讐をするためだった。」


「2 灰色の領域」より:

「特権を得た囚人たちはラーゲルの住民の中では少数者であったが、生き残りの中では大多数を占めていた。」
「飢えによる死、あるいは飢えに誘発された病気による死が囚人の普通の運命になった。それは食物を余分に得ることでしか避けられず、その余分の食物を得るためには多少なりとも特権が必要であった。別の言葉で言えば、規定を越えて、さらにその上によじ登る方法が求められていた。それは与えられたか、自分で得たか、狡猾なものか、暴力的なものか、合法的なものか、非合法的なものか、いずれにせよ様々であった。」

「ラーゲルだけではなく、すべての人間社会で、特権者がさらに特権を得ることには、不安をおぼえざるを得ないが、それは避け難くもある。そうしたことがないのはユートピアだけだ。」

「抑圧が厳しければ厳しいほど、被抑圧者たちの間では権力に協力する姿勢が強まる。この姿勢も様々な動機や、陰影の濃淡差によって特徴づけられている。(中略)こうした動機はすべて、単独であれ、いくつか結び付いたものであれ、この灰色の帯を生み出すのに作用した。それに属するものは、特権を持たないものと比較すると、共通して、自らの特権を保持し、固める意志を持っていた。」

「権力は人間の様々な社会組織のすべてに、多少なりとも制御されたり簒奪されたものとして存在する。それは上から授けられたり、下から承認されたり、功績、同業組合的連帯感、血統、財産などのために委譲されたりする。人間が人間を支配することは、社会的動物という私たちの遺伝子的遺産の中に、ある程度組み込まれていることはあり得る。」

「慈悲と獣性は同じ人間の中で、同時に共存し得る。(中略)もし私たちがすべての人の苦痛を感じることができ、そうすべきなら、私たちは生き続けることができない。(中略)最上の場合でも、ある個人に、同胞(ミットメンシュ)に、隣人に向けられた、時たまの慈悲しか許されていない。」



「3 恥辱」より:

「私は他人の代わりに生きているのかもしれない、他人を犠牲にして。私は他人の地位を奪ったのかもしれない、つまり実際には殺したのかもしれない。ラーゲルの「救われたものたち」は、最良のものでも、善に運命づけられたものでも、メッセージの運搬人でもない。私が見て体験したことが、その正反対のことを示していた。むしろ最悪のもの、エゴイスト、乱暴者、厚顔無恥なもの、「灰色の領域」の協力者、スパイが生き延びていた。(中略)確かに私は自分が無実だと感じるが、救われたものの中に組み入れられている。そのために、自分や他人の目に向き合う時、いつも正当化の理由を探し求めるのである。最悪のものたちが、つまり最も適合したものたちが生き残った。最良のものたちはみな死んでしまった。」

「真の証人とは私たち生き残りではない。これは不都合な考えだが、他人の回想録を読んだり、年月を置いて自分のものを読み直して、少しずつ自覚したのである。私たち生き残りは数が少ないだけでなく、異例の少数者なのだ。私たちは背信や能力や幸運によって、底にまで落ちなかったものたちである。底まで落ちたものは、メドゥーサの顔を見たものは、語ろうにも戻って来られなかったか、戻って来ても口を閉ざしていた。だが彼らが(中略)溺れたものたち、完全な証人であった。彼らの証言が総合的な意味を持つはずであった。彼らこそが基準であり、私たちは例外であった。別の空の下で、似ていながらも異なった隷属状態を生き延びたソルジェニーツィンは、同じようなことに気づいている。

  長い刑期を償ったものたち、生き延びたことを祝福されるものたちのほとんどは、もちろんプリドゥルキである。さもなくば監禁生活の大部分をその状態で過ごしたものたちである。なぜならラーゲルは抹殺を目的としており、このことは忘れられてはならない。

 この別の強制収容所の宇宙の言葉では、プリドゥルキとは、何らかの形で特権的な地位を獲得した囚人のことである。」



「5 無益な暴力」より:

「私は仲間の何人かが見せる奇妙な現象にしばしば気がついた(時には私自身もそうなった)。「良い仕事をする」という熱望は非常に深く心に根づいているので、自分の家族や味方の害になる敵の仕事さえも、「良くやってしまう」ように突き動かされるのだった。(中略)ナチの仕事をサボタージュするには、それは危険なことである以上に、祖先伝来の心の内部の抵抗を克服する必要があった。(中略)私の命を救ってくれたフォッサーノの煉瓦積み工は、ドイツ、ドイツ人、その食物、その話し方、その戦争を嫌っていた。しかし爆撃の防御壁を建てさせられた時、彼は、煉瓦をしっかりと組み合わせ、必要なしっくいをすべて使って、それをまっすぐに、堅固に建てた。」

「人間の遺骸は、はるか昔の先史時代から始まって、いかなる文明のもとでも、尊重され、敬意をささげられ、時には恐れられた。だがラーゲルで示された扱いは、それがもはや人間の遺骸ではなく、手の加えられていない、無関係の素材で、良くても何かの工業的用途に使えるだけだ、ということを表していた。何十年もたって、アウシュヴィッツの博物館の陳列台に、ガス室かラーゲル送りになった女たちの切られた髪の毛が、何トンも、ごちゃ混ぜになって展示されているのを見ると、恐怖と戦慄を感じる。それは時の経過で色あせ、傷んでいるが、訪問者に、いまだに無言の告発を繰り返している。ドイツ人はそれを目的地に送り出すのに間に合わなかった。その異例の商品はドイツのいくつかの繊維産業に買い取られていた。繊維産業はそれをズック地や、他の産業用の繊維の製造に使っていた。その利用者たちが、素材の正体を知らなかったとはとうてい思えない。または販売者が、つまりラーゲルのSS当局が、それから実質的な利益を引き出さなかったともとうてい思えない。利益という動機が道徳という動機に優越したのだった。
 焼却炉で一日に何トンとなく作り出された人間の灰には、しばしば歯や脊椎骨が含まれていたので、簡単にそれと見分けることができた。それにもかかわらずさまざまな目的に使われた。湿地帯の埋め立て、木造建築の間隙を埋める断熱材、リン酸肥料として、などである。そしてとりわけそれは、収容所のわきにあったSSの宿舎村の道を舗装するため、砂利の代わりに用いられた。」





こちらもご参照下さい:

プリーモ・レーヴィ 『アウシュヴィッツは終わらない』 竹山博英 訳 (朝日選書)



































































































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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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