スターン 作/松村達雄 訳 『センチメンタル・ジャーニー』 (岩波文庫)

スターン
『センチメンタル・ジャーニー』 
松村達雄 訳

岩波文庫 赤/32-212-4 

岩波書店 
1952年10月25日 第1刷発行
1987年4月8日 第2刷発行
214p
文庫判 並装
定価400円



本書「解説」より:

「この飜譯は、數年前の自分の舊譯を徹底的に改譯したものである。」


Laurence Sterne: A Sentimental Journey Through France and Italy, 1768
正字(旧字)・新かな。巻末に訳者による「註」と「解説」。本文中図版1点。


スターン センチメンタルジャーニー


帯文:

「旅の道すがら出会った人々をめぐっての心理観察と作者の情感が全篇をうめつくす。ユーモアと哀愁が渾然ととけあった異色の旅行記。」



◆本書より◆


「――こういうことはフランスでならもっとうまくやってのけますね、とわたしは言った――
 ――あなたはフランスにおいでになったことがございましたっけ? 相手は世にもいんぎんな、しかし、どうだ、參ったかといわぬばかりの顏付でさっとわたしに鉾先を向けてきた。――なんて奇妙な! わたしは胸中このことを思いめぐらしながら心に呟いた。二十一哩の船の旅、だってドーヴァからカレーまではたしかにそれより遠くはない、ほんのそれだけの航海がこんなに人の揚げ足をとる權利を與えるとは――よし、一つこの目でたしかめてやろう、そこで議論はやめにして――眞直に自分の宿へかえり、六枚のシャツと黑絹のズボン一着を荷につめて――「わしの着ているこの上衣は」と袖をかえり見ながら、「これで差支えはなしと」と呟いて――ドーヴァ行の驛傳馬車に席を占めた。」

「思うに、氣分の移り變りも潮の干滿と全く同じ原因に左右されるのかも知れない――そう考えることはわれわれにとって何の不名譽でもない場合も多いだろう。人はいざ知らずこのわたしに關するかぎりはたしかに、「あの男は月とかかわり合ってすこし頭が變になっていたのだから、それは別に彼にとって罪でもなければ恥でもない」と世間の人たちから言ってもらう方が、罪も恥も多いわたし自身の自發的行爲として云々されるより、多くの場合はるかにわが意を得ている。
 ――しかしまあこんなことはどうでもいい。」

「おろかしくもその生國をはなれて、何かある理由、もしくはさまざまの理由によって外國におもむく者たちの、その理由なるものは、つぎの一般的原因のいずれかに歸することができるだろう――
  身體的虚弱、
  精神的愚鈍、もしくは
  止むを得ざる必要。
最初の二項目中には、誇り、好奇心、見榮、氣ふさぎなど、そうしたものがさらに in infinitum (限りなく)細かに分類され、それがまた結合された、そういうものに惱まされて海陸を旅する者のすべてが含まれる。
 第三の種類は多くの外國遍歴の殉教者たちをすべてことごとく包括する。就中、聖職の特權を得てその旅に出かける者、即ち、治安判事の推奨する監督者の指導の下に旅する罪人――あるいはまた、兩親や後見者の無慈悲な取扱によって異郷に送られ、オックスフォード、アバディーン、グラスゴーなどの大學推奨の家庭教師の監督の下に旅する若者がこの中に含まれる。
 なおこのほかに第四の種類が存在するが、これはその數もごくわずかで、それ故に、本書のような性質の著作の場合は、特性の混同をさけんがためにきわめて微細な精確さも守らねばならないが、そうでもないかぎり、まずとり立てて言うこともないだろう。ところで、わたしのいうかかる種類の人たちとは、種々な理由により、また種々な口實の下に、金を貯めんがために海を渡って見知らぬ人たちの國に逗留する者を指す。しかしまた、彼等がもし本國においてその金を貯めれば、自分自身にも他人にも多大の不必要な面倒はかけずにすむことになり――かつはまた、彼等の旅行目的は他のいかなる移民よりも最も複雜さのないものだから、かかる人たちをわたしは、
  單純な旅行者
という名で區別することにしよう。
 そこで、すべての種類をひっくるめての旅行者全體は、つぎの項目に歸することができよう。
  無用の旅行者、
  物好きな旅行者、
  嘘つきの旅行者、
  傲慢な旅行者、
  見榮坊な旅行者、
  陰鬱な旅行者。
 この後につづくのが必要止むを得ざる旅行者、即ち、
  違法重罪の旅行者、
  不幸な罪のない旅行者、
  單純な旅行者、
 それから最後に(敢えて申し上げれば)
  風雅な旅行者
 (というのはほかならぬこの筆者のこと)、これはすでに旅人となってその旅の紀行を書き記そうと今坐り込んでいる――それもこの種のどの旅行者にもおとらず止むを得ざる事由にもとづき、besoin de Voyager (旅の必要)にかられてのことなのである。」

「――どの國民にも、と彼は言葉をつづけた、それぞれの上品さと下品さ(グロシエルテ)とがあって、お互いにそれぞれあるいは優っていたり劣っていたりするものです――わたしはたいていの國に旅行しましたが、ほかの國民には見られないような、洗煉された美質を何か持ち合わせない國民には出會ったことがありません。Le POUR et le CONTRE se trouvent en chaque nation (どの國民にも長所があり、また短所がある)、どんな國でもいいところと惡いところがほどほどに交り合っているものです。そしてこうした事情をよく心得ていないかぎり、この世界が二つに分れ一方が一方に對して偏見を抱いたりすることを救えるものではありません――この Sçavoir vivre (行儀作法)ということに關して旅行が大いに役立つのは、いろんな人間や風習を目にするためです、われわれはお互いに相手を大目にみて許し合うことを教えられます。そしてお互いに許し合うことがお互いに愛し合うことをおしえるのです、老士官はわたしに頭を下げながら、そう言葉を結んだ。
 老フランス士官はわたしがその人柄について抱いた好もしい第一印象とよく合致するような、とても率直な、そして思慮深い態度でこうした意見を吐露した――わたしはこの人が好きだと思った、だがわたしが好きだと思ったのはこの老士官その人でないのかも知れない――わたしは自分流の物の考え方を好もしく思ったのだ――ただ違うのはわたしならとてもこんなにうまく言い表わすこともできなかっただろう、ということである。」




















































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本