『チェッリーニ自伝 ― フィレンツェ彫金師一代記 (上)』 古賀弘人 訳 (岩波文庫)

『チェッリーニ自伝
― フィレンツェ彫金師一代記 
(上)』 
古賀弘人 訳 

岩波文庫 赤/32-711-1 

岩波書店 
1993年6月16日 第1刷発行
445p
文庫判 並装 カバー
定価770円(本体748円)


Benvenuto Cellini: La Vita
巻頭に図版(モノクロ)2点、地図1点。


チェッリーニ自伝 上 01


カバー文:

「16世紀イタリア・ルネサンスが生んだ名彫金師ベンヴェヌート・チェッリーニ(1500-71)。その名をいっそう高めたのがこの『自伝』である。ライバルとの確執、老獪な法王やメーディチ家との駆引き、旅、戦争、女、殺人、投獄……。自己の才能への強烈な自負と野心をむきだしに、時代を豪放に生きたルネサンス人の波乱の生涯。(全2冊)」


目次:

チェッリーニ自伝
 第一部

訳注



チェッリーニ自伝 上 02



◆本書より◆


「私が五つぐらいのころ、父が家(うち)の地下の小部屋にいたときのこと、そこには洗濯をしたあとで、樫の枝木のさかんな火が残っており、その火のところで父のジョヴァンニが、腕にかかえたヴィオラをソロで弾き、歌っていた。たいそう寒かった。父がふと火に目をやると、燃えさかる炎のなかに、蜥蜴(とかげ)に似た一匹の小さな生き物が見え、それはますます激しい炎に包まれて歓喜にのたうっていた。それがなんであるかにはたと思いあたった父は、姉と私を呼ばせ、幼い私たちにそれを見せつけると、私に強い平手打ちを一発、見舞ったので、私はわっと泣きだした。父は私をやさしくなだめると、こう言った、「よい子だ、おまえが悪いことをしたから殴ったわけではない、ただただ、いま火のなかに見えるその蜥蜴が火蜥蜴(サラマンドラ)だということを憶えているようにと思ってなのだ。これを見た人間はまったくひとりもいないのだ、確かな話としては」そうして父は私に口づけをし、小遣銭をくれたのだった。」


「妙ないきがかりから、シチーリア出身のある司祭と近づきになった。まことに高い智恵の持主であり、ラテン語、ギリシャ語もよくした。あるとき雑談をしていて話題はめぐりめぐって、黒魔術の話になった。そこで私が言った、
 「物心がついてからというもの、つねづね、この術の片鱗なりでも見るなり聞くなりしたいものと心から願ってきました」
 その言葉をうけて司祭が答えた、「こうした業(わざ)にかかわる者には、微動だにしない強い魂がなくてはなりません」
 そのような業をおこなう手づるがあれば、微動だにしない魂の強さならあまるほどもちあわせているのですが、と私は答えた。
 すると司祭が答えた、「その点できみに自信があるのならば、あとは万端、私が渇をいやしてあげましょう」
 こうしてその業を始めることで話はついた。やがてある夜のこと、その司祭が段どりをつけて、私に、仲間をひとり、多くてふたりまで同伴するようにと言った。私はごく親しい友人のヴィンチェンツィオ・ローモリに声をかけ、司祭はこれまた黒魔術を習っているというピストイアの男をつれてきた。われわれはクリセーオへ出かけ、そこで司祭が黒魔術用の衣裳に着替えたあと、およそ想像を絶する世にも面白い儀式とともに、地面にいくつかの円を描きだした。そしてわれわれには珍しい香と炉をもたせ、あわせて匂いのよくない香ももたせた。そして段どりが整うと、司祭は円に門をつけ、そして一人ひとり手をとってわれわれを円のなかへ導き入れた。ついで役目を分けもたせ、五角形の星型の魔除(まよ)けをつれの黒魔術師の手にあずけ、あとわれわれふたりには香と炉をうけもたせた。そうして呪術にとりかかった。これが延々一時間と三十分以上に及んだ。群れをなして続々と立ち現れ、いつの間にかクリセーオを埋めつくした。私は珍しい香と炉を焚く役目をつとめていたのだが、まわりに夥しく立ち現れているのをみとめた司祭が、私を振り向いて言った、「ベンヴェヌート、彼らになにか願(がん)をかけたまえ」
 私のあのシチーリア娘のアンジェリカに会わせてくださいと私は唱えた。その夜はなんの返事ももらえなかったが、そのことが有望になっただけで私はすこぶる満足であった。黒魔術師の言うには、もう一度あそこへ行く必要がある、そのときには私の望みはすべてかなえられるであろう、ただし今度は童貞の小さな男の子をつれてくるようにとのことであった。
 十二歳になるかならぬかの下働きの男の子をつれ、そしてさきのヴィンチェンツィオ・ローモリをまた誘った。今度はついでに、われわれの親しい友人のアニョリーノ・ガッディをもつれていった。ふたたび所定の場所に着くと、まえと同じ、いやさらに不思議な段どりで、同じような前準備をしたのち、われわれを円のなかに入れた。円は彼が改めていっそう驚くべき術と儀式によってつくったのだった。ついで友人のヴィンチェンツィオに香と炉をゆだね、アニョリーノ・ガッディも一緒にそれをうけもった。それから私の手に魔除けの星型をあずけ、彼の指示する場所にそれを向けるようにと黒魔術師が言って、私はその魔除けのもとに下働きの少年を引きよせた。
 黒魔術師がまことに鬼気迫る祈禱を唱えはじめ、そこの群れの亡霊たちの頭(かしら)を次つぎと名前で呼びだし、(中略)、ヘブライ語の、はたまたギリシャ語、ラテン語の呪文で、彼らに支配を及ぼした。その結果、またたく間に、群れがあの最初のときの百倍も夥しくクリセーオを埋めつくした。ヴィンチェンツィオ・ローモリはさきのアニョリーノとともに炉を守って、珍しい香をふんだんに焚いた。私は、黒魔術師の勧めるままに、ふたたび、アンジェリカとともにいることができますようにと念じた。振り向いて黒魔術師が言った、「いま聞こえたでしょう、ひと月以内にきみは彼女の居場所にいるであろうとのお告げでした」そしてまた彼が言葉を継いだ、群れは彼の念じた一千倍にもふくれあがっている、手強(てごわ)い者ばかりなので、ぜひ毅然としているように頼む、それに私の願いごとを彼らは約したのであるから、今度は彼らをとりなして、辛抱づよく送り返さねばならない、と。
 一方、魔除けの下にいた少年は、ちぢみあがって、そこに凄くいかめしい人たちがごまんといて、われわれを脅していると言った。さらには、目の前に四人の途方もない大男が現れた、武器を握っており、いまにもわれわれのいる円のなかへ押し入ろうとする恰好をしたとも言った。この間、黒魔術師は恐怖におびえながらも、彼らを送り返そうと精いっぱいに穏やかな、耳に快い呪文を唱えていた。ヴィンチェンツィオ・ローモリはわなわな震えながら、香にかかりきりだった。私とて人なみにひるんだが、顔に出さないようにこらえて、みなを驚くほど奮いたたせた。それにしても、黒魔術師がおじけをふるっているのを見たときには、さしもの私も血の気が引いた。
 少年は両の膝のあいだにすっぽり顔を埋めたまま、「ぼくはこのまま死んでしまいたい、だってぼくらはみな死ぬんだから」とつぶやいた。
 私は改めて少年に言った、「ここにいるのはわれわれよりも弱い劣っている人たちだ、きみの見ているのは煙と影だ。さあ顔をあげて」
 顔をあげたあと、少年がまた「クリセーオ全部が燃えている、すぐそこまで火が来ている」と言って顔面を両手で覆い、またもや、自分は死ぬんだ、もう見る気がしないと言った。」





こちらもご参照ください:

『チェッリーニ自伝 ― フィレンツェ彫金師一代記 (下)』 古賀弘人 訳 (岩波文庫)








































































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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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