飯島虚心 『葛飾北斎伝』 鈴木重三 校注 (岩波文庫)

「翁嘗(かつて)自(みずから)謂(いい)て曰く、余は(中略)九月下旬より四月上旬までは、巨燵(こたつ)を離るゝことなしと。されば如何なる人に面会すとも、嘗巨燵を離るゝことなし。画くにもまた此のごとし。倦(う)む時は、傍の枕を取りて睡る。睡りさむれば、又筆を採りて画く。」
(飯島虚心 『葛飾北斎伝』 より)


飯島虚心 
『葛飾北斎伝』 
鈴木重三 校注
 
岩波文庫 青/33-562-1 

岩波書店 
1999年8月18日 第1刷発行
418p
文庫判 並装 カバー
定価800円+税
カバー: 中野達彦
カバーカット: 『富嶽百景』二編より



カバーそで文:

「浮世絵研究の先覚者として知られる著者(一八四一-一九〇一)が、直接北斎を知る人からの聞き書きや北斎自身の書簡等を素材に、画狂人を号した北斎の生活、著作、家族、門人のことなどを克明に記す。北斎についての基本文献といわれる貴重な書。詳細な注・解説を付す。」


本文中図版多数。解説中図版16点。


飯島虚心 葛飾北斎伝 01


内容:

凡例

葛飾北斎伝
 葛飾北斎伝叙
 葛飾北斎伝凡例
 巻上
 巻下
 附言
 正誤

補注
解説



飯島虚心 葛飾北斎伝 02



◆本書より◆


「巻下」より:

「翁は、酒を嗜まず、茶を好まざれども、常に貧し、衣服破れたりと雖(いえども)厭(いと)はず。金銭を得るといへども、敢て貯(たくわ)ふの意なく、これを消費すること、恰(あたかも)土芥のごとし。当時通常の画工の画料は、絵本類一丁、金二朱(中略)より多からざるが、北斎は、一丁金壱分(中略)にして、得る所頗(すこぶ)る多しといふべし。然れども、常に赤貧にして、衣服寒を凌ぐに足らざること、屡(しばしば)これあり。これ金銭を貯ふに意なく、其の心唯一に絵画に専らなるを以てなり。或は曰く、翁の貧しきは、怪(あやし)むに足らざるなり。かの画図の報酬金など、紙に包みて、おくり来(きた)れば、包みの中には、何程あるやをかへりみずして、机辺に投げ出しおき、米商、薪商など来りて、売り掛け金を催促すれば、直に其の包みのまゝにて、投げ出(い)だし与へける。」

「関根氏、嘗(かつて)浅草なる翁の居を訪ひし時、翁は破れたる衣を着て、机にむかひ、其の傍に、食物を包みし竹の皮など、取りちらしありて、甚不潔なりしが、娘阿栄(おえい)も、其の塵埃の中に座して画き居たりし。」

「清水氏曰く、戸崎氏嘗翁を訪ひし時、翁机により筆をもて、室の一隅を指し、娘阿栄を呼びて曰く、昨夕まで此に蛛網のかゝりてありしが、如何にして失せたりけん、儞(なんじ)しらずや、阿栄首を傾け、すかしみて、大に怪み居たり。戸崎氏出でゝ人に語りて曰く、北斎および阿栄の懶惰にして、不潔なることは、此の一事にても知るべし。戸崎氏曰く、北斎翁、本所石原片町に住せし時は、煮売酒店の隣家にて、三食の供膳は、皆この酒店より運びたり。故に家には、一の飯器なし。唯土瓶、茶碗二三個あるのみ。客来れば、隣の小奴を呼び、土瓶を出だし、茶をといひ、茶を入れさせて、客にすゝめたりと。」

「梅彦氏曰く、(中略)北斎翁は、礼儀礼譲をなすを好まず、性頗(すこぶる)淡泊にして、人に遇ふも、嘗首(こうべ)を下げたることなく、唯今日はといひ、イヤといふのみにて、時候の寒暖、身体の安否など、ながながと述べたることなく、又他より食物を買ひ来り、或は人より食物を贈らるゝも、これを他の器にうつすことなく、竹の皮、重箱を論ぜず、おのれの前におき、箸(はし)にてはさむこともなさで、直につかみてこれを食ひ、食ひ尽して、重箱、竹の皮は、其のまゝにすておくなりと。」

「梅彦氏曰く、北斎翁が平常の扮装は、甚奇なり。衣服は、嘗絹類を用ゐしことなく、又流行の服を着せしことなし。あらき手織の紺縞などの木綿を着し、上には、柿色の袖なし半天を着し、六尺有余の天秤棒を、杖にかへ、草鞋(わらじ)或は麻裏草履をはきて、あるきたり。」

「露木氏曰く、翁は、常に、法華経普賢品の呪文、阿檀地(アタンダイ)を唱ふ。途中にても、止むことなし。翁曰く、此の呪文を唱へ、歩行する時は、知る人に遇ふも、眼に入らず。甚奇妙なりと。これ蓋し呪文を唱ふに専にして、眼に入らざるなり。翁は、常に途中人に遇ひ、雑談することを厭ひたり。」

「同氏曰く、翁嘗自(みずから)謂(いい)て曰く、余は(中略)九月下旬より四月上旬までは、巨燵を離るゝことなしと。されば如何なる人に面会すとも、嘗巨燵を離るゝことなし。画くにもまた此のごとし。倦(う)む時は、傍の枕を取りて睡る。睡りさむれば、又筆を採りて画く。夜着の袖は、無益なりとて、つけざりし。昼夜かくの如く、巨燵をはなれざれば、炭火にては逆上(のぼ)すとて、常に炭団(たどん)を用ゐたり。故に布団には、虱(しらみ)の生ずること夥(おびただ)し。」

「翁は、常に貧くして、其の品行甚卑しかりしが、其の気象は巍然(ぎぜん)として王侯に恥ぢざる所あり。故に富貴をもて翁を左右すること能はざるなり。」

「露木氏曰く、余北斎翁の門に入り、画法を学びしが、一日阿栄にむかひ、嘆息して謂て曰く、運筆自在ならず、画工とならんを欲するも、蓋し能はざるなり。阿栄笑て曰く、我が父幼年より八十有余に至るまで、日々筆を採らざることなし。然るに過ぐる日、猶自(みずから)腕をくみて、余は実に猫一疋も画くこと能はずとて、落涙し、自(みずから)其の画の意の如くならざるを嘆息せり。すべて画のみにあらず、己れ及ばずとて自(みずから)棄てんとする時は、即これ其の道の上達する時なりと。翁傍にありて、実に然り、実に然るなりといへり。」



飯島虚心 葛飾北斎伝 03










































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難破した人々の為に。

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