イタロ・カルヴィーノ 『柔かい月』 脇功 訳 (ハヤカワ文庫 SF)

「各瞬間がひとつの宇宙なのである」
(イタロ・カルヴィーノ 「ティ・ゼロ」 より)


イタロ・カルヴィーノ 
『柔かい月』 
脇功 訳 

ハヤカワ文庫 SF 436

早川書房 
昭和56年6月20日 印刷
昭和56年6月30日 発行
213p
文庫判 並装 カバー
定価280円
カバー: 深沢幸雄



本書「訳者あとがき」より:

「本書は、Italo Calvino "Ti con zero" (1967, Giulio Einaudi) の全訳である。」
「なお本書の原題は第二部のタイトルになっている「ティ・ゼロ」であるが、日本語訳では第一部冒頭の「柔かい月」を題名とした。」



カルヴィーノ 柔かい月


目次:

第1部 クフウフク氏の話
 柔かい月
 鳥の起源
 結晶
 血・海

第2部 プリシッラ
 1 ミトシス(間接核分裂)
 2 メイオシス(減数分裂)
 3 死

第3部 ティ・ゼロ
 ティ・ゼロ
 追跡
 夜の運転者
 モンテ・クリスト伯爵

訳者あとがき




◆本書より◆


「柔かい月」より:

「月の触手がまるでなにかにたどりつき、巻きつこうとするかのように、蠕動しながら夜空にくねっているのが見えた。その下に、摩天楼が鋸の歯のような影絵になった地平線のうえにすれすれに見える光暈に接して、町があった。月は、シビルが言っていたように、その触角を摩天楼のてっぺんに絡みつかせる前に、うまく停止するだろうか? それとも、その前に、なおも伸びつづけて細まっていくあの鍾乳石のようなものがちぎれて、落ちてきたら?」

「隕石がひとつ垣の金網にひっかかっていた。金網はその重みで半分へしゃげていた。隕石は地面に崩れ落ちて、すぐに地面と混り合った。私はそれがなにで出来ているかと眺めはじめた、と言うよりも私の眼前にあるものの視覚像がもたらす印象をとらえようとしはじめた。そしてその時にタイル張りの地面いっぱいに散りまかれたほかのもっと小さいしみに気がついた、地層に浸み込んだ酸性粘液の滓(かす)のような、あるいは触れるものすべてをその粘液質の果肉の中に呑み込んでしまう寄生植物、またはうようよとうごめく貪欲な微生物の群れがひしめきあっている漿液、あるいはまた端を裁断された細胞を吸盤のように開いてふたたび接合しようとするずたずたに切り刻まれた膵(すい)臓のような、あるいはまた……」



「結晶」より:

「あの頃、私は結晶の世界を夢に見ていた。夢に見たのではない、実際にそれを見たのだ、堅固で冷たい水晶の春を。山のように高い透明な多面体がいくつも伸び出していた。その厚みをとおしてむこうにいる者の姿が透けて見えていた。」


「血・海」より:

「したがってズィルフィアに対して私の抱く衝動の中には、大洋すべてを私たちのものにしたいという衝動のほかに、大洋をなくしてしまいたいという、私たちを大洋の中に消し去ってしまいたいという、私たちを滅却してしまいたいという、自分たちを引き裂いてしまいたいという衝動――手はじめに――彼女、私の恋人、ズィルフィアを引き裂いて、ずたずたにし、食べてしまいたいという衝動もあったのである。それは彼女とて同じであったろう、彼女が望んでいたのは私をずたずたに引きちぎり、呑み込んでしまうことにほかならなかったろう。海の底から見た橙色の斑点のような太陽はくらげのようにゆらゆらと揺れ、ズィルフィアは私を呑み込んでしまいたいという欲情にとらわれて、縞目になって海に差し込んだ光の中をうごめいていた、そして私は藍色の影となって海底からゆらめく海草のように長くのびた闇の中で、彼女に噛みつきたいという欲求にかられて身もだえていた。」


「メイオシス(減数分裂)」より:

「私たちのめいめいが真にそうあり真に所有しているのは、それは過去である、私たちがそうあり、そして所有しているすべてのものは成就した可能性、反復されるよう準備された行動、試みのカタログなのである。現在というものは存在しない、私たちがつねに一様な形に作り出す物質によって定められたプログラムに従いつつ、私たちは外へと後へと手探りで進むのである。私たちはいかなる未来にも指向しない、私たちを待っているものはなにもない、私たちは記憶していることを思い出させる働きしかしないひとつの記憶の機構の中に閉じ込められているのである。」

「いまやそれはすでに存在しそして永久に存在し続けようとするものとまだ存在していないが存在しようと望みそしてもう少しで存在しえるようになるかも知れない私たちとの間の戦いなのである。」














































































































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