色川武大 『遠景・雀・復活 ― 色川武大短篇集』 (講談社文芸文庫)

「僕は多分普通の人間ではありません。」
(色川武大 「遠景」 より)


色川武大 
『遠景・雀・復活
― 色川武大短篇集』
 
講談社文芸文庫 い N3

講談社 
2008年11月10日 第1刷発行
278p 編集付記1p
文庫判 並装 カバー
定価1,300円(税別)
デザイン: 菊地信義



本書は昭和61年2月に福武書店より刊行された同題の短篇集収録の7篇に2篇(「九段の杜」「疾駆」)を追加収録しています。


色川武大 遠景 雀 復活


カバー裏文:

「父の末弟で、受験に何度も失敗し、自らの生を決めかね
悲しい結末を迎える若き叔父・御年。彼の書き残した父宛の
手紙で構成した「遠景」をはじめとし、夢の手法をまじえて
綴った「復活」ほか、生家をめぐる人々をモチーフとした
作品を中心に、ギャンブル仲間であった一人の男の意外な
出世と悲惨な転落を追った「虫喰仙次」など、全九篇を収録。
戦後最後の無頼派作家の描く、はぐれ者たちの生と死。」



目次:

走る少年
復活
観音
遠景

陽は西へ
虫喰仙次
九段の杜
疾駆

解説 (村松友視)
年譜 
著書目録
 



◆本書より◆


「走る少年」より:

「ぼくはもうどこへも行きたくない。新しい場所なんていやだ。」


「復活」より:

「ある日、古くなって開け閉(た)てしにくい生家の小さな門の板戸をきしませて、腰の曲った父が入ってきた。そうして郵便受けの下の家鴨小屋をなんとなくのぞきこんでいる。父が死んだという記憶はまだしっかり残っていたから、私は一瞬その方に視線を停めた。父は当然のことのように内玄関の方に歩いて来、カラカラと格子戸の音をさせ、茶の間にあがりこんで彼の定座に坐りこんでしまった。」

「父が茶の間に居るときに、客間の八畳で、盤に向かって一人碁を打っているもう一人の父を見かけたことがあった。茶の間の父はその方に向かって、口を丸く筒のようにして、うわお、と吠える仕草をして、碁盤の方にゆっくり這っていった。するともう一人の父は居なくなっていた。」



「観音」より:

「父は老いてから、長広舌をふるうことが珍しくなくなった。話相手は稀にしか居なかったが。
 「だが俺は親父は嫌いなんだ。どうしてもな。俺は人という奴が嫌いだから。――俺は俺の生き方でいいと思えればなァ」
 父はそこで詠嘆の語調を消して、
 「さ、おい、飯をくれや」
 といった。」



「遠景」より:

「僕はたしかに兄様の思っていらっしゃるような者でしょうか。あるいはそんな者でないかもしれませんよ。僕はもと月の世界の兎のように、あの太陽の火の玉の中に住む怠けた動物かもしれませんよ。またその動物が神様のまちがいでこの辛い嫌な人間に追われて低能児という名のもとに生きねばならぬものかもしれませんよ。」
「僕は多分普通の人間ではありません。」
「僕は普通の人間ではないのだから、兄様はじめ世の中の人と反対のときに泣くでしょう。」

「今までどおり、学校を出て学位を貰い、会社に勤める、それの方がよりよいことだといわれる人も多いですが、立脚点がちがいますから。」
「どうか許してください。」

「大概の人は或る大きな力で人間でなくなるようにさせられています。」



「雀」より:

「父親はわき見をするということが嫌いだった。」
「彼はまた、歩道の石畳の縁の線を踏むことをよしとしなかった。歩幅が、三つ目くらいの石畳のまん中に入る。だから街角で、いったん歩道が切れて、新しい歩道にひと足乗せるときに慎重に下を見定める。」
「弟も、道を曲るとき、辻のまん中まで行って、そこで九十度に曲る。」



「疾駆」より:

「登校の道すがら、ふっと横道に曲がりこむと、それで落伍劣等の形がきまる。けれども落伍者の行先は用意されていない。私は主として、方々にある原ッぱで、道行く人たちから見えないように、草の茂みの中でしゃがんでいた。」
「漠然と気にかかっていたことといえば、こんなことがいつまでできるだろうか、ということだった。成人してからも、一人でしゃがんでいられるような原ッぱみたいなものがあるだろうか。」





























































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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