『坂口安吾全集 15』 (ちくま文庫)

「私は誰。私は愚か者。私は私を知らない。それが、すべて。」
(坂口安吾 「私は誰?」 より)


『坂口安吾全集 15』 
天皇陛下にささぐる言葉/ヤミ論語/我が人生観 ほか
ちくま文庫 さ 4-15

筑摩書房
1991年6月24日 第1刷発行
716p 「編集付記」2p
文庫判 並装 カバー
定価1,230円(本体1,194円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 横尾忠則



本書「解題」より:

「第十五巻には、坂口安吾が戦後のオピニオン・リーダーとして活動をはじめた昭和二十二年一月から昭和二十六年六月にかけて発表されたエッセイ九十六篇を発表年代順に収めた。」


新字・新かな。


坂口安吾全集 15 01


目次:

戯作者文学論
通俗と変貌と
花田清輝論
模範少年に疑義あり
未来のために
二合五勺に関する愛国的考察
反スタイルの記
日映の思い出
私は誰?
余はベンメイす
世評と自分
恋愛論
酒のあとさき
大阪の反逆
てのひら自伝
貞操の幅と限界
私の小説
俗物性と作家
教祖の文学
ちかごろの酒の話
私の探偵小説(私は少年時代から~)
悪妻論
観念的その他
推理小説について
理想の女
パンパンガール
思想なき眼
娯楽奉仕の心構え
新カナヅカイの問題
阿部定さんの印象
思想と文学
第二芸術論について
詐欺の性格
現代とは?
新人へ
阿部定という女
感想家の生れでるために
天皇陛下にささぐる言葉
モン・アサクサ
私の探偵小説(私は探偵小説が~)
机と布団と女
探偵小説とは
ヤミ論語
作品の仮構について
帝銀事件を論ず
白井明先生に捧ぐる言葉
不思議な機構
私の葬式
不良少年とキリスト
敬語論
探偵小説を截る
太宰治情死考
志賀直哉に文学の問題はない
切捨御免
戦争論
ヨーロッパ的性格 ニッポン的性格
哀れなトンマ先生
「刺青殺人事件」を評す
インテリの感傷
西荻随筆
僕はもう治っている
神経衰弱的野球美学論
深夜は睡るに限ること
戦後新人論
スポーツ・文学・政治
便乗型の暴力
由起しげ子よエゴイストになれ
温浴
推理小説論
我が人生観
“歌笑”文化
『異邦人』に就て

解説 (野坂昭如)
解題 (関井光男)



坂口安吾全集 15 02



◆本書より◆


「私は誰?」より:

「私は四十年、一向に はやらない小説を書き、まさに典型的な屋根裏詩人(私は三年間本当に屋根裏に住んでいたこともある) 牧野信一自身が夜逃げに及んだり、一家そろって居候(いそうろう)をしているというのに、その居候のところへ私が居候に行って、居候の居候というのは珍しい。けれども非常に居心地のよいものだ。そうだろう。先様が居候なのだから、身につまされて、又居候をいたわること甚大だからである。居候をするなら、居候のところへ居候するに限るものだ。然し、実際、牧野信一ぐらい居候を大切にし、いたわった人はいない。豊島与志雄先生が、そういう点で牧野さんに似ているような気がする。豊島さんは僕に言う。君、遊びにきなさい、真夜中に。行くところがなくなった時、そう言うのである。こういう風に言わねばならぬ豊島さんは淋しい人だ。本性はよくよくタンデキ派に相違なく、放浪者に相違ないので、牧野さんも豊島さんも、ハイカラで、気どりやさんで、ダンディで、極度に気が弱い。けれども私は決して深夜豊島さんを叩き起さないのは、生命にかかわるからで、先生はガバと起き、碁盤をもちだし、私がどんなに疲れていても、夜が明け、日が暮れるまで、かんべんしてくれないことが分りきっているからである。
 牧野信一は真夜中に中戸川吉二を叩き起して、中戸川に絶交を申し渡されたことがあったが、私は真夜中に叩き起されて怒る人はきらいだ。」

「私はただ、うろついているだけだ。そしてうろつきつつ、死ぬのだ。すると私は終る。私の書いた小説が、それから、どうなろうと、私にとって、私の終りは私の死だ。私は遺書などは残さぬ。生きているほかには何もない。
 私は誰。私は愚か者。私は私を知らない。それが、すべて。」



「私の小説」より:

「正直なところ、私は人の評判を全然気にかけていない。情痴作家、エロ作家、なんとでも言うがいいのである。読む方の勝手だ。こう読め、ああ読めと、一々指図のできるものではないのだ。」

「真実の自由、自由人は常に反逆人たらざるを得ないものである。今日、キリストを、孔子を、この現世へ再生せしめて、その幼少から生長の道を歩ませたなら、彼らは神ならず、聖人ならず、反逆者であり、罪人であり、世を拗(す)ねた一人よがりの馬鹿者、気違いであるであろう。
 自由人の宿命は、彼等ほど偉大ではあり得なくとも、多かれ少かれ、似た道を辿(たど)らざるを得ないものだ。なぜなら、自由は常に天国を目差しながら、地獄の門をくぐり、地獄をさまようものだからである。
 文学が、そういうものの一つなのだ。自由人の哀れみじめの爪の跡、地獄の遍歴の血の爪の跡、悲しい反逆の足跡だ。」



「教祖の文学」より:

「本当に人の心を動かすものは、毒に当てられた奴、罰の当った奴でなければ、書けないものだ。思想や意見によって動かされるということのない見えすぎる目などには、宮沢賢治の見た青ぞらやすきとおった風などは見ることができないのである。
 生きている奴は何をしでかすか分らない。何も分らず、何も見えない。手探りでうろつき廻り、悲願をこめギリギリのところを這いまわっている罰当りには、物の必然などは一向に見えないけれども、自分だけのものが見える。自分だけのものが見えるから、それが又万人のものとなる。芸術とはそういうものだ。歴史の必然だの人間の必然などが教えてくれるものではなく、偶然なるものに自分を賭けて手探りにうろつき廻る罰当りだけが、その賭によって見ることのできた自分だけの世界だ。」
「文学は生きることだよ。見ることではないのだ。生きるということは必ずしも行うということでなくともよいかも知れぬ。書斎の中に閉じこもっていてもよい。然し作家はともかく生きる人間の退ッ引きならぬギリギリの相を見つめ自分の仮面を一枚ずつはぎとって行く苦痛に身をひそめてそこから人間の詩を歌いだすのでなければダメだ。」

「人生はつくるものだ。必然の姿などというものはない。歴史というお手本などは生きるためにはオソマツなお手本にすぎないもので、自分の心にきいてみるのが何よりのお手本なのである。仮面をぬぐ、裸の自分を見さだめ、そしてそこから踏み切る。型も先例も約束もありはせぬ。自分だけの独自の道を歩くのだ。自分の一生をこしらえて行くのだ。」

「死んでしまえば人生は終りなのだ。自分が死んでも自分の子供は生きているし、いつの時代にも常に人間は生きている。然しそんな人間と、自分という人間は別なものだ。自分という人間は、全くたった一人しかいない。そして死んでしまえばなくなってしまう。はっきり、それだけの人間なんだ。」
「だから自分というものは、常にたった一つ別な人間で、銘々の人がそうであり、歴史の必然だの人間の必然だのそんな変テコな物差ではかったり料理のできる人間ではない。人間一般は永遠に存し、そこに永遠という観念はありうるけれども、自分という人間には永遠なんて観念はミジンといえども有り得ない。だから自分という人間は孤独きわまる悲しい生物であり、はかない生物であり、死んでしまえば、なくなる。自分という人間にとっては、生きること、人生が全部で、彼の作品、芸術のごときは、ただ手沢品中の最も彼の愛した遺品という外の何物でもない。」

「人間は悲しいものだ。切ないものだ。苦しいものだ。不幸なものだ。なぜなら、死んでなくなってしまうのだから。自分一人だけがそうなんだから。銘々がそういう自分を背負っているのだから、これはもう、人間同志の関係に幸福などありやしない。それでも、とにかく、生きるほかに手はない。生きる以上は、悪くより、良く生きなければならぬ。
 小説なんて、たかが商品であるし、オモチャでもあるし、そして、又、夢を書くことなんだ。第二の人生というようなものだ。有るものを書くのじゃなくて、無いもの、今ある限界を踏みこし、小説はいつも背のびをし、駈けだし、そして跳びあがる。だから墜落もするし、尻もちもつくのだ。」
「美は悲しいものだ。孤独なものだ。無慙(むざん)なものだ。不幸なものだ。人間がそういうものだから。」

「人間だけが地獄を見る。然し地獄なんか見やしない。花を見るだけだ。」



「理想の女」より:

「私はいつも理想をめざし、高貴な魂や善良な心を書こうとして出発しながら、今、私が現にあるだけの低俗醜悪な魂や人間を書き上げてしまうことになる。私は小説に於て、私を裏切ることができない。私は善良なるものを意志し希願しつつ醜怪な悪徳を書いてしまうということを、他の何人よりも私自身が悲しんでいるのだ。」


「娯楽奉仕の心構え」より:

「人々が私を文学者でなく、単なる戯作者、娯楽文学作者だときめつけても、私は一向に腹をたてない。人々の休養娯楽に奉仕し、真実ある人々が私の奉仕を喜んでくれる限り、私はそれだけでも私の人生は意味があり人の役に立ってよかったと思う。もとより私は、さらに悩める魂の友となることを切に欲しているのだけれども、その悲しい希いが果されず、単なる娯楽奉仕者であったにしても、それだけでも私の生存に誇りをもって生きていられる。誇るべき男子一生の仕事じゃないか。」


「阿部定さんの印象」より:

「どんな犯罪でも、その犯罪者だけができるというものはなく、あらゆる人間に、あらゆる犯罪の要素があるのである。(中略)けれども、我々の理性がそれを抑えているだけのことなのだ。」


「太宰治情死考」より:

「どんな仕事をしたか、芸道の人間は、それだけである。吹きすさぶ胸の嵐に、花は狂い、死に方は偽られ、死に方に仮面をかぶり、珍妙、体をなさなくとも、その生前の作品だけは偽ることはできなかった筈である。
 むしろ、体をなさないだけ、彼の苦悩も狂おしく、胸の嵐もひどかったと見てやる方が正しいだろう。」



「志賀直哉に文学の問題はない」より:

「ニセの苦悩や誠意にはあふれているが、まことの祈りは翳だになく、見事な安定を示している志賀流というものは、一家安穏、保身を祈る通俗の世界に、これほど健全な救いをもたらすものはない。この世界にとって、まことの苦悩は、不健全であり、不道徳である。」
「この阿呆の健全さが、日本的な保守思想には正統的な健全さと目され、その正統感は、知性高き人々の目すらもくらまし、知性的にそのニセモノを見破り得ても、感性的に否定しきれないような状態をつくっている。太宰の悲劇には、そのような因子もある。」



「戦争論」より:

「私個人としては、先ず、大体に、アナーキズムが、やや理想に近い社会形態であると考えている。」

「家の制度というものが、今日の社会の秩序を保たしめているが、又、そのために、今日の社会の秩序には、多くの不合理があり、蒙昧があり、正しい向上をはばむものがあるのではないか。(中略)家は人間をゆがめていると私は思う。誰の子でもない、人間の子供。」
「人間は、家の制度を失うことによって、現在までの秩序は失うけれども、それ以上の秩序を、わがものとすると私は信じているのだ。」



「ヨーロッパ的性格 ニッポン的性格」より:

「ヨーロッパなどの外国の人たちの観察の方法と、ニッポン人の観察の仕方とは、本来的に非常に差異がありまして、ニッポン人は(中略)物事をそれらの物事そのものの個性によって見る、そのもの自体にだけしかあり得ないというような根本的にリアルな姿を、取得しておらないのであります。そういうことが、まことに不得意なのであります。」
「いつでも他人の思惑が考えられていまして、独立の個人の自由な考えとか、観察方法とかは許されていないし、許されなければブチ破ってやろうという人物はいなかったのであります。ニッポン人にとっては、毎時でも、もっと一般的な、嘘があってもかまわぬから一般的でさえあればいいというような調子がお得意なのでありまして、(中略)むしろ、そればかりであります。」

「大体が、禅というものは人間の持っている人間性、その全てのものを、そのままに肯定する、というところから始まっているのであります。(中略)人間が行動するところのピンからキリまでを肯定する、肯定しようと努力するのであります。彼等にとっては、この人間性の肯定ということが、そもそもの出発点なのであります。
 禅はこのように考えておりますから、例えば人間の強さも弱さもそれらをとにかく全部的に肯定してしまう。その上で、その肯定という基本的努力の上で、自分の自分一個の安心の道を講ずるのであります。安心の世界を見出そうと努めるのであります。
 他人というものには構わずに、自分だけの悟りを求めるというのが禅の建前なのでありますが、それだけに逆にまた他人に対しては寛大な態度をとるのであります。」



「インテリの感傷」より:

「私は、本来、清貧というものは好きではない。徹頭徹尾、貧に対する敵対工作をもって、人生の主流と信じているものである。シベリヤの寒冷地にも、花さかしめ、ミノリ豊かならしめることを念願としたい主義なのだ。」


「我が人生観」より:

「私は、弟子というのも好きではない。私は誰の弟子でもなかったが、誰の先生になりたいとも思わない。
 第一、弟子というものが、先生に似たら、もう、落第だ。半人前にもなれやしない。自分に似たものを見るのは、つらい。」

「私はグウタラで、ヒネクレ根性で、交際ギライの偏執狂であるが、しかし、私は、自分のつくすべき役割への責任を知り、人のために、自分でつくせる奉仕はつくしたいという心の正しい位置をつきとめている。そして交際ギライという殻の中から出はしないが、殻の中に隠れたままなしうる最善をなしたいという善意と努力は忘れないつもりだ。」

























































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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