『坂口安吾全集 16』 (ちくま文庫)

「なぜなら、私は人に助力をもとめる必要がなくなったからだ。」
(坂口安吾 「テスト・ケース」 より)


『坂口安吾全集 16』 
安吾人生案内/負ケラレマセン勝ツマデハ/安吾行状日記 ほか
ちくま文庫 さ 4-16

筑摩書房
1991年7月24日 第1刷発行
702p 
文庫判 並装 カバー
定価1,230円(本体1,194円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 横尾忠則



本書「解題」より:

「第十六巻には、坂口安吾が権力にたいする批判を展開していった昭和二十六年(一九五一)一月から急逝直後の昭和三十年(一九五五)四月にかけて発表されたエッセイ五十四篇と、未発表原稿「迎合せざる人」一篇を発表年代順に収めた。」


新字・新かな。


坂口安吾全集 16 01


目次:

月日の話
新春・日本の空を飛ぶ
わが工夫せるオジヤ
戦後合格者
人生三つの愉しみ
“能筆ジム”
悲しい新風
日本の水を濁らすな
小林さんと私のツキアイ
フシギな女
安吾人生案内
 判官巷を往く
 大岡越前守
 精神病診断書
 人形の家
 衆生開眼
 暗い哉東洋よ
 宮様は一級紳士
 安吾愛妻物語
誠実な実験者・マ元帥
被告席の感情
真説 石川五右衛門『後編』に期待す
或る選挙風景
負ケラレマセン勝ツマデハ
チッポケな斧
「大国主命」
女忍術使い
孤立殺人事件
戦後文章論
歴史探偵方法論
光を覆うものなし
私は地下へもぐらない
風流
安吾行状日記
 三文ファウスト
 テスト・ケース
 越年記
 幕はおりた
茶の間はガラあき
日本の盲点
もう軍備はいらない
文芸時評
作家の言葉
「鷹」
ヒノエウマの話
人の子の親となりて
近況報告
ゴルフと「悪い仲間」
諦めている子供たち
砂をかむ
豊島さんのこと
育児
世に出るまで
迎合せざる人

解説 (中村雄二郎)
解題 (関井光男)

編集付記



坂口安吾全集 16 02



◆本書より◆


「人生三つの愉しみ」より:

「私の酒は眠る薬の代用品で、たまらない不味を覚悟で飲んでいるのだから、休養とか、愉しみというものではない。私にとっては、睡る方が酒よりも愉しいのである。」
「眠るべからざる時に、眠りをむさぼる。その快楽が近年の私には最も愛すべき友である。」



「フシギな女」より:

「本当の人間を書いた人はチエホフであろう。人間の平凡さをこれぐらい平易に描破した人はないが、見方を変えれば、あらゆる平凡人がみんなキチガイで異常性格だと彼は語っているようなものだ。チエホフは古今最高の人間通であろう。環境をきりはなして人間はあり得ないものだ。」


「暗い哉東洋よ」より:

「私の姪(めい)が自殺したことがあった。年は二十。自宅の前の堀へ身を投げて死んだ。自家用の堀だから、深くない。底に小石を敷き、山の清水をとりいれてめぐらしたものだから、キレイに澄んでいて深さよりも浅く見えるかも知れないが、雨後の満水時でも腰よりも深いとは思われない。姪は一滴も水をのんでいなかった。飛びこむ前に覚悟の激しさに仮死状態だったかも知れない。しかし、自殺には相違ない。深夜、一時と二時の間ぐらいに寝室をでて身を投げた。神経衰弱気味で、小さな弟に、
 「一しょに死なない?」
 と誘ったこともあったそうだ。」
「婚約がきまって本人も満足していた時であったが、胸を病んでいた。しかし一応全快後で、病後には私のところから東京の女学校へ通っていた。明るくて、表面は甚だしくノンキな娘であった。あんまり宝塚へ通いすぎるというので私の母に叱られたことがあったが、この娘はいささかもヘキエキせず、巧みな方法で母を再々宝塚見物にひっぱりだして、いつか年寄りをヅカファンにしてしまった。(中略)生きていると、いくつかな。」
「誰が自殺するか、見当がつかないものだ。私が矢口の渡しにいたころ、近所の老夫婦が静かに自殺していた。小金があって、仲がよくて、物静かで、平穏というものの見本のような生活をしていた人である。子供がなかった。世間的に死なねばならぬような理由は一ツもなかったらしいが、すべてを整理し、香をたいて、枕をならべて静かに死んでいたそうだ。」
「誰が自殺しても別にフシギはないし、自殺ということが、その人の(中略)不名誉になることだとも思われない。」



「負ケラレマセン勝ツマデハ」より:

「芸術の根幹はモラルですよ。(中略)天才は窮死してもアワレミを乞うことは有りッこないものです。彼らの魂は高貴です。彼らが働らかないのはモラルがないからではなく、もっと高い生き方を信じているからであり、だから彼らはおよそアワレミを乞うことを知らず、窮死しているのである。」

「私は時と場合によって、甚しく温和であるし、甚しくツムジマガリの性分で、相手がカサにかかってくると、どうしてもツムジをまげずにいられない。だから会社につとめたり、党派を結ぶというようなことは、どうもダメですね。半生ひどい貧乏したのもそのツムジマガリの性で、やむを得ん。小役人がカサにかかって威張りちらすのを見ると、どっこい、拙者はそうはさせんぞ、と大いに闘志をもやす。これは性分で、どうにも仕方がないね。」
「いっぺんツムジがまがれば、どうにも仕方がないもんだ。なんとか、かんとか、ツムジを曲げ通して、いっぺんもペコペコせずに今日まで生き通してきたのだから、ツムジをまげるべき時にツムジをまげないと、拙者という人間の魂は死んでしまう。税金だけのことではないね。私の今まで書いてきた仕事のことなどでインネンをつけられて、牢屋へ入れられようと、死刑にされようと、身にふりかかる運命がそういうものならヤムをえん。思い上った英雄的な気持などというものはミジンもないのです。ただ、いっぺんまがったツムジは今さらマッスグにできないものだ。(中略)全然ツムジの問題さ。」

「だいたいワガハイがどうして歴史の本などいじりだしたかというと、これがまたツムジをまげたせいである。日本の歴史というのは根本的にウソツキだからね。ウソを土台にしているのです。(中略)つまり天皇家の万世一系という前提があり、のみならず(中略)日本書紀の史実を疑ってはならんというタブーがあるのだ。」
「だいたい今の天皇家は蘇我家を亡して代ったものだ。」
「蘇我氏以前に物部氏が日本最大の豪族だったように思われるフシが多い。つまり大物主という神様がその族長であったのかも知れん。(中略)とにかく物部氏が一度亡ぼされ、物部氏の一族たることをはばかるような時代があったのだろうと思う。」
「鳥居龍蔵氏の説によると、浅草の観音様は、仏教の渡来前から別系統の帰化人がこの地に土着して拝んでいたものらしいとの由ですが、とにかく大陸の方から朝鮮をへてきた帰化人が、仏教の渡来以前に日本の諸国に移住していたようですな。(中略)どうもハッキリしたことはてんで拙者には分りませんけれども、物部系統も大陸渡来と信ずべき筋があるようだ。」
「私がこういうガラにない根気仕事をやりだしたのは、天皇家中心の日本歴史のイツワリにツムジをまげたせいです。ツムジをまげた結果、正体を見破ってやろうとカンタンにモクロミをたてたが、雲をつかむようなことにツムジをまげたのは失敗であったらしいや。しかし、マゲてしまったツムジは今さらどうにもならんです。」



「チッポケな斧」より:

「いろいろ大人げない風変りなことにイコジなガンコ者が居るのは当然だし、居る方がよろしいものだ。バーナード・ショオとか、ヴォルテールとか、そういう憎まれ者も必要なものだ。」
「なんでもハイハイと習慣にしたがう人間よりも、それを拒否するツムジマガリの方に、大切な要素が含まれていることは当然ではありませんか。そのツムジマガリがなければ、社会の進歩も改良もないね。」



「女忍術使い」より:

「二、三週間前、熱海へ寄ってきた某記者が、「林芙美子さんからです」
 と云って、ウイスキー一本ぶらさげてきた。例の桃山荘で仕事中の由であった。彼はその翌日、林さんの仕事ぶりを偵察に行くというから、
 「よろしく伝えて下さい」
 その晩、彼はくさって戻ってきた。
 「坂口さんから、よろしく、という御伝言が宙ブラリンになりまして、この鼻の、ここんところへブラ下っているんですけど、見えませんか。林さんはすでに東京へ戻ったそうです」
 彼女はよく動く人だったね。私はいつもそれに感心していた。」
「「ヘエ。私はまたどこへ行っても同じ場所に居るようだわねえ。アア、忍術が使いたい」
 と言った。私が上京してモミジで仕事してると、深夜二時半ごろ彼女は男の子のコブン二人つれて遊びにきた。時には男の子と女の子のコブン十人ちかくひきつれて現れることもあった。その深夜に現れた時はあんまり酔っていなくて、
 「変だわねえ。午前の二時半だってねえ。ウシミツ時じゃないの。お酒に酔っぱらいもしないで、どこをウロついてたんだろう。シラフで帰るとかえってウチのヒトに怪しまれるから、安吾さん、のましてよ」
 こう云って、ハッハッハ、と笑って、
 「私ねえ。あなたッて人が忍術使いに見えんのよ。コロコロコロッと呪文を唱えるとウイスキーと七面鳥の丸焼きをだしてくれるのよ。巴里(パリ)の街には忍術使いらしい人ずいぶん見かけたけど、日本はダメだわねえ。安吾さんぐらいのもんじゃないの」
 「オヤオヤ。あなたがそうじゃないのかね」
 「私の呪文じゃ出てくれるのはカストリぐらいのもんだわねえ。マッカーサーなんか招待して、コロコロッて呪文を唱えて、帝国ホテルでカストリだしちゃって。私がねえ。ハッハッハ。でも、ねえ。カストリでもいいわよ。欲しいとき、それがきッと出てきてくれると思いこんで生きられないものかしら」
 彼女はニヤニヤ笑った。
 「自分のカラダがフッと消えるといいわねえ。ヒョッと居なくなっちゃうのよ。時々ヒョッと現れるのよ。もう出てこなくッてもいいじゃないの。三百年前の大阪の陣のさなかに敵陣へ忍びこもうとフッと姿を消しちゃって、にわかにオックウになッちゃッて、戦場からそれちゃってさ。今もって姿を現さないスネ者の忍術使いがいるような気がするわね。いまだに、どこかに頬杖ついて退屈してるのよ」
 「広島で頬杖ついてたとき、原子バクダンで死んだとさ。そういつまでも生きてちゃ気の毒だよ」
 「思いやりがあるわね」
 彼女はかなりお酒をのんでから、今の話を思いだして、
 「あなたは六百年あとに勲章もらうわよ」
 「誰から」
 「退屈と戦える騎士一同に勲章あげる大統領がでてくるわよ。大きなお鍋に海水とムギワラ帽の廃物と何千匹のカナブンブンのような虫を何十年間もグラグラ煮たてて勲章こしらえるのよ。勲章ができあがってお墓の胸ンとこへつけてあげようと思ったら、安吾さんのお墓がないわね。アラどこへなくなっちゃッたと思ったら、はじめからお墓がなかったのねえ。そんな人間がほんとに居たかどうかも怪しいもんだ、なんて。ハッハッハ」
 彼女の話は比喩が童話的であっても内容は甚だ現実的なのが普通であるが、この日に限って、内容も夢物語であった。
 「フッと消えちゃダメよ」
 林さんは私にそう言ったあとで、その言葉がそれだけでは気にいらなかったらしく、
 「本来、住所不定で、着ながしで、あなたは消える必要がないわよ。私が死んじゃっても、安吾さんだけはお葬式に来てくれないにきまってるんだもの、あなたとツキアッてる時は気楽で、たのもしくなるわよ。この人、私のお通夜にくる人かな、と思うと安心できないわねえ」
 そうは云うが、彼女自身は人のお通夜へでかけるのがキライなんではなかったね。」



「テスト・ケース」より:

「「因果物以外に手がないよ。そうなりたくはないんだが……」
と云う。
 そうタメイキをもらすのが浅草人の性格でもあった。身を屈する以外に手がないと観じ、そしてそう観じて因果物に身を屈すれば、浅草に限らず、どこの世界でもなんとなく生きられるものだ。その低さに堪えかねて、また、そこから立ち上ろうとする。力つきて、また屈する。いつまでたっても同じことであろう。
 しかし、この泥沼から現れても、因果物に身を屈することを知らないものだけが、やがて浅草だけの物ではなくて、全ての物となりうるのだろう。
 終戦直後、(中略)阿部お定さんを舞台へひッぱりだそうとしたことがあった。私は彼らに対しても、お定さんに対しても、止すようにと忠告した。因果物に身を落しては救いがないではないか。うけてみたって、どうにもなりやしない。うける方が悲しかろう。」
「もしも彼女が自らを因果物に落してしまう気持から足を洗うことができなければ、要するに彼女の一生は因果物以外の何物でもなかろう。
 しかし、因果物から足を洗うことができれば、彼女の過去も因果物ではなくなる性質のものではないかと私は思う。彼女が因果物のような過ちを犯したことも、人を心底からゆりうごかすドラマとなりうるのである。」

「この事件は、私にとってだけはまさに私自身の生き方に、ひいては私の芸術をも規定する「カケガエのない」問題であるが、私以外の誰かにとっても「カケガエのない」問題である筈はないのである。」

「「あなたは御自分の人生を童話の国に組み立てているようですね」
 「とんでもない!」
 と私は叫んだ。
 「人間の世界は童話の国へ戻らなければならないのです。みんながその努力を忘れてしまったのですよ。昔の人はそうではなかったのです。哲学の理想は童話の国ときまったものですよ。私自身が童話の主人公になれる筈はありませんが、せめていくらかでもそれに近づくことを一生の願いにしたいと思っているのです」
 大きなことを言いすぎたようだ。しかし、私としては精いっぱいの願いでもあろう。時には大きなことを言いすぎるのも許してくれたまえ。そうすることによって、いくらかでも言葉に似せよう、裏切るまいと希う気持も育つのだから。」

「私の身辺にも「テストケース」という言葉はしょッちゅうきく言葉の一ツである。」
「そう云えば、この言葉ぐらい現代にふさわしい流行語はないかも知れない。悪徳や悪権力がこれぐらい怖れげもなく公然と表通りを横行カッポしている時代は稀であろう。そして、片隅におき残されたちょッとばかりの良心が、自他の人生諸相を眺めて、全てを「テストケース」と観じることにしたと思えば、これぐらい悠々自適の境地もなかろうというものだ。
 「オレの人生だけはテストケースでありたくはないな」
 と、私は心に呟かずにいられなかった。
 「オレの人生をテストケースだと云う奴があったらトコトンまで呪ってやるぞ」
 私はウンザリしながら、そんなことを考えずにいられなかった。」



「越年記」より:

「私は去年、たッた一度宝塚を見ただけだが、無性に好きになった。あの少女歌劇にそなわる清潔な色気は、こわしてはいけないものだ。むしろ、益々大切に育てなければならないものだ。しかし、あの少女歌劇の色気のまま、他の大人たちの劇と結合することを考えなければいけない。少女歌劇自体を大人の世界の色に染めずに、あのままのものを大人の物と結合させる発明である。」


「幕はおりた」より:

「私がこの事件によって見知ったことは、まさに人生いたるところインチキありという一事につきる。しかし、つらつら考えてみれば、(中略)今だけがそうだというわけではない。人権が云々されはじめた明治維新このかたですら日本は一貫して悪権力のはびこった国であったと云うべきであろう。どの政党が代って政権を握っても、権力政治に代りがあろうとは思われない。
 要するに、私は文学者だから、悪権力という本質的な事柄と争うべきであって、相手代れど主かわらず、一貫して永遠に行わるべきものであろう。
 一ツの権力と争うために、他の権力の利益となるのは私の本意ではない。いずれにしても権力は同じ穴のムジナである。」



「もう軍備はいらない」より:

「原子バクダンの被害写真が流行しているので、私も買った。ひどいと思った。
 しかし、戦争なら、どんな武器を用いたって仕様がないじゃないか、なぜヒロシマやナガサキだけがいけないのだ。いけないのは、原子バクダンじゃなくて、戦争なんだ。
 東京だってヒドかったね。ショーバイ柄もあったが、空襲のたび、まだ燃えている焼跡を歩きまわるのがあのころの私の日課のようなものであった。公園の大きな空壕の中や、劇場や地下室の中で、何千という人たちが一かたまり折り重なって私の目の前でまだいぶっていたね。
 サイパンだのオキナワだのイオー島などで、まるで島の害虫をボクメツするようにして人間が一かたまりに吹きとばされても、それが戦争なんだ。」
「私もあのころは生きて再び平和の日をむかえる希望の半分を失っていた。日本という国と一しょにオレも亡びることになるだろうとバクゼンと思いふけりながら、終戦ちかいころの焼野原にかこまれた乞食小屋のような防空壕の中でその時間を待つ以外に手がなかったものだ。三発目の原子バクダンがいつオレの頭上にサクレツするかと怯えつづけていたが、原子バクダンを呪う気持などはサラサラなかったね。オレの手に原子バクダンがあれば、むろん敵の頭の上でそれをいきなりバクハツさせてやったろう。何千という一かたまりの焼死体や、コンクリのカケラと一しょにねじきれた血まみれのクビが路にころがっているのを見ても、あのころは全然不感症だった。美も醜もない。死臭すら存在しない。屍体のかたわらで平然とベントーも食えたであろう。一分後には自分の運命がそうなるかも知れないというのが毎日のさしせまった思いの全部だから、散らばっている人々の屍体が変テツモない自然の風景にすぎなかった。」
「頭の真上に焼夷ダンが落ちて大の字になって威張って死んでいる男がいた。通行人の一人が死人の腰にくくりつけた弁当包みを手にのせてみて、
 「まだ弁当食ってねえや」
 ほかの通行人たちの顔を見まわしてニヤリと笑って言やアがった。」
「いったん戦争になッちまえば、(中略)人間は地獄の人たちよりもはるかに無感動、無意志の冷血ムザンな虫になるだけのことだ。おそらくそのとき何が美しいと云ったってサクレツする原子バクダンぐらい素敵な美はないだろう。あの頃でも自分をバクゲキにくる敵の飛行機が一番美しく見えた。そして、その美を見ることができた代りに死ななければならないということは、たいしたことじゃアないのだ。人を殺すのが戦争じゃないか。戦争とは人を殺すことなんだ。」

「自分が国防のない国へ攻めこんだあげくに負けて無腰にされながら、今や国防と軍隊の必要を説き、どこかに攻めこんでくる兇悪犯人が居るような云い方はヨタモンのチンピラどもの言いぐさに似てるな。ブタ箱から出てきた足でさッそくドスをのむ奴の云いぐさだ。」

「人に無理強いされた憲法だと云うが、拙者は戦争はいたしません、というのはこの一条に限って全く世界一の憲法さ。戦争はキ印かバカがするものにきまっているのだ。(中略)日本ばかりではないのだ。軍備をととのえ、敵なる者と一戦を辞せずの考えに憑(つ)かれている国という国がみんな滑稽なのさ。彼らはみんなキツネ憑きなのさ。」
「世界中がキツネ憑きであってみれば日本だけキツネを落すということも容易ではないのはやむを得ない。けれども、ともかく憲法によって軍備も戦争も捨てたというのは日本だけだということ、そしてその憲法が人から与えられ強いられたものであるという面子に拘泥(こうでい)さえしなければどの国よりも先にキツネを落す機会にめぐまれているのも日本だけだということは確かであろう。」

「この地に本当に戦争をしたがっている誰かがいるのであろうか。」
「現在どこかに本当に戦争したがっている総理大臣のような人物がいるとすれば、その存在は不気味というような感情を全く通りこしている存在だ。同類の人間だとは思われない。理性も感情も手がとどかない何かのような気がするだけだ。しかし私はその実在を信じているわけではない。むしろ、そういう誰かは存在しないのじゃないかと考える。それほどのバカやキ印は考えられない気になるからだ。
 けれども、日本の再軍備は国際情勢や関係からの避けがたいものだと信じて説をなす人は、こういう奇怪な実力をもった誰かの存在を確信しているのだろうか。そんな考えの人も不気味だね。同じ不気味にしても、完全犯罪狂の殺人鬼よりもそそっかしくてメンミツでないらしいので、ソラ怖しいよ。」



「文芸時評」より:

「私が戦争文学のことについて書きたい気持になった理由は、実は戦争小説でない小説、しかし、よく戦われた小説を読んだからだ。その書の名はジャン・ジュネの「泥棒日記」。
 私はジャン・ジュネについては、この一冊を読んだ以外に何も知らない。」

「彼の最も多く用いる言葉は「男性の性器」と並んで「聖性」という言葉なのであるが、彼は常に荒々しい性器のユーワクにかりたてられながら、いつも同時に「聖者」になりたい、それに到達するためには何事をも辞さないと思いつめているのである。
 そのくせ泥棒し、人殺しの片棒をかつぎ、友を裏切り、威力ある男に対して本能的に媚態をささげてしまう。悪から悪へのただ連続であるにすぎない。それがあまりにも切実であるから、彼が半面に於て常に聖性によって導かれたいと念じていることの切実さが目ざましいのである。彼は云う。
 「わたしは書くことによって、わたしが探し求めていたものを獲た。わたしにとって教訓となりつつわたしを導いてくれるものは、わたしが経験したことではなく、わたしがそれを物語る調子なのだ。いろいろの挿話的事件ではなくて、芸術作品なのである。わたしの伝説を実現させること」
 と語っている。それを物語る調子、そして芸術作品、とはすばらしい確信ではないか。」

「この泥棒日記は、まぎれもなく泥棒そのものが、そしてまた汚辱にまみれた男娼そのものが、彼の独特の言葉で語っているのである。どこにも自分を傍観しているようなも一人の他人はいない。
 彼自身はこの手記を「愛ゆえにわたしを監獄へとみちびいた冒険」と語っているが、その愛とは神に対する愛の如きものではなくて、徹底的に性器への愛情、また悪への愛情であった。その泥まみれの愛が聖なる愛へと変形するために、彼はそれを独特の調子で表現することが必要だったのである。
 おそらく昔から文学者の多くがそのような調子で表現することによって、自分自身に聖性を見出したいと欲しつづけてきたであろう。私とても、本音を吐けば、やっぱり、そうだ。ただ私の場合は、私の語る調子が余りにも聖性の表現に適するものとかけ離れているために、恥ずかしくて云えなかっただけのことだ。
 私は、私自身の書いた作品によって生きぬく勇気なぞを与えられたタメシはなかったが、ジュネの「泥棒日記」には、まさしく生きぬくための力を与えられたと云ってよかった。もしも生きるのに切なすぎるような時には、この本をとりだして読むことにしようと考えたほどであった。」

「私はしかし、私のこのような愚行を「独特な調子」で小説にしたいとは思わない。それは私の遣り方ではないのである。私は私自身と直接に関係のない整然とした芸術が書きたいのである。
 私が人の云う如く多少とも狂人的であるとすれば、この「整然」ということに妙に憑かれていることに、その欠点があるのではないかと考えている。私はチエホフのような、平凡な、そして整然とした調子を私自身の物としたいのである。私自身は「泥棒日記」のようなものは書く気持がない。もちろん、書けもしない。」

「自分だけの独特の言葉と調子で語りうるということは、なんという見事な成果を示すものであろうか。
 「泥棒日記」は戦争文学ではないけれども、これこそは良く戦った小説であろう。私のような愚者にまで、よく生きぬく力を与えてくれた偉大な芸術作品なのだ。」



「豊島さんのこと」より:

「そのころ豊島さんはお嬢さんを亡くされてガッカリされてたころであったが、私が入院中の精神病院をぬけだして遊びに行ったら、
 「娘のために無理して探したパンスコがのこってるよ。君にあげようか」
 パンスコというのは麻酔の劇薬である。私を憐れんで下さったのだろう。私はしかし仙人のお嬢さんの形見の劇薬を辞退した。その日、豊島さんはカストリに酔いすぎて野原にねていて巡査が家まで届けてくれた朝であったから、私は夕方までカストリを御馳走になり、碁を常先まで打ちこまれた。仙人は酒を飲み、また飲ませながら碁をうつから、どうしても私がまける。グデングデンに酔い痴れながら夜が明けても盃と碁石を放さないのだから、俗人はとても勝てないのである。仙人の碁は飲んでも飲まなくても勝気で乱暴で奔放である。だからこッちがシラフなら怖るべき敵ではないが、仙人はシラフが万事につけておきらいだ。
 死んだ太宰も、田中英光も、死ぬ直前に豊島さんをお訪ねしている。死の直前にお逢いしたくなる唯一のお人柄なのである。私は自殺するような人間ではないが、それでも死にたいような気持のときに、やっぱり思いだすのは豊島さんだ。泥んこ仙人の静かな気配をなつかしむのである。当代における本当の貴族性と云い得べきものかも知れない。太宰も田中も半獣神で半貴族で、その壁にぶつかって自滅したようなものであるが、豊島さんは彼らにとっていまわの神父のようになつかしい存在でもあり、また自殺を思い止まらせるには全然無力な清潔な精霊でもある。天上大風という良寛の書が豊島さんの書のように思いだされるのである。」









































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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