『坂口安吾全集 6』 (ちくま文庫)

「私は自分の力について考えてみない主義であるのよ。あらゆるチャンスに、おめず、おくせず、試みてみるのよ。全てを人の判断にまかせて、試みによってひらかれた自然の道を歩きつつ進む主義であるのよ」
(坂口安吾 「ニューフェース」 より)


『坂口安吾全集 6』
ジロリの女/ニューフェース/火 ほか
ちくま文庫 さ 4-6

筑摩書房
1991年5月28日 第1刷発行
585p 「編集付記」2p
文庫判 並装 カバー
定価1,030円(本体1,000円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 横尾忠則



本書「解題」より:

「第六巻には、長編小説『火』第一部を中心に昭和二十三年(一九四八)四月から昭和二十五年(一九五〇)一月にかけて発表した小説十篇を発表年代順に収録した。」


新字・新かな。


坂口安吾全集06 01


目次:

ジロリの女
遺恨
無毛談
アンゴウ
ニューフェース
お魚女史
織田信長
死と影
カストリ社事件

 作者の言葉

解説 (川元祥一)
解題 (関井光男)



坂口安吾全集06 02



◆本書より◆


「ニューフェース」より:

「店に鍵をかけ、肩をならべて夜道を歩く。千鳥波は女がいじらしく思われて、それが夜道に、キレイに澄んで深かまるのである。
 「なア、お前は本当に声楽家になりたいのかえ。よっぽど声楽がうまいのか」
 すると女が言下に答えた。
 「ウソなのよ。私、小学校も女学校も、声楽なんか、カモばっかりよ。本格のソプラノなんか、一度も唄ってみやしない。流行歌だって満足に唄えないのよ」
 「ウムム」
 千鳥波は、うなった。この女には色々のことで唸(うな)らされる。
 「然し、あの金切声は真剣そのもの、必死の気魄じゃないか。あれが狂言とは、それは嘘だろう」
 「無論、狂言じゃないわ。真剣でもあり、必死でもあったわよ」
 「じゃア、できもしない唄をうたって、声楽家になれるつもりでいるのか」
 「私は自分の力について考えてみない主義であるのよ。あらゆるチャンスに、おめず、おくせず、試みてみるのよ。全てを人の判断にまかせて、試みによってひらかれた自然の道を歩きつつ進む主義であるのよ」
 「ウムム」
 千鳥波は、また、うなった。
 「それは、その主義であるのか」」

「「あのネ、あなたの店、ラジオがないから、私、すきなのよ」
 「なぜ」
 「私もラジオがきらいなのよ。あんなものをきくと、声楽家だの女優になりたくなるでしょう。これ、無意味なことであるわ。私、さびしくなるのよ」」



「死と影」より:

「「旅にでれば、必ず、わかる。人間の、ふるさとがネ、オヤジもオフクロもウソなんだ、そんなケチなもんじゃないんだ、人間には、ふるさとが有るんだ。慾がなくなると、ふるさとが見えるものだ。」」


「火」より:

「「私は米はたべません」
 彼は牛小屋を指し示した。
 「牛乳、ならびに、それからつくるバター、チーズのたぐい、これは簡にして要を得た基本的食糧だ。私はだいたい、チベット人と同じような食生活を、やっとるのさ。似せたわけじゃないのさ。こんな山奥に住んでりゃ、自然に、そのような食生活が合理的であることを発見するのさ。これは然し、私個人の好みにすぎんのだから、決して万人におすすめできるもんじゃないわ」
 「チベットの主なたべ物とは、どんなものですか」
 「そんなことは、東京へ帰ってから、チベット旅行記を一冊買って読みたまえ。私にきくよりは、その方が、よっぽど、たしかさ。私は君、大学を出て間もないころ、朝鮮総督府の健康衛生というような下(した)っ端(ぱ)係りをしていたことがあってさ。人間なんて犬よりもバカヤローさ。やれ民族、人種、いや、うるさいな。そんなものは、犬の方が利巧だな。ブルドッグも柴犬もあるもんか。日本人と朝鮮人とチベット人と、アレコレかまわず、みんなアイノコになっちまえば余計な手数はいらないさ。アイノコの方が犬でも馬でも人間でも進歩的形態にきまっとるさ。日本民族なんてものが消滅したって、人間が残りゃいいじゃないかね。すると君、バカだ、キジルシだ、また、やられたね。」」

「差別観念の発生は、むしろ、百姓の発生から後であろう。公田ができ、各人が土地を所有して税を納め、百姓をオオミタカラと云うようになってから、ここに土地に定着する思想、つまり保守思想というものが発生した。
 土地に定着した保守思想に対立するものは、土地に定着せざるもの、遊牧人種、土地的でない全てのもの、猟師、漁夫をはじめ大工、左官、瓦師の職人から遊芸人、行商人等であったに相違ない。」
「まことに土地というものほど、大きな魔物はこの地上にはないのである。国家という観念すらも、すでに土地に定着し、限定されたものなのである。大は国家より小は家に至るまで、土地に定着し、限定されて、モロモロのマカ不思議な差別観念が発生するに至るのである。」































































































































































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ひとでなしの猫

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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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