『坂口安吾全集 7』 (ちくま文庫)

「だから、もし、精神病患者が異常なものであるとすれば、精神病院の外の世界というものは奇怪なものであり、精神病的ではないが、犯罪的なものなのである。」
(坂口安吾 「精神病覚え書」 より)


『坂口安吾全集 7』
わが精神の周囲/小さな山羊の記録/勝負師 ほか
ちくま文庫 さ 4-7

筑摩書房
1990年10月30日 第1刷発行
617p 「編集付記」2p
文庫判 並装 カバー
定価1,080円(本体1,049円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 横尾忠則



本書「解題」より:

「第七巻には、坂口安吾が東大病院を退院し、旺盛な執筆活動をはじめた昭和二十四年(一九四九)六月から昭和二十六年五月にかけて発表した小説二十篇を発表年代順に収めた。」


新字・新かな。


坂口安吾全集07 01


目次:

精神病覚え書
日月様
釣り師の心境
現代忍術伝
勝負師
行雲流水
わが精神の周囲
小さな山羊の記録
退歩主義者
肝臓先生
水鳥亭
巷談師
天明太郎
宝文館版 天明太郎
落語・教祖列伝
 神伝魚心流開祖
 兆青流開祖
 花天狗流開祖
 飛燕流開祖
九段
新魔法使い

解説 (津島佑子)
解題 (関井光男)



坂口安吾全集07 02



◆本書より◆


「精神病覚え書」より:

「一般に、精神病の患者は、自らに科するに酷であり、むしろ過度に抑圧的であって、小平のような平凡さ、動物的な当然さはないものである。精神病者が最も多く闘っているものは、むしろ自らの動物性に対してであり、僕が小平を精神異状ではなく、むしろ平凡であり、単に犯罪者であると定義する所以(ゆえん)はここにあるのである。精神病院の患者は自らに科するに酷であり、むしろ一般人よりも犯罪に縁が遠い、と僕は思った。」

「狂躁にみちており、無礼であり、センスを失い、ガサツな人々はむしろ概ね附き添いたちであり、患者は静かで、慎(つつし)んでいるのが普通であった。」

「自らに科する戒律と他人に対する尊敬を持つものが、精神病者の一特質であることを忘れるべきではない。」

「精神病者には、こういう内省のなさ、他人への無礼に対して自ら責めることを忘れている者は居ない。だから、もし、精神病患者が異常なものであるとすれば、精神病院の外の世界というものは奇怪なものであり、精神病的ではないが、犯罪的なものなのである。」
「小林秀雄も言っていたが、ゴッホの方がよほど健全であり、精神病院の外の世界が、よほど奇怪なのではないか、と。(中略)僕も亦(また)、そう思う。精神病院の外側の世界は、背徳的、犯罪的であり、奇怪千万である。
 人間はいかにより良く、より正しく生きなければならないものであるか、そういう最も激しい祈念は、精神病院の中にあるようである。」



「日月様」より:

「「日月様とでも申すんでしょうか。キミちゃんが思いこんでいる宗教なんですよ。男と女、それが日月。でもねえ、キミちゃん自身、男のくせに女装して、つまり、自分が一人で日月をかたどっているという思いこんだ気持もあるんです。そのほかに、とりたてて変ったところもないのですし、根は気立てのよい、おとなしい人なんですけど、ねえ」
 茫然たる私に、主婦はなんでもない顔付でつけたして云った。
 「キミちゃん自身が、自分のモモ肉をえぐったことは事実なんです。キミちゃんのオカミさんが、人間の肉をたべたいとか、云ったとか、これは噂ですけれども、色々曰くがあったんでしょうが、キミちゃんが思いつめたアゲクに、自分のモモの肉をえぐってオカミさんに食べさせたんだなんて、まア、噂ですから、真偽のほどは分りません」」



「小さな山羊の記録」より:

「去年の八月からの私は、吐き気と闘うためのひどい労苦がつづいた。先ず思考力を集中し持続するために、多量に覚醒剤を服用する必要があり、しかも、その効果は少く、ただ目が冴えて眠られないという結果をもたらすばかりである。たださえ吐き気に苦しみつづけているのだから、眠るためにアルコールを用いることが難儀となり、いきおい催眠剤の使用が多くなった。その頃から、アドルム十錠ずつ用いるようになったのである。
 このような肉体的な条件で、各社から殺到する切り売り的な註文に応じることは不可能であり、馬鹿馬鹿しいと思ったから、それらの全部を拒絶することにして、かねての腹案の長篇小説に没頭することにした。表面の状況はそうであるが、今にして思えば、精神病的徴候が、すでにハッキリ現れていたのである。つまり、厭人癖である。そして、一種の被害妄想である。ちょッとした思考力の集中持続にすら苦心サンタンしつつある自分に対して、営利的なつまらぬ仕事を持ちかけてくる人間への反感、病的な反感であった。私はその時以来注文を拒絶したのみでなく、一切の面会も拒絶した。」

「分裂病の青年たちは、希望に対して不信であり、彼らの考えが、はるかに孤絶していることは分るが、彼らも一様に、美しい恋人を胸に描いていたことに変りはない。(中略)彼らは孤絶していたが、その外面にも拘らず、人間に対する愛着は、まさに、「きわまりない」もののようでもあった。」

「然し、それよりも、心の奥に、大いなる怒りが燃えつづけて、治ることがないようである。ゲヘナの火だろう。私は放心からさめて、苦笑しながら、こう呟(つぶや)くのが、鉄格子の中から、癖になりだした。」



「神伝魚心流開祖」より:

「「のう。カメ。お前、こんなもの、食うか」
 多茂平は谷底の岩へ腰を下して、おもむろに包みをといて、子供の頭ほどあるお握りをとりだして、あたえた。カメはアリアリおどろいて、叫んだ。
 「これは、米のムスビだぞ!」
 「そうだ。米のムスビだ。ほしかったら、くえ。いくつでもある」
 「よし。いくつでも、あるな」
 「食えるだけ、やる」
 カメはムスビにがぶりついた。多茂平は自分用のムスビをとりだして、たべた。カメはそれをのぞきこんで、自分のものと見くらべながら、
 「それは変なものがはいっているな? それは、なんだ? ウヌだけ変なものを食っているな」
 「どれ? お前のは何がはいっとる?」
 「オレのは、梅干だ」
 「そうか。オレのはミソ漬だ。ミソ漬のムスビがよければ、それをやるぞ」
 カメはいそいで梅干のムスビをくい終ると、ミソ漬のムスビをくった。そして、心底から嘆声をもらした。
 「ミソ漬のムスビは、うまいなア!」」























































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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