牧野信一 『ゼーロン・淡雪 他十一篇』 (岩波文庫)

「クララ、クララ、クララックス、クララックス!」
(牧野信一 「酒盗人」 より)


牧野信一 
『ゼーロン・淡雪 
他十一篇』
 
岩波文庫 緑/31-128-1
 
岩波書店
1990年11月16日 第1刷発行
319p 編集付記1p
文庫判 並装 カバー
定価570円(本体553円)
カバーカット: 初山滋(『現代日本文学館』25、文藝春秋刊、より)



新字・新かな。

本書とほぼ同時期(1990年10月16日)に福武文庫からも牧野信一短篇集『バラルダ物語』が刊行されていますが、「吊籠と月光と」「ゼーロン」「天狗洞食客記」「夜見の巻」「鬼涙村」の五篇が本書と重複しています。


牧野信一 ゼーロン 淡雪


カバー文:

「故郷小田原の風土に古代ギリシアやヨーロッパ中世のイメージを重ね合わせ、夢と現実を交錯させた牧野信一(1896-1936)の幻想的作品群は、その知的ユーモアと諷刺精神により、無類の文学世界を築き上げた。表題作の他に「鬼涙村」「天狗洞食客記」等の短篇8篇と「文学的自叙伝」等のエッセイ3篇を収める。」


目次:

吊籠と月光と
ゼーロン
酒盗人
鬼の門
泉岳寺附近
天狗洞食客記
夜見の巻(「わが昆虫採集記」の一節)
繰舟で往く家
鬼涙村
淡雪
      *
文学とは何ぞや
気狂い師匠
文学的自叙伝

解説 荒武者マキノ (堀切直人)
初出一覧




◆本書より◆


「鬼の門」より:

「その頃私は、地図の上では世界各国足跡の到(いた)らざるところとてはない大旅行家であったが、日々の生活といえば、どんな類(たぐ)いの地図にも省略されている底(てい)の凡(およ)そ小さな山峡の部落で、町へ赴(おもむ)く乗合馬車の切符すらも容易には購(あがな)うことも出来ないような不自由な境涯で、まことに「箱のような小世界」の住人であった。」

「思い出すまでもない――それは昨夜であったか、十日も前であったか、また幾度(いくた)び繰り返されたことか、すっかり昼夜の差別を忘れている私には見当もつかぬのであるが、いつも眠らぬ真夜中のことである。
 風が吹いている――点(つ)けても点けてもランプの灯は吹き消されて、机の上に開かれている書物は、隙間から忍び込む風に翻弄されて暗闇の中でハラハラと鳴っている。――私は闇を視詰(みつ)めて頬杖(ほおづえ)を突いているのだ。
 止め度もない悒鬱(ゆううつ)と不安の吹雪が、私の魂を寄る辺(べ)もない地獄の底へ吹き飛ばす勢いで、颯々(さつさつ)と吹きまくっているばかりなのである。あらゆる自信と感覚というが如きものが、全く影を潜めて、私の五体は今にも木の葉のようにバラバラとなって、人知れぬ虚空に飛び散るばかりなのである。どこにどう力の入れようもない私は、見る見るうちに肉体が澄明となって、幽霊に化してしまいそうな寒さに襲われて、ぶるぶると震え出すのだ。(中略)私はやがて暴風の海上に弄(もてあそ)ばれる小舟の中の人のように狂い出して、机に、ベッドに、柱に――と手あたり次第に獅噛(しが)みついて、えんえんと助けを呼んだ。
  「誰か来てくれ、吹き飛ばされる吹き飛ばされる!」」

「或る晩のこと、例の如き大暴れの後漸(ようや)く鎧の中に収まって、ほっとして、眼をあいてみると、私は、隈(くま)なき月の光がさんさんと降りそそいでいる河原のふちに立っている自身を発見した。あまりの激しい恐怖と苦悶との闘いのために、私は無意識のままに、こんなところまで転げ出てしまったものと見える。」

「こんな素晴しい月夜だというのに、風の夢に襲われてこんな騒ぎを演じてしまうようでは、これから先の冬の日が思いやられる――私は泣き出したい心地で、そのままよたよたと河堤の松林を縫って、家路を目差した。」



「泉岳寺附近」より:

「秋らしい澄明な空は、いつの間にかすっかり暮れて森の上にはきらびやかなアンドロメダ星雲が瞬(またた)いて、牡牛星に導かれた「七人の花嫁」が微かに流星の彼方(かなた)に光りはじめていた。それはそうと、流れ星がまるで降るようだ――と私は、驚いて眼を視張(みは)ったら、それは集合の合図に掲げられる上の空地からの花火であった。いつもは、ただ音のするだけの花火であったが、今日の空には、五色の玉や、滝のような流星が、止め度もなく打ち揚げられていた。それらの花火を私は、秋空の星雲と見紛うたらしい。まだまだ「七人の花嫁」の現れる候でもないのに、赤、青、黄と、あまりに真近く花嫁の行列が明滅するかと思えば、滝のように降りかかる流星花火の翼が蝎(さそり)となって鋏(はさみ)を伸ばし、天秤の座に傾くと、狐や猟犬や蛇使いが雪崩(なだ)れをうって花嫁の後を追いかけるのだ。そして、追い詰められた牡牛は、(中略)大空に踊りながら見る間に馘られた。その間を見はからって、太鼓が、カンカンと鳴り渡った。新しい太鼓の音であることは直ぐと私にも悟られた。
 太鼓打ちをとりまいた七、八人の浪士が、手に手に流星花火の筒をささげて、間断もなく揚げつづけていたのであるから、崖下の私に星雲の怪を想像させたのも無理もない。彼らは、太鼓を打ち烽火(ほうか)をあげて同志を糾合しているのであった。
 そして、その傍らを脚速く素通りしようとする私の姿を認めるや――ばんざあい! という凱歌といっしょに、私の脚並みに合せて太鼓が鳴りだし、花火の吹雪が目眩(めくるめ)くばかりに降りかかった。
  「ああ、面白い面白い!」
 私は、きらびやかな凱歌に送られて恍惚としながら軍勢の間を通り抜けて、銅像の裏へ降り、山門を抜けた。」



「気狂い師匠」より:

「わたしのうちには頭のやまいの血統があるということだが、なるほどいわれて見るとわたしの知る限りでも、父親の弟を知っている。つまりわたしのほんとうの叔父であり、医学士であった。誰よりも子供のわたしと仲が善(よ)くて、学生時代からなにかにつけてわたしを愛(いと)しみ、父のようであった。」
「わたしは少々薄ぼんやりの児であったらしいのだが、どうやら常態の時よりも「非常時(キチガイ)」である間の彼の方が遊び相手には至極おもしろかったような記憶が、いろいろとよみがえって来るのだ。たしかに、それはそうに違いあるまい。あの病気の人は(様々な種別もあるには違いないが)すっかりメルヘンの王様や魔法使いや大将軍になり終(おお)せているんだから、子供にとったらこれほど愉快な相手はあるまい。
 今、憶い出すと、あれは、つまり座敷牢(ざしきろう)というものの一つであったのか! 渡り廊下で行く離室(はなれ)があった。どうもその入口の扉には岩乗(がんじょう)な錠が下りていたらしいのであるが、わたしひとりはいつも平気で出入していたので、一向にそれが世にも陰気な病室であったという気はしなかったのである。近頃ふと、母に訊(たず)ねて見ると、やはりそれは正銘の座敷牢であったということで、わたし以外の者が現れるとピストルやサーベルでおどされたそうである。尤(もっと)もそれらの兇器は勿論(もちろん)玩具(おもちゃ)でサーベルはボール紙に銀紙を貼(は)ったものであり、ピストルは木製の豆鉄砲だったということである。話されて見るとわたしも朧(おぼ)ろげにその部屋の有様を思い出すことも出来るのであった。大概その人のその病気はその後三年乃至(ないし)五年ごとに周期的に勃発(ぼっぱつ)して、一回の患期がやはり三年乃至五年にわたるのだそうであるから、わたしの記憶もやがてわたしが七、八歳に達した折だったのであろうから、どうやらはっきりしているのであろう。
 ボール紙の筒を彼が耳にあてて、頻(しき)りと何やら受け応(こた)えしている姿をわたしは憶い出すことが出来る。その、受話器ほどの長さの円筒の両端には紙の蓋(ふた)が貼られて、中には数箇の黄金虫(ぶんぶん)が翅音(はおと)を立てていた。つまり電話器だったのである。どんなことを彼が話していたか何も覚えていないが、わたしの耳にもそれをあてがって、彼は何か頻りと記録をとっていたようである。」

「医者の叔父は病いがすすんでいる場合でも、一ト頃はよほどの間誰の眼にもそれとは悟られず、普通に聴診器を構えて開業していたことがある。どうやら、そういう場合にはかえって手術の腕など異様に冴(さ)えわたって好評を博したということを聞きもしたが、それこそ人生の皮肉というべき現象に相違あるまい。わたしなど傍らからはらはらとして眺めていたものであるが、神妙に着飾った婦人連などが、容体を述べているのを彼が神妙にうなずき、立派な受け応えをしていた光景などを憶い出すと、わたしは人生の尺度というものに疑念の涌(わ)く思いがするのである。」





こちらもご参照ください:

牧野信一 『バラルダ物語』 (福武文庫)








































































































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