中里介山 『大菩薩峠 二』 (新装版)

「おれは人を斬りたいから斬るのだ、人を斬らねばおれは生きていられないのだ――」
「あゝ、咽喉(のど)が乾くように人が斬りたい。」

(中里介山 『大菩薩峠』 より)


中里介山 
『大菩薩峠 二』


筑摩書房
昭和51年6月20日 初版第1刷発行
昭和54年6月15日 新装版第1刷発行
352p
四六判 丸背紙装上製本 機械函
定価1,800円
装幀: 安東澄



本文二段組。全十二冊。


中里介山 大菩薩峠


目次:

白根山の巻
女子と小人の巻
市中騒動の巻
駒井能登守の巻
伯耆の安綱の巻
如法闇夜の巻

解題(二) (南波武男)




◆本書より◆


「白根山の巻」より:

「昨夜の雨がまだ降り足りないで、富士の頭へ残して行った一片の雨雲がようやく拡がって来ると、白根山脈の方からも、それと呼びかわすように雨雲が出て来る。それで天気が曇ってくると富士颪(ふじおろし)が音を立てて、梢(こずえ)の枯葉を一時に鳴らすのでありました。
 竜之助は道標の下に倒れて、昏々(こんこん)として眠っている間に、サーッと雨が降って来ました。時雨(しぐれ)の空ですから、雲が廻ると雨の落ちるのも早い。
 ちょうど雑木(ぞうき)の蔭になったところで、いくらか雨は避けられるようになっているが、葉末から落ちる時雨の雫(しずく)がポタリポタリと面(かお)を打つので竜之助が、うつらうつらと気がついたのは、あれから、やや暫らくの後のことでした。
 「雨が降っているようだな」
 まだ本当に正気には返らないで、昏倒(こんとう)から醒(さ)めかかった瞬間の心持は、連々(れんれん)として蜜のように甘い。時雨の雫がポタリポタリと面を打つことが、かえって夢うつつの間を心持よくして、いったん醒めかかってまた昏々として眠くなるうちに、
 「あゝ、水が飲みたい」
 で、また我に返りました。」

「甲斐の白根山脈と富士川との間の山間一帯に「山の娘」という、名を成さない一団体の女子連(おなごれん)があります。」
「一隊の間には、たとえ離れていても糸を引いておくような連絡が取れていて、一人が危難に遭うべき場合には、たちどころに十人二十人の一隊が集まり得るようにしてあるから、たとえいかなる悪漢でも、その中の一人を犯すことはできないのでした。故に山の娘は、知らぬ他国へも平気で出入りして怖るることがないのであります。それとまた、山の娘の一徳は秘密を厳守する力の優れたことで、彼等の間において約束された秘密は、それは大丈夫が金石の一言と同じほどの信用が置けるのであります。」

「「どうなるものですか、やくざ男に欺(だま)されるのは山の娘の名折れだけれど、世間に憚(はばか)る人を助けるのは山の娘の気負(きお)いだとさ。」」

「「どうも早や、おれも永らく身世漂浪(しんせいひょうろう)の体ぢゃ、今まで何をして来たともわからぬ、これからどうなることともわからぬ。それでも世間はおれをまだ殺さぬわい、いろいろの人があっておれを敵にするが、またいろいろの人があっておれを拾うてくれる、男の世話にもなり、女の世話にもなる、世話になるということは誉(ほまれ)のことではあるまい、(中略)それを甘んじているおれの身も、またおかしなものかな。」」

「「しかしおれには人の情を弄(もてあそ)ぶことはできない、親切にされれば親切にほだされるわい。いっそ、おれは、あの女の許(もと)へ入夫(にゅうふ)して、これから先をあの女の世話になって、山の中で朽(く)ちてしまおうか」」





中里介山 『大菩薩峠 三』 (新装版)





























































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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