中里介山 『大菩薩峠 三』 (新装版)

「そんなに吃驚(びっくり)なさることはござんすまい、お武家様、あなたは男の姿をしておいでなさるけれど、実は女でございましょう」
(中里介山 『大菩薩峠』 より)


中里介山 
『大菩薩峠 三』


筑摩書房
昭和51年6月20日 初版第1刷発行
昭和54年6月15日 新装版第1刷発行
348p
四六判 丸背紙装上製本 機械函
定価1,800円
装幀: 安東澄



本文二段組。全十二冊。


中里介山 大菩薩峠


目次:

お銀様の巻
慢心和尚の巻
道庵と鰡八の巻
黒業白業の巻

解題(三) (南波武男)




◆本書より◆


「お銀様の巻」より:

「「お父様のおっしゃる通り、わたしの僻み根性は骨まで沁み込んでしまいました、モウどうしても取ってしまうことはできないのでございます。わたしももとからこんな僻み根性の子ではありませんでした。婆やなんかが時々噂をしているのを聞きますと、わたしの子供の時は、それはそれは可愛い子であったと申します、可愛い子で、情け深くて、どんな人でもわたしを好かない者はなかったそうでございます。それが今はこんなになってしまいました、わたしの姿がこんなになってしまうと一緒に、わたしの心も片輪になってしまいました。」」

「「そんな物はどうでもよろしうござりまする、わたくしは逃げなければなりませぬ、帰らなければなりませぬ」」

「「そんなことだろうと思った、お前のことだから」
 「癪(しゃく)に触るから飛び出したんだ」
 「お前のように気が短くては、どこへ行ったって長く勤まるものか」
 「そうばかりもきまっていねえんだがな」
 「きまっていないことがあるものか、どこへ行ったってきっと追ん出されてしまうよ」
 「俺らばかり悪いんぢゃねえや」
 「そりゃお前は正直者さ、あんまり正直過ぎるから、それでおんでるようなことになるのさ」」



「慢心和尚の巻」より:

「「あゝ、なんという怖ろしいこと、人を殺したいが病とは」
 「病ではない、それが拙者の仕事ぢゃ、今までの仕事もそれ、これからの仕事もそれ、人を斬ってみるよりほかにおれの仕事はない、人を殺すよりほかに楽しみもない、生甲斐もないのだ」
 「わたしはなんと言ってよいかわかりませぬ、あなたは人間ではありませぬ」
 「もとより人間の心ではない、人間というやつがこうしてウヨウヨ生きてはいるけれど、何一つしでかす奴等ではない」
 「あなたはそれほど人間が憎いのですか」」



「道庵と鰡八の巻」より:

「けれども能登守のこのたびの失敗ばかりは、とうてい取り返すことのできない失敗であります。能登守というものは、これで全然社会から葬られてしまった結果になりました。能登守自身が葬られてしまったのみならず、遠くはその祖先の名も、近くはその親類の名も、これによって泥土(でいど)に汚(けが)されたと同じような結果になってしまいました。」

「この人としてはこういう形をすることもありそうなことだけれど、その当時にあっては、破天荒(はてんこう)なハイカラ姿でありました。この姿をしてうっかり市中を歩いて、例の攘夷党の志士にでも見つかろうものならば、売国奴(ばいこくど)のように罵られて、その長い刀の血祭りに会うことは眼に見えるようなものであります。幸いなことに、この人はここに引籠っているから、この急進的なハイカラ姿を、何者にも見つからないで済むのでありましょう。」

「「あの人は、少し気象が変っているから、何か気に入らないことがあって行ってしまったのか知ら、もしや、他人の空似(そらに)というものではないかしら」」



「黒業白業の巻」より:

「昨日も今日も雨であります。明けても暮れても雨であります。ただでさえ陰欝(いんうつ)きわまるこの隠れ家のうちに、腐るような雨の音を聞いて竜之助は、仰向けに寝ころんでいるのであります。
 雨もこう降っては、夜の雨という風流なものにはなりません。竜之助はただ雨の音ばかりを聞いているのだが、一歩外へ出ると、そのあたりの沢も小流れも水が溢(あふ)れて、田にも畑にも、いま自分の寝ている縁の下までも水が廻っていることは知らないのであります。
 梅雨(つゆ)になるまでには、花も咲きました、木の葉も青葉の時となったことがありました、野にも山にも鳥のうたう時節もあったのだけれど、それも見ずに雨の時節になって、その音だけが耳に入るのであります。」





中里介山 『大菩薩峠 四』 (新装版)































































































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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