中里介山 『大菩薩峠 八』 (新装版)

「「人間が多過ぎるのだ」
 いくら殺しても、斬って捨てても、あとからあとから生きうごめいて来る人間に対する憎悪心が、潮のようにこみ上げて来るのを押えることができません。」

(中里介山 『大菩薩峠』 より)


中里介山 
『大菩薩峠 八』


筑摩書房
昭和51年6月20日 初版第1刷発行
昭和54年6月15日 新装版第1刷発行
368p
四六判 丸背紙装上製本 機械函
定価1,800円
装幀: 安東澄



本文二段組。全十二冊。


中里介山 大菩薩峠


目次:

勿来の巻(つづき)
弁信の巻
不破の関の巻

解題(八) (南波武男)




◆本書より◆


「勿来の巻」より:

「そのほか、考えてみれば、自分は、自分に降りかかって来る者のほかには、不思議に執着を持たない身であることを感ぜずにはおられません。むらむらと自分の身に湧き出す、如何(いかん)ともすべからざる力に、ふと外物がひっかかった時が最後――そのほかには、自分は憎むべくして憎むべき人を知らない、殺すべくして殺すべき人を知らない。
 こんなことを、うつらうつらと考えている時に、外で声がしました。」

「およそ物体が動き出したということは、生きていることの表現であって、同時に生きようとする努力であると見ればよろしい。
 生きようとする努力はすなわち、飢渇というものに余儀なくされていると見ればよろしい。人間にあってもそうです、人間が動き出した時はたいてい、飢えた時、そうでなければどこぞに空虚を感じた時のほかはないと見てもよろしい。
 そこで、満足した人はたいてい沈黙する、充実したところには痕跡(こんせき)というものが無いのを例とする。
 人が動いている時と、騒いでいる時は、人間がその最も弱点を暴露した時なんだが、人間はかえって、充実と沈黙を怖れないで、活動と躁狂、宣伝とカモフラージュとに恫喝(どうかつ)される。笑止!」



「弁信の巻」より:

「しかし、その夜の明け方に、竜之助がうなされたのは、水を飲まんとして、とある山蔭を下って来た時のことであります。
 眼の前に展開する大いなる湖を見ました。その周囲の山は、いつぞやお雪ちゃんに導かれて、越中の大蓮華(だいれんげ)であるの、加賀の白山であるのと指示された、それとほぼ同様でありましたけれども、その山脚が悉(ことごと)くこの湖水の中に没していることが違います。」
「暁の咽喉(のど)がかわいたから、酔覚めの水を飲みたいつもりで、山を下りて、この湖辺まで来たのですが、さて、飲もうとして汀(みぎわ)に跪(ひざまづ)いて見ると、その湖水の色がみんな血でありました。
 「あ、これでは飲めない」
 竜之助は、差入れようとした掌を控えました。こうして改めて見渡す限りの漫々たる湖が血であることをしかと認め、そうして、これぞ世にいう血の池なるものであろうと気がつきました。
 よく地獄の底に血の池というのがあるということを聞かされていた、こいつだな。
 漫々たる血の池は、静かなものです。小皺(こじわ)ほどの波も立たず、打見たところでは真黒ですが、掌を入れてみると血だということがわかる、その血がベトベトとして生温かいものであることを感得する。
 この深紅色の面(おもて)を見渡していると、その湖一面に、ふわりと白いものが浮き出して来た。それは海月(くらげ)のような形をしているが、あんな透明なつめたいものでなく、搗(つ)きたてのお供餅のような濃厚なのが二つずつ重なったままで、ふわりふわりと次から次へ幾つともなく漂い来(きた)ります。
 「でんぶ」
 「でんぶ」
 「でんぶ」
 「でんぶ」
 山の峡(かい)や、湖面に打浸(うちひた)された山脚の山から、海嘯(つなみ)のように音が起って来ました。この音につれて、前のベトベトした搗きたてのお供餅のようなのが、一重ねずつになって無数に連絡し、湖面のいずれからともなく漂泊として漂い来るのです。手近いのに杖をさしてみると、それが意外にも人間の臀部(でんぶ)であることを知りました。しかも色の白い、肉の肥えた女の体の一部分だけが、無数にこうして漂い来るのであることを知ると、竜之助は嘲(あざけ)られたように、自分を嘲り返すことを忘れませんでした。
 その持てる杖で、ぐんぐん湖面を掻きまわすと、その杖の先について来た藻のようなもののそれが、昆布のようにどろどろになった女の黒髪であることを見て、怒ってその竹の杖を湖面に打込んだが、杖は池の底深くくぐり入って、再び現われては来ません。
 「でんぶ」
 「でんぶ」
 「でんぶ」
 「でんぶ」
という風の音か、波の音か、それが山の峡(かい)と、山の脚との間から、絶えず襲い来るもののように聞えるけれども、その風と波とは、少しもこのところまで押寄せては来ないで、ただその真白い搗(つ)きたての餅のような一重ねのみが、深紅な湖面にベットリと浮いたまま、あとからあとから限りなく自分の眼前を過ぎて行くばかりです。」

「すべてが消えて、人里で鶏の啼(な)く音がする、と思うと、竜之助は自分の唇に焼けつくような熱を感じ、夢に見たすべては消えたのに、血の池に浮ぶ生温かいお供餅が、海月(くらげ)のようになってこの室に迷い込み、臼(うす)の如く我を圧迫するのを感じ、
 「人間が多過ぎるのだ」
 いくら殺しても、斬って捨てても、あとからあとから生きうごめいて来る人間に対する憎悪心が、潮のようにこみ上げて来るのを押えることができません。」





中里介山 『大菩薩峠 九』 (新装版)






































































































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