中里介山 『大菩薩峠 九』 (新装版)

「あれはね、あれは変人だよ」
(中里介山 『大菩薩峠』 より)


中里介山 
『大菩薩峠 九』


筑摩書房
昭和51年6月20日 初版第1刷発行
昭和55年1月30日 新装版第2刷発行
348p
四六判 丸背紙装上製本 機械函
定価1,800円
装幀: 安東澄



本文二段組。全十二冊。


中里介山 大菩薩峠


目次:

不破の関の巻(つづき)
白雲の巻
胆吹の巻

解題(九) (南波武男)




◆本書より◆


「不破の関の巻」より:

「「や!」
 つい間近な足許(あしもと)の一地を一点のぞんで、一人が立ちすくむと、それにおぶさるように一人も立ちすくみました。
 「や!」
 「人が……」
 「人が斬られている」
 いかに風流人でも、街道の真中に、人命が一つ、朱を流して抛(ほう)り出されているという現象をば、無条件では風流化しきれない。
 「無慙!」
 全く無慙なことでした。
 「飛脚ではないか」
 「飛脚体(てい)のものに見ゆるが……」
 「雲助ではないか」
 「折助ではないか」
 「デモ倉ではないか」
 「そうでなければプロ亀」
 「江戸川乱歩か」
 「大下宇陀児(うだる)か」」

「「おたがいに行方(ゆくえ)定めぬ旅の空、旅路の中に旅を重ねて行くような人が集まったものです。さて、おのおのの落着くところはいずれのところでありましょうか」
 一人が言うと一人が応じて、
 「人間の世間に落着くところなんぞはないはずでした」
 「それはありませんさ、人生は永久不断の旅のようなものですからね。でも、旅する人にも、一夜々々の宿りというものはあります」
 「一夜泊りの浮寝鳥なんていう、はかないものでなく、土から生えて抜けない人生の安息所が欲しいとはお思いになりませんか」
 「土に生れて土に帰る、やっぱり故郷というものが、最後の安息所かも知れません」
 「いいえ、人間は生れた母の腹へ帰れないように、故郷なんぞへ帰って落着けるものではないと思います」
 「では、死というものですかな、死が万事の終りであり、一切の安定というところですかな」
 「死ななくてもいいのです、死というものは生命の終りだか、更生の初めだか、そんなことは弁信さんあたりの言うことで、わたしたちの知ったことぢゃないと思います、静かに思いのままに生きて行ける道が、人間の世になけりゃならないはずです」
 「加賀の白山、飛騨の白水谷あたりに畜生谷というところがあって、そこにはこの世の道徳もなく、圧制もなく、服従もなく、人間が何をして生きて行っても、制裁ということの無いところだそうだ」
 「わたしは、そういうところへ落ち込もうとは思いません、また、人を導いてそんなところへ落してしまおうとも思いません、わたしは自分の力で、自分の本当の世界をこの世の中に作りたいと思っております、人間の手でそれが出来ないはずはないと思っています」
 「はゝあ、人間の手で、人間特有の理想の浄土といったような世界が出来て、人間自身がそこに安住なし得る時があると思召(おぼしめ)しますか」
 それは関守の疑問のようです。それを受けて、当然お銀様の声でこういう議論が聞えました、
 「わたしは、この世で、人間が人間を相犯(あいおか)さないという世界を作りたい、相犯さないということは、いわゆる悪いことをしないということぢゃありません、何をしようとも自分の限界が犯されない限り、他の自由を妨げてはならない――という領土を作ってしまいたいと思います」」





中里介山 『大菩薩峠 十』 (新装版)




















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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