中里介山 『大菩薩峠 十』 (新装版)

「わたくしは、出世をすることが必ずしも人の幸福(しあわせ)ではないと覚えておりまする、幸福でないのみならず、出世をするのは、人間の最も大きな不幸と災禍(わざわい)の門を入るものと覚らずにはおられないのでございます」
(中里介山 『大菩薩峠』 より)


中里介山 
『大菩薩峠 十』


筑摩書房
昭和51年6月20日 初版第1刷発行
昭和55年1月30日 新装版第2刷発行
369p
四六判 丸背紙装上製本 機械函
定価1,800円
装幀: 安東澄



本文二段組。全十二冊。


中里介山 大菩薩峠


目次:

新月の巻
恐山の巻

解題(十) (南波武男)




◆本書より◆


「新月の巻」より:

「お銀様もまた、昔から、この「新月」が好きなのでありました。特に今まで、お銀様が「新月」が好きだという記録はこの作中には書いてなかったが、それは書く場所を見出さなかったから現われなかったまでのことで、かつて武州小仏の峠から、上野原方面へ迷い入った時に、たしかこの月影を西の空にうちながめたことがあったはずです。「新月」を好くお銀様は当然、「満月」というものを好かないのです。好くとか好かないとかいう純美淡泊なる感情も、この人に宿る時は、好きは溺愛となり、好かぬは憎悪(ぞうお)とまで進んで行き易(やす)いことは、当然の行き方でありました。
 そこで、お銀様が新月が好きだという時は、全心をつくして好きになり、満月が好かない! という漠然たる感情が、満月は嫌いだ! という憎悪となり、やがて、満月の高慢が好かない、人が月見の何のともてはやすことが憎い――ということにまで進んで、そうして、その反動が新月を好きになることに加わって行くのです。」



「恐山の巻」より:

「上来の事件とほぼ時間を同じうして、距離に於ては向う岸の渡頭から南へ一里余を隔てた、追波川(おっぱがわ)が湾入して、大きな沼地をなしているところの荒れ果てた石小屋の中の、一方へ空俵を重ねて、その上へ毛布を敷きこんで、寝そべっている若い女の子がありました。
 島田に結った髪がほつれてはいるけれども、花模様の着物の着こなしも、朱珍の帯のしめっぷりもきちんとはしている。だがまた、いやに艶めかしいところもあって、寝そべって、細くて白い、そのくせ痩(や)せてはいないで、少し蒼味を持った肉附のいい両腕を、双方から、ぼんのくぼあたりへあてがって、そうして甘えるような、また自暴(やけ)のような声で、
 「つまんない」
と言いました。」





中里介山 『大菩薩峠 十一』 (新装版)






































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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