中里介山 『大菩薩峠 十一』 (新装版)

「闇かと見ると、その行燈の消えた隙間から一面に白い水――みるみる漫々とひろがって、その岸には遠山の影を涵(ひた)し、木立の向うに膳所(ぜぜ)の城がかすかに聳(そび)えている。昼にここから見た打出(うちで)の浜の光景が、畳と襖一面にぶち抜いて、さざなみや志賀の浦曲(うらわ)の水がお銀様の脇息(きょうそく)の下まで、ひたひたと打寄せて来たのでありました。」
(中里介山 『大菩薩峠』 より)


中里介山 
『大菩薩峠 十一』


筑摩書房
昭和51年6月20日 初版第1刷発行
昭和55年1月30日 新装版第2刷発行
370p
四六判 丸背紙装上製本 機械函
定価1,800円
装幀: 安東澄



本文二段組。全十二冊。


中里介山 大菩薩峠


目次:

恐山の巻(つづき)
農奴の巻
京の夢おう坂の夢の巻

解題(十一) (南波武男)




◆本書より◆


「農奴の巻」より:

「「村が水になる?」
 兵馬も、つい足をとどめて不審をもって見直すと、
 「はい――さきほどもごろうじませいな、竿入れに役人衆がお見えなされましたわな、この村という村、谷という谷が、日ならず水になりますといな、白山白水谷の水をこれへ落して、ここが大きな池となりますえな、わたしら、先祖の御魂(みたま)まつり場がござりませぬでな」
 「はあ――そうでしたか」」

「「この村がすっかり池になったら、景色がよくなるでしょうね」
と、しげしげと、いま越え来(きた)った谷村一面を見おろして、女が言いますと、兵馬は、
 「景色はよくなるかも知れないが、人間はかわいそうだよ」
 「そうねえ、谷がいっぱいに水になった日には、景色はよくなっても、人間は生きて行かれませんねえ」
 「それを思うと気の毒だよ」
 「いよいよ池になる時は、あの人たちはどうするでしょうね」
 「そりゃ、他所(よそ)へ移り住むよりほかはあるまいぢゃないか」
 「いいえ、わたしは、そうは思いません」
 「どう思う?」
 「あの人たちは、この谷が水になっても、この土地を去らないだろうと思います」
 「ホゝウ、それぢゃ水の中へ住むか」
 「えゝ、わたしは、きっとあの人たちは土地を去らないで、水の中をすみかとするでしょうと思います」
 「してみると、舟でも浮べて水上生活というのをでもやるか、そうでなければ、人間が魚になるんだな」
 「そんなんぢゃありません、あの人たちは、どうしても故郷を立去る気になれないんです」
 「そりゃ、人情はその通りだが、すでに谷が水になるときまったら、いつまでもああしてはいられまい」
 「ところが、あの人たちは、あの墓を抱いて、村と共に水に沈む覚悟をきめてしまっているように、わたしには見えてなりませんでした」
 「ばかな、そんなことがあるものか、一時は名残(なご)りを惜しむのも人情だが、いよいよの時にああしておれるものかな」
 「ところが、これはもちろん、わたしの心持だけなんですが、あの人たちは、あれは、たしかにお墓と心中するつもりなんですよ、心持は面(かお)つきにあらわれるものです」
 「ふーむ、君の眼ではそう見えたかな」
 「見えましたとも、動きませんよ、あの人たちは、ああして、いよいよ水の来るまでお墓を離れない決心だと、わたしは見極めてしまいました」
 「そんなことがあるものか、一時の哀惜と永久の利害とは、また別問題だからな、そうしているうちに、相当の換地が与えられて、第二の故郷に移り住むにきまっているよ」
 「それは駄目です、あなた」
 「どうして」
 「あなたという方には、故郷の観念がお有りになりません」
 「ないこともない」
 「有りませんね、あなたは、早く故郷というものを離れておいでになったのでしょう、ですから、故郷というものの本当の味がおわかりになりません。たとえ、故郷に十倍のよい地面を与えられたからといって、欲得づくでは故郷を離れる気になれるものではございませんよ。わたしのように、旅から旅を稼(かせ)いでいる身になってみると、その心持がよくわかります。あの人たちは、たとえどんな住みよい土地が与えられたからと申しましても、それへ行く気にはなれない人たちですから、結局、お墓を抱いて水の底に葬られて行くのです。それにあなた、あの人たちは平家の落人(おちうど)の流れだというではありませんか」

「「わたしは、もう二度とこの世へは生れて来ないことにきめました、どんなよい身分のところにも生れて来たくはありません、全く浮ばれないところへ沈んでしまいたいのです。けれども、業(ごう)というものが尽きないで、来世もまた、何かの形を取ってこの世へ生れ変って来なければならないとすれば、わたしは何を選びましょう――美しい花になりましょうか、きれいな鳥になりましょうか。それもこれもいやです。花は、しぼんだり、枯れたりするのを見るのがいじらしい。鳥だって、生きたり、死んだり、追われたりしますもの。といって、木や石になって、口も利(き)けないで、踏んだり、蹴られたりするのもいやですね――わたしは、自分の名の通り、来世は雪になりましょう、雪となってなら、生れ変って再びこの世へ出てもよいと思います。雪も北国の雪のように、何尺も、何丈も、つもって溶けないような、しつこいのは嫌です、朝降って、昼は消える淡雪(あわゆき)――降っているうちは綺麗で、積るということをしないうちに、いつ消えたともなく消えてしまう、春さきにこの湖の中などへ、しんしんと降り込んで落ちたところが即ち消えたところ、あの未練執着のない可愛ゆい淡雪――あれならば生れ変っても損はない。どうしても二度(ふたたび)この世へ生れ変って来なければならないとしたら、わたしは、春ふる雪となって、またお目にかかることに致します」」





中里介山 『大菩薩峠 十二』 (新装版)




























































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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