森敦 『月山・鳥海山』 (文春文庫)

「おらももう、この世の者でねえさけの」
(森敦 「月山」 より)


森敦 
『月山・鳥海山』
 
文春文庫 も-2-1 

文藝春秋
1979年10月25日 第1刷
2013年7月5日 第24刷
366p
文庫判 並装 カバー
定価590円+税
カバー: 司修



単行本『月山』は昭和49年3月、『鳥海山』は昭和49年5月、河出書房新社から刊行されました。

本書はずっとまえからよもうとおもってうっかり忘れていたので今回よんでみました。牧野信一みたいだなーとおもいました。


森敦 月山


カバー裏文:

「出羽の霊山・月山の山ふところにある破れ寺に、ひとりの男が辿りつく。雪に閉ざされた山間の村で村人と暮しをともにするこの男が知った此の世ならぬ幽明の世界。芥川賞受賞作「月山」と、その姉妹篇ともいうべき「天沼」、著者の〈月山への道〉が浮き彫りにされる短篇集「鳥海山」とをあわせて、一巻とした。」


目次:

初出誌一覧

月山
 月山
 天沼

鳥海山
 初真桑
 鴎
 光陰
 かての花
 天上の眺め

解説 (小島信夫)




◆本書より◆


「月山」より:

「「だども、カイコは天の虫いうての。蛹(さなぎ)を見ればおかしげなものだども、あれでやがて白い羽が生えるのは、繭の中で天の夢を見とるさけだと言う者もあるもんだけ」」

「「せっかくつくったミイラでせえ、見世物になって、どこさいるもんだか知れねえでねえか」
 「ミイラをつくった? ミイラは焼けたんじゃないんですか」
 思わずわたしがそう言うと、黒いモンペの男はあざ笑って、
 「焼けたさけつくったんでねえか、行き倒れの やっこ での」
 「行き倒れの やっこ ……」」
「「ンだ。吹き の中の行き倒れだば、ツボケの大根みてえに生(なま)でいるもんださけの。肛門から 前のもの さかけて、グイと刃物でえぐって、こげだ(と、その太さを示すように輪をつくりながら、両手を拡げ)鉄鉤を突っ込んでのう。中の わた(腸)抜いて、燻すというもんだけ。のう、ばさま。わァ は見たんでろ」
 と、黒いモンペ姿の男がダミ声を上げると、そばのだれかと話していた おはぐろ の入れ歯の ばさま が振り返り、
 「そげだ料理をこの目で見たんでねえどもや。山の小屋からえれえ臭いがするもんだ。行ってみたば、仏(ほとけ)の形に縛られたのが、宙吊りされて燻されとったもんだけ」もうなん度もなん度もした話なのか、そんなことを知っているのは自分だけだというように、むしろ得意げに言うのであります。」

「今日も昨日のように暮れ、明日も今日のように僅かに明けるであろう。そこにはなんの変わりもなく、時間も淀んでなきがごとくに思えるのです。」

「「だども、どげだに曇っても、雪さぬかった足跡の穴の底は蒼く見えるんでろ。それを おらた(おらたち)はよく、雪の下さ青空がある、と言うたんどもや。」」

「「ンであろうの。十王峠を越えて来た客も、よく前世を思いだしたみてえなこと言うたもんだけ」
 「前世を……」
 「ンだ。過ぎた 世をの。どうせ おらた は出たとこさ、戻るよりねえなだし、それで月山を 過ぎた者(死者)の来る山というんでねえか。だども、冬ででもねえばとてもこうは見えねえもんだ。よう見るんだちゃ。これが おらほう の けえしき(景色)というもんださけ」
 「…………」
 そう言われるとわたしにも、なんだかここに来たような気がしたのは、気だけではない。われともなく忘れてしまっていたところに、戻って来ていたように思えるのです。」



「初真桑」より:

「「これじゃ、長生きするよ」とはよく人の言うところだが、長生きするとはすべてが遅れることで、長生きを楽しむために、われわれはじつにひたすら遅れることをこいねがい、むしろ喜ばねばならぬことが、わたしにもわかって来た。」

「「わたしの横には小さな ばさま が、くぐまって坐ってい、紐で腰にくくった懐中時計を振っては耳にあてたりしていた。それがおかしいのか、身を乗り出して、
 「あいや、ばさま の時計も動かねえだかや」
 笑ってそう言うのも、聞いた声のような気がするのである。
 「ンだ、古(ふる)しいもんださけの」
 「ネジ、巻いてあるんだかや。どれ、見ろ」
 なんだか、直せそうな口振りで、ばさま も直してもらえると思ったのであろう。
 「だば、見てもろうかの」
 と、紐を解くのである。(中略)
 「こうッ、ウオルサムでねえか。こげだものあるこったば、ばさま の家も余ッ程の家だのう」
 「そげだ言う ふと (人)もあるんども、在所でのう」
 「在所には、古しい家があるんだや。ンだども、これ、ネジ巻いてあるみてえだし、やっぱり動かねえようだの」
 「だば、時計屋さ行くより、ねえもんだか」
 「時計屋はだめだで。こげだええもの持って行くこったば、部品変えられてしもうさけの。なんたて、問題は中身だもんだで」
 「せば、どげだしたもんだかの」
 「このままにしとくんだや。欲しい ふと には、値知らずなもんださけ」
(中略)
 「せば、動かねくとも、役立つてもんだのう」
 「ンだ、ンだ」
 ばさま は富山の返す懐中時計を、さも貴重なものでももらったように受け取った。」

「こうして 死んだ人 が、われわれに立ちまじってくるために、さも時間の中にいるように、懐中時計を持って来るということもあり得ぬことではない。なぜなら、わたしたちもこうして生きていると思っているが、どうしてそれを知ることができるのか。それを知るには死によるほかはないのだが、生きているかぎり死を知ることはできないのだ。(中略)それでもこうして、この世も、あの世もなり立っている。深く問うて、われも人も正体を現すことはない。人は生が眠るとき、死が目覚めると思っている。しかし、(中略)生が眠るとき死も眠るのだ。なんとも言えぬ仄かな香りがただよって来た。」



「鴎」より:

「「いつも考えていると、死というやつも親しくなるんですかね。ここでこうしているのも、どこからかこういう世界に来ただけだし、どこに行ったにしても、そこにはそういう世界があるというような気になっていたんです。」」


「かての花」より:

「が、いつとなく杉のまわりの雪がくぼみはじめたと思うと、そこにもここにも同じようなくぼみができ、墓石といえども石であることにおいて、生きていくぬくもりをもつことに変わりはないとでもいうように、点々と墓石が頭を見せはじめた。」
「水のせせらぎの音が聞こえだした。杉林の中はいたるところ流れになって、土砂が洗われたのであろう。雪が消えるにしたがって、あたりはだんだん無数の石になって来た。(中略)それらはグリ石というにはあまりに小さな石だったが、ともかくもここが大石原と呼ばれるゆえんのものを偲ばせてくれたばかりではない。たとえ、だれがどんなに拾おうとどんどん生まれて来て、いつかはきっと大石原をつくってみせるぞとでもいいたげに、せせらぎの中で喜びの声を上げているのだ。」




























































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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