岡谷公二 『島 ― 水平線に棲む幻たち』 (日本風景論)

「私は、島の孤立ということを思わずにはいられなかった。なるほど島々は、小さな国々にはちがいない。しかし(中略)、孤立という点では、島々はひとつである。それが島の基本条件であり、宿命であり、不治の病なのだ。それがすべてを支配し、島の生活の一切に濃い影を落としている。
 たえずつきまとう閉鎖感、疎外感、それと裏腹の強い自恃や誇り、外の世界に対する憧憬、過度の敏感さ、過剰な期待、そしてその期待が裏切られたときの失望の深さ……だが島とは、私たち自身のことではないだろうか?」

(岡谷公二 『島』 より)


岡谷公二 
『島
― 水平線に棲む幻たち』
 
日本風景論

白水社
1984年8月10日 印刷
1984年8月23日 発行
184p
19.3×12.3cm 
仮フランス装 貼函
定価1,500円
装幀: 吉岡実



本書「あとがき」より:

「人のあまり行かない、不便な離島をことさらにえらんで、旅をつづけてきた。別に目的があってのことではない。旅に出ようとすると、なぜか行先が島になってしまうのである。
 そのなぜに答えようとしたのが本書だ、と言いたいが、答えになっているかどうかはおぼつかない。
 水平線の彼方にあって、島は私たちを誘ってやまない。しかしその一方で、島は私たちをきびしく拒否する。船から下りて、島の中へ入ってゆくとき、島はたちまち幻と化する。島は、決して真に到達することのできない場所なのである。」
「ともかく私は、自分の旅の軌跡をたどってみた。それゆえ本書は、旅の個人史であり、島をめぐるささやかな自伝である。



本書はまだよんでいなかったので、アマゾンマケプレのもったいない本舗さんで最安値のを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


岡谷公二 島 01


帯文:

「火山と魔神のトカラ列島、太古の闇に佇む西表島、明るい陽光の中にまどろむ瀬戸内の島々……。幻想と憧憬に誘われ、水平線の彼方へと、島巡りの旅は続いてゆく。著者三十年にわたる島旅の軌跡!」


目次:

一 小さな国々――新島、式根島、神津島
二 孤立という不治の病い――利島
三 仏桑花と司祭館――石垣島
四 太古の夜――西表島
五 光の中の闇――瀬戸内の島々
六 海の音楽――福江島、小値賀島
七 過疎の中の春――上甑島、下甑島
八 温泉小屋の幻――口永良部島
九 火山と魔神――トカラ列島
十 聖なる森の系譜――種子島

あとがき



岡谷公二 島 03



◆本書より◆


「小さな国々」より:

「はじめて知った島という土地は、私にはなにもかも珍しかった。とくに海の近さが私を驚かせた。ちょっと小高いところに登れば、島のどこからでも海が見えた。波音のきこえない場所はほとんどなかった。(中略)たとえ海が見えず、波音がきこえなくても、風や光の中に、はっきりと海が存在した。海は、密偵のようにあらゆる場所に入りこみ、一切を支配していた。私は、海とこんなにのっぴきならない関係を結んでいる人々を知らなかった。単なる海沿いの部落なら、人は海に背をむけて、どこまでも遠ざかってゆくことができる。しかし島ではそうはゆかない。島では、海から逃れようがない。」

「艀から下りて、はじめて村へ入っていった時、家々の風変りな景観と、大気の中に漂う異様な匂いが、まず私の注意をひいた。」
「匂いの方は、あとで、やはりこの島の特産であるくさやを漬けこむための、半ば腐った塩汁の匂いだと教わった。鼻の奥の粘膜にまでからみついてくるその濃密な匂いは、村をおおいつくしていて、どこにいってもついてまわり、あらゆるものに滲みついていた。風がたえず吹き抜ける昼間はさして苦にならないが、夕凪の時刻、匂いは澱んで、時には耐え難い思いをすることもあった。それはまさに、この島の体臭そのものだった。
 ちょっとした空地には、くさやにするための飛魚やむろあじが干しひろげてあり、浜に近い小屋では、女たちが終日、魚をひらく作業をしていた。覗いてみると中は暗く、あたり一面に血が流れ、臓物の生ぐさい匂いが立ちこめ、包丁の刃がかすかに光り、女たちは黙々としていて、秘密の供犠の儀式をとり行なっているように見えた。」

「どの島でも大抵、一人か二人、大都会の生活からはみ出した人たちがやってきて、島民にまじって暮しているものだ。彼らは、新たな落人、自分で自分に刑を下した現代の流人である。」

「医者の来手のない(中略)こんな不便な離島に、自分からすすんでやってきたという一事からして、先生は世間の基準からは外れていた。」
「先生は、診療所の近くに、古い平家建ての家を借りて、一人暮しをしていた。」
「先生は、衣食住には全く関心を持っていないように見えた。」
「先生が嫌いなのは、窮屈なこと、束縛されることで、ネクタイは一切締めず、腕時計さえしていなかった。
 或る日の午後、警視庁の音楽隊が島を慰問しに来るというので、先生は浜まで迎えに出なければならなかった。(中略)看護婦に無理矢理背広を着せかけられ、鏡の前で、馴れない手つきでネクタイを結びながら、先生は、「俺はいやだよ、いやだよ、嫌いなんだよ、こんなのは!」と、捕えられて、無理矢理抑えこまれた獣のような悲鳴をあげたものだ。」

「なるほど本土の町や村にも特色はある。しかし本土では、少なくとも旅行者の眼には、一つの町や村が正確にどこではじまり、どこで終わるのかよく分からない。なんの境界も標識もなしに、二つの町や村が続いてしまっていることもしばしばある。そのため町や村の固有の色彩が、境のところでにじみ合って、全体がぼやけてしまっている。それに反し、島では、陸は海がはじまるところで終わる。この明確さが、島の個性的な顔立ちをきわ立たせる。」



「孤立という不治の病い」より:

「私は、島の孤立ということを思わずにはいられなかった。なるほど島々は、小さな国々にはちがいない。しかし(中略)、孤立という点では、島々はひとつである。それが島の基本条件であり、宿命であり、不治の病なのだ。それがすべてを支配し、島の生活の一切に濃い影を落としている。
 たえずつきまとう閉鎖感、疎外感、それと裏腹の強い自恃や誇り、外の世界に対する憧憬、過度の敏感さ、過剰な期待、そしてその期待が裏切られたときの失望の深さ……だが島とは、私たち自身のことではないだろうか?」



「仏桑花と司祭館」より:

「そうした食事の会話のあいだに、オーバン神父はこうも言った。
 「石垣、ワタシノ故郷デス。New York ニカエリタイト思イマセン。石垣ノ方ガ、ズットスキデス。ワタシ、New York ニイタラ、キット狭イ狭イ人間ニナッタデショウ。井ノ中ノ蛙、大海ヲシラズネ」」



「太古の夜」より:

「一歩表へ出ると、そこには濃く深い闇があった。樹木が左右からおおいかぶさって空を隠し、星明りさえあてにすることができず、懐中電燈がなければ、一歩も前へ足を踏み出せなかった。村の通りを歩いても、ほとんど灯影を見ることができず、ごくたまに、家々をかこむ福木やヤラブの繁みのひまから、ランプの弱々しい光がもれてくるくらいのものだった。無数の気根を垂らしたガジュマルの大木のかげでは、樹木の香気で重くなった闇が淵をなして澱み、そしてそんな闇の奥からは、蛇味線の音が這うようにきこえて来る。
 私は浜に出ると、コンクリートの防潮堤の上にねそべった。私の眼には、空しか映らなかった。空には無数の星が輝いていた。それにしてもなんとみごとな星だろう。この亜熱帯の島では、植物同様、星までが並外れて成熟するらしい。濃密な闇を吸って、星どもはすっかり太っている。」

「私はこの島が気に入っていた。しばらく滞在してみよう、と私は思った。私はここで、なにものにもわずらわされずに、様々なことを考えてみるつもりだった。私は失ったものをとり戻し、忘れたものを思い出さねばならなかった。」

「この島の夜の中には、私が長い間思い出そうとつとめながら思い出すことのできなかったものがあった。それは、夢のようなもの、遙かな幻のようなもの、或る幼年期の記憶のようなものだった。」



「光の中の闇」より:

「或る夜更け、台所へ水を飲みに行った時、私は、電燈のとどかない、流しの横手の壁が、かすかに光っているのに気付いた。(中略)なんとそれは、壁を埋めてじっと動かぬ、なめくじの大群だったのである。私はこれまで、こんなに沢山のなめくじを見たことがなかった。なめくじはぬめぬめとした白い光を放ち、押し合うようにして壁に貼りついているのだった。不思議なことに、朝になると、そのなめくじの大群は、一匹残らずどこかへ姿を消した。そして夜には、また現われた。」

「島めぐりは最初のうちは楽しかったが、私は、次第に落着かない気持に捉われ出した。明るい光の中を歩きまわっていると、自分までが光となって、少しずつ輪郭や実体を失い、体が軽くなってゆくように思われた。
 私は、光の中を漂う二つの眼だった。実際私には、見ることのほかに何もすることがなかった。そして自然ばかりか、人間のなまなましい生活の姿すら、この土地になんの根も利害も持たぬ私にとって、すべてが、とめどもなく明るい光の中で、風景と化してしまうのだった。気がついてみると、私のまわりには風景しかなかった。(中略)風景どもは私を遠巻きにし、冷たい横顔をみせながらも、じっとこちらを覗っているのだった。私が近づこうとすると、風景はその分だけ遠ざかり、私と風景とのあいだの距離は、いつまでも縮まらなかった。私はその距離に段々我慢ができなくなった。
 私は町を歩いていてよく、店のショウウィンドウを石で叩き割ったり、向うから来る見知らぬ男の頬を思い切り撲りつけたい衝動に駆られた。そうすれば、少なくとも私は、当事者になれる、もう見なくても済む、とそんなことを考えたりした。



「海の音楽」より:

「町の前面には、島には珍らしい広大な白砂の浜がひろがっている。この浜には、三年に一度くらいの割りでイルカの大群が押し寄せ、人々に撲殺されて、浜を血で真っ赤に染めるという。」


「火山と魔神」より:

「三時すぎ、晩夏の日がようやく傾いて、庭が影の中に入る頃、駐在さんの叩く早打ちの太鼓を合図に、突然三方からボゼが出現した。ボゼたちは例の面をかぶり、体をビロウの葉でおおい、手足に棕梠の幹の皮を巻きつけ、突端を亀頭にかたどったボゼマラと称する長い杖をつき、異様な雰囲気をまとって庭に入ってきた。(中略)その登場には、他界からの魔神の来訪を一瞬思わせる、なにか劇的なものがあった。」
「十分ほど傍若無人にあばれまわった末、ボゼたちは一斉にひきあげた。そのあとテラへ戻って、仮面や衣裳はぬぎすて、仮面はその日のうちに踏み破ってしまうのである。」

「盆踊りといっても、櫓もなければ、太鼓もない。スピーカーもない。揃いの浴衣の女たちもいなければ、にぎやかな手拍子もない。提灯も、蛍光燈も、裸電球も、いや、篝火一つない。闇の中で、月の光をたよりに、彼らは三の小さな輪にわかれ、鉦を叩き、悠長な節まわしの歌をうたいながら、例の手足をゆっくりとあげる単調な踊りをくりかえしくりかえし、皆いかにも楽しげに心をこめて、いつまでも踊りつづける。波ひとつない、月に照らされた海を背に黒い影絵となってめぐる幻のような踊りの輪――私にとっては忘れがたい盆踊りだった。」



岡谷公二 島 02



















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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