ミッシェル・セール 『五感 ― 混合体の哲学』 米山親能 訳 (叢書・ウニベルシタス)

「全体としては、われわれがどの程度まで世界に恐怖を与え、どのような暗い穴ぐらのなかに世界を逃げ去らせているのかわからない。この騒音の恐怖ゆえに虎はジャングルのなかをさまよい、鷲は断崖の上に、狐は地下の穴に、猿はどこかの島に引き籠っている。これらの動物たちは今や絶滅の危機に瀕している種である。なぜならわれわれは騒音をさらに広げる手段を学び取ったからである。(中略)ヒロシマの住民たちに聞いてみたまえ、一九四五年の夏のある日に、彼らが世界のいかなる与件を聞いたかを。」
(ミッシェル・セール 『五感』 より)


ミッシェル・セール 
『五感
― 混合体の哲学』 
米山親能 訳
 
叢書・ウニベルシタス 323

法政大学出版局
1991年6月1日 初版第1刷発行
vi 572p 人名索引4p
四六判 丸背布装上製本 カバー
定価4,944円(本体4,800円)



本書「訳者あとがき」より:

「本書は Michel Serres, Les Cinq Sens - philosophie des corps mélés I - essai (Editions Grasset et Fasquelle, 1985)の全訳である。」


セール 五感


目次:

ヴェール
 誕生
 入墨
 画布、ヴェール、皮膚
 ヘルメスと孔雀
 繊細さ
 変化(ヴァリアシオン)
 シベリアリスの毛皮
 霧
 共通感覚
 混合、ヴェールを剥がすこと

ボックス
 エピダウロスでの治癒
 三つの可聴音域
 ソフトとハード
 通路(パサージュ)
 細胞

テーブル
 動物精気(エスプリ・アニモー)
 思い出(メモワール)
 石像
 死
 誕生

探訪
 (村々の(ロカル))風景
 (全面的に(グローヴァル))異郷にあること(デペイズマン)
 方法と遊歩道(ランドネ)(全体的なもの(グローヴァル)と局在的なもの(ロカル))
 状況
 混合した場所

歓喜
 ステンドグラス
 フランスでの治癒
 署名

訳者あとがき

人名索引




◆本書より◆


「ヴェール」より:

「否、戦争はあらゆるものの母ではない。戦闘は新たな戦闘以外に何も生みださない。それゆえ戦争の生産性は皆無である。そうなのだ、弁証法は過ちを犯している。(中略)紛争から何か一つでも生産された例を、論争から何かの発明がもたらされた例を示していただきたい。」
「弁証法は大変な成功を収めた。このようにひどい誤りが、哲学的思弁にのみでなく教育にもまた侵入するということが、どうして起こりうるのだろうか。戦うことは良いことであるというこの既成概念に疑いをさしはさむ者が今日、一般大衆のなかで誰がいるだろうか。」
「果てしない戦争によって生じる全世界的な破壊のただなかで、稀に、局部的に維持される相対的な平和、平和の小さなポケットのなかを除けば、何ものも生産されず、何ものも造られない。弁証法は、闘争に対するヒト属の熱烈な愛好という点においてしか成功をもたらさなかった。(中略)したがって彼らは、作品は闘争から生まれると説くあらゆる理論を礼讃する。(中略)作品はすべて静寂と平和の、ありそうもない孤島からしか生まれないにもかかわらず。」



「ボックス」より:

「隠者はこの距離を知っていたのだが、この距離の向こうにあって初めて、うつろいやすい与件の聴取が可能になる。隠者や隠遁した学者たちはこの距離を求めた。」
「静寂に浸ることは治癒することと同価である。人は孤独になることによって、静寂を言語の帝国から救いだすことができる。もし世界が騒音で満たされていれば、誰がそのうちに探求を始めるのだろうか。言語は科学を生みだし、科学は無数の技術を可能にし、無数の技術は相当な騒音をだすので、ついには世界は言語で叫んでいると言われるほどになった。言語はついには理性をもつに充分な働きをした。私はこの理性の外に一つのねぐらを求めているのだ。」
「真の意味での象牙の塔は、孤独な者を取り巻いているのではなく、寄り集まった者たちを閉じ込めているのだ。集団は言語という堅固な壁に囲まれている。誰もことば以外のものに注意を払うことができない。」
「一人野外で、静けさのなかで、イエロー・ブルーの大気に浸り、私は、集団の騒音によって追い払われている与件、言語によって麻酔をされている諸感覚に、再生の機会を与える。集団は自己の喧騒に浸りきっており、自己の歓呼のなかで自己満足し、外部の物事をほとんど知覚しない。(中略)騒々しいコミュニケーションの船のなかで、集団は病気に陥っている以上に酔っており、言語に酔い、騒音に中毒し、美的感覚を欠き、麻酔をかけられている。夜も昼も、おのおのが同じ語で、同じ回路の上で、同じ人物とともに、同じ関係の循環を繰り返しているのだが、彼らはそうしないではいられないのだ。(中略)私も、中毒になったこれらの人間と別な生き方をしているわけではない。ことばに没頭しており、ことばによって五感が麻痺しているのだが、私がそのなかで生きているすべての集団は、ことばを必要としており、ことばを糧としている。この冬の朝、私がアスクレピオスの神に求めた治癒は次のようなものである。それは確かに、外部の静寂と調和した諸器官の静寂なのだが、しかしとりわけ私の内における言語の沈黙である。おそらくは困難なものであろうが、私の初めての解毒治療である。美的感覚を構築しようとする者は、自らの無感覚症が消え去るように祈るのだ。
 濃密な青い太陽のもと、(中略)私は自分を浄化したいと思っている。つまり(中略)私は自らの寄生音(パラジット)から解放されたいと思っているのだ。」

「麻薬におかされて生きている人々よりも、言語におかされて闊歩している人々の方を私は恐れている。」

「治癒するために(中略)やってきたのだが、私は自分の不死や個人の不死を求めているのではなく、いまや危機に瀕している種の不死を求めているのだ。集団全体が自分の死から治癒されなくてはならない。(中略)失われた古い文明の廃墟のなかで、今日の病める文明全体が、どのようにしてまた何に毒されており、どのような刑を宣告されているのかを理解しようと私は試みている。いかにしてこの文明を治癒させ、この文明に原初の素朴さと直接的な活力を取り戻させるために、どのような貢献ができるのかを私は探し求めている。」

「すべてのことがことばで言い表わされ、ことばによって解決されるというこの思想、真の問題は議論を生むという思想、哲学は問答に帰着するという思想、話すことによってしか養生することができないというこの思想、情報はもっぱら言説を通してのみ伝わるという思想、かくも流布しているこの思想、おしゃべりで、演劇的で、宣伝的で、厚かましく、恥じらいのないこの思想は、ぶどう酒やパンの真実の存在、その無口な味や香りを知らず、わずかに示されただけの身振りによる示唆、示し合せ、暗黙の了解を忘れている。すばらしい愛の祈り、雷光のように閃くありえないような直観、立居振舞いのかもしだす魅力を、この思想が知らないことは言うまでもない。司法的なこの思想は、内気な者たち、つねに自分自身の意見をもっているわけではない者たち、自分が何を考えているかを知らない者たち、探求者たちに、有罪を宣告する。」

「学者は退場し、今や子供が登場する。」

「陽光のもとで、私たちは互いに歩み寄っていった。彼はしゃべらなかったし、私ももはやしゃべらなかった。私たちは手を取り合い、そっと円形劇場を離れた。
 暑くもなく寒くもなく、風があたかも皮膚の上に地図を描くかのように顔や腕をなでてゆく。心地よいそよ風は木々の木の葉と、ほとんど音楽的で声にはならない会話を交わし、幹からは渋みを帯びた季節のはしりの香りが発散されている。一本の草を唇の間にくわえ、その草を噛むと収斂剤のような味がする。谷間では、耕作された畑が、眼状斑のある孔雀の尾のように、黄色や青の小さな断片をなし、いかめしさを呈する多岩質の丘に至るまで、神々の風景が開けている。
 来たまえ、来たまえ、私は君に遺贈したいものだ、感覚で捉えうる失われた諸物を、多様な世界とぼかし模様の肉体との内緒話を。私は君に遺贈するだろう、繊細さを、味と香りを、知恵と明敏さを。来たまえ、そしてわれわれが、衣服のように、垂れをもつ皮膚を構築したならば、その後で私は、自分の言語の古い廃墟、死に瀕している私の美しい言語について語るだろう。それは絹布のようにひだをなす水から、無柄の葉がざわめきを立てるポプラの木々から、諸物の心地よい声から、直接に生まれた言語なのだ。来たまえ、略奪され、忘れられ、うち捨てられた二つの楽園の残骸と廃墟のなかへ。言語によって破壊された感覚の楽園、コードによって破壊された私の言語の楽園。来たまえ、まだ時間が残されている間に。私はうまくやれなかったのだが、われわれはもう一度やり直そうではないか。来たまえ、聴いたり見たりすることのできる人間の最後の子供たちよ、感ずるために、触るために来たまえ。」






こちらもご参照ください:

ミッシェル・セール 『北西航路 〈ヘルメスⅤ〉』 青木研二 訳 (叢書・ウニベルシタス)



















































































































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