『マルテの手記/影のない女 他』 川村二郎 他 訳 (集英社版 世界文学全集 66)

「すばらしいことなんか長つづきはしないものだね。何か寝床のうしろに隠してあるのかな、子供の死骸(しがい)みたいなものの臭いがする。片づけなくちゃ」
(ホフマンスタール 「影のない女」 より)


『リルケ マルテの手記 他
ホフマンスタール 影のない女』
 
川村二郎/神品芳夫/高橋英夫 訳
集英社版 世界文学全集 66

集英社 
1978年6月25日 印刷
1978年7月25日 発行
394p 口絵(モノクロ)1葉
四六判 丸背紙装上製本 貼函 
函プラカバー
定価980円
装幀: 坂野豊

栞 (2p):
『マルテの手記』の登場人物/『影のない女』の登場人物/訳者紹介/次回配本



二段組。

アマゾンマケプレで最安値のを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。
二人の詩人の小説作品三篇を収録しています(リルケ「マルテの手記」「神さまの話」/ホフマンスタール「影のない女」)。
「マルテの手記」の川村二郎訳がよみたかったので購入しました。「影のない女」はオペラ版が有名ですがこれは小説で魔物のお姫さまが「紺青宮」にすむ人間の王さまと結婚するものの三日以内に影を手に入れないと(魔物なので影がありません)なぜか王さまが石にされてしまうことになって魔物の乳母の導きで染物屋の妻の影を手に入れるものの結局返してしまい、それでもめでたしめでたしで終わる話です。


リルケ ホフマンスタール 01


目次:

リルケ
 マルテの手記 (川村二郎 訳)
 神さまの話 (神品芳夫 訳)

ホフマンスタール 
 影のない女 (高橋英夫 訳)

後記
 マルテの手記 訳者後記
 神さまの話 訳者後記
 影のない女 訳者後記
解説 
 リルケ (神品芳夫)
 ホフマンスタール (高橋英夫)
年譜 (神品芳夫/高橋英夫 編)



リルケ ホフマンスタール 02



◆本書より◆


「マルテの手記」より:

「つまり、ここへ人々がやってくるのは、生きるためではあるのだろうが、それよりぼくの受けとる感じでは、ここにいれば死ぬことになるとでもいうかのようだ。ぼくは出かけていた。目にふれたのは、いくつもの病院だった。また、よろめいてばったり倒れる一人の男だった。彼のまわりに人々が群がり、そのあとを見ないですむようにしてくれた。目にふれたのはまた、一人の身重の女だった。彼女はぬくもりのこもった高い塀(へい)に沿うて、いかにもたゆげなさまで足をはこんでいた。ときどき塀にさわる手つきが、それがまだそこにあるかどうか、たしかめようとでもするかのようだった。大丈夫、塀はまだそこにあった。その中はなんだろう? ぼくは地図を目で追って見た。産院。なるほど。彼女はいよいよお産なのだ。そこへはいれば、無事に子どもを生めるのだ。」

「窓があいていないと寝られぬとは、因果なことだ。電車がベルを鳴らして部屋を走り抜ける。自動車がぼくをひいていく。どこかのドアがいきなりしまる。どこかで窓ガラスが落ちてわれる。」

「ぼくは見るすべを学んでいる。どうしたわけか、あらゆるものが常よりも深くぼくの中へはいりこみ、今まではいつもそこで行きどまりになっていた場所でも、立ちどまろうとしない。ぼくには、自分でも知らなかった内側があるのだ。あらゆるものが今そこへはいっていく。何がそこで起きるか、知ったことではない。」

「たとえば、顔がいくつくらいあるものか、今まで一度も考えたことがないとは。人間の数も多いが、顔の数はもっと多いのだ。つまり、一人がいくつもの顔を持っているのだから。一つの顔を何年もつけっ放しにしている人もいる。むろんその顔はいたみ、汚くなり、皺(しわ)だらけになる。(中略)するとそこで問題は、いうまでもなく、使わないほかの顔をどうするかだ。彼らはそれを後生大事にとっておく。子どもたちにつけさせよう、というわけだ。しかしまた、彼らの犬がその顔をつけて出かける、ということもある。べつにふしぎはあるまい。顔は顔なのだから。
 また別の連中は、うす気味悪いほどすばしこく、つぎつぎに顔をつけてはまたはずす。最初は顔の貯(たくわ)えが無尽蔵のような気がしているのだが、四十に手が届くか届かぬかで、早くも最後の一個になってしまう。むろんこれは無残というもおろかなことだ。顔を大切にする習慣がないので、最後のそれも一週間でだめになり、穴があき、いたるところ紙のように薄くなり、やがて地があらわになってくる。それはもう顔ではない。顔ならぬ顔を彼らは持ちまわるというわけだ。
 だが女は、あの女は。すっかりかがみこんで、前にだした両手に埋(うず)もれきっていた、あの女。リュ・ノートル・ダム・デ・シャンの街角だった。」
「通りにはまるで人気(ひとけ)がなかった。(中略)女ははっとしてからだを起こしたが、それがあまりにすばやく、あまりに勢いよかったので、顔が両手の中におきざりになってしまった。ぼくには、顔が両手の中にあるのが見えた、顔の凹(へこ)んだ型が見えた。この手の方に目を釘(くぎ)づけにして、手からもぎ離された方のものを見ずにいるのは、いうにいわれぬ苦労のいることだった。顔を内側から見るのも身の毛のよだつような話だったが、顔のない、のっぺらぼうにひんむかれた頭は、それどころではないほどこわかったのだ。」

「まあちょっと、二人の小学生を眺めて見たまえ。一人がナイフを買う。同じ日にもう一人も、それと寸分違(たが)わぬものを買う。一週間たって二人は、二梃(ちょう)のナイフを見せ合う。と、どうだろう、似ているといえば似ている、という程度の類似点しかもうないのだ、――べつべつの手の中で、それほどまでべつべつな形に変わってしまったというわけだ(そうですとも、と一人の子の母がことばを添える、あんたがたって、なんでもだめにしてしまわずには、おられないのよ。――)。」

「ちょうどその時、ぼくの目は、広間の奥の暗がりで起きている動きに捉(とら)えられ、ひきこまれずにはいなかった。そこでは、いつもしまったままだと思っていた、中二階へ通ずるという話のドアが、おもむろにひらかれていたのだ。そして今、ぼくがこれまで知らなかったようなこわいもの見たさの気持で見つめているうちに、ひらいたドアの闇(やみ)の中に、薄い色の衣裳をまとった華奢(きゃしゃ)な女性が姿を現わし、ゆっくりとぼくらの方に歩みよってきた。自分が身じろぎしたのか、声でもたてたのか、おぼえがない。椅子のひっくり返るやかましい音が、ぼくの目をそのあやしい姿からもぎ離したが、見れば父はとうに椅子からはねあがっており、今や、すっかり血の気の引いた顔で、だらんと垂らした両手の拳(こぶし)をかため、その女性に近づいていくのだった。しかし彼女は、こうした騒ぎには一切おかまいなしで、一歩また一歩、ぼくらの方に歩みよってきた。もう伯爵の席にも遠くない、と思ったときやにわに伯爵が立ちあがり、父の腕を捉え、テーブルに引きもどし、そのまま動かさなかった。見知らぬ女性はといえば、ゆっくりと、しずしずと、一歩また一歩、今はさえぎるものもない空間を通りすぎていった。名状しがたい静けさを縫って、どこやらのグラスが一つ、小刻みにふるえて鳴る中を通りすぎ、広間のむかいの壁にあるドアに、姿を消したのだ。」
「テーブルについたままでいるのはぼく一人だけだった。椅子の中で途方もなくからだが重くなってしまって、ひとりでは到底立ちあがれないような気がした。」
「その当時ぼくはまだ、彼女の身に起きたことを少しも知らなかった。彼女がもうはるかな昔に、二人目の子どもを生んで死んだこと、その時生まれた男の子が、成長してからむごい恐ろしい運命に見舞われたことを知らなかった。――ぼくは、彼女が今は世にない人だということを知らなかった。」

「それは信号だ、内輪の者だけに通じる信号、余計者たちが心得ている信号だ、そうぼくは感じた。」

「リュ・ド・セーヌあたりで、小さな店の前をぶらつくことがある。古道具屋、小さな古本屋、銅版画商、どの店の窓もあふれんばかりの品物だ。およそこれらの店に客の立ち寄るためしはなく、どう見ても、商売をしている様子はない。しかし店の中をのぞくと、みな坐っている、さものんびりと、坐って本を読んでいる。明日を思いわずらうでもなく、成功をもとめて心を砕くでもなく、いい気分そうにのうのうとした犬を足もとに坐らせている。そうでなければ猫(ねこ)が、並べられた書物に沿うて軽くふれながら歩み、本の背から名前を拭(ふ)き消そうとでもするかのようなそぶりで、静けさをさらに深めている。
 ああ、これで事が足りるなら。このような、品物であふれた窓を一つ買い、そのうしろへ犬といっしょに坐りこんで二十年もすごしたならと、ぼくは折にふれては夢みたのだ。」

「ちょうどその時、長い年月、いかにも長い年月をこえて、ふたたび姿を現わしたものがあった。熱をだして寝ていた子どものぼくに、はじめての深い恐怖を吹きこんだもの、あの大きなものだった。そう、ぼくはいつもそういっていたのだ、みながぼくのベッドをかこみ、脈をとり、何がこわかったの、とたずねるときには。あの大きなものが、と。そしてお医者さまが呼ばれる、やってくる、ぼくに話しかける、と、ぼくはたのんだのだ、あの大きなものを追っぱらってよ、それだけしてよ、お願いよ、と。しかしお医者さまもほかの人たちと変わりはなかった。(中略)この大きなものを片づけることはできなかった。それが今、またしても姿を現わしたのだ。あの時からはふっつりと姿を見せず、熱に浮かされた夜な夜なにも舞いもどってはこなかったのに、発熱しているわけでもない今この時、それが顔をのぞかせたのだ。そこに立ち現われたのだ。それは今、ぼくの内部から腫瘍(しゅよう)のように、二つ目の頭のように盛りあがり、こんなに大きくてはぼくの一部分でありえようはずもないのに、しかも、ぼくの一部にほかならなかった。それは大きな死んだ動物、生きていたときにはぼくの手か腕だったもののようだった。」

「ルピは何人かの従者といっしょに、その死体をひっくり返そうとした。前のめりの恰好で倒れていたのだ。ところが、顔がすっかり凍りついていた。それを氷からむりやりもぎ離したので、片頬(かたほ)が薄皮でも剥ぐようにぺろりとむけてしまった。裏がえして見ると、もう一方の頬(ほお)は、犬か狼(おおかみ)に裂きとられていた。耳からはじまる大きな傷が、がばと口をひらいて全体をたち割っていた。とても顔などといえたものではないありさまだった。」



「影のない女」より:

「二人は、運送人夫や兵士たち、そして二輪車や騎馬でゆく人びとなど、おおぜいの人間が押しあいへしあいしている橋の上にやってきた。人間たちの顔また顔のなかにひそむ怖ろしいものが、これほどの間近から、妃に迫ってきたことは、かつて一度もないことだった。勇を揮(ふる)って、妃は人間たちのすぐ側を通り過ぎようとした。だが、足は進むことができても、心は進むことができなかった。動いている人間の手は、どれもみな自分を捕えようとしているように見えたし、こんなに多くの人間の口は、これほどの間近で見ると、ぞっとするほど怖ろしかった。情け容赦もない、物見高い、それでいて彼女には不安を包みかくしているように見えるさまざまの視線が、無数の顔のなかから発して、自分の胸もとに集中しているのだった。乳母が前のほうで振りかえって見ているのに気がついたので、妃は急いで追いつこうとした。雑沓(ざっとう)で縺(もつ)れる人波のあいだに、ほとんど潜りこむようにして入ってゆかなくてはならなかった。そのときとつぜん、妃は大きな騾馬(らば)の蹄にぶつかった。動物の賢そうな、やさしい眼差が妃とかち合った。妃はその眼差にほっと息をついた。しかし、馭者(ぎょしゃ)は震えている女を踏みつけまいとして躇(ためら)っている騾馬の頭を、棍棒(こんぼう)で殴りつけた。
 ――もしやこれは、わたしが動物の姿に変身して、恐ろしい人間の手にかからなければならないということかしら?――そんな念(おも)いが心を走り、妃はおののいた。だが、そのとき、一瞬われを忘れた妃は人波に押し流され、気がついてみると、橋のたもとまで来ているのだった。どんなふうにここまで来てしまったのかもわからない。乳母はと見れば、露天の屋台づくりの小料理屋のそばに立っていた。そこには薄紅色がかった金の鱗(うろこ)を光らせた美しい、小さな魚が、いくつも並べられ、それを一人の黒ん坊が手で掻(か)きまわしていた。梁(はり)には、皮を剥(は)がれた仔羊が、首を垂れたままの姿で、吊りさげられていた。その眼は、妃をやさしい眼差で見つめていた。」

「〈ああ、悲しいこと〉と、妃は自分に向かってひとりごちた。〈魚は人の姿を見ると水のなかに潜り、鳥は羽搏(はばた)いて空に舞いあがり、鹿(しか)は身を翻(ひるがえ)して茂みのなかに逃げてゆく。それなのに、わたしは人間のなかに留まっていなければならないのだわ〉」































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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