『世界文学大系 53 リルケ』 手塚富雄 編

「この量り知れぬ夜闇の中に
きみの五感の交叉路に、みずから魔法の力となれ、
五感の奇妙な出会いの意味となれ。」

(リルケ 「オルフォイスに寄せるソネット」 より)


『世界文学大系 53 
リルケ』 
手塚富雄 編


筑摩書房
昭和34年3月15日 発行
493p 口絵(モノクロ)1葉
菊判 丸背バクラム装上製本 貼函
定価550円
装幀: 庫田叕

月報 14 (12p):
リルケについて(村野四郎)/リルケ頌(藤原定)/リルケの跡をたずねて(高安国世)/リルケを聴く(岸田衿子)/訳者紹介/編集後記/研究書目・参考文献/連載 世界文学史 14 イタリアのルネサンス(野上素一)/第十五回配本/図版(モノクロ)4点



詩と巻末の「詩編目次」は二段組、その他は三段組です。
本文中図版(「ドゥイノの悲歌」浄書原稿)1点。


リルケ 世界文学大系 01


リルケ 世界文学大系 02


目次:

初期詩集
 春 (神品芳夫訳)
 中部ボヘミヤの風景 (星野慎一訳)
 この黄いろのばらの花は (神品芳夫訳)
 夜あけのひかりが東の空を (神品芳夫訳)
 それは白菊の咲きほこる (神品芳夫訳)
 彼女のきよらかなたましいが (神品芳夫訳)
 遠い昔 (星野慎一訳)
 これがぼくのたたかいだ (神品芳夫訳)
 母たちの歌 (星野慎一訳)
 耳をかたむけ (神品芳夫訳)
 少女らが笑いながら (尾崎喜八訳)
 ごらんなさい、私たちの昼間は (尾崎喜八訳)
 私たちの心に意味を (神品芳夫訳)
 祈りのあとで (神品芳夫訳)

形象詩集
 序詩 (神品芳夫訳)
 ある四月から (神品芳夫訳)
 恋する女 (神品芳夫訳)
 静寂 (神品芳夫訳)
 子供のとき (神品芳夫訳)
 子供時代の一景 (神品芳夫訳)
 お守りのうた (神品芳夫訳)
 夜の人々 (神品芳夫訳)
 夜のヴァイオリン (神品芳夫訳)
 カルセル橋 (神品芳夫訳)
 嘆き (神品芳夫訳)
 孤独 (神品芳夫訳)
 秋日 (山本太郎訳)
 秋 (山本太郎訳)
 前進 (川村二郎訳)
 予感 (川村二郎訳)
 スコーネの夕べ (手塚富雄訳)
 夕ぐれ (川村二郎訳)
 受胎告知 (川村二郎訳)
 スウェーデン王カルル十二世ウクライナ騎行の歌 (川村二郎)
 ロシアの皇帝たち (高橋重臣訳)
 歌唱い公子を前にして唱う (高橋重臣訳)
 噴水について (尾崎喜八訳)
 読書する人 (高橋重臣訳)
 見つめる人 (高橋重臣訳)
 “ある嵐の夜から”より (矢内原伊作訳)
 盲目の女 (高橋重臣訳)

時禱詩集
 第一部 修道生活の書(抄) (生野幸吉訳)
 第二部 巡礼の書(抄) (高安国世訳)
 第三部 貧しさと死の書(抄) (大山定一訳)

新詩集
 愛の歌 (川村二郎訳)
 東洋風な後朝の歌 (大山定一訳)
 サウルのまえにダビデは歌う (前田棟一郎訳)
 放蕩息子の家出 (大山定一訳)
 橄欖園 (大山定一訳)
 ピエタ (富士川英郎訳)
 詩人の死 (尾崎喜八訳)
 仏陀 (富士川英郎訳)
 日時計の天使 (富士川英郎訳)
 モルグ (富士川英郎訳)
 豹 (富士川英郎訳)
 聖セバスチアン (高安国世訳)
 白鳥 (尾崎喜八訳)
 レース細工 (片山敏彦訳)
 成人した女 (大山定一訳)
 別離 (片山敏彦訳)
 死の体験 (大山定一訳)
 青いあじさい (前田棟一郎訳)
 旗手 (富士川英郎訳)
 ブレーデローデの最後の伯爵トルコの捕囚を脱す (小川正己訳)
 ローマの噴水 (富士川英郎訳)
 メリー・ゴーラウンド (大山定一訳)
 スペインの踊子 (尾崎喜八訳)
 島 (高安国世訳)
 オルフォイス オイリュディケ ヘルメス (前田棟一郎訳)
 アルケスティス (高安国世訳)
 ヴェーヌスの誕生 (尾崎喜八訳)
 薔薇の葩 (大山定一訳)
 
新詩集別巻
 アポロのトルソ (前田棟一郎訳)
 レダ (手塚富雄訳)
 恋人の死 (尾崎喜八訳)
 ヨナタンのための嘆き (小川正己訳)
 盲人 (富士川英郎訳)
 群像 (富士川英郎訳)
 海の歌 (山本太郎訳)
 夜の馬車 (高安国世訳)
 肖像 (富士川英郎訳)
 ヴェニスの晩秋 (大山定一訳)
 ラウテ (大山定一訳)
 姉妹 (富士川英郎訳)
 ピアノの練習 (大山定一訳)
 愛に生きている女 (片山敏彦訳)
 薔薇の内部 (富士川英郎訳)
 べにづる (大山定一訳)
 子守唄 (尾崎喜八訳)
 薔薇色のあじさい (富士川英郎訳)
 孤独の人 (尾崎喜八訳)
 毬 (富士川英郎訳)
 子供 (富士川英郎訳)
 円光の仏陀 (大山定一訳)

鎮魂歌
 ある女友のために (高橋英夫訳)

マリアの生涯 (国松孝二訳)
 マリアの誕生
 マリア供御
 マリアへの告知
 マリアの訪れ
 ヨセフの猜疑
 牧人たちへの告知
 キリスト降誕
 エジプトへの亡命の途次の憩い
 カナの婚筵
 受難の前
 ピエタ
 イエスのよみがえりとマリアの安らぎ
 マリアの死

ドゥイノの悲歌 (手塚富雄訳)
 第一の悲歌
 第二の悲歌
 第三の悲歌
 第四の悲歌
 第五の悲歌
 第六の悲歌
 第七の悲歌
 第八の悲歌
 第九の悲歌
 第十の悲歌

オルフォイスに寄せるソネット (高安国世訳)
 第一部
 第二部

後期詩集
 真珠だまが散る (富士川英郎訳)
 スペイン三部曲 (富士川英郎訳)
 天使に寄す (富士川英郎訳)
 ナルシス (富士川英郎訳)
 私を驚かすがいい 音楽よ (富士川英郎訳)
 キリストの地獄めぐり (谷友幸訳)
 清浄な木立の向うで (富士川英郎訳)
 寡婦 (手塚富雄訳)
 いばらのしげみに起る声 (手塚富雄訳)
 冬の賦 (富士川英郎訳)
 大いなる夜 (高橋英夫訳)
 夜によせる詩 (高橋英夫訳)
 兄妹 (大山定一訳)
 予め失われている 恋びとよ (富士川英郎訳)
 転向 (富士川英郎訳)
 ベンヴェヌウタに (富士川英郎訳)
 嘆き (富士川英郎訳)
 彼女たちを知ったからには死なねばならぬ (富士川英郎訳)
 ありとあらゆるものが人知れず…… (大山定一訳)
 ヘルダァリーン頌 (大山定一訳)
 心の頂きにさらされて (富士川英郎訳)
 さらにふたたび (堀辰雄訳)
 愛のはじめ (前田棟一郎訳)
 死 (富士川英郎訳)
 音楽は立像がもらす吐息か (大山定一訳)
 C・W伯の詩から (富士川英郎訳)
 何時になったら (富士川英郎訳)
 対歌 (富士川英郎訳)
 かもせよ魔酒を (手塚富雄訳)
 旅人 (小川正己訳)
 ヴァリスのスケッチ七篇 (富士川英郎訳)
 涙の壺 (富士川英郎訳)
 魔術師 (手塚富雄訳)
 強烈な星よ (富士川英郎訳)
 エロス (富士川英郎訳)
 無常 (富士川英郎訳)
 既に樹液は暗く根のなかで (富士川英郎訳)
 音楽 (富士川英郎訳)
 日ざしに馴染んだ道のほとり (高安国世訳)
 重力 (富士川英郎訳)
 ああ 涙でいっぱいのひとよ (富士川英郎訳)
 薔薇 おお 純粋な矛盾 (富士川英郎訳)

フランス語の詩
 「果樹園」より (片山敏彦訳)
  この夕べ 私のこころは 
  晩のランプよ
  われらの生は
  たなごころ
  女友のためいきの上で
  その壮麗の奥に位置して
  なべて極度の力を
  噴水
  ときおりは 君の意見に従うことが
  果樹園
  われらの眼が閉じることは
  天使たちから観れば
  かりそめに通り過ぎて
  この夕べ何ものかが
 「ヴァレの四行詩」より (片山敏彦訳)
  山の路の中ほどに
  あの高いところに
  鐘楼が歌う
  この空を見つめたことのある人々は
 「薔薇」より (山崎栄治訳)
  幸福な薔薇よ、
  だれをおそれて、薔薇よ、
  薔薇よ、おまえをそとに残して

神さまの話 (手塚富雄訳)
オーギュスト・ロダン (生野幸吉訳)
マルテの手記 (生野幸吉訳)

随想
 風景について (小川正己訳)
 夢の本より (星野慎一訳)
 ある出会い (小川正己訳)
 体験 (星野慎一訳)
 手記 (星野慎一訳)
 思い出 (川村二郎訳)
 人形についてあれこれ (小川正己訳)
 太初の音 (川村二郎訳)
 若い詩人について (川村二郎訳)
 詩人について (川村二郎訳)
 若き労働者の手紙 (星野慎一訳)

ポルトガル文(リルケ訳) (水野忠敏訳)

晩年のリルケ (ホルトゥーゼン/永野藤夫訳)

解説 (手塚富雄)
年譜 (神品芳夫編)
詩編目次



リルケ 世界文学大系 03



◆本書より◆


「オルフォイスに寄せるソネット 29」より:

「この量り知れぬ夜闇の中に
きみの五感の交叉路に、みずから魔法の力となれ、
五感の奇妙な出会いの意味となれ。

そしてもし地上のものがきみを忘れたら、
静かな大地に向って言え、私は流れる、と。
すみやかな流れに向って言え、私は在る、と。」



「ありとあらゆるものが人知れず」より:

「ありとあらゆるものが人知れずそっとぼくらの感受に合図をおくっている。
ほのかな身動きから微風がささやく――思いだせ、と。
ゆくりなく過ぎ去った一日が、
いつかふとぼくらへの贈与となって立ちかえる。

誰もぼくらの収得を確実にかぞえることはできぬ。
古い過去の歳月から、誰もぼくらを切り離すことはできぬ。
この世のなかでぼくらが常に経験するのは
一が他のなかでおのれ自身を知るということ。

言葉をかえれば 何のゆかりもないものがそっとぼくらのそばにきて身をあたためるということ。
一つの家。牧場の斜面。そして西空の赤光(しゃっこう)。」

「あらゆるもののなかに一つの空間がひろがっている。
いわば「宇宙の内部空間」……そして小鳥たちは
しずかにぼくらの体内を飛び交い、自由に伸びようと意志して
ぼくがふと目を放てば、ぼくのうちにすでに青々と一本の樹木が生えている。」



「オーギュスト・ロダン」より:

「ロダンは名声をかちうる前、孤独だった。やがておとずれた名声は、おそらく彼をもういっそう孤独にした。なぜなら名声というものは、結局は、新しい名前の周りに集まるすべての誤解の総括にすぎないのだから。」


「マルテの手記」より:

「もう今では身内もいないふるさとを想い浮かべると、むかしはこんなふうではなかったにちがいないと思えてくる。むかしは、ちょうどくだものが核をもつように、だれもが自分のからだのなかに死がひそむのを知っていた(あるいは漠然と感じていた)。子供たちは小さな死を、おとなは大きなおとなの死を、それぞれに宿していた。(中略)だれしもが、ともあれ死を持っていた。そのことが人々に特有の品位としずかな誇りをあたえていた。」

「それがなにかの合図なのだ、仲間同士の一種の合図、追いだされ敗北したひとびとだけが知っている合図なのだ、とぼくは悟った。」

「たしかに、かれは自分が周りのもののすべてからいまは隔てられているのを知っていた。ただ人間たちから、というだけではなかった。もうあと一瞬。そのときあらゆるものが、固有の意味をなくすだろう。このテーブルも、茶碗も、かろうじてしがみついているこの椅子も、――あらゆる日常のもの手ぢかなものが、もはや理解の手がかりをうしなうだろう。奇妙な、みなれない、鈍重なものに変わるだろう。かれはこうして坐ったまま、そんな瞬間を待っていた。抵抗もせず断末魔を待っていた。
 だが、ぼくはまだ抵抗をやめはしない。ぼくの心臓はもう舌べろのようにむきだしに垂れ、迫害者たちがたったいま、ぼくを苛(さいな)むのをやめてくれても、これ以上いきてゆくちからはない。自分でもそれは判っているが、ぼくはやはり抵抗する。わるいことなんか起こらなかった、とぼくは自分に言いきかせる。」

「彼がなんびとであるか、かれらには知るよしもなかった。いまでは彼は怖るべく愛されがたい人間であった。そしてただある一者のみが自分を愛しうることを予感していた。しかもその一者はまだ愛しようとしないのだった。」



「風景について」より:

「ゆっくりとそれは、孤独な人々の手によって、数世紀の間ずっと形づくられていった。たどらねばならぬ道のりは非常に遠かった、というのは住みなれた人の偏見にくもった眼ではもはやこの世を見ないほど、この世の習慣から遠のくということはむつかしいことであったからだ、(中略)生活を支配している事物をどんなに間違って見るものか、また私たちをとりまいているものを私たちに言うためには、しばしば人はまず遠方からやって来なくてはならないということを知っている。」


「体験」より:

「彼はその館(やかた)の庭で不思議なことを体験した。庭はかなり急な斜面に添うて海にまでのびていた。いつもの癖で本を一冊持ちながらあちらこちらぶらついて、ふと、灌木状の木の、ほぼ肩の高さの叉(また)のところに身を寄せかけたときだった。そこにもたれかかったかと思うと、急に気もちよい支えとゆたかな安らぎとを得たように感じたので、すっかり自然のなかにとけ込んでしまい、本を読むことも忘れて、ほとんど無意識な観照の世界をさまようたのであった。今まで体験もしなかったような感情について、しだいに、気がつきはじめた。木のなかから微妙な震動が伝わって来るような気もちだった。(中略)これより微妙な動きにみたされたことはかつてなかったと思った。彼の肉体はほとんど霊にちかい取りあつかいをうけて、ふたんのはっきりした身体の状況ではとうてい感じられないような影響を受け入れることができる状態におかれていた。(中略)「そうだ、おれは自然の裏側に廻ってしまったのだ」と。(中略)不思議にも親しみある間隔ををおいてくりかえしせまって来る流れが、彼の体内のすみずみまで、ますます一様にしみとおるにつれて、彼には自分の肉体が哀切きわまりないものに感じられた。肉体は今はただ、純粋に、ひたすら心して、その流れのなかに立ってそれをうけ入れるためにのみ役立つにすぎない存在となっていたのだ。それはちょうど、すでにどこかこの世ならぬ世界にさまようている霊魂が、うつろのままながら、かつては不可欠のものだったこの世のなかにもう一度帰属しようと、やさしく放ったままにしておいたこの肉体のなかに悲しげに入って来るようなものだった。姿勢をくずさずにゆっくりと周囲を見まわしながら、彼はあらゆるものに旧知を感じ、あらゆるものを想い起こし、いわば遠い愛情をもってそれらにほほえみかけた。今はすっかりかかわりのない世界となってしまってはいるが、かつては自分に関係のあった遠い昔のことのように、すべてをあるがままのかたちにまかせていた。一羽の鳥の姿を追い、とある樹蔭(こかげ)にひかれ、またかなたへ延びて消える一介の道も瞑想的な洞察によって彼の心をみたすのであった。みずからがここにはかかわrない身であると知っていただけに、その洞察はいっそう純粋に想われた。これまでいったいどこに自分が滞在していたのか、彼は考えることさえ出来なかっただろう。けれども、この邸のすべてのもののところへかえって来たということ、すて去られた窓の奥ふかく坐っているように、向こうを見ながら、この肉体のなかに立っていたということ――数瞬のあいだ彼はそれを固く信じたので、この家の昔の誰かが突然姿をあらわしたならば、さだめし愕(おどろ)きかつ悩んだことであろう。実際、彼はその自然のなかで、ポリクセーネや、ライモンディーネや、その他この家の亡くなった家族の一員が道の曲り角からあらわれて来るのに出逢うのを、心待ちにしていたのであった。あたりに死者たちのすがたが静かにみちあふれているのを彼は理解できたし、地上のかたちがかくも気軽にそのまま用いられるのを見るのも、親しみがあった。(中略)そしてたぶんその青い眼差しにはこれまで幾たびもお目にかかったであろう蔓日日草(つるにちにちそう)は、いっそう精神的となった間隔をもって彼にふれるようになった。隠しだてているものなぞはもはや何もないというような無量の意味をこめて。おしなべて彼は、すべての対象がいっそう遠ざかると同時に、いっそうなんとなく真実な姿を示すようになったのを、認めることが出来た。それは、もはや前方へは向けられずに、「開かれた世界」のなかを漂渺(ひょうびょう)とただようていたかれの視線のせいであったかもしれない。彼は言わば肩越しに物たちをふりかえって見たのである。彼のために解き放たれた物たちの存在には、さながら別離の花の香気をまじえたような、大胆で甘い一種の風味がそえられてあった――
 こういう異常な状態はながつづきしないと、時おり自分に言いながらも、音楽と同じように、このような状態からはただかぎりなく規則的な終末以外には期待できないかのように、彼はそれが終るのを別に恐れていたわけではなかった。
 急にそういう姿勢が苦しくなって来た。彼は幹を感じ、手にした本の疲れを感じたので、そこから離れた。すると一陣のさわやかな海風が梢(こずえ)の葉をひるがえし、坂を匐(は)いあがっている灌木の茂みが入り乱れてざわめいた。」

「のちになって彼は、この一つの現象の力が種子のなかに秘められているようにあらかじめふくまれていた幾つかの瞬間を、想い出せるような気がした。彼はあのもう一つの南方の庭園(カプリ)にすごしたひとときを想起した。そこでは野外の鳥の啼声と彼の内界の鳥の啼声とが一つになっていた。つまり彼は、肉体の限界によってほとんどさまたげられることなく、内界と外界とを結んで一つのつながった空間を現出することができたのだ。そしてその空間のなかには、神妙な保護をうけて、最も純粋な、最もふかい意識の、ただ一つの場だけが残されていたのである。このように壮大な体験をちっぽけな肉体の輪郭によって妨げられまいとして、彼はそのときじっと目をとじた。すると無限の力があらゆる方面から彼の体内へそそぎ込んで来たので、彼はそのあいだにまばたき出した星のかろやかな上昇を、自分の胸のなかに感ずることができるような気になった。
 彼はまた想い出した。同じような姿勢で籬(まがき)に寄りかかりながら、橄欖樹のしなやかな梢を透かして星空を眺めようと骨を折ったことを。世界空間がこのようなマスクをかぶって、人間の顔のように彼と向かいあったことを。このようなことにじっと堪えていたら、あらゆるものが彼の心の溶液のなかに完全にとけこんでしまい、彼自身の存在のなかに創造物の味わいが感じられたことを。おぼつかない自分の幼年時代をふりかえってみても、彼はこのような放我の状態が考えられうるような気がした。いざ嵐に身をさらさねばならなかったとき、いつも彼をとらえたあの情熱的勇気を想い起こせば足りるのではなかろうか。(中略)しかし最初から、原始的な風の猛威、純粋にしてゆたかな水の様態、去来する雲のなかの英雄的なものなどがいちじるしく彼の心を捉え、人間的なものを理解できなかった彼のたましいに、それらのものが真実の運命として迫って来たのであるならば、最近さまざまな影響を受けて以来というもの、そのような関係に言わば彼が決定的に委(ゆだ)ねられていることを否定するわけにはゆかなかった。静かに分けへだつものが、彼と人間とのあいだに、ほんのちょっぴり、一つの純粋な中間空間をつくっていた。この空間を通しておそらく二三のものがかなたの世界へ達したのであろうが、またこの空間はあらゆる関係を呑みこんでそれでいっぱいになっていたので、濁った煙のようにかなたの人の姿をつぎつぎに曇らせてしまった。彼はまた、自分の孤立した姿がどの程度まで他の人々の印象に残ったかということも知らなかった。が、彼自身について言えば、そういう孤立が人々にたいして彼にある種の自由をあたえてくれるのであった――貧のささやかな発端、それゆえにこそ身のかるさを覚えたのであったが、それは、おたがいに希望を持ち、不安を感ずる人々、生と死にしばられている人々のあいだにまじっている彼に、一種独特な軽快さをあたえたのである。その軽快さを人々の苦難にみちた生活に比較してみようという誘惑を彼はまだ感ずるのであった。そういうことが人々をどんなに惑わすかを、よく見ぬいていたのではあったが。というのは、彼が固有な克服にたどりついたのは(英雄のように)、人々の生きるあらゆる制約の世界、つまり、人々の心の重苦しい空気のなかではなくて、人間が「空」と名づけるより方法がないであろうような、ほとんど人間的構えの感じられない空間のなかであったことを、人々が知り得ようはずがなかったからだ。彼が人々にもたらし得たもののすべては、おそらく彼の童心だけであっただろう。」



「太初の音」より:

「さて、くり返し私の心にひらめく着想とは、いったいどんなことなのか? それはこういうことなのである。――
 頭蓋骨の冠状縫合線は(中略)、蓄音器の針が録音用廻転円筒に刻みこむ、微細に曲折する線と、一脈の相似性をそなえている。(中略)さてそこで、この針を欺いて、(中略)音を転移した図形のではない、すなわち、それ自体で自然のままに存在している線条の上へ導いたとしたら、どうだろう。つまり、はっきり言ってしまうと、たとえばほかならぬこの冠状縫合線の上へ導いたとしたら――どんなことになるだろう?――一つの音が、おそらく生じるのではあるまいか、一つの旋律、一つの音楽が……」
「この時生まれ出るであろう太初の音に、何か一つの名を与えることに、私はためらいを感ずる……
 さしあたりこれだけのことを述べておこう。すると、どこに現われるどんな線でも、針の下でためしてみたいという気にならないだろうか? どんな輪郭線でも、ほぼこのようなやり方で終りまで引いて見て、変様したその線が、別の感覚領域に現われて迫って来るさまを、感じ取りたいという気にはならないだろうか?」



「解説」(手塚富雄)より:

「市民的職業につくことをせず、知友を頼ってさだめなく各地をわたり歩き、つねに自分の心情に忠実に生きようとしたリルケの生き方は人々のよく知るところである。」


リルケ 世界文学大系 04




こちらもご参照ください:

『リルケ詩集』 富士川英郎 訳 (新潮文庫)
リルケ 『ドゥイノの悲歌』 手塚富雄 訳 (岩波文庫)
リルケ 『マルテの手記』 星野慎一 訳 (旺文社文庫)
『マルテの手記/影のない女 他』 川村二郎 他 訳 (集英社版 世界文学全集 66)
リルケ 『神さまの話』 谷友幸 訳 (新潮文庫)
ミッシェル・セール 『五感 ― 混合体の哲学』 米山親能 訳 (叢書・ウニベルシタス)















































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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