ロジェ・カイヨワ 『斜線』 中原好文 訳

ロジェ・カイヨワ 
『斜線
― 方法としての対角線の科学』 
中原好文 訳


思索社
昭和53年11月30日 印刷
昭和53年12月20日 発行
233p
四六判 角背紙装上製本 カバー
定価1,800円



本書「訳者あとがき」より:

「本書は、Roger Caillois: Obliques precede Images, images......1975, Editions Stock の後半、Obliques の全訳である。前半を占める Images, images...... の部分は、すでに先頃、『イメージと人間』の表題で、塚崎幹夫氏の訳により、本書と同じく思索社から刊行されている。」
「邦訳では、『斜線』という、そのままではいささか曖昧さの残る原題に、〈方法としての対角線の科学〉という副題を補った。」



カイヨワ 斜線


目次:



第一部
 1 ラマルクの誤謬
 2 循環的時間、直線的時間
 付録 自然における幻想的なものに関する逆説的観念

第二部
 Ⅰ 現前している想像の世界
  1 火による浄化
  2 美術館の神々
  3 月からの石
 Ⅱ 変化発展しつつある想像の世界
  4 『フェードル』と神話学
  5 空想科学小説
  6 地獄の変容
  7 記号の世界としてのシュルレアリスム

結論にかえて
 詩への接近――アラン・ボスケへの手紙

原注・訳注
訳者あとがき




◆本書より◆


「序」より:

「表題の『斜線(オブリック)』は《対角線の科学》という考え方を反映したものである。」
「問題は、主として、既得の知識をいろいろな形で横方向に切断することによって、時として危険なまでに細分化してしまっている様々な探求分野の区分を補整することにあった。」



「ラマルクの誤謬」より:

「ここに幻のようなひとつの石英がある。そこには、厳密に相同で、雲のように薄い層状をなして、幽霊のようなものがいくつも重なり合っている。そしてこの石英の全体は、一定間隔の時間を置いて、なにかの植物の生長する様を次々に感光させたフィルムに最もよく似たものとなっている。両者の間には関係がないか、あるいはそうした関係はまやかしのものであり、類似は見かけだけのものにすぎないということを私はよく知っている。しかし何がそうした類似を生じさせたのかを私に充分解き明かしてくれる者はいない。だからもしも私が、偶然であるにしてはあまりにも明確なかかる類似を説明してくれるであろうなんらかの一般法則を夢みたにしても、(中略)罵られることはよもやあるまいと思う。動物界、植物界、鉱物界といった異なった界に属し、どう見ても相容れないと思われるようなもろもろの現象を互いに引き寄せて比較対照するということは、明らかに大胆不敵な行為であり、そうした行為は、迷妄であると同時に刺激興奮を呼び起こすものでもある。私に関していえば、私はそうした行為の孕む危険と幸運とをふたつながら受け入れるべきだと思っている。」


「循環的時間、直線的時間」より:

「ギリシャの思想家たちはひじょうに早くからこの永劫の反復という性質とその重要性について尋ねている。エンペドクレスは破壊されたものは絶対に自己同一的なものとして再生することはなく、ただ種として κατ' είδος 同一であるにすぎないと考えていた。事実、理論家たちはふたつの仮説の間で逡巡していた。第一の仮説に従うならば、各の人間はかつて存在したときと絶対的に同じものとして再生し、かつてと同一の様々な行為を遂行する。第二の仮説によれば、似たような人間が同じような性格をもって再生し、いくつかの類似の行為を遂行する。キリスト教徒であるとともにグノーシス派でもあったタティアノスの述べるところによると、キティオン(キプロス島)のゼノンは、アニュトスとメレトスがなおもいくつかの誣告を行ない、ブシリスはまたその宿泊客たちを殺し、ヘラクレスはさらに数々のすばらしい武勲をなし遂げるであろうと断言していたという。しかし彼もソクラテスが再び犠牲者となり、ブシリスがまったく同一の宿泊客たちを殺し、ヘラクレスが同一の勲功を立てるであろうとは断定していない。オリゲネスは、(中略)ストア学派の人々が述べるところによると、《再び生まれてくるであろうのはソクラテスではなく、ソクラテスにそっくりで、クサンティッペとまったく同じような女性と結婚し、アニュトスとメレトスと少しも違わないような人々によって告発されるであろうような人物である》という説明さえも加えている。」
「しかしながら、四世紀の新プラトン学派のキリスト教徒、ネメシオスが、ストア学派の教理は各の事件の反復を、その細部に至るまで、そしてその細部のさらにまた細部に至るまで肯定したものであると明言する時、彼はあきらかにクレアンテスとクリュシッポスの考え方に従っているのである。
 《……それから、これらの天体が再び同じ運行を開始する時、世界は再構成されるのだ。それぞれの天体は、かつて辿ったと同一の軌道を再び描き、それに先立つ周期において生じた各の事柄が、再度、まったく同じようにして実現されるのである。ソクラテスはプラトンが存在するであろうと同じように、また各の人間がその友人たちや同国人たちとともに存在するであろうと同じように再び存在し、彼らの各が数々の同じ事柄に耐え、同じ道具を使うであろう。(中略)あるいはむしろ、同一の様々な事柄が際限なく、そして絶えず再生するであろう。(中略)あらゆる事柄が、同じようにして、いかなる相違もなしに反復されるのであり、しかもそれはごく些細な事柄に至るまでも同様なのだ》。
 シンプリキオスはエウデモスのある立論について報告しているが、彼によれば、ピタゴラス学派の人々はもろもろの存在が種としての類似性においてのみならず、いわばひとつひとつ、そしてどこからどこまで同一のものとして永遠に反復すると主張していたという。(中略)《彼らの言うところによれば、と彼は説明している。私はこの同じ杖を手にして、あなたがたにこの同じ話を新たにしていることになるのであって、あなたがたは現にこうして坐っているように、またいつか腰をおろすことになるのであり、あらゆる事柄についてもまた同じことが言えるわけなのだ》。
 こうした教理を徹底的に押し進めようとすることに対する抗いがたい魅惑のようなものが存在する。最も反逆的な人々さえも論理の与えるこうした眩暈には屈するのである。」




























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