小野二郎 『紅茶を受皿で ― イギリス民衆芸術覚書』

「下品、俗悪、法外にもかかわらずではなく、まさにそのゆえに、「尊厳(ディグニティ)」を獲得するということは、いささか唐突だが、民衆芸術と前衛芸術の出会う場所だろうと思う。」
(小野二郎 「ミュージック・ホール」 より)


小野二郎 
『紅茶を受皿で
― イギリス民衆芸術覚書』


晶文社
1981年2月20日 初版
1982年7月10日 7刷
306p 参考文献iv 初出一覧1p
19.3×15.6cm 
丸背紙装上製本 カバー
定価2,300円
ブックデザイン: 平野甲賀



本文中図版(モノクロ)多数。


小野二郎 紅茶を受皿で 01


カバーそで文:

「紅茶をカップから受皿にあけて、そこからすする――アイルランドの田舎町で偶たま目にした老婦人の作法が、民衆文化の基層を垣間見させる。お茶の飲みかたにも、器物と人間との交渉の深い歴史がかくされている。
 パイ。プディング。ケーキ。蜂蜜酒。ワイン。注器。陶器人形。版画。ちらし。絵本。壁紙。チンツ。ミュージック・ホール。石。樹木。庭園。……「もの」の触感を手掛りにイギリス民衆の生活芸術を掘り起す。

 ウィリアム・モリスの主張しているようなレッサー・アート(大芸術に対する小芸術、民衆芸術、装飾芸術)の広い世界にふれたい。さらに、レッサー・アートとさえいえないような事柄を、イギリス民衆の生活史のなかのあちらこちらから見つけていきたい。
 民衆の神話形成力というものは、時には日常生活の微妙な形にあらわれると私は信じます。その神話に不意に出会う時、私の想像力は大いに刺激されるというわけです。
小野二郎」



目次 (初出):


紅茶を受皿で (「展望」 1975年2月)
ビートン夫人の料理術 (「現代思想」 1976年9月)
オーウェル「イギリス料理の擁護」の擁護 (筑摩書房「世界文学大系」第87巻付録 1975年8月)
パイとプディングとパイのパイ (「現代思想」 1976年8月)
バーミンガムのワイン・バー (「現代思想」 1977年2月)
蜂蜜酒の故郷――リンディスファーン・ミード (「翻訳人」 1977年7月20日)
注ぐ (「手」2号 1978年8月)
スタッフォードシャ陶器人形 (「グラフィケーション」 1980年10月)


ブロードサイド物語――イギリスの「瓦版」 (「グラフィケーション」 1980年7月)
チャップ・ブックの伝統――イギリスの「立川文庫」 (「グラフィケーション」 1980年8月)
トイ・ブックスの周辺――絵本の源流 (「グラフィケーション」 1980年1月)
十九世紀の版画工房――W・J・リントンのことなど (「グラフィケーション」 1980年2月)
ウォルター・クレインの絵本 (「グラフィケーション」 1980年3月)
ヴィクトリア朝絵本を見る視点 (「ほるぷ図書新聞」 1980年4月5日)
端物印刷物の世界――ビラ・チラシ・切符など (「グラフィケーション」 1980年9月)


イングリッシュ・チンツのデザイン (「Color Design」 1979年6、8、9月)
 1 最初期の木版プリント
 2 銅版プリントの導入
 3 木版プリント――一七七〇年代以降
 4 ローラー・プリンティングの導入
 5 染料・染色法の変化
 6 ローラー・プリンティングのデザイン――一八二〇~五〇年代
 7 ウッド・ブロック・プリンティングのデザイン――一八二〇~五〇年代
 8 モリス以前のイギリス・チンツ・デザインの特徴
 9 モリス登場前夜のデザイン状況
 10 一八〇〇年から一八三〇年のウッド=ブロック・プリント
 11 ウィリアム・モリス
 12 モリスの後継者たち
 13 リバティ=ファブリックス
壁紙の歴史 (「in」1号~4号 1980年1月~9月)
 1 壁紙の前史
 2 壁紙の揺籃期
 3 壁紙の発展
 4 第一回万国博前後
 5 モリス前夜
 6 A・W・N・ピュージンとオーウェン・ジョーンズ
 7 モリス・ペイパー
 8 最初期のモリス・ペイパー
 9 最盛期のモリス・ペイパー
 10 モリス以後
 11 ウォルター・クレイン
 12 C・F・A・ヴォイジイ
アール・ヌーヴォーのプロデューサー――『リバティ百貨店』 (「翻訳の世界」 1979年7月)


ミュージック・ホール (「グラフィケーション」 1980年4、5、6月)
 1 始めに
 2 イン・タヴァーン・パブ
 3 遊園地とサルーンズ
 4 ソング・アンド・サパー・ルームズ
 5 「カンタベリー・ミュージック・ホール」とサム・コウエル
 6 「ライオン・コミックス」
 7 ミュージック・ホールの天才マリー・ロイド


自然・風景・ピクチュアレスク
 1 ザ・ランドスケイプ・ガーデン (「カイエ」 1979年9月)
 2 コンスタブル (美術出版社 世界の巨匠シリーズ「コンスタブル」 1979年9月)
イギリスのオークについて (「現代思想」 77年11月~12月)
イギリスの雑木林(コピス) (集英社 「吉田健一著作集」第25巻月報 1980年10月)
コッツウォルド・ストーン (「グラフィケーション」 1980年11月)


ウィリアム・モリスと古代北欧文学 (「ユリイカ」 1980年3月)
ウィリアム・モリス『世界のかなたの森』 (晶文社 「世界のかなたの森」あとがき 1979年10月)
C・S・ルイス『別世界にて』 (「翻訳の世界」 1975年5月)
D・G・ロセッティとジェイン・モリスの往復書簡 (中央公論社「新版・世界の名著」第52巻「ラスキン・モリス」月報 1979年11月)

あとがき
参考文献
初出一覧



小野二郎 紅茶を受皿で 02



◆本書より◆


「紅茶を受皿で」より:

「W・B・イエイツの故郷スライゴーでも私は相変らずスーパーマーケットをうろついた。」
「そのスーパーの入口の向って右側に屋根の低い工事現場の簡易プレハブ風の建物があり、それが食堂だった。ちょうど昼時でもありそこに入りこんだ。私のテーブルの隣りに一人の小柄な、というか色々な理由でちぢんでしまったようなおばあさんが坐っていた。やがて運ばれてきたものは一杯のお茶と薄いトースト二枚である。」
「私はおばあさんの次の行為にあっと息をのみ、説明しがたい感動のようなものにとらわれたのである。それはそれほど奇矯な振舞いというのではなくて、ただお茶をカップから受皿にあけて、そこからすすっただけのことである。だが私は一人勝手に昂奮してしまった。ジョージ・オーウェルが第二次大戦中、BBCにつとめていたころ、仲間のインテリに対するいやがらせとしてこれと同じことをしたという話を即座に思い出したからである。」
「私の印象、記憶では、オーウェルはいやがらせのために、ただ不作法な下品な行為をしたということになっていた。(中略)そういう記憶をもっていたからこそ、そのおばあさんの所作に一撃をくらったのである。あのオーウェルの振舞いは、単なる下品、無作法なものでなく、それ自体一個のいわば作法であり、思いつきの出鱈目というのではなく、あるひとびと、あるいはある階級にとっては正統な行動様式なのではなかろうかということである。それが今は何かによって圧しつぶされ、表にあらわれなくなってきているのに、あのおばあさんはその抑圧から自由に生きて、何気なく無心に行動してそれを表現したのだった。確信にみちて静かに受皿からお茶をすすっているおばあさんに、他の誰れも自分はそうしているわけではないけれど、特に注意を払わない。自分たちはカップで飲んでいるだけである。
 ああオーウェルのあの行為の背景にはこういう「伝統」があったのだ(中略)。オーウェルはそれを素直に表現できなかった。できるわけがなかった。それが人に不作法に映ずること、不愉快に思われることはわかりきっているからだ。だからいやがらせになる。あてこすりになる。
 しかしオーウェルが憧れているものには実体があった。」



「ブロードサイド物語」より:

「これら印刷されたバラッドは、一枚の紙の片面のみにそうされていたのでブロードサイドと呼ばれた。これにはバラッドだけではない。ニュース、情報もまた刷られ、大衆の手にわたった。いやバラッドもまたニュースの役割りを果たしもしたのである。十六世紀初め、テュダー朝から十九世紀半ばまで、持続的に存在した。
 これ以前は、バラッド・シンガーたちは、さまざまな行商仕事と結びつけて、地方地方を唄い旅していたのだが、今やそのバラッドのコピイを唄ってきかせて売ることができるようになったのである。
 古い馴染みの節(ふし)に新しい歌詞がつけられるというのが、よくやられる手であった。細長い紙の頭のところは、大きな木版画(ウッド・カット)で飾られ、紙の長さは歌詞の分量で色々だった。デザインも作りも粗っぽく、活字は重苦しいブラック・レター(ひげ文字)で木版も洗練にほど遠いものであったが、その木版画は未熟な技術にかかわらず、原始芸術の力強さ、直截性、自由、に似た不思議な魅力をもっている。しかも、ゴシックの彫刻(中略)のもつユーモアとグロテスクの精神とあふれんばかりの幻想とにもみちみちている。
 この怪奇な幻想は、大衆の求めるセンセイション、露骨にしてきわどいユーモアによって強められた。」

「さてその唄の中身と言えば、様々だが、労働者階級の欲求不満と怒りが表現されていると言ってしまえば簡単すぎようが、(中略)下層階級の街頭生活の暴力と即物主義を反映するのは当然、おすましの気取った連中を無残に嘲弄する唄もまた愛好された。
 しかし、ベスト・セラーはやはり犯罪物であった(物語が散文で書かれ最後にバラッドがあるという形式)。犯罪と言ってもむろん殺人で、当時世間を騒がせた事件だが、よりセンセイショナルに仕立ててあるわけである。殺人者や犠牲者の絵ばかりでなく、殺人現場を生々しく再現した。」



「ミュージック・ホール」より:

「イギリスが自分が生んだものだと誇らかに、かつ正当にも宣言しうる芸術があるとすれば、それはミュージック・ホールだという。」
「その最盛期とされている一八九〇年代(中略)のスター中のスターであった、例えばダン・リーノウやマリー・ロイドの芸や歌の輝きの質が、居酒屋の真只中から生まれてきたものであったということが肝心だ。汚濁と洗練、暗い悲哀と乾いた機智。」

「ミュージック・ホールの歴史を飾るスターたちは数多くあったが、もっとも強い光を発する存在といえば、男性ではダン・リーノウ(Dan Leno 1860~1904)であり、女性はマリー・ロイド(Marie Lloyd 1870~1922)というところが動かないようだ。」
「一九二二年、マリー・ロイドが、幕が降りた直後舞台の袖で倒れ、三日後に死んだ時、イギリス全土がいかに一瞬息を止めたか、プルウストやエリュアールが死んだ時のフランスと同じだったと言っているのは、フォード・マドックス・ブラウンである。実際、新聞の売り子が「マリー・ダイズ! マリー・イズ・デッド!」と叫んで通りを走り抜けた時、すべての交通は三十秒止まったと言う。」
「T・S・エリオットは「クライテリオン」の二号に短文ながらマリー・ロイドという文章を寄せて、その中でこう書いている。
 「民衆の魂を表現する能力にかけてマリー・ロイドは無類だったと思われる。……しかし、彼女が他の喜劇役者たちと違っていたのは、その演技の完璧よりもその用い方にかけてであった。マリー・ロイドのやることには畸型的なものが何もなくて、そのおかしさは少しも誇張に頼らず、まったく選択と集中の結果だった。」
 またこうもいう。「彼女は他の寄席芸人よりも、ある意味では倫理的に優れていたのであって、彼女の民衆に対する理解と共感、及び民衆がその私生活でもっとも高く評価しているいくつかの美徳を彼女が体現しているのを、民衆の方で知っていたことが、マリー・ロイドに彼女の生前に占めていた地位を与えたのだ。」つまり民衆は彼女のなかに「彼ら自身の生活の表現と尊厳(ディグニティ)を見出していた」というのである。
 「尊厳(ディグニティ)」ということが肝心だと思う。ほぼ四十年も経ってから、ジョン・デイヴィッドソンというスコットランド生まれの世紀末詩人のことを、同じ言葉を使って論じている。この詩人は今はほとんど忘れられてしまっているが、『フリート街牧歌』その他ロンドンの陋巷を歌い、T・S・エリオットにラフォルグに向わせたといわれている。週三十シリングの安事務員を歌うのに、通常の詩語でなく、民衆の卑語俗語が用いられ、それがテーマの偉大さを誘い出し、その事務員の存在に尊厳(ディグニティ)を与えているというのである。
 下品、俗悪、法外にもかかわらずではなく、まさにそのゆえに、「尊厳(ディグニティ)」を獲得するということは、いささか唐突だが、民衆芸術と前衛芸術の出会う場所だろうと思う。」



「ウィリアム・モリス『世界のかなたの森』」より:

「だがイエイツの言葉はとても素晴らしいので引用したくなります。少年時代のことです。
 「私は、それまで不幸な人たちを同情しなさいと、さんざん教えられ、うんざりしてしまうほどだった。ところが、まったくモリスのロマンスを読んだおかげで、あふれんばかりの橅(ぶな)の木の枝や、はちきれそうな麦の穂を心のうちに持っていて、何もかも幸福の種にしてしまうような人間の存在に気づき共感できるようになったのだ。」
 また中世ヨーロッパ文学のすぐれた学者であり、「ナルニア国物語」の作者であるC・S・ルイスの少年期からの愛読書でもありました。彼はいいます。
 「モリスの想像世界はスコットやホメーロスのそれのように、風が吹き、手でしっかりと触わられ、響きを発し、立体的である。」
 モリスは風景(ランドスケイプ)を描くことに関心がない、ただ土地の形勢(ライ)を伝えるだけだ。他の人の物語は景色があるだけだが、モリスのには地理がある、ルイスはこのようにもいいました。」



小野二郎 紅茶を受皿で 03




こちらもご参照下さい:

角山栄 『茶の世界史』 (中公新書)
R・D・オールティック 『ヴィクトリア朝の緋色の研究』 村田靖子 訳 (クラテール叢書)
平野敬一 『バラッドの世界』
ウォルター・クレイン 『書物と装飾 ― 挿絵の歴史』 (高橋誠 訳)
川崎寿彦 『森のイングランド』
富士川義之 『幻想の風景庭園』
『1800 Woodcuts by Thomas Bewick and His School』 ed. by Blanche Cirker




























































































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Author:ひとでなしの猫
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