ロラン・バルト 『ミシュレ』 藤本治 訳

「私は重い病気にかかっていた。そのため私の青年時代は陰鬱なものになったが、しかしこの病気は歴史家にはきわめて適切な病気なのだ。私は死を愛していたのである。ペール=ラシェーズ墓地の入口のところに私は九年間住んでいたことがあるが、その頃はこの墓地が私の唯一の散歩場であった。」
(ミシュレ 『フランス史』 より)


ロラン・バルト 
『ミシュレ』 
藤本治 訳
 

みすず書房
1974年4月25日 第1刷発行
1986年8月15日 第2刷発行
294p 「ミシュレの作品/参考書目」ii 
著者・訳者略歴1p 目次1p 凡例1p
口絵(モノクロ)8p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,400円



本書「訳者あとがき」より:

「本書は、「永遠の作家たち」と題する有名な叢書のなかの一冊として、一九五四年に刊行された MICHELET par lui-même. Images et textes présentés par Roland Barthes. Aux Editions du Seuil の全訳である。(この叢書の本はいずれも「……自身による」という意味の par lui-même という言葉が各作家の名前のあとに付いている。そのことからもうかがわれるように、この叢書はすべて、たんなる評論もしくは評伝ではなくて、各作家の要領のよい選文集(アントロジー)を兼ねている。)」
「原書では挿画がふんだんに用いられていて、しかもそれが本書の構成上なかなか重要な役目をになっているのであるが、訳書はさまざまな事情のため、その多くを割愛しなければならなかった。」



口絵図版17点、本文中図版7点。



バルト ミシュレ 01


カバー裏文:

「ジュール・ミシュレは、『フランス革命史』『魔女』『鳥』『虫』などでわが国にも広く知られ、1830年の7月革命、1848年の2月革命およびその反動、1871年のパリ・コミューンと、歴史の光と闇が交錯する激動期を生きたフランスの大歴史家である。
 現実を叙述する際、ミシュレの文体は事実との符合より、さまざまな形容の過剰にみたされ、この点が従来フランスの歴史家たちから現実を歪曲したと批判されてきたのであるが、バルトは本書によって、ミシュレをミシュレたらしめている本来の作家的特質、歴史を知覚と官能のレベルに置きかえる特異な言語の使い方(エクリチュール)に光をあて、ミシュレの新しい読み方を展開している。
 本書は、スイユ社の“永遠の作家たち”と題する叢書の一冊であるが、バルトのミシュレ評論と、バルトが選択したミシュレの文章とがみごとに呼応しあって有機的な統一をなしている点で、この叢書のなかでももっともすぐれたものの一つである。」



目次:

凡例

Ⅰ メモとして
Ⅱ 歴史を食う人ミシュレ
Ⅲ オランダ舟
Ⅳ われわれがきわめて愚かにも女性形にしている歴史
Ⅴ 眠りとしての死と太陽としての死
Ⅵ 血の華
Ⅶ いとやんごとなき存在としての女
Ⅷ 超セックス
Ⅸ ミシュレの読み方
Ⅹ ミシュレについてのさまざまの評価

訳者あとがき



バルト ミシュレ 02



◆本書より◆


「歴史を食う人ミシュレ」より:

「ミシュレの持病、それはめまいと嘔吐の複合した偏頭痛である。一切のものが彼には偏頭痛のたねとなる。寒さも、雷雨も、春も、風も、そして彼が物語る「歴史」も。六十巻に及ぶ著作のいつ果てるともしれぬ長広舌から成る百科全書的な作品を残したこの男は、誰彼かまわずつかまえて、自分のことを《頭がくらくらする、私は悩んでいる、力がでない、からっぽな感じだ》と述べたてる。彼はいつでも何かを書いていた(中略)が、しかも正真正銘深い悩みのなかで書かなかったものは一つもない。こうした人生にあっては、人を息苦しくさせる雷雨、人をほっとさせてくれる雨、また戻ってきた秋、どれもこれもが大事件となるのだ。いまいましい風が吹くと痛み出すこの身体を、ミシュレはたえずあちこちへと運んでゆく。」


「血の華」より:

「なお、血の最高の形態は究極において海である。原初的な生殖の要素である海は、血と乳、《温かい乳と熱い血》の原型を構成する。海は、一種の漸進的な有機化、自然発生(これをミシュレは固く信じていた)のすべての現象に類似した一種の腫脹によって、血と乳とを産み出すのである。自由な状態において、海はすでに、その魚たちの出す白濁した脂肪質をふくんだ物質によって乳化せられている。より高い段階において、海は、《地上の全創造にはるかに優る》ところの、《世界の真の華》であり、完璧な神話的生物である鯨の内部において血となり乳となるのだ。塩と血と乳とのこの結婚こそが、ミシュレにとっては、宇宙的な、ほとんどグノーシス主義的な次元の一物質――なぜなら、これは起源であると同時に終極であり、要素であると同時に華でもあるからだ――を決定する。すでに一八四二年、瀕死の床にある愛人(デュメニル夫人)を看取りながら、ミシュレはある百科事典で鯨目についての記述を読んでいて、ついそれに夢中になってひきつけられ、死者のことを忘れてしまったことがある。《海》のなかで、鯨は、生物の階梯の最高の栄光ある地位を占めている。」
「血は創造の終極の実体であるのだから、《血の華》はしたがってミシュレにとって完成の形象そのものとなるだろう。血は宇宙的であると同時に美的で、しかも道徳的なもの(オブジェ)である。それは、対立するものが廃絶せられた共同世界を意味する。」





こちらもご参照下さい:

ロラン・バルト 『明るい部屋 ― 写真についての覚書』 花輪光 訳











































































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