川崎寿彦 『イギリス文学史』

「しかしシェイクスピアには今さら彼らと世間の人気を争う気持はなかったようだ。彼は功成り名遂げていた。故郷ストラトフォードには家も財産も手に入れてある。いつ隠居してもよかったのだろうが、ごくおだやかな気持で、リラックスした劇をさらに3つ書いた。」
「いずれもリアリズムとは程遠い。むしろおとぎ話の世界である。第3期〈悲劇の時代〉に人間性の暗い深淵をのぞきこんだシェイクスピアが、ふと目を上げて、新しいおだやかな秋の日ざしに目を細め、「しかし人生は夢であってもいいのだ」と1人つぶやくような、そんな喜劇群であった。」

(川崎寿彦 『イギリス文学史』 より)


川崎寿彦 
『イギリス文学史』
 

成美堂
1988年1月20日 初版発行
1997年12月20日 重版発行
vii 204p
A5判 丸背クロス装上製本 カバー
定価2,100円(税別)



本書はアマゾンマケプレで最安値で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。
英文学史でチョーサー、シェイクスピア、ディケンズが大きくとりあげられるのは常套ですが、その他の人物の取り扱い方をみれば、著者の文学観がわかります。本書だと、「世間から遊離した存在」であったオスカー・ワイルドが1ページ半なのに、「人間らしい生き方とは〈義務〉をはたす生き方である」という思想の持主であったジョージ・エリオットには2ページも費やされています。著者は庭園(=自閉的トポス)愛好家のくせに(というか、それゆえに)「成長」とか社会的「義務」とか「世間」とかを重視しているのが興味深いです。そしてまた、英文学史が『ベオウルフ』(語られる=歌われる詩)ではじまるのは常套ですが、本文掉尾で「ビートルズやボブ・ディランの歌詞」などの「ポピュラー・カルチャー」への言及があるのは、初めと終わりが円環的に連結していて興味深いです。さくさくっとたのしくよめる英文学史でしたが、わたしの好きなイーディス・シットウェルが出てこなかったので残念です。それは当然だとしてもチェスタートンも出てこなかったので残念です。

横組。本文中図版(モノクロ)多数。


川崎寿彦 イギリス文学史 01


目次:

はしがき

第1章 古英語・中英語の文学――15世紀まで
 文学以前のイギリス
 そして文学が生まれる
 〈中英語〉とその文学
 チョーサーは中世文学の華

第2章 ルネサンスの散文と詩――15世紀末―16世紀末
 15世紀は夜明前の暗さ
 ヘンリー8世の宮廷とサー・トマス・モア
 宮廷の抒情詩人たち
 エリザベスは栄光女王と呼ばれた
 シドニーと文芸運動
 スペンサー――牧歌から叙事詩へ
 シェイクスピアの抒情詩

第3章 演劇が起こる――1550―1600
 ルネサンスは演劇の時代
 英国演劇発生の2段階
 劇場が生まれた
 劇作家登場
 マーロゥの力強き詩行

第4章 シェイクスピア――1590―1613
 彼はロンドンに出た
 第1期――新進作家(1590―5)
 第2期――天馬空を行く(1595―1600)
 第3期――深淵をのぞきこむ(1601―9)
 第4期――おだやかな秋の日ざし(1609―12)

第5章 清教徒革命まで――17世紀前半
 時代は暗さを増す
 ジェイムズ王聖書
 ベイコンの散文と思想
 ベン・ジョンソンの気質喜劇
 ジャコビアン・ドラマティストたち
 ダンと形而上派詩人たち
 ジョンソンと王党派詩人たち

第6章 王政回復期――17世紀後半
 〈熱狂〉への反動
 レストレイション・ドラマ
 孤独な巨人ミルトン
 大叙事詩『失楽園』の完成
 晩年の2大作
 バニヤン――もう1人の清教徒作家
 ドライデンの文学が時代を代表した

第7章 18世紀の散文、詩、劇
 イギリスという巨木が根を降ろす
 ジャーナリズムが起こる
 風刺文学の王者、スウィフト
 〈オーガスタン〉すなわちポープの時代
 ジョンソン博士の時代が続く
 ロマン主義の足音が聞こえはじめる
 喜劇が復活し、束の間の華やぎを見せる

第8章 小説の誕生、そして成長――18世紀初期から19世紀初期まで
 新しい市民社会の文学
 リチャードソンの書簡体小説
 フィールディングと〈男の小説〉
 スターンの〈反小説〉的小説
 スモレットとピカレスク小説
 ゴシック小説、またはゴシック・ロマンス
 オースティンと小説の成熟

第9章 ロマン主義時代――1798―1836
 〈自然〉と〈自由〉の主張
 ワーズワスと、いわゆる〈ロマン主義革命〉
 コールリッジ、およびその友人たち
 ロマン派第2世代――まずバイロン
 シェリー――もう1人の反逆のロマン派詩人
 キーツ――純粋美の探求
 スコット――物語(ロマンス)性とロマン派性

第10章 ヴィクトリア朝期の詩と散文――1837―1901
 時代を叱るカーライルの声
 テニソン――時代の詩人
 ブラウニング――もう1人の時代の詩人
 アーノルド――深まる懐疑、そして転進
 ラスキンとペイター――美の新しい主張
 ラファエロ前派
 ワイルド――世紀末の栄光と汚辱

第11章 ヴィクトリア朝の小説―1837―1901
 ヴィクトリア朝こそ小説の時代であった
 ディケンズ――19世紀のエンタテイナー
 ディケンズ――社会を導く声
 サッカレーと『虚栄の市』
 ブロンテ姉妹――牧師館に残ったロマン主義
 ジョージ・エリオットは男名前で勝負した
 ダーウィン思想とヴィクトリア朝後期の文学
 ハーディ――そのペシミズムの文学
 キプリング――大英帝国への挽歌

第12章 第2次大戦までの小説――1902―1939
 ヘンリー・ジェイムズ――小説創作の自意識
 コンラッドは人間の魂の奥底まで降りた
 エドワード王朝期の3人の作家
 ウルフと〈意識の流れ〉の小説
 ジョイスはさらに革新的であった
 教養と知性の作家たち――フォースター、モーム、ハクスリー
 ロレンス――〈生〉と〈性〉の哲学

第13章 第2次大戦までの詩と劇―1902―1939
 エドワーディアンとジョージアン
 ホプキンズと新しい詩の言語
 イマジズムとパウンド
 イエイツ――「今世紀最大」の詩人
 エリオット――「今世紀最大」の影響力
 バーナード・ショー――もう1人の巨人
 オーデンと30年代の詩人たち

第14章 戦後の文学――1939年以後
 戦時中の詩人・作家たち
 40年代の詩人たち
 50年代と〈ムーヴメント〉、そしてそれ以後
 カトリック作家たち
 逆ユートピア小説
 〈新大学才人〉たち
 〈怒れる世代〉の作家たち
 女流作家たち
 ベケット、そして……

文学年表
地図
人名索引
作品・事項索引



川崎寿彦 イギリス文学史 02


川崎寿彦 イギリス文学史 03



◆本書より◆


「第1章」より:

「そして言語が変った。ノルマン系フランス語(Norman French)がアングロ・サクソン語にとってかわった――すくなくとも宮廷を中心とする上層部において。これが古英語にかわる中英語(Middle English 略して ME)のはじまりである。以後、支配階級の持ちこんだノルマン系フランス語と、被支配階級がずっと使い続けているアングロ・サクソン語が、ゆっくりと混ざりあって、中英語、そして近世英語へと成長していく。それはゲルマン系言語要素とラテン系言語要素の混交の過程であった。
 これはずっと後世、19世紀になってからのスコットの小説『アイヴァンホー』(Sir Walter Scott, Ivanhoe, 1819)の一節だが、森陰で宮廷の道化と村の豚飼が話し合っている。時代は13世紀はじめ。宮廷人はフランス語、村人たちはサクソン語を話すわけだが、2人が気にするのは家畜類の呼び名――同じ牛、仔牛、豚、羊などが、野にあるあいだは ox, calf, swine, sheep とゲルマン語系の名前で呼ばれるのに、なぜ食卓に上れば beef, veal, pork, mutton とフランス語系の名前に変るのか。答えは簡単、飼うのはサクソン人、食べるのはノルマン人だからだ。中世英国社会の支配―被支配の構造が、そのまま英語の2重構造に反映されたことになる。」



「第10章」より:

「ラスキンはヴィクトリア朝期の俗悪な物質万能主義を、美のメッセージによって矯正できると信じ、また矯正すべく奮闘した。そして俗悪な世間からは嘲笑された。これに対しペイターは、俗悪な世間をもはや矯正不能と信じ、最初から無視したようなところがある。世間はこれに憤激したが、彼は彼自身の美の世界に生きた。そして限られた読者層に強い影響を残した。」


「第12章」より:

「それにしてもウルフの書く小説は、題といい、舞台設定といい、イメジといい、水と関連するものが多く、いかに彼女の意識の底辺が絶えず水にひたされていたかにおどろかされる。そして第2次大戦が始まって間もなく、彼女は水に身を投げてみずからの命を絶ったのであった。」




















































































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本