高津春繁 『ギリシアの詩』 (岩波新書)

「ギリシアの詩はこのようにすべて歌われたものである。ここに現代の詩との間に根本的な相違がある。ギリシアの詩は個人的な独吟のものと、合唱によるものとに大体分けられるが、両方共音楽といつもいっしょであった。」
(高津春繁 『ギリシアの詩』 より)


高津春繁 
『ギリシアの詩』
 
岩波新書 青版 238/E 45

岩波書店
1956年4月17日 第1刷発行
1992年11月18日 第6刷発行
iv 228p
巻末折込地図1葉
新書判 並装 カバー
定価550円(本体534円)



本書「まえがき」より:

「詩はきびしいリズムの形式のもとにつくられる。形式は言語が異るに従っていろいろに異るが、一定のリズムの形式のない詩は考えられない。それが最も複雑に高度に発達し、それにふさわしい、極度に人工的な言葉をつくり出したのが古代ギリシアだ。」
「このような言語と形式との複雑にからみ合った美しい融合の状態を想像し、このような状態がどういう環境のうちにつくりだされたかを、古代ギリシアの詩の数多い形式、その形式に固有な言葉、詩人達を取りまいていたもろもろの条件などをできるだけ分りやすく語りながら、翻訳ではとうてい再現できない点を、せめて間接にでも説明しつつ、合わせて西欧の詩の伝統の理解の一助ともしたいというのが、この一小冊子の目的である。
 それだからこの本の中にはできるだけたくさんの詩の形式と内容の見本を上げ、直訳の大意を附けた。」



図版(章扉カット)4点。


高津春繁 ギリシアの詩 01


カバーそで文:

「ギリシアの古典古代の文学は現代欧米文学の源である。しかし、この珠玉の作品群を現代人が真に鑑賞し、評価するためには、当時の人々の考え方やしきたり、またその社会的環境が十分に理解されなくてはならない。本書はこのような観点から、ホメーロスの叙事詩を始めとし、抒情詩・喜劇・悲劇など古典古代の文学の美を解明したものである。」


目次:

まえがき

Ⅰ ギリシアの文学と現代の文学
Ⅱ 叙事詩
 1 ギリシアの英雄時代
 2 「イーリアス」と「オデュッセイア」
 3 叙事詩の技法
Ⅲ 抒情詩
 1 抒情詩の特徴
 2 独吟歌の形式
 3 エレゲイアとイアムボス詩人
 4 初期の抒情詩
 5 独吟歌人
 6 合唱隊歌の形式
 7 合唱隊歌の完成へ
 8 合唱隊歌の古典期
 9 牧歌
Ⅳ 悲劇・喜劇
 1 悲劇
 2 喜劇



高津春繁 ギリシアの詩 02



◆本書より◆


「叙事詩」より:

「ギリシアの韻律では、じつは韻なるものはまったく考慮の中に容れられていない。(中略)詩はすべて音節の長短のかもし出すリズムによっている。むかしのギリシア語には現在の英語やドイツ語のような音の強弱によるアクセントはなく、支那語や日本語のように、語のアクセントは音の高低によっていた。強弱アクセントであると、(中略)アクセントのない音節の母音が曖昧(あいまい)になったり、(中略)アクセントのある音節の母音が他の音節より長くなったりするが、高低アクセントの場合にはこういうことはまったくなく、すべての音節が明瞭に、また母音の長短もアクセントとは無関係にたもたれる。そしてギリシア語では本来長い母音のある音節と、母音が短くても、二つ以上の子音で終っている音節とは長い音節とされ、長音節は短音節の倍の長さと勘定(かんじょう)された。そこで一例をあげると、さきに引いた「イーリアス」の冒頭の一行は、ローマ字に転写すると
  Mēnin aedide theā Pēlēïadeō Akhilēos
であるが、これを詩のリズムで勘定するときには、一行全体を
  mēninaeidetheāpēlēïadeōakhilēos
のように考えて、このリズムは
  — u u — u u — — — u u — u u — u
となる。ただし、Pēlēïadeō の最後の -eō はこの場合には一音節に読むのである。するとすぐわかるように、この一行は — u u と — — の音節群の繰返しによるリズムを構成する。すなわち
  — u u | — u u | — — | — u u | — u u | — u
である。前にいったように、長音節は短音節の倍の価とするから、 — u u と — — とは同じ価となる。そこで第三番目の — — は — u u の代りに使われているのである。この中最後のは | — u | で終っていて、一短音節だけ足りないが、これは詩行の終りでは | — u | と | — — | の両方が許されているからである。| — u u | は daktylos、| — — | は spondeios と呼ばれ、叙事詩では | — u u | が基本型で、これを上のように五回と最後に | — u | または | — — | があるから、都合六回繰返すことによって、叙事詩の一行はでき上っている。 | — u u |、| — — | のごとき単位は『脚(プース)』 pūs といい、したがって叙事詩は英語で言えば dactylic hexametre (hexa- は『六』を意味する)と呼ばれる。
 ところが | — u u | という形は、じつはギリシア語には非常に扱いにくい音節群なのである。だから尋常なギリシア語ではとうていこの詩型は使用できない。しかしホメーロスを読めばすぐさま気がつくことだが、ホメーロスの使っているギリシア語であると、不思議な位にたやすくこの詩型がするするとできあがるようにできている。少し丁寧にホメーロスを読んで、少しばかり暗誦した人ならば、それこそ誇張ではなしに、この詩型で一行や二行は直ぐに自分でも作れるほどである。これがまえにのべた叙事詩の人工言語なのであって、それがあらゆる部分にいきわたって、驚くほど完全に、あらゆる必要に応じてあらゆる表現が語といわず、句といわず、ちゃんとレディ・メードにできている。そしてそこには新旧を問わずいろいろの語形が入りまじってこの叙事詩言語を作りあげている。こういう点は翻訳ではまったく失われるので、少々こまかいことになって、わずらわしいけれども、二、三の例を挙げて説明してみたい。
 ホメーロスの使っている言語のいちじるしい特徴は、その中に新古取りまぜていろいろな年代のいろいろな方言形があることであろう。この言語は非常に古い伝統をもっているから、元来は私どもの知っているどんなギリシア語よりも古いものであったにちがいない。しかし叙事詩は本来大勢の人の前で歌われるものだから、この叙事詩の言語もだんだんと口頭によって伝承されるうちに、実際に日常話されるギリシア語の変化につれて、古い文法的な形、語彙或いは叙事詩が多数もっている一定のきまり文句などは近代化されたし、また古代ギリシアにはいろいろな方言があったから、ちがった方言の中に入ったときには、その方言の形に同化されていった。ホメーロス等の伝承はまた、できあがったあとは口頭だけではなくて、文字によってもおこなわれたに相違ないが、この場合には古いつづりを新らしいつづりに書きかえたり、口頭のものを新らたに文字に写す際に、しばしばこの古い言葉の解釈を誤って、誤った形が生みだされた。現存のホメーロスのテクストは紀元前六世紀以後はアッティカを中心としてギリシア本土全体にひろがったと思われるが、この事情の反映か、ホメーロス中にはアッティカ方言形と思われるものがわずかながら認められ、さらに文字による伝承の間に紀元前三世紀以後の形さえも誤って入っているのである。
 しかしこのように明らかに後代の誤伝や故意の改竄(かいざん)をすべて取りのぞいても、なおホメーロスはふつうの言語としては不可解な多くの事実をふくんでいる。叙事詩言語のなかにはどうしても単一の生きた言語にはありえない複雑な相反する要素があり、これは明らかに長い間の文学的伝統を有し、異なる時期と異なる方言を経てきたものである。このなかには「イーリアス」が作られた時代よりはるかに古いきまり句を伝存し、たとえば海の形容詞である átrygetos や夜を形容する amolgós のように、すでに詩人自身がその意味を解せずに使用しているものがある。これらのきまり句は、その大部分は忠実に非常に古い形を保存している。このようにして現在のホメーロスのなかには新古の要素がほとんど識別しがたいまでに混合している。」

「このような条件下における詩人の才は、伝統的なきまりの中から、その場その場に最も適切なきまりの語や句を引き出し、自分でもこの形式にしたがって新らしい形式を創りだして、みごとに題材をこなしつつ歌う点に存する。ギリシア叙事詩ことにホメーロスのこのような伝統的形式の発達は他に類のないもので、その豊富さと詩的な想像のたくましさ、表現法の適切さにおいて、他のいかなる民族の叙事詩をもはるかに抜いている。「イーリアス」の最初の二十五行の中には二十五のきまりの形式があり、「オデュッセイア」の最初の二十五行中には三十三の形式が見出される。(中略)そこには『かがやけるかぶとのヘクトール』、『白銀の足もてるテティス』、『白き腕(かいな)のヘーレー』、『ばら色の指もてる曙』、『なりひびく、葡萄色(ぶどういろ)なせる、こだまする海』、『長き影ひく槍』、『恥知らずの蠅』、『風しげきトロイア』、『黄金に富むミュケーナイ』、『馬飼うアルゴス』、『女子のみめ麗わしいヘラス』のように、あらゆるものに、ただ高貴なもの、勇ましいもの、美しいもののみならず、きわめて卑近なものにも、それぞれ適切なエピテタがある。
 しかしさらにいちじるしいのは型になっている詩行で、あらゆる場合に応じてきまった一行または数行の型が備えられている。その用意の周到と豊富さは驚歎すべきもので、たとえば貴族が外出する折に彼に従って行く二頭の犬とか、主人の妻を恐れて主人と一緒に寝られない奴隷の女とか、海岸、乞食のぼろ着物などと、どんな場合にもちゃんと一定の型があって、しかもホメーロスはこれをじつに厳重に守って使っている。話はよほど特別なことのないかぎり、つねにこの法則に従って進められる。ホメーロスはけっして繰返しを恐れない。それが話の進行に適当であるかぎりは、彼は同じ言葉を何度でも繰返すのであって、ときにはわずかに七行の間隔でまったく同じ行が何行もつづけて用いられている。またエピテタでも同じで、ホメーロスは同じ形容詞と名詞の結合を、リズムの要求に応じて、同じリズムの場所では同じように使う。たとえばアキレウスには何十という多くのエピテタがあるが、これは主人公たるアキレウスの場合には、その名前がいろいろな場合にたびたび出てきて、すべての格で使われているからである。そうするとギリシアでは名詞の語尾変化に応じて、長短のリズムが少しずつ変るから、エピテタの方も変えないことには、リズムが合わなくなる。そこで podas ōkys Achilleus  u u | — u u | — — 『足はやきアキレウス』(主格)、theois epieikel' Achilleu u | — u u | — u u | — — 『神にも似たるアキレウスよ』、diiphile phaidim' Achilleu u | — u u | — u u | — — 『ゼウスの寵児、輝かしきアキレウスよ』のように、いろいろな形式が格と一行中の場所に応じて用意される必要ができるのである。」






















































































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