クセノポン 『アナバシス』 松平千秋 訳 (岩波文庫)

「するとたちまち兵士たちが、「海だ(タラッタ)、海だ(タラッタ)」と叫びながら、順々にそれを言い送っている声が聞えてきた。とたんに後衛部隊も全員が駈けだし、荷を負った獣も走り馬も走った。全軍が頂上に着くと、兵士たちは泣きながら互いに抱き合い、指揮官にも隊長にも抱きついた。」
(クセノポン 『アナバシス』 より)


クセノポン 
『アナバシス
― 敵中横断6000キロ』 
松平千秋 訳
 
岩波文庫 青/33-603-2

岩波書店
1993年6月16日 第1刷発行
423p 索引15p
文庫判 並装 カバー
定価720円(本体699円)



本書「解説」より:

「本訳は一九八五年、筑摩書房から刊行された『アナバシス――キュロス王子の反乱・ギリシア兵一万の遠征』を改訂し、解説も新たにしたものである。」


ΞΕΝΟΦΩΝ: ANABAΣIΣ


クセノポン アナバシス


カバー文:

「前401年、ペルシアのキュロス王子は兄の王位を奪うべく長駆 内陸に進攻(アナバシス)するが、バビロンを目前にして戦死、敵中にとり残されたギリシア人傭兵1万数千の6000キロに及ぶ脱出行が始まる。従軍した著者クセノポンの見事な采配により、雪深いアルメニア山中の難行軍など幾多の苦難を乗り越え、ギリシア兵は故国をめざす……。」


目次:

凡例

巻一 サルデイスからクナクサまで (前四〇一年三月―九月)
巻二 クナクサからザパタス河まで (前四〇一年九月―十月)
巻三 ザパタス河からカルドゥコイ人の国まで (前四〇一年十月―十一月)
巻四 カルドゥコイ人、アルメニア人、タオコイ人、カリュベス人、スキュテノイ人、マクロネス人、コルキス人等の国を経てトラペズスに到着するまで (前四〇一年十一月―前四〇〇年二月)
巻五 トラペズスからコテュオラまで (前四〇〇年三月―五月)
巻六 コテュオラからクリュソポリスまで (前四〇〇年五月―六月)
巻七 ビュザンティオン。トラキアのセウテス王の許でのこと。ギリシア軍、ペルガモンでティブロンの部隊に加わる (前四〇〇年十月―前三九九年三月)

訳注
解説
地図
人名・地名索引




◆本書より◆


「巻1 第5章」より:

「そこを発ってアラビアを通り、エウプラテス河を右手に望みつつ無人の境を行程五日、三五パラサンゲス進んだ。この辺りでは土地が見渡す限り平坦な平野で、さながら海の如く、にがよもぎ(アプシントス)に蔽(おお)われている。そのほかに灌木や蘆(あし)の類があるが、いずれも香料の如く芳香を放つ。樹木は一本もないが、獣は種類が多く、最も多いのは野生の驢馬(ろば)で、駝鳥(だちょう)も多数棲息している。ほかに野雁や羚羊(かもしか)もいたが、折りにふれて騎兵隊の兵士たちが、これらの獣を追って狩を試みた。驢馬は追われると走り越しておいて立ち止る――馬より遥かに脚が速いのである――馬が追付くとまた同じことを繰返す。従って騎兵たちが互いに間隔を開(あ)けて立ち、リレー式に狩るのでなくては捕えることができなかった。捕えた驢馬の肉は鹿の肉によく似ていたが、もっと柔らかであった。
 駝鳥は誰も捕えることができなかった。騎兵隊の中にはこれを追った者もいたが、直ぐに止(や)めてしまった。脚を用いて走る一方、翼を帆のように使って空中に浮き上りながら逃げ、遥かに追手を引き離してしまうのである。野雁の方は、急に狩り立てると捕えることができた。やまうずらと同様に短い距離しか飛ばず、直ぐに疲れてしまうからである。その肉はすこぶる美味であった。」



「巻2 第3章」より:

「行進をつづけてやがていくつかの部落に到着したが、案内の者たちはそこで糧食を調達するように指示した。ここには多量の穀物、椰子酒、椰子の実を煮沸して作った酢などがあった。なつめ椰子の実は、ギリシアでも見かけるようなものは奴隷用として取り分けたが、主人用として除(の)けられたものはより抜きの逸品で、見た目も大きさも素晴らしく、一見、琥珀(こはく)と見誤るほどであった。その幾つかは乾燥させ、間食用として貯えておいた。その果汁は飲料としても美味であったが、頭痛をもたらす性質があった。また兵士たちは、この時初めてなつめ椰子の樹頭の芽を食べてみたのであるが、その形や独特の味を賞味するものが多かった。しかし、これもまた激しい頭痛を起させた。そして芽を抜かれた椰子は、樹全体が枯れてしまうのであった。」


「巻4 第3章」より:

「こうしてギリシア軍は全く万策尽きた形で、その日は昼も夜もそこに留まったのであるが、その夜クセノポンはこんな夢を見た。足枷(あしかせ)をかけられていたのであるが、その枷がひとりでに離れ落ちて自由の身となり、思うがままに歩けるようになったという夢である。夜明けも間近になった頃、彼はケイリソポスを訪ねて、自分はやがて活路が開ける望みを持っていると告げ、夢の話をして聞かせた。ケイリソポスは喜び、朝日がさし初(そ)めるや早速、指揮官たち全員が立ち会って犠牲式を行ない、最初の犠牲でたちまち吉兆を得た。」


「巻4 第5章」より:

「ここでは家が地下に作られており、井戸の口のような出入口がついているが、下は広い。家畜用の入口はトンネルになっており、人間は梯子で降りる。家の中には山羊、羊、牛、家禽類とそれらの仔や雛がいたが、これらの家畜類はみな、家の中で飼料を与えて飼われている。また小麦、大麦、豆類もあり、さらに大麦酒〔ビール〕も大鉢に貯えてあった。鉢の中には縁と同じ高さに、大麦の粒そのものが浮いており、節(ふし)のない葦の茎が大小とりませて差しこんである。咽喉が乾くとこの葦の茎を口にくわえて啜(すす)るのである。この酒は水を割らねばすこぶる強く、一度この酒の味を覚えると実に美味であった。」


「巻4 第7章」より:

「この時の光景は、まことに凄惨を極めたものであった。女たちはわが子を投げ落し、ついで自らも身を投じ、男たちも同様であった。その折ステュンパロス出身の隊長アイネイアスは、美しい衣裳をつけた一人の男が身を投げようとするのを見て、止めようとして男の体に手をかけたが、男は彼を引き摺(ず)って行き、二人とも岩壁から顛落して死んだ。」

「五日目になって目的の山に着いた。山の名はテケスといった。先頭部隊は山頂に達して海を見ると、凄じい叫び声をあげた。それを聞いたクセノポンと後衛部隊の兵士たちは、前方に新手の敵が攻撃して来たものと思った。後方の焼打ちした地域からは敵が追尾して来ており、後衛部隊はその若干を殺し、また待伏せして生捕り、毛の生えたままの牛の生皮を張った楯およそ二十個を捕獲していたからである。叫び声が次第に大きく近くなり、叫び続ける部隊を目指して後続の部隊が次から次へと駈け登ってゆき、頂上の人数が増すにつれて声がいよいよ大きくなった時、クセノポンは容易ならぬ事態に違いないと考え、馬にとび乗ると、リュキオスと騎馬隊を率いて、救援に駈けつけた。するとたちまち兵士たちが、「海だ(タラッタ)、海だ(タラッタ)」と叫びながら、順々にそれを言い送っている声が聞えてきた。とたんに後衛部隊も全員が駈けだし、荷を負った獣も走り馬も走った。全軍が頂上に着くと、兵士たちは泣きながら互いに抱き合い、指揮官にも隊長にも抱きついた。」





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クセノフォーン 『ソークラテースの思い出』 佐々木理 訳 (岩波文庫)























































































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