『エリュトゥラー海案内記』 村川堅太郎 訳註 (中公文庫)

「大海からやって来る人々にとり、この〔渦巻きの〕前兆は彼らを出迎える極めて大きくて黒い蛇である。此処より後の場所やバリュガザ附近ではこれより小型で色は淡色かつ金色がかったのが出迎えるから。」
(『エリュトゥラー海案内記』 より)


『エリュトゥラー海案内記』 
村川堅太郎 訳註
 
中公文庫 む 7 2

中央公論社
1993年9月25日 印刷
1993年10月10日 発行
310p
文庫判 並装 カバー
定価600円(本体583円)
カバー: 古代東西交通路


「『エリュトゥラー海案内記』 一九四六年一一月、生活社刊」



本書は本文は43頁だけで、あとはほとんど序説と註解です。
巻末に地図4点。


エリュトゥラー海案内記


カバー裏文:

「紀元一世紀なかば、エジプト生まれの無名の商人が誌したギリシア語の文献、「エリュトゥラー海案内記」は、古代南海貿易の実態を生き生きと伝える貴重な史料である。季節風に帆をあげ、みずから紅海、インド洋に乗り出した体験にもとづく記事は詳細にわたり、きわめて精彩に富む。ヨーロッパ古代史の碩学が、六十六節からなる小冊子を平明達意の日本語に訳出し、周到厳密な解説と訳註を付す。」


目次:



序説
 一 「エリュトゥラー海案内記」
 二 校訂本並びに訳註書
 三 本書の作者とその成立年代
 四 ローマ「帝政期」初期に於ける南海貿易の進展
 五 「案内記」の記述範囲と作者の航跡
 六 各港輸出入品、貿易品の概観
 七 貿易の形態についての一、二の考察
 八 結語

アフリカ東海岸
 第一節 エジプトの港、ミュオス・ホルモスとベルニーケー
 第二節 紅海西岸の住民
 第三節 「狩猟のプトレマイス」とその産物
 第四節 アドゥーリ港と象牙の取引
 第五節 王ゾースカレース
 第六節 アドゥーリ港の輸出入品
 第七節 アウアリテース港とその輸出入品
 第八節 マラオー港とその輸出入品
 第九節 ムーンドゥー港とその輸出入品
 第十節 モスュルロン港とその輸出入品
 第十一節 モスュルロン港よりアローマタの岬まで
 第十二節 アローマタの岬(グァルダフイ岬)とタバイ港
 第十三節 オポーネー港とその輸出入品
 第十四節 エジプトよりの航海の時期、インドよりアフリカ東北部への輸出品
 第十五節 アザニアー地方とメヌーティアス島
 第十六節 ラプタ港とアラビアとの交通
 第十七節 ラプタ港の輸出入品
 第十八節 アフリカの未踏査の地方
紅海東岸
 第十九節 レウケー・コーメー港
 第二十節 紅海東岸の住民
 第二十一節 ムーザ港の繁栄
 第二十二節 マパリーティス地方の藩王コライボス
 第二十三節 ホメーリタイ、サバイオイ両族の王カリバエール
 第二十四節 ムーザ港の輸出入品
 第二十五節 バブエルマンデブ海峡とオケーリス港
アラビア南岸
 第二十六節 エウダイモーン・アラビアー(アデン)港の盛衰
 第二十七節 エレアゾスの支配する乳香地帯、カネー港と乳香の集散
 第二十八節 カネー港の輸出入品
 第二十九節 サカリテース港と乳香の生産状況
 第三十節 スュアグロス岬、ディオスクーリデース(ソコトラ)島とその産物
 第三十一節 ディオスクーリデース島とアラビア、インドとの交通
 第三十二節 オマナ湾とモスカ港、乳香に対する神明の加護
 第三十三節 サラピスの島とその住民
 第三十四節 カライウー諸島とその住民
ペルシア湾内部
 第三十五節 ペルシア湾の入口、アポログー港とパシヌー・カラックス
 第三十六節 オムマナ港及びアポログー港とインド、アラビア南岸との貿易
インド洋北岸
 第三十七節 パルシダイの地方とゲドゥロシアー湾、オーライア港
インド
 第三十八節 スキュティアー地方とシントス(インダス)河、バルバリコン港とパルティアー人の支配
 第三十九節 バルバリコン港の輸出入品
 第四十節 エイリノンの潟とバラケース湾
 第四十一節 アリーアケー地方の産物
 第四十二節 バリュガザ湾の地形
 第四十三節 バリュガザ港入航の困難
 第四十四節 王の船による入航船の曳航
 第四十五節 インドの河川と潮の干満の激しさ
 第四十六節 海潮による入航出航の困難
 第四十七節 バリュガザ背後の諸族
 第四十八節 オゼーネーと此処よりバリュガザに送られる商品
 第四十九節 バリュガザの輸出入品
 第五十節 ダキナバデース地方とその内地に棲む動物
 第五十一節 パイタナとタガラの二市とその産物
 第五十二節 バリュガザ以南の港市、カルリエナ港の入航禁止
 第五十三節 カルリエナ以南の諸港
 第五十四節 ムージリスとネルキュンダ
 第五十五節 ネルキュンダの外港バカレー
 第五十六節 これらの港の輸出入品
 第五十七節 インド洋航海術の発達
 第五十八節 バカレー以南の海岸、コマレイ(コモリン)岬の聖地
 第五十九節 パンディオーン王に属する真珠採取場、アルガルーとその産物
 第六十節 インド東南岸の諸港とその貿易関係
 第六十一節 パライシムーンドゥー(セイロン)島
 第六十二節 マサリアーとデーサレーネー地方、その以北の諸族
マライ、シナ
 第六十三節 ガンゲース(ガンジス)河とその地方の産物、クリューセー島(マライ半島)
 第六十四節 内陸の大都ティーナ、その産物たる絹の貿易路
 第六十五節 ティスの人々とベーサタイ族との沈黙貿易
 第六十六節 これより先の未踏査の地帯

註釈
関連地図

解説 (増田義郎)

本文索引




◆本書より◆


「第二十九節」:

「カネーの後には(陸地が)更に後退し、別の長距離に亙って極めて深く入り込んだいわゆるサカリテース湾と乳香地方とが続くが、この地方は山地で近づき難く、空気は重苦しくて霧っぽく樹木から乳香を産する。乳香を産する樹木はさして大きくも高くもないが、ちょうど我々の土地のエジプトで或る種の樹がゴムを流し出すように、樹皮に凝固した乳香を産する。乳香は王の奴隷や刑罰のために送られた者たちの手で扱われる。この辺は恐ろしく不健康で沿岸を航海する人たちには疫病を起し、其処で働く者には絶えず死を齎(もたら)す。もっとも彼らが斃れ易いのには食物の欠乏ということも与(あずか)っているのであるが。」


「第三十節」:

「この湾には東に向いた非常に大きい岬がありシュアグロスと呼ばれ、其処にはこの地方の要塞と港と集められた乳香の貯蔵処とがある。そしてこれに向って大海中に島があり、これとその対岸のアローマタの岬との中間に位し、どちらかというとスュアグロスに近い。いわゆるディオスクーリデースの島で非常に大きいが人は〔殆ど〕住んでいない。水が豊かでその中には河があり鰐や多数の毒蛇や極めて大きい蜥蜴(とかげ)がいるが、〔住民は〕その肉を喰い、その脂肪は溶かしてオリーヴ油の代りに用いている。この島には葡萄も実らず麦も出来ない。島の少数の住民は陸地に面する島の北側の一方のみに住んでおり、彼らは外来者で商業のために航海して来たアラビア人やインド人や、更にヘルレーネスの混合である。この島には真正の亀や陸亀や白亀を産し、白亀は甚だ多量に産しその普通より大きな甲羅のゆえに優れている。また山亀を産し、これは非常に大型でかつ最も厚い甲羅を有(も)ち、その腹に沿うた部分は堅すぎるので截断を許さない。しかし(背中は)全部切り刻んで小箱や小札や小皿やその他この種の容器に作られる。此処にはまたいわゆるインドのキンナバリも産し、樹から涙のように滴るところを採集される。」


「第四十節」:

「シントス河の次には北に向って見渡し難い湾がある。エイリノンと名づけられ、一部は小エイリノン、一部は大エイリノンと呼ばれる。両部とも沼地風の海で動き易い泥砂が陸から遥か遠くまで続いているので、陸地がまだ見えぬのに船が座礁し、内側にひっぱられると沈没するというようなことがしばしば起る。この湾の上には一つの岬があり、エイリノンから東と南へ向った後西に向って曲がり、七つの島を囲んだバラケースと呼ばれる湾を取り囲んでいる。この湾の入口に来た者は少しうしろへ大海の方へ急いで戻れば難を免れるが、バラケース湾の腹の中に閉じ込められたものは沈没してしまう。波は実に大きくて重く、海は騒々しくて濁っており、また渦巻や流動性の渦があるから。海底は或る所では絶壁をなし、或る所では鋭い岩から成り、船を留めるために沈めた錨は切断され、また或るものは海底で擦り切れてしまう。大海からやって来る人々にとり、この〔渦巻きの〕前兆は彼らを出迎える極めて大きくて黒い蛇である。此処より後の場所やバリュガザ附近ではこれより小型で色は淡色かつ金色がかったのが出迎えるから。」


「第六十六節」:

「これらの場処の後の地方は或は激しい暴風や非常の寒気のために近づき難く、或はまた神々の神秘な力のゆえに踏査不可能である。」


「註釈」より:

「生糸――νήμα Σιρικόν (中略)ローマ帝政期を通じてローマ人に甚だ珍重せられ、時には同じ重みの金と価を均しゅうすると言われた(中略)シナの絹が古代東西貿易の最重要商品だったことは言うまでもない。このことは(中略)後漢書の記事でも明かである。」
「ところで山繭(天蚕)から絹布を織ることは地中海方面でも行われていたが(中略)、シナの養蚕業のことは古代の地中海方面には殆ど知られていなかった。Strabo XV c. 694 所引 Nearchos によると絹は亜麻の表皮を梳って出来ると考えられたらしい。Vergilius Georg. II 121 には「Seres が繊細な羊毛を樹の葉から梳る」旨誌されており、綿のように生糸も直接に樹から採られる植物性の繊維であるとの考えが支配的だったようである。(中略)ただ二世紀のパウサニアースは Seres の土地に関しては「エリュトゥラー海の最奥部に横たわる Seria の島」程度のことしか知らなかったが、絹については俗説を訂正して次のように記している。
 「セーレスが衣を造る糸は樹皮から出来るのではなく次のような別の方法で造られる。彼らの土地にはヘルレーネスが ser と呼ぶ虫があり、セーレス自身はこれを ser とは呼ばず別の名で呼んでいる。その大きさは甲虫の最も大きなものの二倍で、その他の点では樹下に巣を織りなす蜘蛛に似ており、実際足の数も蜘蛛と同様に八つである。セーレスは寒暑の気候に適した家を造ってこの動物を養う。この動物の造るものは繊細な糸で、その足に捲きついている。彼らはこの虫に稷を食わせて四年に亙り飼育し、五年目になると最早やその生存出来ぬのを知っているので緑色の蘆を与える。これはこの虫の最も好む食物なので蘆に満腹して虫は破裂し、死んだ虫の体内に沢山の糸が見出されるのである」と。養蚕業に関する正確な知識が地中海方面に伝わらなかったのは絹貿易路の仲介商人が己の利益のために殊更にこれを秘密にしたことが与っているであろう。六世紀に至り東ローマのユスティニアーヌス帝の時遂に蚕卵がコンスタンティノープルに齎されて養蚕業の起ったことは周く人の知るところである。」















































































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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