『ヘロドトス 歴史 (下)』 松平千秋 訳 (岩波文庫)

「さてここで私としては、必ずや大多数の人々の不興を買うであろう見解をどうしても述べねばならない。そうと判っていても、それが真実を衝いていると私に思われる限りは、それを開陳することを差し控えることは私にはできないのである。」
(ヘロドトス 『歴史』 より)


『ヘロドトス 
歴史 (下)』 
松平千秋 訳
 
岩波文庫 青/33-405-3

岩波書店
1972年2月16日 第1刷発行
1991年7月5日 第23刷発行
390p 索引68p
文庫判 並装 カバー
定価720円(本体699円)
カバー: 矢崎芳則



上巻「はしがき」より:

「本書は(中略)ヘロドトス(前四八四ごろ―四三〇以後)の著作「歴史」の全訳である。」


本書「解説」より:

「本訳書は、筑摩書房の世界古典文学全集の第十巻として昭和四十二年に刊行された拙訳に基き、若干の修正加筆を行なって成ったものである。」


HISTORIAE Herodotus


ヘロドトス 歴史 下


カバーそで文:

「再度のギリシア侵入を企てギリシアにおしよせた新王クセルクセス率いる大遠征軍と、これを迎え撃つギリシア軍は激しい戦いを展開する。テルモピュライの戦い、サラミスの海戦など、のちの人々の語りぐさとなった両者攻防の激戦があますところなく語られる。」


目次:

巻七(ポリュムニアの巻)
 クセルクセスのギリシア遠征
  ダレイオス、遠征準備中に死す
  クセルクセスの遠征準備
   重臣会議――アルタバノスの諫止と夢見
   アトスにおける運河開鑿等のこと
  遠征軍の出発――発進よりサルディスを経てヘレスポントスに至る
  ヘレスポントス渡洋からドリスコスに至る――全軍の点呼――海陸両軍の部隊別記述
  クセルクセスとデマラトスの会話――トラキア、マケドニアを経てテルメに至る
  クセルクセス、ペネイオス河口を視察
  ギリシア側の抗戦準備
  クセルクセス軍、テッサリアを進撃
  テルモピュライの戦い

巻八(ウラニアの巻)
  アルテミシオンの海戦
  ペルシア陸上軍の進撃――アテナイ占領に至る
  サラミスの海戦
  クセルクセスの退却
 マルドニオスによるギリシア本土作戦
  ギリシア水軍の準備態勢――マルドニオスの対アテナイ交渉

巻九(カリオペの巻)
  マルドニオス、アッティカ侵入後ボイオティアに引き返す
  プラタイアの戦い
 ペルシア艦隊の全滅――イオニアの解放およびその後の事件
  ミュカレの戦い
  クセルクセスの邪恋
  ギリシア軍によるセストス攻略
  キュロスの訓戒

訳注
詳細目次(巻七―巻九)
解説
人名・地名索引




◆本書より◆


「巻九」より:

「さてサルディスに滞在中クセルクセスは、やはりこの地にいたマシステスの妻に恋慕した。クセルクセスはたびたび使いをやっては女に言い寄ったものの口説き落すことができず、弟のマシステスへの憚りから暴力に訴えることもしなかった。女の気持を支えていたのも同じ思いで、彼女は暴力を加えられぬことをよく承知していたのである。そこでクセルクセスはほかの手段に訴えることはやめ、自分の息子のダレイオスに、その女とマシステスの娘を嫁に迎えることにした。そうすることによって女を手に入れ易くなろうかと考えたのである。クセルクセスはその縁組をまとめて型どおりの手続きをすますと、スサへ引き上げていった。
 ところがスサへ着いてダレイオスのために先の娘を邸に迎えると、マシステスの妻に対する思慕の念は止み、こんどは一転してダレイオスの妻なるマシステスの娘に想いを寄せるようになり、遂にこの女を自分のものとしたのである。この女の名はアルタユンテといった。
 しかしやがてこのことは、次のようにして露顕することになった。クセルクセスの妻のアメストリスが、色とりどりの目も綾な、大きい見事な上衣を織ってクセルクセスに贈ったのである。喜んだクセルクセスはこれを身につけて、アルタユンテを訪れた。女の許でも大いに満悦したクセルクセスは、自分をたのしませてくれた礼をするから、なんなりと欲しいものをいえ、と女に促した。望むものはどんなものでも与えよう、といったのである。すると女は(中略)クセルクセスに「殿様は本当に私の欲しいと申し上げるものを下さいますか」といった。クセルクセスは女が自分の上衣を欲しがろうなどとは夢にも思わず、欲しいものは必ず与えると約束し、誓言までした。クセルクセスが誓言をすると、女はぬけぬけとその上衣を欲しいといったのである。クセルクセスはそれを与えずに済まそうと、あらゆる手立てを尽したが、その理由はほかでもなくアメストリスを怖れてのことで、すでに以前からこのことに深い疑惑を抱いている妻に、このようなことから不行跡の動かせぬ証拠を握られるのを気遣ったのである。そこで代りに町をやろう、黄金をいくらでも与えよう、また彼女以外の誰も指揮できぬ軍隊をもたせてやろう――軍隊を贈り物にするというのはペルシア独特の風習である――とさまざまにもちかけたが、女はどうしてもいうことをきかず、とうとうその上衣を与えた。女はその贈り物をもらって有頂天になり、いつもそれを身につけては自慢していた。
 やがてアメストリスはその上衣が女の手にあることを噂にきいた。しかし事の次第を察したアメストリスは、当の女には怨みを抱かず、その母親こそ元兇でありそのように事を運んだのも彼女であると思い、マシステスの妻の殺害を謀ったのである。彼女は夫クセルクセスが国王主催の宴会を催す時機を待ち構えていた。この宴会は年に一回、王の誕生日に催されるもので、この宴会のことをペルシア語でテュクタというが、これはギリシア語でいえば「完璧な(テレイオン)」という意味である。(中略)さてアメストリスはこの日を待ち構えていて、クセルクセスに対してマシステスの妻の身柄を自分に渡して欲しいと頼んだ。クセルクセスはしかし、弟の妻でもあり、またこの事件には何の罪もない女を妻の手に渡すのは、いかにも心外で許されぬ行為であると考えた。それというのも、彼は妻の要求の目的が何であるかを悟っていたからである。
 しかし結局アメストリスはあくまで要求して譲らず、その上ペルシアでは王主催の宴会の日には、要求した者にその望むものを与えぬことが許されぬという慣習があるために、止むなくクセルクセスは不承不承妻の要求を承諾し、女を渡すことにして次のような措置をとった。妻には好きなようにするがよいといい、一方弟を呼び寄せていうには、
 「マシステスよ、お前はダレイオスの子でわしの弟、その上まことに立派な人物でもある。さて現在お前が妻にしている女は離別せよ。現在の妻の代りにはわしの娘を与えるから、それをお前の妻にするのだ。お前の現在の妻をそのままに置くのは、どうもわしには良いと思われぬから、妻の座を去らせるがよい。」
 マシステスはこの言葉を聞いて大いに驚き、次のようにいった。
 「殿よ、なんとまた困ったことを私に申されますことか。妻は私に息子や娘を設け、その娘の一人は殿が御子息の嫁にと貰って下さったばかり、妻は私に気に入った女でありますものを、その妻を離別して御息女を娶れと仰せられますのか。王よ、私が御息女を賜わるに値する男と見込まれたことは、誠に名誉なこととは存じますが、お言い付けのことは二つともお断わりいたします。殿にはどうか決して、かような御要求を無理強いなさいませぬよう。御息女には私に劣らぬ別の婿殿が現われましょうから、私には現在の妻をそのままにしておかせて頂きたい。」
 マシステスがこのように答えると、クセルクセスは怒っていうには、
 「よしわかった、マシステスよ、ではこういうことにしてやろう。この上はもはや娘をお前にはやらぬ。またあの女とこれ以上一緒に暮させもせぬ。やろうというものを有難く受ける作法をお前に教えてやるためじゃ。」
 マシステスはこの言葉をきくと、
 「殿よ、私の命だけは残して下さったのですな。」
とだけいうと外へ出ていった。
 クセルクセスが弟と話している最中、アメストリスはクセルクセスの親衛兵を呼び寄せ、マシステスの妻に残虐を極めた暴行を加えた。両の乳房を切り取って犬に投げ与え、鼻、耳、唇も同様にし、さらに舌まで切り落して変り果てた姿になった彼女をその家へ送り届けたのである。
 マシステスはまだこのことを聞いていなかったが、なにか良からぬことが起りそうな予感がして、急いで家の中へ駈け込んだ。そして無残な姿にされた妻を見ると、すぐに子供たちと協議し、息子たちをはじめその他の家来を従えてバクトラに向ったが、これはバクトリア地区を叛かせ、王にできるだけ大きい被害を与えようとするためであった。思うに、もし彼が敵の機先を制してバクトリアおよびサカイ人の国に達していたならば、この計画は実現したであろう。彼はそれらの地方では人望があり、またバクトリアの総督でもあったからである。しかしクセルクセスはマシステスのこのような行動を聞き知ると、討伐の軍勢を彼に向け、途中でマシステス以下その息子たちおよびその軍勢をことごとく討ち果してしまった。
 クセルクセスの恋とマシステスの死についての経緯は以上のとおりである。」





こちらもご参照ください:

『ヘロドトス 歴史 (上)』 松平千秋 訳 (岩波文庫)























































































































































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