荒俣宏 編著  『Fantastic Dozen  第12巻  怪物誌』

「怪物とは、その時代にみとめられた〈例外的な存在〉のカタログである。たぶん、この例外的存在の勢いが激しければ激しいほど、時代の垂直的混乱とエネルギーは強大なものであったにちがいない。」
(荒俣宏 「怪物誌の復活」 より)


荒俣宏 編著 
『Fantastic Dozen 
第12巻 
怪物誌』

MONSTER MAKERS

リブロポート
1991年4月20日
141p 口絵1葉
B5判 角背紙装上製本 カバー
定価2,060円(本体2,000円)
装丁: 鈴木成一



荒俣宏コレクション「ファンタスティク12(ダズン)」怪物編。
レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ『南半球の発見』挿絵全20点収録。
図版(カラー/モノクロ)多数。


荒俣宏 怪物誌 01


帯文:

「怪物とは〈反自然〉の存在である。
しがたって自然の埒外とされた辺境の地には、多くの怪物たちが跋扈した。
この研究を〈遠方生息怪物学〉と名づけるなら、他に二つの大きな流れが想定される。
自然界の例外を研究する〈畸型学〉、そして災害を予兆する存在としての〈怪物学〉である。」



目次:

怪物誌の復活

出典解説

真実と幻想のブレンド――ゲスナー『怪物誌』1551―58
少年百科に踊る怪物たち――ベルトゥーフ『少年絵本』1798―1830
珍奇博物館のカタログ――セバ『博物宝典』1734―65
畸型動物の殿堂――マイヤー『陸海川動物細密骨格図譜』1752
中国怪物誌の傑作――邊景昭『百獣図』1449
奇想天外な半人半獣のオンパレード――レチフ『南半球の発見』1781
ユートピア系空想航海記――ボルドロン『ムッシュー・ウフルの物語』1789
百科全書派的博物学の集成――アルドロヴァンディ『怪物誌』1599―1664
シェイクスピアも愛読した中世イギリスの動物学書――トプセル『四足獣の歴史』1607
江戸期日本の本草学者垂涎の博物学書――ヨンストン『禽獣虫魚図譜』1650―53




◆本書より◆


荒俣宏 怪物誌 02


荒俣宏 怪物誌 03


ゲスナー『怪物誌』より。


荒俣宏 怪物誌 04


邊景昭『百獣図』より。


荒俣宏 怪物誌 05


レチフ『南半球の発見』より。


「怪物誌の復活」より:

「二〇世紀という科学万能の御代(みよ)に、古くさい怪物ものがたりをせっせと書きつづけたアメリカ作家がいた。
 H・Pラヴクラフトというこのマイナー作家は、しかし、二〇世紀人らしく、怪物の出自を、これすべてこの世を遠くへだてた宇宙、あるいは異次元にもとめたのだが、描かれた怪物たちの姿は中世怪物誌のそれといかほどもかわらない。
 体じゅう毛むくじゃらで、おぞましい形の口からはぶきみな牙がのび、ぺたぺたと粘液をしたたらせる。しかも、顔だけはどこか人間めいた――そんな怪物たちであった。
 このラヴクラフトが生んだ五〇編余の作品のうち、後世に残る怪物ものがたりの傑作が、ひとつある。『アウトサイダー』と題された片々たる掌編だが、これがまた怪物たちの悲哀を端的に表現していて、すばらしい。
 『アウトサイダー』の主人公は、おそらくカスパー・ハウザーの実話から霊感を得たにちがいないが、これまで一切の他人とふれあわずに育てられてきた。だれかが三度三度食べものを運んできてくれるほかは、外界との接触が一切ない。しかし、主人公はやがて不満を抱くようになる。たったひとり住まわされている古城から出て、人間社会にまじわりたい、他人に会いたい――と。そんな欲望が日に日に強くなった。ある日、主人公は意を決して幽閉場所からの脱出をはかる。死ぬほどの思いをして外へ出ると、夢に見た人間界が目の前にひろがっている。
 かれは喜びいさんで、とあるパーティーの会場にはいりこむが、とつじょパーティーの宴は恐慌に捉えられた。
 逃げまどう人びとのあいだを右往左往するうち、かれはついに恐慌のみなもとを発見してしまう。それは――たとえようもなくみにくい、この世のものでない怪物であった。怪物の闖入がせっかくの宴を台なしにしたのである。
 だが、かれは勇気ある者であった。その怪物を退治しようと近寄っていった。そして相手の息がかかるほど近づいたそのとき、かれの指先が、冷たくて固いものにふれた。
 それは、まぎれもない鏡の表面であった――。
 『アウトサイダー』の主人公は、こうして、なぜ自分がひとりで暮らさねばならないかを知った。自分自身が怪物である以上は、けっして人間社会に住めないからである。
 もちろん、ラヴクラフトは単純にこわい話が書きたかったにちがいない。ところがこの物語は作者の意向を度外視して、もっと深遠な怪物学的啓示にもふれていた。
 第一に、怪物は〈異常〉あるいは〈例外〉の別称にほかならない。斉一性と秩序とを本質とする自然学にあって、怪物はあきらかにそのふたつの要件をやぶる存在であった。
 自然の秩序をやぶるものとして想定できる現象は、この世にたったふたつしかない。ひとつは異常すなわち怪物の誕生であり、もうひとつは新しいもの、すなわち人工物の創出である。怪物と機械は、その意味で、まったく立場を同じくする〈反自然〉の同志だった。換言すれば、怪物にはなかまと呼べる存在が血のかよわぬ機械しかいない、ということである。『アウトサイダー』の主人公がいつもただひとりでいることを余儀なくされたのは、まったく当然なのだった。
 だが、怪物にはもうひとつの呪わしい意味が刻されていた。それは〈異兆〉である。世の中に大きな災いや、ときによると慶事が発生するとき、かならずその予兆となる現象が事前にあらわれる。これが怪物誕生の意味であった。怪物の語源となったラテン語モンストルム monstrum が、元来、兆候や警告の意味だった事実は、よく知られている。すでにアウグスティヌスも述べているように――怪物 monstrum は異兆 prodigium の同義語であり、ともに〈monstrat 神の意思をあらわすこと〉なのである。
 いわば、怪物(モンスター)とは災いの近いことをデモンストレートするために出現する〈信号(シグナル)〉存在なのである。だからこそ、アウトサイダーを目撃した人びとは恐慌におちいったのである。ただ単に、怪物がぶきみだったためではないのだ。怪物の出現は、黙示録の獣を思いだすまでもなく、世界の破壊を警告するサインだったのである。
 したがってわれわれはおおむね、怪物についてふたつの学統を形成してきた。第一は自然界の例外を研究する〈畸型学〉であり、第二は災害の予兆としての怪物出現を調査する狭義の〈怪物学〉であった。」

「われわれは、一六世紀から一九世紀にかけて生産された西洋と中国の怪物誌から、いくつかの興味ぶかい精神史を読みとることができる。怪物とは、その時代にみとめられた〈例外的な存在〉のカタログである。たぶん、この例外的存在の勢いが激しければ激しいほど、時代の垂直的混乱とエネルギーは強大なものであったにちがいない。
 現代もまた、バロック時代とは異なる意味における怪物の時代である。夜のちまたに出没する異形たちをめぐる二〇世紀怪物図鑑が、やがて編まれることだろう。」





こちらもご参照ください:

荒俣宏 『怪物の友 ― モンスター博物館』 (集英社文庫)
伊藤清司 監修・解説 『怪奇鳥獣図巻』
「夜想 10 特集: 怪物・畸型」
レスリー・フィードラー 『フリークス』 伊藤俊治・旦敬介・大場正明 訳
























































































































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