ヘルベルト・ヴェント 『世界動物発見史』 小原秀雄・羽田節子・大羽更明 訳

「原生動物には精神生活、つまり魂があるのだ。動物心理学者コンラート・ローレンツの「すべての生き物に魂があるか、どんな生き物にも無いかどちらかである」という言葉は、ゾウリムシにも当てはまるのである。」
(ヘルベルト・ヴェント 『世界動物発見史』 より)


ヘルベルト・ヴェント 
『世界動物発見史』
 
小原秀雄・羽田節子・大羽更明 訳

平凡社
1988年8月25日 初版第1刷発行
1991年12月10日 初版第4刷発行
701p 口絵(カラー4p/モノクロ31p)
B6判 丸背紙装上製本 カバー
定価4,200円(本体4,078円)
カバー・表紙装幀: 戸田ツトム



本書「訳者あとがき」より:

「本書はヘルベルト・ヴェント著「Auf. Noahs Spuren」(G・グローデ出版、一九五六年)の全訳である。(中略)図と写真は原著のものを全部収めた。」


『物語・世界動物史』改題。
本文二段組。本文中図版(モノクロ)多数。


ヴェント 世界動物発見史 01


カバー文:

「ヘルベルト・ヴェントの
この大著の
主役はあらゆる時代の
人間といっていい。彼らは
真理探究家や懐疑論者であり、
冒険家や大胆なリアリストであり、
また天才的な科学者や
ロマンチックなディレッタント
である。だからこの本は、
動物界について書かれた
多くの専門的な著書とは違って、
いわば博物誌的な興味で
書かれている。」



目次:

はじめに

第一章 怪物の部屋
 混乱の時代
 「神々の馬車」の野生人
 古代の戦車
 ユニコーンとサイ
 不思議な獣
 大汗の動物園
 海の悪魔と真夜中の驚異

第二章 自然の宝庫
 心の薬、目の保養
 幻の野牛
 『昆虫のもてなし』
 ゴクラクチョウと政治と熱帯の死
 海竜とこびと魚
 ロック鳥
 すべてはゴンドワナに始まった

第三章 新世界
 モンテスマの動物園
 ウルティマ・エスペランサの秘密
 飛びまわる宝石
 いんちき猿人の噂
 人魚をどうするか
 タキシード姿の鳥たち
 だが、下の方は恐ろしい

第四章 生きている化石の大陸
 観察不十分
 カモノハシのパラドックス
 オーストラリアの動物の謎
 バーネット・サケには肺がある
 最後の恐竜
 恐鳥の謎
 よみがえった鳥

第五章 黄金の牧場、閉ざされた王国
 総督とバク
 三種類のオラン
 雪男
 地主李の白熊
 塀越しに垣間見た
 ウマとロバを間違える
 コモド島のドラゴン

第六章 雨林に轟く太鼓の音
 コンゴの伝統
 デュシャーユ氏の奇談
 古代アフリカは解読される
 ジャングルから伝説の動物が
 かわいらしい動物をつかまえた
 黒人の髪飾りになった二枚の謎の羽根
 四つ足の魚の物語

謝辞

解説 (小原秀雄)
訳者あとがき

参考文献
索引(人名・動物名・図版・写真)



ヴェント 世界動物発見史 02



◆本書より◆


「幻の野牛」より:

「メキシコの征服者エルナンド・コルテスがアステカ族の酋長モンテスマの動物園で発見し、後の開拓者たちが北アメリカの草原で見つけたアメリカバイソンは、急激に滅びていった。一九世紀の初頭には何百万という群れが、アパラチア山脈とロッキー山脈の間を力強くさまよい歩いていた。だが、インディアンの狩猟民がバイソンを生活の糧にしていたので、白人たちは彼らインディアンを殺すために、バイソンを大量に殺した。それでも、南北戦争当時にはまだ六〇〇〇万頭がいると見られていた。」
「一八六九年に、アメリカ太平洋鉄道が開通した。一八七一年には五〇〇〇人にのぼるハンターがカンザス・シティからバイソンの大量殺戮のため平原へ向かった。一八七四年の夏には、リッカリー川沿岸だけでも、二〇〇〇人のバッファロー狩りの狩人たちがキャンプした。彼らの一人当りの捕獲数は一日六〇頭で、一シーズンに一二〇〇頭を記録した。狩人の一団は、一年間に二万八〇〇〇頭を殺すことができた。毛皮が使われたわけではなく、肉が食用に供されたわけでもなかった。草原には一面にバッファローの死体が散らばっていた。一八七五年には、以前三〇〇万頭と見積もられていた、鉄道の南側のバイソンは四散し、一〇万頭あまりに減っていた。この残りのバイソンも、一八七七年と一八七八年の冬に徹底的に撃ちまくられた。生き残りの小さな一群がテキサス州へ逃れたが、一八八九年その地で彼らは虐殺者たちの手に落ちたのである。
 だが、鉄道の北側にはまだバイソンが残っていた。アメリカ人の開拓者たちの間では、バイソンを一頭殺すことはインディアン一人を減らすことだといわれ、彼らに攻撃の矢が向けられた。撲滅運動は一八八一年から一八八三年まで続けられた。スー族との戦争の間だけでも一万頭のバッファローが殺された。六年後には合衆国にいた数百万頭のバイソンのうち、捕えられずに生きのびたのはわずか八九頭だけだった。」



「『昆虫のもてなし』」より:

「レーゼル・フォン・ローゼンホフが顕微鏡の下に躍動する「おもしろい」微生物に魅せられたのはちょうどこの頃だった。彼はたちまち最初の大発見をした。全生物のうち最も単純な原生動物(プロトゾア)、つまりこの名のもととなった神プロテウスのように絶えず形を変えるアメーバーを見つけたのだった。何という奇妙な生き物であろう。それは凝集して球になるかと思えばまた広がり、その粘体から足を出して歩きまわり、その足で食物を探し求める。それはまた、まわりから包み込むようにして藻をのみ込み、青虫のようにはい、溶岩のごとくに転げまわり、分裂し、結合する。直径がやっと〇・五ミリの小さな点ほどの原形質の塊であると同時に、レーゼルがその名づけ親に選んだ変身巧みな太古の神の象徴なのだ。」

「たとえはっきりした意識をもたないとしても、原生動物には精神生活、つまり魂があるのだ。動物心理学者コンラート・ローレンツの「すべての生き物に魂があるか、どんな生き物にも無いかどちらかである」という言葉は、ゾウリムシにも当てはまるのである。」
「植物学者のラオル・フランセのいうように、ゾウリムシですら「幸福に対するほのかな憧れをもっている」のである。」



「海竜とこびと魚」より:

「いったいぜんたいホライモリは何ものなのだろう。(中略)ドラゴンの子供でもなく、水生の恐竜でもない。一見イモリのようでもあるが、本物のイモリでもない。ホライモリは体長二五センチほどで目がなく、人間の指のように毛がなくて白い色をしている。また萎縮したちっぽけな肢があり、頭の両側に大きな赤い外鰓がある。そして、イストリア、ダルマチア、カルニオラ、ヘルツェゴビナ地方の地下水の中にしか見られない。(中略)こういう生物をどう考えればよいのだろう。どの分類棚に並べ、どんなラベルをつければよいのだろう。その発見史にさかのぼって考えてみよう。
 『カルニオラ公国の誇り』の著者J・W・ヴァルヴァソルは、一六八九年のある日スロベニアの農夫から、ヴルフニカの近くのベラ谷の地下にドラゴンがすんでいて、大雨の後ときどきドラゴンの子が、地下の棲み家から地表の小川に流されてくるという話を聞いた。そこで、ヴァルヴァソルは、興味しんしんで次のどしゃぶりを待っていたところ、はたして数匹の「ドラゴンの子」が、水溜まりの中でのたうっているのが見つかった。」
「ヨハン・アントン・スコポリは(中略)何年間もかけてウナギ形をした「こびと魚」を研究した。そしてついに一七七二年にライプチヒで発表したラテン語の論文で、これは外鰓がありオタマジャクシ形をしてはいるが、伝説の生き物の幼生ではなくて、一人前に成長したイモリであって、ちゃんと生殖能力もあるといいきったのだった。」
「パリ大学の老教授ジャン・バティスト・ラマルク(中略)は、すでにホライモリを長時間光にさらしておくと奇妙な変化が起こることに気づいていた。皮膚の下に眼があらわれはじめ、外鰓の色があせ、体中に斑点ができ、体色はしだいに濃くなる。あるものは濃い赤褐色に、あるものは青灰色になり、アメリカのネクトゥルスに大変よく似てくるのだ。ラマルクがいうには、鰓をもったイモリはその環境の産物なのである。この動物はもともと、ほかのイモリとそれほど異なってはいなかったのだが、あらゆる生物を生存条件に適応させる自然の力によって、泉にすむアホロートルには鰓が発達し、イリノイの川にすむネクトゥルスはウナギ形になり、ミシシッピーの沼地のオオサイレンはいらなくなった後肢を失ない、カルストの洞穴にすむホライモリは盲目になったというわけだ。」
「それは一八六五年の九月二十八日パリの植物園でのことだった。三月に卵から孵った四匹のアホロートルの子が鰓を失ない、色が変り、陸地にはい上って、「有鰓の両生類」から肺で呼吸するサンショウウオに、それも既知の種類のサンショウウオに変身したのである。(中略)いったいどうしてこんなことが起こりうるのだろう。このときフランスやドイツの動物学者たちの頭に浮かんだのはラマルクだった。「有鰓のイモリ」を陸生のサンショウウオに変えるには環境の変化が必要だったのだろうか。彼らはアホロートルの鰓を切り取って、むりに肺で呼吸させてみたり、アホロートルを浅い水の中で飼ってたえず空気にさらしてみたりした。そしてとうとう、フライブルクの昆虫学者マリー・フォン・ショーヴァンはアホロートルを人工的に陸生動物に変えることに成功した。
 このアホロートルの現象は、今日「幼形成熟(ネオテニー)」と呼ばれているものである。アメリカサンショウウオは、中央ヨーロッパのマダラサンショウウオと同じ科に属し、したがって正真正銘「有肺の両生類」なのだが、おそらく地殻の大変動の結果、メキシコの深い泉や湖にとじ込められ、完全なサンショウウオに成長せずに終わるようになったのである。彼らは幼生段階にとどまったまま、性的に成熟するようになったが、事情が許せば、肺呼吸するサンショウウオに成熟しうるのである。したがって、彼らは(中略)成長が阻害された種類にすぎないのだ。その祖先はふつうのイモリなのである。
 同じことがホライモリについてもいえるだろうか。(中略)実験はすべて失敗に終った。鰓を取り除いて生き残るホライモリはいなかった。だが、生殖の問題は解決した。(中略)生殖に関しては老ラマルクが正しくも予言したように、「こびと魚」は環境に自らを適応させているのである。」
「アメリカの化石研究の第一人者であったコープは、ラマルクの自然環境説を支持する新ラマルク派の学者だった。ダーウィンとは反対に、種の進化の原動力は、生存競争よりも、環境の影響に求むべきだというのが彼の信念だった。コープによれば、器官の用不用、食物、気候、機械的影響、それぞれの生活条件があらゆる種類の動物の典型的な特徴を創り出すのである。例えば、ホライモリやサイレンが、幼生的な形をとどめ、外鰓や、萎縮した肢をもっているとしても、それは原始性を証明することにはならず、「環境の影響」、つまり深い水中での生活への徹底的な適応を物語っているにすぎない。
 コープは母国の「有鰓両生類」サイレンを徹底的に研究して、その発生が、従来考えられていたのとは正反対であることを突きとめた。ごく幼い段階ではサイレンは、サンショウウオの幼生とほとんど違うところがない。頭骨も、上膊骨も、腰帯も、四肢も同じである。ある時期には彼らは、水から陸へ上る直前のサンショウウオの幼生と同じように、鰓呼吸から肺呼吸に「切り換え」さえするのである。だがここで突然陸生動物への発生が止まる。その後のサイレンは成長するにつれてますます「原始的」になる、つまり魚類に似てくるのだ。ここに至ってコープはこう書いている。「サイレンがサンショウウオに似た陸生動物の子孫であり、ごく最近になってもっぱら水中生活に適応するようになったことは疑いない」と。
 この発見は、問題の本質を突くものであった。これはホライモリにも当てはまる。ホライモリは、肺呼吸をするサンショウウオの子孫で、地下水にすむようになったものである。地下水では陸にあがる機会がないのでアホロートル同様幼形成熟を遂げたが、ここで暗闇の生活に完全に適応した結果、アホロートルとは違って、もはやそこから脱出できなくなったのだ。ホライモリは、常にいかなる状況でも、生涯性的成熟を遂げた幼生のままである。発育が阻害された結果、「絶対的幼形成熟」が生じたのである。それは古い原始的な生物ではなく、進化した新しい生物なのである。」



「人魚をどうするか」より:

「イタリアの作家クルツィオ・マラパルテの『皮膚』という小説の中に、滑稽だがぞっとする一場面が出てくる。そこでは水族館のセイレネス(カイギュウ、人魚)が主役になっている。(中略)一九四四年にアメリカ海軍の水夫たちがこのセイレネスを水槽からとりだして、煮たうえでサラダ菜をつまに添え、高級士官連中の食卓にのせた。その姿は陽気な恐怖を引き起こした。アメリカ人たちは、「晩餐に、ゆでた女の子にマヨネーズをつけて食べる」のはいやだったので、この人間のような動物をけっきょくおかかえの牧師の監督の下に荘重に埋葬することにした。」
「マラパルテは、こう書いている。「料理した、つまり煮た娘を見るのは初めてだった。私は恐怖にのどを絞めつけられて黙ってしまった。皮膚はあちこちに傷ができたり、ゆでられてはがれたりしていた。肩や腰が特にひどかった。はがれた皮膚の下には、金色や銀色の柔かそうな肉がのぞいていた。熟れた果物の皮が破れて実がはじけるようにその皮膚からスープの熱気が吹き出している有様は、古い磁器が光を放つのに似ていた。唇は突き出し、額は出ていて狭く、眼は丸くて緑色だった。短い腕の先は広くて指がなく、鰭のような手になっていた。この娘は銀の皿に横になり、眼を開けたまま眠り込み、夢を見ながら笑っているようだった。その夢は海の夢、海は彼女の失われた故郷、夢の国、セイレネスの幸せの地…………」」



「だが、下の方は恐しい」より:

「一九三〇年六月六日、数回の試験潜水を終えてから、ビービとバートンは鋼鉄製のカプセル内に乗り込み、楽な姿勢に身をおいて水中におろすよう命じた。
 数分後にはバティスフェア号はバミューダ海の水面下二四〇メートルの深度にあった。二人はその深海のすばらしい生物たちを初めて自分の目でながめた。二度めの潜水のときには、海上との唯一の連絡装置の電話線が切れてしまった。後にバートンはその時のもようをこう書いている。「われわれは本物のプランクトンになった。海上を漂いつづける幽霊船のように永遠に水中にぶらさがっているさまが脳裏をかすめた。青緑色の窓の外は冷たく敵意にみちていた。われわれはいっしょうけんめいサーチライトで合図した。私の脳の一部は落ちつき払って活動し、泳ぎすぎてゆくクラゲを二四匹数えることができた。それから急速にわれわれは海面に浮かびあがった」。」
「六月一九日には、この潜水球は四三〇メートルの深さにおろされた。二人の科学者はハンカチで口と鼻を抑えてうずくまり、冷たいガラス窓に額を押しあてた。ビービはこう書いている。「とたんに、大きな感動の波が私を襲い、しばらくはあらゆる状態がほとんど超人的、宇宙的であるように感じられた」。この深さで水圧は二九五〇トン以上であった。ビービは「スペクトルの中を長いクモの巣のようなケーブルがこの孤独な潜水球につながり、その球の中にきっちり閉じこめられた正気の人間が二人、まるで軌道を外れた惑星のように孤立して、水中にぶらさがったまま、深海の暗闇の中を凝視している」さまを思い浮かべた。彼は「近くをうろついているがはっきりわからない大きな胴体――大きな、まさに生きている動物の影」を見たが、あまりに興奮してしまっていて、彼は外観をメモしただけだった。そのメモにはこう書かれている。「発光魚が窓の外にいる」」



ヴェント 世界動物発見史 03



































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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