グレイ 作/福原麟太郎 訳 『墓畔の哀歌』 (岩波文庫)

「「叡智(えいち)」は、黒い衣をまとうて
深い法悦(ほうえつ)の思いにひたり、
「憂欝(ゆううつ)」は、静かなおとめ、
鉛色(なまりいろ)の目をして、地を見つめているが、
いつもあなたのおごそかな足あとに従う。」

(トマス・グレイ 「逆境をたたえて」 より)


グレイ 作
福原麟太郎 訳 
『墓畔の哀歌』
 
岩波文庫 赤/32-210-1

岩波書店
1958年11月5日 第1刷発行
1990年10月5日 第6刷発行
203p 別丁口絵(モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価410円(本体398円)
カバー: 中野達彦



本書「はしがき」より:

「「墓畔の哀歌」という書題は、本訳詩集に「田舎の墓地で詠んだ挽歌」としてある有名な「エレヂー」に桜井鴎村(おうそん)がつけた訳名であるが、その名はグレイの詩作全体を代表するもので、グレイという詩人が誰であるかを思い出すのに便利であろうというので、グレイ詩集と名づける代りに本書の題名にした。」


本書「解説」より:

「トマス・グレイ(Thomas Gray, 1716-71)は、わが国で古くから親しまれている詩人である。しかも、その知られている詩は、唯一つに限られていたと言ってよい。それは、この訳詩集で、「田舎(いなか)の墓地で詠(よ)んだ挽歌(ばんか)」という題で訳されているもので、英米でも昔からグレイの挽歌(エレヂー)と呼ばれて有名である。」


口絵2点、「田舎の墓地で詠んだ挽歌」に図版2点。


グレイ 墓畔の哀歌 01


カバーそで文:

「ロマン主義の先駆となった叙情詩「田舎の墓地で詠んだ挽歌」「詩仙」等、十八世紀イギリスの詩人グレイの代表作21篇を収める。」


目次:

口絵
 グレイ肖像(エッカート筆)
 「田舎の墓地で詠んだ挽歌」の草稿(ペンブルック草稿)

はしがき (福原麟太郎)

愛のうた
愛猫を弔ううた
イートン学寮遠望のうた
逆境をたたえて
詩歌の進歩
詩仙
運命の魔女たち
オーディン下向
オウエンの凱歌
田舎の墓地で詠んだ挽歌
なが物語
楽曲用頌詩
ケント州マーゲイトに近きホランド卿の邸に題す

〔遺作〕
ソネット リチャード・ウェストの死に当って
季節の移り変りから起る愉快を頌えて
自画像
ホーエルの死
カラドック
コーナン
うた一
うた二


解説
 一 「挽歌」の作者として
 二 ケイムブリッヂの隠者
 三 グレイ伝
 四 イギリス文学史上のグレイ



グレイ 墓畔の哀歌 02



◆本書より◆


「愛猫を弔ううた
      金魚の鉢に溺れて死んだ猫の詩」:

「背の高いかめのふちで起ったことだ。
そのかめにはシナの豪華な芸術が
紺青の花を彩(いろど)って咲かせていた。
世にも淑(しと)やかなトラねこのやからで
もの思いがちなセリマは身を寄せて
下の湖(みずうみ)を見つめていた。

尻尾(しっぽ)が動くのは、心の喜びを現わしていた。
美しい丸い顔、雪白のあごひげ、
ビロウドのような双(そう)の前足、
三毛(みけ)にも敗(ま)けぬその毛並(けなみ)、
まっ黒な耳、緑玉の眼を
彼女は見た、そして賞嘆の喉(のど)を鳴らした。

尚(なお)も彼女は見つめていた。そのとき水中を
天使の姿が二つ辷(すべ)ってゆくのが見えた。
この湖(みずうみ)の精たちだ。
鎧(よろい)なす鱗(うろこ)の色はタイアの紅(べに)
豊麗(ほうれい)な深紅(しんく)の底に
金色のひらめきもある。

不運な美女は見ておどろいた。
先(ま)ず頬(ほほ)ひげ、それから爪(つめ)と、
胸内にあまる願いのままに、
獲物(えもの)へ伸(の)ばしてみたが届(とど)かぬ。
女心で、黄金(こがね)を、軽んじるわけがない。
猫にして、魚の嫌(きら)いなものはない。

でしゃばり娘だ。思いつめた顔をして、
また手を伸ばした。また屈(かが)んだ。
間(あいだ)の遠さを知らなんだ。
(意地悪(いじわる)な運の司(つかさ)が、そばにいて微笑(ほほえ)んだ。)
すべすべした縁(へり)に足をさらわれて、
まっさかさまに彼女は落ちた。

湖水の中から八度、頭を出して、
あらゆる水神に鳴いて訴えて
急ぎの助けを求めたのだが、
イルカも来(こ)ねば、海の精すら動かない。
手荒(てあら)なトムもスーザンも、耳が無(な)い。
お気に入りには、友達がないものだ。

そこで、美人のみなさんたちは悟(さと)られたい。
一たび足を踏み外(はず)せば、とりかえしがつかぬ、
大胆は良(よ)いが、用心ぶかくしてほしい。
戸惑(とまど)いする目を誘うものや
軽はずみの心を引く、すべてが正しい獲物でない。
輝くもの、すべてが黄金(こがね)でないという。」

「ホレス・ウォルポールが猫を飼(か)っていた。その猫が死んだのでグレイは一七四七年三月一日、この詩を草(そう)してウォルポールに送った。擬英雄詩体(ぎえいゆうしたい)である。その手紙によると、グレイはウォルポールの飼っていた猫二匹のうちのどちらが死んだのかわからず、仮(か)りにセリマのことにし、それはトラ猫であったとして歌ったもの。」



「田舎の墓地で詠んだ挽歌」:

「夕暮の鐘の音が落ちてゆく日を弔(とむら)い
鳴きつれて牛の群(むれ)は、ゆるやかに野を渡る
野の人は疲れはてて、とぼとぼと家路(いえじ)につけば
この世界には、夕暮と自分とのみが残っている。

ほの光る風景も、わが前に消えてゆき
おごそかな静寂(せいじゃく)がまわりの大気を包む
わずかに、かぶと虫が羽音も重く飛びまわり
遠くの羊の宿からは眠い鈴の音が聞えてくる。

また、向うの蔦(つた)の葉のまつわる古塔から
うらぶれて、ふくろうが月に訴え
その秘密の巣のあたりをうろついて
昔からの孤独の領域(りょういき)を冒(おか)す人を恨(うら)む。

年を経(へ)たニレの木の下、イチイの木陰(こかげ)、
芝土(しばつち)のくちくずれて、高まるところ、
めいめいの狭い室(むろ)に永久に横たわって、
この村の素朴(そぼく)な先祖たちが眠っている。

かぐわしい匂のする朝の微風(そよかぜ)、
藁屋根(わらやね)の小屋(こや)に来るつばめの囀(さえず)り、
鶏(にわとり)のするどい叫び、こだまする角笛(つのぶえ)も、
賤(しず)が屋(や)の床にねる人々の目をもう醒(さま)しはしない。

いさましい囲炉裏(いろり)の火も、もう燃えない。
忙がしい主婦の夕食の仕度(したく)もない。
子供らが父の帰りを告げて走り、
膝に匍(は)い上って口づけを競(きそ)うこともないのだ。

その鎌(かま)で、とり入れをいく度か果(はた)して来た。
畝(うね)つくりに固(かた)い土をいく度か砕(くだ)いたものだ。
喜ばしく、牛を追うて野を耕(たがや)したこともある。
その力ある斧(おの)の下に、森も頭(こうべ)を垂(た)れたものだ。

「野心(やしん)」よ、彼らの有益な労働や飾りのない喜び、
彼らの、光のない運命をあなどるな。
「栄華(えいが)」よ、貧しい人達の短くて単調な履歴(りれき)を、
高ぶった微笑をもって聞くな。

紋章の誇り、権勢の栄(さかえ)、
美の、また富の、与えたものすべてを、
避けがたい「時」が待っている。
栄誉の道はみな墓場につづいているのだ。

なんじ、誇れる者よ、この人達を咎(とが)めるな。
「記憶」が彼らの墓に記念の牌(はい)を飾らず、
長い御堂の中、格天井(ごうてんじょう)の飾られた下に
鳴りわたる讃美歌が聞えぬとしても。

碑文(ひぶみ)を書いた壺(つぼ)、生けるが如き像が、果(はた)して
そのやかたに、飛び去る息を呼び返したか。
「名誉」の声が、もの言わぬ灰を生かしたか。
「へつらい」が死神の鈍(にぶ)い冷い耳を宥(なだ)めたか。

思うに、この忘れられた場所に眠っているのは、
かつては天上の火をいだいていた胸だ。
帝国を指図(さしず)する笏(しゃく)を持ち得(え)た、または
姫琴(ひめごと)をかきならし神韻(しんいん)を与え得た手だ。

だが、「博識」は「時」の獲物に満(み)ちた
その豊かな巻物を披(ひろ)げて見せなかった。
「冷貧」は気高(けだか)い感激を抑(おさ)えて、
魂の快(こころよ)い流れを冰(こお)らせてしまった。

清らかに照る和光(わこう)の珠(たま)は数知れず、
暗い大海の量(はか)りきれぬ底にひそみ、
恥(はじ)らって人目(ひとめ)にふれず咲く花は数知れず、
色香(いろか)をば、むなしくも荒野に散らす。

村人のハムプデンは、剛毅(ごうき)な胸で、
わが里の小暴君に抗(さから)って立ったろう。
物言わず名の無いミルトンもここに横たわり、
国人の血を流さぬクロムウェルもいるであろう。

耳を澄(す)ます政客たちの喝采(かっさい)を博し、
苦痛破滅のおどかしをも目にかけず、
微笑(ほほえ)む国土にゆたかな財を散じ、
国民の目にわが歴史を詠むことは、

彼らの運命が禁じたのだ。ただに
生(お)い繁(しげ)る徳をばかりか、罪をさえ限ったのだ。
流血の河を渡って、王位をねらい、
慈悲の門を人類に閉じるさえ禁じたのだ。

良心の咎(とがめ)に悩(なや)む悶(もだ)えをかくし
正直(しょうじき)な恥(はじ)らいの色を顔に消すことも、
「奢侈(しゃし)」と「誇(ほこり)」の祠(ほこら)に詣(もう)でて香(こう)を供(そな)え
詩神の火に焚(た)くことをさえ禁じたのだ。

あさましく争い狂う群(むれ)を離れて、
彼らの願いはただ一筋(ひとすじ)につつましく、
冷たい、奥まった人生の谷に沿(そ)うて
静かな自らの道を歩くにあったのだ。

しかし、その骨には侮(あなど)りを受けぬよう、
粗末(そまつ)な墓標(ぼひょう)が傍(かたわら)に立ててあって、
おろかな詩句や、形をなさぬ彫刻で飾られ、
過ぎゆく人の、ため息の手向(たむけ)を待っている。

その名や年は、無学な詩人の手に誌(しる)され、
名聞と挽歌(ばんか)の代(かわ)りになっている。
書き散らされた聖書の文句は、
田園の善人に死の道を教えるものだ。

誰か唖(おし)の「忘却」の餌食(えじき)に甘(あま)んじて、
この楽しい心配な人生をあきらめ、
愉快な日々の暖い日だまりを去るものか。
見返る目になつかしくその名残を惜しむものだ。

去ってゆく魂は誰か愛するものの胸に倚(よ)り、
閉(と)じてゆく目は誰かの情(なさ)けの泪(なみだ)を求める。
墓の中からさえ、「自然」の声は叫ぶ。
灰の中にさえ、人間の心の火は燃えている。

こうして、死んだ名もない人達のことを思い、
このようにその飾りのない生を語るもの、お前。
ここに、誰か親切な人があって、わびしい思いに、
おまえの運命を聞くこともあろう。

すると、たまたま白髪の田舎人(いなかびと)が答える。
「たびたびお目にかかりました。朝のひきあけ
急ぎ足に露の玉を散らしながら
丘の上の芝地で太陽を迎えられる、

それから、あそこの枝を垂(た)らしたブナの木の
奇怪な古根(ふるね)が地上にわだかまったあたりで、
真昼には、ものうく、ながながと身を伸(のば)し、
ささやいて流れる小川を眺めていられる、

あちらの森の中では、嘲(あざけ)りを微笑に上(のぼ)せ、
わけもない仇言(あだごと)をつぶやきながらさまよい、
淋しい心の人らしく、うなだれて悲しく青ざめ、
煩悶(はんもん)に狂うとか、失恋に悩(なや)まれるさま。

ある朝、いつもの丘の上に姿はなく、
荒れ地にも、あの人の好きな木(こ)かげにも、
そのまたあした、小川のほとりにも、
芝地にも森にも姿は見えませんでした。

その次の日、しずしずと歌もかなしく、
教会への道を辿る葬列を見ました。
あの碑文を読んで下さい(あなたは字が読めましょう)
あそこのサンザシの老木の下の石に刻(きざ)んである。」

      墓銘(ぼめい)
このところ地の膝に枕(まくら)して憩(いこ)えるは
「幸運」も「名声」も知らざりし若者ぞ。
その生れ卑(いや)しきも「学芸」は眉寄(まゆよ)せず
「憂欝」はしるしして、わがものとなしにけり。

恵(めぐ)みしは大なりき、魂に誠(まこと)みち、
天もまた等(ひと)しなみ大いなる報(むく)いしぬ。
「悲惨」には泪(なみだ)しき、与え得(え)しすべてなり。
天よりは友を得て、その願かないたり。

いさおしを尚更(なおさら)に引き出だすことなかれ。
欠けしをばな発(あば)きそ。畏(おそ)れあるところにて
相(あい)ともに打ち震(ふる)え、望(のぞみ)もち安(やす)らえり、
父にしてみ神なるふところの中にこそ。」

















































































































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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