荒俣宏 『パラノイア創造史』 (ちくま文庫)

「しかし確実にいえるのは、パラノイアの創造力はもはや創造する側の主体性を遠く離れて、まるで塵のように空中を浮游し、一個の「遊離パラノイア物質」として隙あらばあらゆる客体に化肉しようと腕をこまねいている事情である。」
(荒俣宏 『パラノイア創造史』 より)


荒俣宏 
『パラノイア創造史』
 
ちくま文庫 あ-11-3 

筑摩書房
1991年12月4日 第1刷発行
280p
文庫判 並装 カバー
定価580円(本体563円)
装幀: 安野光雅
カバー装画: ANDRÉE MARTY
カバーデザイン: 加藤光太郎


「この作品は一九八五年一一月二五日、筑摩書房より刊行された。」



元は「水星文庫」シリーズの一冊として刊行されました。
本文中図版(モノクロ)多数。


荒俣宏 パラノイア創造史 01


帯文:

「しじまのなかに叡智を聴け。
日常の隙間から訪れる奇妙な啓示(インスピレーション)に憑かれ、別世界の到来をひそやかに夢想する幻視者(パラノイア)たちの魅惑の文化史。」



カバー裏文:

「悪魔の肖像を描いた画家、地球を割ろうとした男、偉大なる記憶力の持ち主、新文字を発明した人々、二つの人格を往復した男――。過剰なる夢想と偏執の果てに何ものかを見出し、われわれに別世界の訪れを予感させる古今東西の幻視者たち。かれらの得た奇妙なインスピレーションを解明し、「創造と狂気」のはざまを生きた人々の謎と魅力に迫る野心作。「パラノイア創造史」類似行為者目録抄付。」


目次:

序「パラノイア創造史」の創造史
 牛肉、海外旅行、都市、革命
1 悪魔の肖像を描いた画家――クリストフ・ハイツマン
 悪魔、マリア像、妊娠、黒犬、男根
2 妖精に憑かれた家系――チャールズ・オルタモント・ドイル
 妖精、クラインの壺、ルービンの盃、写真機
3 永久運動機関の発明家――ウィリアム・マーチン
 時計、空気、万有引力、天体、炭坑
4 地球を割ろうとした男――ニコラ・テスラ
 新機械、発電、電光、交流電流、体臭、異邦人
5 驚異の心霊的発掘家――フレデリック・ブライ・ボンド
 廃墟、ゲマトリア、アーサー王、自働書記
6 異端派転生を信じた医者――アーサー・ガーダム
 カタリ派、悪夢、アーサー王、聖杯、ギリシア型十字架
7 フロイトと交感した患者――狼男
 白い狼、エジプト遺物、鼻、贈り物、ユダヤ人
8 二つの人格を往復した男――エンゼル・ブーン
 銀行預金、鏡、現金、憑きもの、大工
9 太古の記憶を幻視した詩人――AE ショー・ウィンドー、反射、アイオーン、根源文字
10 偉大なる記憶力の持ち主――“シィー”あるいはエス・ヴェー・シェレシェフスキー
 不眠症、数字、記憶術、共感覚、普遍文字
11 新文字を発明した人びと――鶴岡誠一 and/or 島田文五郎
 大脳、じゃまんと石、人造言語、天道文字
12 幻覚幻聴体験と電気感覚――電気屋
 電話、感電、無線、幻聴、動物磁気
13 奇妙な家を建てようとした男――赤木城吉
 電話、世界旅行、擂鉢、天秤、股引、窓
14 架空のパラノイア患者の転生――桜姫
 離魂病、生霊、渓狗、九相図、罪
付録「パラノイア創造史」類似行為者目録抄
 尾をもつ人間、異言症、宦官幻想、精液、梅毒、断食
あとがき



荒俣宏 パラノイア創造史 02



◆本書より◆


「「パラノイア創造史」の創造史」より:

「新しい刺激、見も知らぬ事物、そして体験。日常(ルーティン)がそこで破綻(はたん)したとき、われわれは錯乱と対面する。(中略)都市文明や科学技術の開示した「新時代の光景」は、あらゆる意味でわれわれの秘められた幻視機能を狂気の側に追いたてた。」
「かくて正体不明の機械オブジェが文化の風景を変えた近現代に、狂気と幻覚、パラノイアとスキゾフレニアの絶対数が異様な増加を示すという本能的な認識。」



「悪魔の肖像を描いた画家」より:

「フロイトによれば、パラノイアすなわち妄想性痴呆の特異とする点は「異性との性的営みが不能となることであり、それらは多く同性愛へ、つづいて自己愛へ、そして自己憎悪へと向かう傾向をもつ」ことだという。」

「しかし、フロイトが理解したハイツマンの家族状況――すなわち父を失ったということ――は、テキストの誤読である可能性が高く、(中略)クリストフ・ハイツマンの日記と絵に対するフロイトの見解を批判したリチャード・ハンターは、したがってそれら一連の精神分析作業に、むしろ「当時自ら父を失った悲しみのなかにあったフロイト自身の意識の投影」を見てしまうのだ。
 精神分析がしばしば被験者ではなく試験者自身を分析する結果となることの意味が、ここに見てとれる。」

「折しも十七世紀に書き残された精神異常に対する療法の実際を探ってみると、患者を拷問にかけることが真に実効ある方法とみなされていた事情が明白になる。天井から吊るした椅子に患者を縛りつけ、これを烈しく回転させ失神状態をひき起こさせる方法。この方法は、錯乱した精神を再秩序化(リオーダー)させる最高の手段とされた。またファン・ヘルモントが開発したのは、患者の頭を不意に氷水桶に突っ込んで、「過熱した頭を冷却」する方法。また、出血、嘔吐は狂気を鎮めるのに効果があると考えられたため、鎖につないで袋叩きにすることが「血や排泄物、嘔吐物とともに狂気を追いだす」治療法として承認されていたという。」
「ハイツマンの拷問幻想は、ある意味で、マリアツェルにおける第一回目の治療を通じて一層重大な状況におちいった。換言すれば、第二の悪魔出現は、前回の治療によって受けた苦痛体験に起因するという、まったく皮肉な結果を辿った可能性さえあるのだ。そしてハイツマンが第一回の治療後にマリアツェルを去り薔薇十字の結社に加入したのも、一種の逃避行動だったと思われる。
 そこで贅言を付するならば、薔薇十字系の集団はおそらくその時期にパラケルスス=フラッドの錬金術理論に基づいた新たな精神病治療を実際に移しつつあったのではなかろうか。その方法とは、今日知られるところでは磁石を用いるものだったとされ、魔術めいてはいたが拷問の苦痛から患者を解放するメリットをもっていた。」



「妖精に憑かれた家系」より:

「だとすれば、妖精にはもう一つの「隠れ場所」があるとも言える。妖精を見ようとする人間の目が、いつもふらふらと動いているのなら、いっそこちらは動かないでいるのだ。絶対静止空間、ニュートンのいうエーテル、そのような空間にとどまることである。すると妖精は、つねに動きまわっている視線に摺りあわなくなって、知覚される心配がなくなる!」

「最後に、動かない目で外景を見るという行為は、われわれが考える以上にパラノイアじみた体験を現出させるものだ、という事実を強調しておきたい。それは、たとえば明治時代に昼間撮影された銀座通りのスナップ写真などを見れば一目瞭然となる。それらの写真に何が映じているかといえば、煉瓦づくりのエキゾチックな町並と立ち木、そしてたまさか置きざりにされた人力車などである。
 ただ、奇妙なのは、白昼のスナップ写真だというのに、銀座のまん中に人影がない! 人っ子ひとり見当らないのだ。明治期の写真がわれわれに与える衝撃の一つは、まさにこの点だろう。しかしあれは、わざわざ人の通行を制限し、無人の状態で撮影したからではない。(中略)露出時間があまりにも長すぎたために、かれらの姿が銀板に固着されるより前に(中略)去っていってしまっただけなのである。」

「一九八三年になって、(中略)コティングレー問題はおよそ六〇年ぶりに結着した。妖精たちは、やはり、当時の挿絵を切り抜いたものであった。しかし彼女たちは写真の偽造こそ告白したものの、「妖精が実在するのはほんとうよ」とコメントしたという。」



「地球を割ろうとした男――ニコラ・テスラ」より:

「たとえばかれは、一八九八年に目覚まし時計ほどの発振器を発明し、バイブレーターを通じて長さ二フィート、厚さ二インチの鋼材を振動させた。そして振動によって鋼材を折ることに成功したのである。これは鋼材の持つ固有振動に合った振動を送ることで共振が起こり、ついに鋼材を折るほど巨大な力になるためだ。(中略)しかもである、共振現象を利用すればわずかな力を与えただけでビルも橋も――地球さえも破壊できるとして、実際に地球をまっ二つに割る発振装置の製造案を提示した。」


「異端派転生を信じた医者」より:

「たとえばキリスト教ファンダメンタリズムがつねに西洋的妄想の源泉を支えてきた事実を眺めるとき、圧倒されるのはその完璧な一貫性である。事実ないし真実というものが、実はそれを口にする側の確信や狂信との混合物でしかないことを、われわれはいやおうなく痛感させられる。」


「新文字を発明した人びと」より:

「問「どこが悪いか」
 答「目の玉の奥に柘榴(ざくろ)の実の如き腫物がたくさんできて激しく痛むのが何より困る。小刀で切開して診(み)てくれ」
 問「先だって汝の所持本を破りしは何故か」
 答「夜中枕もとにある本を見しに親父の頭に蛇の体がついた一寸足らずの虫が書籍の一枚一枚の間に居りて動くゆえ、本を破った」
 問「親父は来るか」(実はかれの父は死亡している)
 答「昨夜も来ました。わたしがまだ起きているうちは壁の側に坐していましたが、臥床せしにわたしの頸(くび)を絞めてヒドイ目にあわせました」
 問「親父は何か言ったか」
 答「改心しろといいました」
 この問答の結果、呉は、被告の叡智、判断力、注意力、観念連合ともに迅速亢進(こうしん)し、要するに通常人よりも感受性が強いためにたちまち激越して抑制が利かなくなる〈躁狂〉と診断した。すなわち、呉はここで明白には述べないまでも、精神病の中に「常人よりも精神機能の昂揚せる状態」を招く例があることを暗黙的に認め、あたかもこの狡猾な脱走方法が「狂気ゆえに創案し得たもの」とするかのごとき言辞を残したのである。
 呉秀三が多数の精神病患者を診療するうちに、どうやら狂気がかならずしも精神機能の廃失や後退を意味するのではないらしいと気づいたのは、いつごろのことだろうか? かれはもちろん狂気と創造力の関係を具体的に明言してはいない。しかし、(中略)かれは無意識に〈創造的狂気〉の追認へと導かれていったらしい。」

「次の島田文五郎のケースは、おそらくすべての創造文字の中で最も〈芸術的〉な作品と呼べるのではないか。かれの病歴はこうである。患者は幼時より窒息すること数次に及び、何度も死の境をさまよった。そのため長ずるにしたがい被害妄想を抱くようになり、「自分は日本人ではなく異国人であるために冷遇されているのだ」と確信するに至った。そしてついに二十七歳のとき東京に出てニコライ堂を訪れ、「自分はドイツ人シターウと申すものだ、問いただしたいことがある」と強引な振るまいに及んだという。そのために巣鴨病院に拘留され、呉秀三の診察を受けることになった。患者は言う――「(これまで悲運つづきであったことは)これ実に余が日本人に非ざるが為ならん。余は必ず外国人にして、これ日本に生れたるのみ。余は帰化するの他に喜途なし」と。かれは(中略)帰化の手続き問題にこだわり、西洋人のうち最も憬慕する人物の一人であったビスマルクにあてて、帰化嘆願書を発送した。理由は、「自分が必ずやドイツ人であるから」というのであった。しかし呉を最も驚かせたのは、その嘆願書に用いた新文字であった。「これ余が発明の新文字にして、表よりこれを見れば西洋文字にして、裏よりこれを見、縦読すれば本邦の文字なり」という。つまり患者はほとんど見たこともないドイツ語の文字を“発明”したばかりでなく、裏から見れば“日本の文字”として読めるという、まったく翻訳不要の新文字を創りあげたのである!
 したがって呉秀三は『精神病者の書態』を締めくくるにあたって、この新文字創造の原因の一つを「一種驚くべく異むべき知覚感触あるに出づるあり。身に知覚の異常ありて従来と皮感大いに異るを以て、これを発すべき新語をなすものにして、あるひは以て空中電気とし、あるひは空中磁気とす」と論じた。つまり常人には体験できぬ刺激を受け、その反応として新語を創らざるを得なかったというのだ。ここまでくれば、問題はすでに左半球の意識作用、つまり筆記の障害から大きく離れる。いや、むしろアウトプットとしての左半球機能は正常以上に働いているのだ。そして、そうした正常以上の働きを可能にしたのは、アウトプット回路ではなくしてインプット回路――感受性の異常亢進にほかならない。書態にかかわるこの創造的狂気の発想は、要するに患者の内と外とを結ぶ感覚器の変容をきっかけとする。これは極言すれば、〈新感覚器〉の獲得と同じ効果を持つ。
 だからこそ呉秀三は、これら恐るべき新文字を面前に突きつけられて、こう結論づけるよりほかになかった。「精神病者における文字創作はその奇症の一とすべし。原人の宇宙間に処せしとき新言語の創作(オノマトポエシス)は日に多きを加へしならん。それ今日といへども新現象の発見、新器用の発明ごとに、常に新字(新熟字)を作りてこれを命名するを常とするなり。しかうしてこれと同一種の事は正に今日しばしば精神病者につきてこれを見ることを得るなり」
 以上の文をさらに要約すれば、精神病者の新文字創造こそ、人類による言語の獲得過程の再演にほかならない、ということだ。見たこともないものを見るという体験は、すでに述べたようにインプット(知覚)の異常である。そこで、通常の反応回路を逆転させたともいえる新感覚の獲得が、次にもとめなければならないのは、新しいアウトプット(表現や行動、対応)であろう。言語についてなら、それは新語の創造だ。さらに、こうした新しいアウトプットを創りだす行為が「創造」と呼べるのなら、この種の狂気は創造のための必然的要件といえるのではなかろうか。」



「幻覚幻聴体験と電気感覚」より:

「ともかくも、筆者を慄然とさせた精神病者たちの発言を、すでに挙げた『精神科症例集』からいくつか引いてみたい。
 ①分裂病症例12 女(一九〇一年十二月生)
 「家は?」
 「エジプト」
 「エジプトの何町?」
 「○○町」
 「何県?」
 「エゾ松前の地獄谷」
 (支離滅裂な自発語の例)
 「恐れいります。プリーズ。いたい。西瓜のたね。体じゅう寒いの、あつい、天皇さま。暑いの」
 「エレクトリックと先生申しましたね。グリーク語で電気という意味でしょ。何て失礼なこと申しましたでしょうか。かい虫が一匹出たことがありましたね。先生が一度お見舞いくださいましたとき、強情な奴見たことないと申しました」」

「患者の自発語に見える「エレクトリック」「電気」などの言葉は、ある意味で幻聴や幻覚などよりもずっと切実な体験にこそ由来している。すなわち電気ショック療法である。(中略)かれらにとってこのショックがどれほど恐しいものであったかは(中略)納得できる。」



「架空のパラノイア患者の転生」より:

「しかし確実にいえるのは、パラノイアの創造力はもはや創造する側の主体性を遠く離れて、まるで塵のように空中を浮游し、一個の「遊離パラノイア物質」として隙あらばあらゆる客体に化肉しようと腕をこまねいている事情である。」
「この驚くべき「遊離パラノイア物質」は、次にどのような客体にとり憑くのだろうか。むろんその対象は、虚構であろうと現実であろうと、表面的な様式の違いを問いなどはしない。」



荒俣宏 パラノイア創造史 03




こちらもご参照ください:

種村季弘 『ある迷宮物語』








































































































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Author:ひとでなしの猫
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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