色川武大 『怪しい来客簿』 (文春文庫)

「「紙一重ですよ、あたしだって。でも、考えないようにしてるンです」」
(色川武大 「とんがれ とんがり とんがる」 より)


色川武大 
『怪しい来客簿』
 
文春文庫 い 9 4 

文藝春秋
1989年10月10日 第1刷
2014年10月25日 第14刷
310p
文庫判 並装 カバー
定価550円+税
カバーイラストレーション: 黒田征太郎


「昭和52年4月話の特集刊」



本書はまだよんでいなかったので honto で注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


色川武大 怪しい来客簿


カバー裏文:

「「私が関東平野で生まれ育ったせいであろうか、地面というものは平らなものだと思ってしまっているようなところがある――門の前の青春」「亡くなった叔父が、頻々と私のところを訪ねてくるようになった――墓」独自の性癖と感性、幻想が醸す妖しの世界を清冽に描き泉鏡花文学賞を受賞した、世評高い連作短篇。」


目次:

空襲のあと
尻の穴から槍が
サバ折り文ちゃん
したいことはできなくて
右むけ右
門の前の青春
名なしのごんべえ
砂漠に陽は落ちて
とんがれ とんがり とんがる
ふうふう、ふうふう
タップダンス
見えない来客

月は東に日は西に
スリー、フォー、ファイブ、テン
また、電話する
たすけておくれ

解説 (長部日出雄)




◆本書より◆


「尻の穴から槍が」より:

「当時私は左のような戒律を自分に課していた。
 一か所に淀(よど)まないこと。
 あせって一足飛びに変化しようとしないこと。
 他人とちがうバランスのとりかたをすること。」



「サバ折り文ちゃん」より:

「劣等感はまた多くの場合感受性を発達させる。劣等感が土台になって他者の弱さをも理解していくからである。」


「右むけ右」より:

「教練の時間は級友が交代で小隊長の役目を務め、指揮の練習をする。」
「しかし河野が当番になると、彼はいつも右と左をまちがえたり判断がわるかったりして、隊列が塀にぶつかってしまったり、花壇の中へ入ったり、泉水に行き当ったりしてしまう。
 いくら叱(しか)られても直らない。運動場のまん中に居る私たちが、徐々に徐々に隅っこへ寄っていって、あぶないと思うまもなくどこかにぶつかってしまう。私たちは歩きながら忍(しの)び笑いしているが、隅に寄りだしたあたりから彼は緊張し、なんとかうまく動かそうとしてかえってまずくいってしまう。
 一度などは方々で迷わしたあげく、隊列を校門の外に出してしまった。
 しかし今考えてみると、この点に関する河野の劣等ぶりは、なかなか味があったと思う。」
「これに対して河野と劣等生ぶりを競っていた私の方は、もっと下品で卑小なことばかりやっていた。授業時間中に、教師たちの言辞や行為のあげ足をとって落首めいた地下新聞を作成するのが私の趣味であった。(中略)そうして、(中略)依然として当時と似たようなことをやっている自分に呆(あき)れかえる。」



「名なしのごんべえ」より:

「不気味なものというものはやはりこの世にあるのであり、それどころか、人間が本当に生きようとすると、恰好が整わなくなって化け物のようにならざるをえない。」


「とんがれ とんがり とんがる」より:

「私の出産のとき、母親の胎内のどこかに頭部がひっかかったか張りついていたかして、なかなか出でこず、医者が、鉗子(かんし)という鋏(はさみ)のようなものを使ってひきずりだした。多分、そのためであろう、私の頭の形はいびつになっている。」
「単純に鉗子のせいにばかり帰することはできないが、私の気質の中にも、エキセントリックなものや、不恰好(ぶかっこう)なものが含まれているし、(中略)青年期をすぎてからは、その影響と思われるいろいろの現象が現われ、それは徐々に濃くなって日常の私を苦しめている。
 しかし、幼い頃の私は、まず、いびつな頭部を気にした。」
「自分を奇形と思う心情と、俗にいう劣等感とは多少ダブっているが、あるところで微妙にちがっているようである。」
「奇形の心境とはどういうものか、(中略)一言で代表させれば、人と同じことをすると、笑われたり、びっくりされたりするのではないか、ということではなかろうか。誰もがやっている何気ない行為がためらわれる。」
「朝の洗顔ができない。風呂に入れない。床屋に行けない。衣服をかえられない。合唱ができない。一人ではよけい唄(うた)えない。(中略)皆がしゃべるときにはしゃべれない。誰もやらないこと以外はすべて抵抗がある。そのかわり、列を離れる範疇(はんちゅう)に属することならいかなることがあってもおどろかない。
 (人並みでないくせに)人並みであろうとするはずかしさを堪(た)え忍ぶくらいなら、孤立、孤独の方がはるかに楽なのである。」



「見えない来客」より:

「私は、誰とも喧嘩(けんか)をしていないのに、誰かと和解することをいつも空想していた。」


「月は東に日は西に」より:

「私は小学校でも、またその後の中学でも、いつも学業に心が向かず、教室に居てもべつのことばかりやっていたので、さて教師の言に耳を傾けようとしても、途中の積み重ねがないから何をいっているのかさっぱりわからない。」
「数学の教師が、席の順番に一人ずつ指名して、問題を問うた。
 私のすぐうしろの生徒のところまで順番がきて、それから私を飛び越し、私の前の席の生徒に質問がいった。
 その教師は、劣等生でまるで学業に身を入れない私を自分の生徒とは認めなかったわけで、教師からそういうあつかいを受けて、悔悟(かいご)奮起し勉学一途(いちず)に励んだかというと、そういうことはまるでなく、苦笑まじりに、なるほど教師のあつかいは無理もないことだわいと思うばかりであった。」

「おなみ、という彼女の名を教えてくれたのは、金竜館の横のハトヤのおかみだった。
 「あれは、どういう人なの」
 「さア、ノーバイで頭に来てるンだろう」
 おかみは苦もなくそういった。
 それが普通の見方だったろう。モンペ姿になっても日常性を感じさせず、ノーバイだろう、というよりほかにない有様だったところが彼女のさすがな点だ、と私は妙な感心をしたことを覚えている。」

「しかしもともと、私たちは、二十歳そこそこで戦争で死んでしまうだろうという想定のもとに生きていたのであり、それが、戦争非協力という罰を受けた以上、軍隊にもとられないで、最下積みの奴隷(どれい)として長いこと生きていかねばならないのではないか、という思いがあった。
 すると私が一人前の大人の年齢になってからは、おなみさんのように、すべてを棄てる生き方を継ぐより仕方がない。捨鉢に、目茶苦茶に、孤独に、無価値に、化け物のように生きるしかない。」

「おなみは生き残って、(中略)やがて、九州のどこかで乞食をしているうちに野垂れ死んだ、という噂(うわさ)をきいた。
 それは噂で、実体は知らないが、当然といえば当然すぎる死に方だと思う。同時に、最後まで、捨鉢を貫きとおした彼女の一生に、せめて私一人はひそかな拍手を送ってやりたいと思うのである。」





こちらもご参照ください:

岩本素白 『素白随筆集 ― 山居俗情・素白集』 (平凡社ライブラリー)















































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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