『木下杢太郎詩集』 河盛好蔵 選 (岩波文庫)

「ああ君(きみ)は讀(よ)みたまふ、
「LA FONTANA DE ORO(ら ふおんたあな で おおろ)」、西班牙(えすぱにや)の物語(ものがたり)。
われは其語(そのことば)を解(かい)せず、
説(と)くは是(こ)れ如何(いかん)の人生(じんせい)ぞや。」

(木下杢太郎 「海日玲瓏」 より)


『木下杢太郎詩集』 
河盛好蔵 選
 
岩波文庫 緑 196/4530-4531 

岩波書店
昭和27年5月5日 第1刷発行
昭和48年11月20日 第3刷発行
221p
文庫判 並装
定価★★



木下杢太郎詩集 01


帯文:

「杢太郎は我近代詩史中の耽美主義を代表する詩人である。“食後の歌”“緑金暮春調”を始めとする本集はその比類なき詩境を伝える。」


目次:

天草組 (明治四十年)
 黑船
 長崎ぶり
 あこがれ

秋風抄 (明治四十年)
 楂古聿
 殘照
 諧音
 柑子
 淺草寺

綠金暮春調 (明治四十一年)
 綠金暮春調
 顧望
 盲唖院の落日
 暮れゆく庭

街頭風景 (明治四十二年)
 想の薄明
 玻璃問屋
 五月の頌歌
 六月の市街の情緒
 五月の微雨

異國情調 (明治四十三年)
 北原白秋氏の肖像
 邪宗僧侶刑罰圖を眺むる女
 『異人館遠望の圖』の序
 同跋

食後の歌 (明治四十三年)
 金粉酒
 兩國
 街頭初夏
 珈琲
 五月
 立秋の日
 該里酒
 市場所見
 鴎
 物いひ

竹枝 (明治四十三年)
 こぞの冬
 こほろぎ
 松の木やり
 絳絹裏
 紙入
 秋
 なでしこ
 海の入日 竝序
 石竹花 竝序

町の小唄 (明治四十三年)
 夜學校
 林檎屋の小娘
 窓の女
 お榮さん
 道のあちこち
 築地の渡し 竝序
 お花さん
 幕間
 ねざめ
 今日の芝居
 八百屋
 鳥屋
 工場がへり
 本町通

浴泉歌 (明治四十四年)
 商人と其妻と
 箚靑
 高原の寂しき温泉場の薄暮

苦患即美 (明治四十四年)
 もしや草の芽が
 二月空
 春の雪
 埋れし春 竝序

生の歡喜 (明治四十四年)
 秋の林檎
 田圃道の放尿
 葬送の日の淡き喜悦

薌澤集 (明治四十五年―大正元年)
 薄荷酒 竝序
 ざつくばらん
 楂古聿
 お夏清十郎

五月朔日 (明治四十五年―大正元年)
 杜鵑
 沖の帆かげ

夢幻山水 (大正二年)
 曇り日の魯西亞更紗
 ELEGIA D'UN GIOVANE FILOSOFO

抒情小吟 (大正二年)
 窓のながめ
  久しぶりにて
  我をよく
  わが心
  いくたびか
  せめてなほ
  わかき心
 よるよるは
  夜よるは
  車
  河の遠見
  人の心
  たかのつめ
  やはり何より
  薄なさけ
  飛行船
 夜ふけには
  消息
  火の番
  たまたまは
  むかしの仲間
  飛行機
  女よ
  たとへ品は
  硝子のひび

斜街時調 (大正四年)
 桐の雨
 怨情
 邪推
 根なし草
 かぞへ歌

瀋陽雜詩 (大正五年―八年)
 夜ひそかに訪るる友

海ははるばる朦朧として女人のすがた (大正十年―十一年)
 窓掛のかげ
 海日玲瓏
 傍觀者
 南島の夜
 知
 該里酒
 ヱ゛ズヰ゛オの遠望

巴瓈山歌
 或本の序詩
 諷詩
 繪入週刊
 リユクサンブウル公園の雀
 餘白の樂がき
 怨言

拾遺詩集
 雪中の葬列
 朝の新茶

「木下杢太郎詩集」序
詩集「食後の歌」の自序

解説 (河盛好蔵)



木下杢太郎詩集 02



◆本書より◆


「殘照
    もと住みし西片町を通りけるに蝙蝠飛びかひてありければ。」:

「古(ふる)き街(まち)、かなしびの香(か)の
などて、かく、今日(けふ)は身(み)に沁(し)む。

角(かど)の燈(ひ)の靑(あを)き狹霧(さぎり)を
はたと、あな、蝙蝠(かいもり)飛(と)べる。

はたと、あな、黴(かび)の華(はな)かな、
こは古(ふる)き思(おもひ)めざめぬ。

秋(あき)の日(ひ)の吐息(といき)あかあか
樟(くす)の葉(は)にしばしはほめけ、

一時(ひととき)よ、やがて眞黑(まくろ)に
暮(く)れゆかむ、街(まち)と思(おもひ)と。」



「綠金暮春調」より:

「ゆるやかに、薄暮(くれがた)のほの白(じろ)き大水盤(だいすゐばん)に
さららめく、きららめく、暮春(ゆうくはる)の鬱憂(めらんこりあ)よ。
その律(しらべ)やや濁(にご)り、綠金(りよくきん)の水沫(しぶき)かをれば、
今日(けふ)もまたいと重(おも)くうち濕(しめ)り、空氣(くうき)淀(よど)みぬ。

おぼろかに暈(ひがさ)して落日(いりひ)いま薄黄(うすぎ)にけぶり
靑銅(せいどう)の怪魚(けぎよ)の像(ざう)、蒼白(あをじろ)う鱗(うろこ)かがやく。」



「盲唖院の落日」:

「盲唖院(まうあゐん)の濁(にご)りたる白壁(しらかべ)に、
赤(あか)と黄(き)と紫(むらさき)と黄(き)と――
囉叭(ちやるめら)の音(ね)も消(き)えてゆく秋(あき)の日(ひ)、
憂(うれ)ひげの二重瞼(ふたへまぶた)にひそひそと四邊(あたり)見(み)まはし、
櫻(さくら)の葉(は)らはかたみに歌(うた)うたふ。
赤(あか)と黄(き)と綠(みどり)と赤(あか)と、
こたびはた黄(き)と格魯密母色(くろおむ)と。

銀(ぎん)の如(ごと)き十月(じふぐわつ)の、空氣(くうき)は重(おも)し。

赤(あか)と黄(き)と黄(き)と憂愁(いうしう)と、
こたびはた黄(き)と格魯密母色(くろおむ)と。‥‥

忽(たちま)ちに
さと雲間(くもま)より火(ひ)の如(ごと)き斜日(ゆふひ)さし添(そ)ふ。

破(やぶ)れたる古釣鐘(ふるつりがね)は驚(おどろ)きてららと鳴(な)りそふ。

赤(あか)と黄(き)と黄(き)と憂愁(いうしう)と、
こたびはた‥‥あれ、玻璃窓(はりまど)に日(ひ)の反照(てりかへ)し!

子等(こら)は皆(みな)庭(には)に出(い)で、うちたまげ大日(おほひ)を仰(あふ)ぐ。」



「想の薄明」:

「薄玻璃(うすはり)の水盤(すゐばん)に想(おもひ)を湛(たた)へ
弦(つる)をもて其縁(そのへり)をかろく鳴(な)らさむ。

暮方(くれがた)の海(うみ)の如(ごと)くも想(おもひ)はゆれて
ひそやかに、なよびかに、大(おほ)らかに、はたいと暴(あら)く
玻璃(はり)の壁(かべ)にうちよする搖蕩(たゆたひ)のうら悲(がな)しさよ。

ややありて玻璃(はり)の音(ね)ぞ丁東(ちんたん)と室(むろ)に澄(す)みゆき、
且(か)つちかみ、かつとほみ、

秒(べう)を縫(ぬ)ひ、秒(べう)を縫(ぬ)ひ、ゆららにうなり、
あなつひに消(き)えてゆく、
極(きは)みなき「時(とき)」の夜(よ)の水平線(すゐへいせん)に‥‥

室内(むろぬち)はいと暗(くら)し、靑色(せいしよく)の圓(まる)き小窓(こまど)は、
西天(さいてん)に月(つき)や出(で)し、ほの黄(き)ばみおぼめける――。

秒(べう)を縫(ぬ)ひ、秒(べう)を縫(ぬ)ひ心(こころ)の庭(には)を、
薄明(はくめい)を、悲哀(ひあい)の海(うみ)を、
玻璃(はり)の音(ね)ぞ丁東(ちんたん)とうなり、たゆたふ。

――靑(あを)き、靑(あを)き水平線(すゐへいせん)に‥‥」



「五月の微雨」:

「五月(ごぐわつ)の雨(あめ)に桐(きり)の花(はな)のうす紫(むらさき)、
そのあまき薰(かをり)ただよひ、
灰色(はひいろ)の病院(びやうゐん)の窓(まど)、
やはらかき白絹(しろぎぬ)のかあてんをそと開(あ)けて
いまわかきあえかの女(をんな)、肺(はい)をしもやめる女(をんな)、
なみだぐみ、花(はな)に見入(みい)れる‥‥‥

燕(つばめ)は來(きた)り、また去(さ)れる‥‥‥

むしろかのええてるの、はたやはた、くろろふおるむの、
夕暮(ゆふぐれ)の限(かぎり)もしれぬ
海(うみ)に似(に)る薄闇(うすやみ)の眠(ねむり)のはてへ、
そのはてへ、そのはてへ往(ゆ)かましかばと、
涙(なみだ)ぐみ女(をんな)思(おも)へる‥‥‥

篠懸木(すずかけのき)のわか葉(ば)ふるへる‥‥‥

雨(あめ)のいろ利休鼠(りきうねずみ)の銀(ぎん)なして
しとしととうす紅(あか)き煉瓦(れんぐわ)をひたし
花(はな)も無(な)く荒(あ)れにたるわか草(くさ)の醫院遊歩場(いゐんいうほば)の
垣(かき)のあなた、遠(とほ)き山(やま)、遠(とほ)き森(もり)、街(まち)を罩(こ)めたる‥‥‥

あはれ、あはれ、五月(ごぐわつ)の晝(ひる)の病(や)む情緒(こころ)。」



「よるよるは」より:

「人(ひと)の心(こころ)

掟(おきて)は破(やぶ)りて君(きみ)とわれ人(ひと)のそしりもなんのそのさう云(い)ふ心(こころ)もあるものと思(おも)ひ不思議(ふしぎ)に思(おも)はるる」

「やはり何(なに)より

やはり何(なに)より昔(むかし)たべたるあん餅(もち)の深(ふか)きなさけの思(おも)い出(だ)さるる窓(まど)のがらすに雨(あめ)のふる日(ひ)の午後(ごご)の暗(くら)さにつくづくと」

「飛行船(ひかうせん)

飛行船(ひかうせん)が見(み)えた腹(はら)が見(み)えた空(そら)の沖(おき)をばいういうと泳(およ)ぎ去(さ)る大魚(おほうを)見(み)ればおとななれども何(なん)となく悲(かな)しき氣(き)のする夕(ゆふ)まぐれ」

「むかしの仲間(なかま)

むかしの仲間(なかま)も遠(とほ)く去(さ)ればまた日(ひ)ごろ顏(かほ)あはせねば知(し)らぬ昔(むかし)と變(かは)りなきはかなさよ春(はる)になれば草(くさ)の雨(あめ)三月(さんぐわつ)櫻(さくら)四月(しぐわつ)すかんぽの花(はな)のくれなゐまた五月(ごぐわつ)には杜若(かきつばた)花(はな)とりどり人(ひと)ちりぢりの眺(なが)め窗(まど)の外(そと)の入日雲(いりひぐも)」



「窓掛のかげ」:

「心(こころ)して、靜(しづ)かに窓(まど)を開(あ)けよう、
少(すこ)しばかり、ただ細目(ほそめ)に。
見(み)えるかしら、紅(あか)、藍(あを)、綠(みどり)、紫(むらさき)‥‥
四角(しかく)に篏(は)めた硝子(がらす)の家(いへ)が?
そしてやさしい、母(はは)らしい年增(としま)の、
明治初年(めいぢしよねん)の婀娜(あだ)、
便(たより)なき女(をんな)の意地(いぢ)、
弱弱(よわよわ)しい素足(すあし)のしなが?――

今(いま)わたくしはフエオドル・ソログブの
灰色(はひいろ)の田園風景(でんゑんふうけい)を讀(よ)みかけて
ふと本(ほん)を置(お)き、心(こころ)に叫(さけ)んだ。
「窓掛(まどかけ)を開(あ)けて見(み)よう、
靜(しづ)かに、心(こころ)して」と。
「事(こと)によると見(み)えるかも知(し)れない。
だが靜(しづ)かに。
氣(き)をつけないと、
きつとその色硝子(いろがらす)の
幻像(げんざう)は結(むす)ばぬだらう。」

ただちよつと、ちよつぴり見(み)えて
すぐ影(かげ)は搖(ゆ)れて碎(くだ)けた‥‥

NEW YORK(にゆう よおく) 港外三里(かうぐわいさんり)、
波(なみ)、灰色(はひいろ)、日(ひ)かげうららか、
舌打(したうち)して、頬杖(ほほづゑ)つき、
つと燐寸(まつち)をわたくしは點(てん)じた。」

































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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