『唐宋伝奇集 (下) 杜子春 他三十九篇』 今村与志雄 訳 (岩波文庫)

「「現在、道路を通行している者は、人間と鬼(き)がそれぞれ半分を占めていて、自分では見分けられないだけだ」」
(「赤い縄と月下の老人――定婚店」 より)


『唐宋伝奇集 (下) 
杜子春 他三十九篇』 
今村与志雄 訳
 
岩波文庫 赤/32-038-2 

岩波書店
1988年9月16日 第1刷発行
384p
文庫判 並装 カバー
定価550円



本書「凡例」より:

「この『唐宋伝奇集』は、中国でいう「古小説(こしょうせつ)」のうち、唐、宋の、いわゆる「伝奇」(伝奇物語)から選択して翻訳し、注をつけたものである。」
「上、下の二分冊から成る。」
「下には、唐代中期から唐代末期、五代を経て宋代までの代表的な作品を選んだ。」
「訳注では、冒頭の注に、その作品の作者小伝、作品解題、版本を記し、最後の注に先行する作品との関連、後世への影響、作品の評価などを記した。」



上田秋成「夢応の鯉魚」、森鴎外「魚玄機」、芥川龍之介「杜子春」、中島敦「山月記」等の元話をはじめ、蛇含草や自来也の元ネタやホウキにのって空を飛ぶ女の人の話など、比較文学的に興味深い話が収録されています。

本文中図版2点、「訳注」に参考図版7点。


唐宋伝奇集 下


カバー文:

「唐宋伝奇の源流は六朝時代の怪異譚に求められるが、唐代になると、意識的に奇異なものを追求して曲折に富む複雑な筋立てにし、修辞も凝るようになる。こうして文学と呼ぶにふさわしい創作ジャンルが確立する。武田泰淳は、これを、ヨーロッパの近代的短篇にも劣らぬ、常に新しさを失わぬ芸術品の結晶であるといった。」


目次:

凡例

13 杜子春(とししゅん) (牛僧孺(ぎゅうそうじゅ))
14 杵、燭台、水桶、そして釜――元無有(げんむゆう) (牛僧孺)
15 みかんの中の楽しさ――巴邛人(はきょうじん) (牛僧孺)
16 冥界からもどった女――斉饒州 (牛僧孺)
17 同宿の客――辛公平上仙 (李復言(りふくげん))
18 魚服記――薛偉(せつい) (李復言)
19 赤い縄(つな)と月下の老人――定婚店(ていこんてん) (李復言)
20 則天武后(そくてんぶこう)の宝物――蘇無名(そむめい) (牛粛(ぎゅうしゅく))
21 竜女の詩会――許漢陽(きょかんよう) (谷神子(こくしんし))
22 飛天夜叉――薛淙(せつそう) (谷神子)
23 白蛇の怪――李黄(りこう) (谷神子)
24 碁をうつ嫁と姑――王積薪(おうせきしん) (薛用弱(せつようじゃく))
25 玻璃(はり)の瓶子(へいじ)――胡媚児(こびじ) (薛漁思(せつぎょし))
26 女将(おかみ)とろば――板橋三娘子(はんきょうさんじょうし) (薛漁思)
27 山の奥の実家――申屠澄(しんとちょう) (薛漁思)
28 蒼(あお)い鶴――戸部令史妻 (戴孚(たいふ))
29 巨獣――安南猟者 (戴孚)
30 鄭四娘(ていしじょう)の話――李黁(りどん) (戴孚)
31 嘉興(かこう)の綱渡り――嘉興縄技 (皇甫(こうほ)氏)
32 都(みやこ)の儒士――京都儒士 (皇甫氏)
33 腕だめし――僧俠 (段成式(だんせいしき))
34 旁〓(ぼうい)とその弟――新羅 (段成式)
35 葉限(しょうげん)――中国のシンデレラ (段成式)
36 形見の衣――陳義郎(ちんぎろう) (温庭筠)
37 再会――楊素(ようそ) (孟棨)
38 崔護(さいご)と若い娘――崔護 (孟棨)
39 麵をとかす虫――消麵虫 (張読(ちょうどく))
40 李徴(りちょう)が虎に変身した話――李徴  (張読)
41 崑崙人(こんろんじん)の奴隷――崑崙奴 (裴鉶(はいけい)
42 空を飛ぶ俠女――聶隠娘(しょういんじょう) (裴鉶)
43 女道士魚玄機(ぎょげんき)―― 緑翹(りょくぎょう) (皇甫枚)
44 犬に吠えられた刺客――李亀寿(りきじゅ) (皇甫枚)
45 詩人の男伊達――張祜(ちょうこ) (馮翊子(ふうよくし))
46 奇譚二則――画工・番禺書生 (逸名)
47 つばめの国の冒険――王榭(おうしゃ) (逸名)
48 真珠――狄(てき)氏 (廉布)
49 日銭(ひぜに)貸しの娘――大桶張氏(だいとうちょうし) (廉布)
50 居酒屋の女――呉小員外 (洪邁(こうまい))
51 壁に書かれた字――太原意娘 (洪邁)
52 怪盗我来也(がらいや)――我来也 (沈俶(しんてき))

訳注
解説




◆本書より◆


「みかんの中の楽しさ」より:

「巴邛(はきょう)の、その姓名は知らないが、ある人の家にはみかん園があった。霜がおりたあとだから、みかんはのこらず取り入れたのに、大きなみかんが二つのこっていた。大きさは、三斗入りの鉢(はち)ほどもあった。
 巴(は)の人は不思議がって、早速、のぼって摘(と)らせた。重さはふつうのみかんと変らなかった。
 割ってみると、どちらにも二人の老人がいた。ひげも眉も真白だが、肌が赤みがかって潤いがあり、向いあって象棋(しょうぎ)をさしていた。身長は一尺あまりで、平然と談笑し、みかんを割ったあとも、驚きも恐(こわ)がりもしないで、互いに品物を賭けてさしているのである。」



「竜女の詩会」より:

「中庭には、高さ数丈あまりの珍しい樹木が植えてあり、幹(みき)は、梧桐に似ているが、葉は、芭蕉のようであった。紅い花が、樹の一面についていて、斗(ます)か盎(はち)ほどの大きさの莟が、酒宴の席の正面にあった。
 若い娘が、酒杯を執って会釈し、腰元が、鸚鵡に似た鳥を一羽、ささげて来て、酒席の前の欄杆に置いた。鳥が、一声鳴くと、樹の花が、同時に開き、芳香があたりに漂った。
 花の一つ一つに、身長一尺あまりの美女がいた。なよやかな綺麗な姿態、長くひきずった衣服が、それぞれ、いかにも似つかわしかった。
 ありとあらゆる楽器が全部そろっていた。その鳥が再拝すると、若い娘が酒杯をあげ、それぞれの楽器が一斉に鳴り出して、さえざえとして軽妙で、縹渺と神仙の世界に入ったのであった。
 酒が一まわりしたばかりなのに、もう夜で、月の色はまだ明るかった。娘たちは、人間世界にはあり得ぬことばかり語っていて、漢陽には推測できなかった。しばしば、漢陽が、人間世界の事をひきあいに出してまぜかえすと、娘たちは一言も応答しなかった。
 楽しい酒宴は、二更すぎになって、終了した。その樹の花が、ぱらぱらと池の中に落ち、人も落ちて、たちまち、どこへ行ったか判らなくなった。」



「飛天夜叉」より:

「「わしが二十歳のときだった。本土から離れた辺境の国へ旅をするのが好きでな。薬を服用して五穀を食わず、北へ、居延(きょえん)に着いた。海から四、五十里のところだ。
 その日、明るくなったころ、わしが十数里行ってから、日が出かかった。
 突然、枯れた立ち木が見えた。高さが三百丈あまり、太さは数十囲あって、幹の中は空(から)になっていた。
 わしは根の下から内部を窺(のぞ)いた。まっすぐ上へ、なかは明るく天に通じており、人が入れたね。
 さらに北へ、数里行った。遠くから女が一人、緋の裙を着、素足で二の腕までむき出したまま、頭髪はばらばらにふり乱して、走って来た。風のようにはやかった。次第に近づくと、女がこう言った。
 『生命を助けてくれる?』
 『どうしたんだ?』と聞きかえしたら、
 『あとから、人が追いかけて来るの。見なかったとだけ言ってくれたら、とってもありがたいわ』
と返辞した。
 まもなく、そのまま枯木の中に入っていった。
 わしが、そあれからさらに四、五里行くと、突然、甲(うまよろい)をつけた馬に乗り、黄金の衣を着て、弓や剣など武器を携帯した武者が現れた。稲妻のように走ってきたね。(中略)あるいは空中を、あるいは地上を走って、足なみは一様だった。わしの前に来て、こう言った。
 『これこれしかじかの風采の者を見なかったか?』
 わしは、
 『見ませんでした』
と言ったが、
 『かくしてはいけない』
といった。
 『あいつは人間ではない。飛天夜叉なのだ。仲間が数千もいて、連続して天上の各界で人を傷つけた。(中略)いまや、すでに全部捕えて仕置したが、あいつだけはもっとも手ごわくて、まだ捕えていない。(中略)老師よ、きゃつをかばわないでくれ』
 わしはそこで詳しく話してきかせた。
 まもなく、枯木のところに着いた。わしは戻って見物した。天の使者は、馬から下り、木に入り、様子をうかがった。ふたたび馬に乗るや、空に駆けのぼり、木の周囲をまわりながら上っていった。人馬が木の半分ぐらいまで行ったとき、木の上から、緋色の点が走り出るのが見えた。人と馬がそれを追いかけ、七、八丈ばかり去って、次第に高空に入り、紺碧の空の中に没した。
 しばらくたってから、三、四十滴、血が落ちてきた。多分、すでに矢にあたっていたのだろうと思う。」」



「白蛇の怪」より:

「馬に乗ると、下男は、李黄が異常になまぐさい臭いがすることに気がついた。が、そのまま屋敷に戻った。どこに幾日もかくれていたのかと訊ねられたが、ほかの話に言いまぎらわした。だが、身体がだるくて頭がぐらぐらする感じがして、夜具をかけさせて就寝した。
 かねてから、鄭(てい)家の息女を妻と定めていたが、その鄭氏が側にいて、彼に告げた。
 「あなたの任命はもう無事にすんでおり、昨日、吏部に出頭して手続をする筈でしたのに、あなたを捜しても見つかりませんでしたから、二番目の兄がかわりに出頭して、手続きをすませました」
 李黄は、感謝している旨、答えた。
 まもなく、鄭氏の兄が来て、先日からどこへ行っていたのかと詰問した。だが、李黄は、そのときは、すでに精神が朦朧としてとりとめのないことばかり口ばしった。妻に向って、
 「わたしは駄目だ」
と言った。
 口はきいていたけれども、夜具の下の身体は次第にとけてゆく感じがした。夜具をもちあげてよく視ると、空しく水がたまっているだけで、頭だけ存在していた。」



「巨獣」より:

「都護の使者が、平らな岩場のところに着くと、巨獣は、骨だけが全部のこっていた。都護は、骨を一節取って、十人がかりでかついで来させた。骨には穴があって、人が通りぬけられた。」


「鄭四娘の話」より:

「李がきいた。
 「誰だい、夜来たのは?」
 「あなたは、まさか鄭四娘(ていしじょう)を忘れたんじゃないでしょうね?」
という答えがかえってきた。
 李が、かねてから忘れられないでいる女である。その言葉を聞くなり、あわてて、喜びのあまり飛び起きて、たずねた。
 「鬼(き)かい、それとも人間かい?」
 声が答えた。
 「わたしは鬼(き)なの」
 近づこうとしたが、できなかった。」



「嘉興の綱渡り」より:

「唐の開元(かいげん)のころ、各州や各県ではしばしば勅令によって催し物が開かれた。
 嘉興(かこう)県では、監司とともに、さまざまな演芸で技(わざ)の優劣をきそい、監官はこの事に特に関心を払っていた。
 その日、当番の牢屋役人が、獄中でこう語った。
 「もし出し物が県司より劣ったなら、おれたちはきっときびしく叱られる、だが、一つでもいくらか出来栄えがよかったなら、しこたま儲けられる。ところが、残念ながら芸がない」
 そこで銘々訊ねていって、瓦をつかい、木に登る技まで、なんによらず推薦するよう求めた。
 獄中にいた囚人の一人が、笑いながら役人に言った。
 「私は拙ない技を心得ていますが、拘禁されておりますため、この技がご覧にいれられません」
 役人がびっくりして言った。
 「なにができるのだ?」
 囚人、
 「綱渡りができます」
 役人、
 「それに間違いがないなら、お前のためにそのことを話してやろう」
 そこで囚人の特技を詳しく監主に報告した。
 監主は、囚人を召し出して罪の軽重を質問した。役人が言った。
 「この囚人は、借金の未返済に連坐しただけで、そのほかは、なに事もしておりません」
 監主、
 「綱渡りは、ありふれた技だ。なにか変った趣向でもなければなあ」
 囚人、
 「私のやる芸は、人と少々違っております」
 (中略)
 「私は、ほぼ指の太さほどの、長さ五十尺の綱が一本いるだけで、端をつなぐ必要がなく、空中にほうりあげ、これによじのぼってひっくりかえったり、跳ねたり、どんなことでもやります」
 監主は、すっかり驚き、喜んだ。それで囚人の名を出演者のなかに登録させた。
 (中略)
 いろいろな芸が行われて、つぎに、その囚人を呼び、綱渡りを演じさせた。
 百尺あまりの綱を一かたまりにして持って、地面に置き、一方の端を持って、空中にほうり投げると、筆のように真直ぐ突っ立った。
 最初は、二、三丈の高さまでほうり、つぎは、四、五丈になり、人が牽いているように垂直に上へのびていったから、見物の人はびっくり仰天して不思議がった。
 その後、高さ二十余丈までほうりあげ、空中を仰ぎみると、綱の端が見えなかった。
 囚人は綱をつたってよじ登った。身体が地面からまったく離れたまま、綱を虚空(こくう)へほうりつづけた。その勢は鳥のようで、はるか彼方へ、高く遠く飛び、空を目指して去った。」














































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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